第163話「破壊と再生」


 基本的に善導騎士団がワンマン経営というか。


 トップ達の威光によって成り立っている面があるのは誠に真実であった。


 善導騎士団副団長による政界や世間の裏での暗闘。


 副団長代行による各界とのコネ作りの終了。


 そして、世界規模でお披露目された少年の無茶苦茶だが、無謀ではない程度の(・ω・)が人類の脳裏に焼き付けられた。


 正しく喧嘩を売ろうという組織はこの時点でほぼ0に近くなった事は言うまでもないだろう。


 こうしてニューヨークや各地への小旅行と洒落込むまで数日という頃合い。


 少年は新国家のアメリカ大陸横断航海を適当に世界放送で感動ドラマ風に編集して各TV局に報道特集を組ませつつ、まだ足りないとばかりに準備の最終段階に取り掛かっていた。


 今の今までやっていたのは帰ってくるまでに進捗していて欲しい部分。


 此処からは単純に“処理”という類のお仕事である。


 ―――オーストラリア南部とある砂漠化地帯。


 ASEAN、イギリス、オーストラリア。


 世界最大の難民受け入れ国の現在は悲惨という言葉がよく似合う。


 その中でも多数の人々を受け入れたオーストラリアは近年トワイライト・カルトの温床となる地域が拡大。


 治安維持にも随分と頭を痛めているというのが実態だ。


 世界が滅ぶんだから、好きなだけ遊んでいいよねという層が増加したのはここ最近穀倉地帯が壊滅的被害を受ける前から大旱魃などで被害を受け、各地のコロニーの治安悪化や暴動を止める為に軍の出動と展開維持で財政が逼迫し、食料の困窮でまた治安が悪化するというループコンボを喰らってから長い。


 無論のように軍隊による治安維持が最初は行われていたが、ギリギリだった国政にとって追い打ちを掛けたのが新興宗教とは名ばかりのアナーキストとテロリストを量産するトワイライト・カルトの勃興であった。


 彼らの多くはもはや自暴自棄に怠惰で退廃的な享楽に耽る快楽主義者か、生贄を普通に捧げるカルト100%純粋培養な過激思想に染まった主義者である。


 後は単純に金儲けして生き残りたい層だが、それが少数派になってしまう程に内部は退廃の一途を辿っていた。


 後、背後にMU人材の黒い層がバックに付きましたというのがこの現実に拍車を掛けたのは超常たるゾンビが存在するという絶対的な常識の崩壊が起こっていたからでもあるだろう。


 子供を誘拐し、犯し、拷問に掛け、生贄に捧げ、解体し、お楽しみを行うネクロフィリア感マシマシの胸糞の悪い人々が優雅に大麻と合成麻薬で一服。


 こんなのが普通に罷り通る【暗黒街】と呼ばれる場所が多数、難民の生活地域の周辺には点在するのだ。


 正しくこの世は地獄だから地獄らしい事をしていた彼らが取っ捕まる事はなく。


 バラバラ殺人で起訴される事もなく。


 今の今までオーストラリア各地で30万人規模の活動をしていたことはネット上以外ではあまり取り沙汰されていない。


 それもそうだろう。


 世界が分断されたに等しかったのだ。


 他国に目を向けている場合ではない、というのが多くの生存している国家の本音だった。


 それを理解しているからこそ、暗黒街と呼ばれた地域は大人も子供も老いも若きも巻き込んで一緒に罪を犯させて、一大シンジケートをブチ上げた上で現地を政府並みに統治下に置いて裏から搾取。


 逆らう者には集団レイプ、集団リンチ、暗殺、拷問、買収、麻薬の強制摂取、強制売春、何でもござれであった。


 いやぁ、まったく暗黒街の犯罪組織って人肉食で老人赤子、堕胎済みの胎児まで漢方みたいに扱うんですねと本業な元南米マフィアもドン引きで真っ青な人間を人間とも思わぬ所業を行ってきたのが彼らだ。


 そんなカルトにも色々とあり、過激思想に染まったイスラム系やらグノーシズム染みたキリスト系やら戦う過激仏教系やらの既存宗教の先鋭化組織から完全新規の新興宗教系、他にも拝金主義的な秘密結社系からマフィア系まで主義主張のデパートと言っていいだろう。


 このような複雑怪奇の組織が出来上がっていたのは間違いなく雑多な難民を殆ど審査せずに受け入れたからだろう。


 生憎と日本程の余裕の無かった国家では犯罪シンジケートそのものが生活インフラや社会として定着してしまった為に組織そのものがその地域での生きる術となったりして治安の回復は見込めない。


 こうして彼らは世界が善導騎士団という力を前に震えている間にもその雑多さのせいで何ら対策を打つ事も無く。


 本格的に支部が出来るまでの間に考えようという基本的にまったく馬鹿げたくらいの能天気さで今日も犯罪に精を出していた。


『おげぇ……また、反対側の店舗であいつら食ってるぜ。自分の身内だろ?』


『此処ではそういうのが大量だ。気にするな』


『つってもよぉ。盗んでこようにも盗むもんがねぇ。食えないとさすがになぁ』


『自分の腹からひり出したのを食って生きてみるか?』


『宗教キチの女共はそれでいいかもしれんが、男がひり出すのは一つしかねぇだろ? 御免被るよ。まだ、人間で居たいんでね』


『外からは悪魔呼ばわりされるオレ達だが?』


『酒だ。酒だ。気が滅入っちまうよ。メチルじゃねぇのはあるか?』


『値段が昨日倍になった』


『善導騎士団の食糧支援で潤ったって聞くが?』


『支援先の食糧盗もうとした連中がドローンの餌食になって300人くらい取っ捕まったぞ。各国へ一緒に治安維持用の新型ドローンが降ろされてるらしい。通常の重火器じゃ9mmだろうが45口径だろうがマシンガン持ち出してもビクともしないんだと』


『はぁ……後、裏から聞こえて来る悲鳴どうにかしてくれ。やっぱ気が滅入る』


『ウチは真っ当に喰う以外の規則は無いからな。我慢してくれ』


 悲鳴、嬌声、絶叫。

 響く魔窟には薬煙の嵐。

 世界は夜。

 何も変わらぬ薄暗い路地の先。


 誘拐された大人から子供まで男も女も無く金持ちと権力者と組織幹部が行う集団強姦パーティーが開かれ、死体は一部の趣向が大好きな歪んだ人々の性癖と食欲を満たす材料とされ、ついでに奴隷の解体ショーやらスナッフフィルムの撮影会やら上映やら多種多様な薬の売買が実演付きでループして行われていた。


 正しくソドムとゴモラ。


 塩の柱になるのは確定的だろう場所には5種類の人間しかいない。


 死人、被害者、加害者、その両方か、全てだ。


 生き残る者達は賢いか。

 あるいは金と権力を持っているか。


 だが、そんな彼らには圧倒的に想像力が足りていなかった。


 そのストリートそのものが犯罪結社の関係先だけで固められているという場所が各地にあるわけだが、彼らは今日も悪徳を働く予定であった。


 2日前、あの放送があった。


 ならば、昨日逃げ出していれば、数分くらいは人生をもう少し楽しめただろうという事実を彼らが知るのはその数分後から随分と後の事である。


『オーストラリア政府からの書面回答は?』


『我々の統治下ではない。その区域に関して我々は一切の法的な統治の実効支配を行っていない。その場で如何なる事が起きようと我々は関与するところではない』


『満額回答ですね。では、始めましょう。オペレーターの皆さ~ん良いですか~』


 善導騎士団オーストラリア出張組本部。


 40名からなるオペレーター達はちょっと暗い顔で現地にいる少年へ頷いた。


 その全てが男性だ。


 ついでにオーストラリアの各地に向かっていた騎士団の団員と隷下部隊は全てプロフェッショナルな人々だが、軍隊上がりで固められていた。


 過去、をしていた層である。


 男性のみというのは別にこれから大虐殺染みた処理が行われるから、ではない。


 単純に彼らがこれから此処で起こる事を散々に夢で演習させられて、一番点数が良かった人々だからだ。


 倫理感破壊されまくりの恐ろしい現場は正気が削れる地獄しかなく。


 発狂せずに真面目に任務に勤めて欲しいと用意された事前演習プログラムを4回続けてやった彼らにはそういう現実を前にしたら、躊躇わず犯罪者を皆殺しに出来るくらいには正しき憎悪と冷徹な視線が既に宿っていた。


『いよいよか。長い夜に成りそうだな』


『取り敢えず、現行犯時でも犯行時の心理読み込みは継続しろ』


『常習犯。喜々として人間喰ってるヤツが最優先、と』


『集団リンチだのレイプだのの現行犯にも読み込みはして同じ基準で対処だ』


『分かってるよ。分かってるが、あんなのやってる連中に喜々としてやってないのはいるのか?』


『根っからの善人も生き残る為に仕方なく石を投げる事はあるだろって話だ』


『了解。それにしても時間が繰り上がったな』


『大口の食材確保が終了したって盗聴に引っ掛かった。生きて出荷した方が高く売れるんだと。食材にならない場合は奴隷だとよ』


『うん。連中やっぱ全員皆殺しでいいと思うんだが、どう思う?』


『善人じゃなくても石を嫌々投げてるヤツはいるかもしれないから、取り敢えずマニュアルは順守の方向で』


『はぁ、ああいうのを人間扱いしなきゃならない事が哀しくなるぜ』


『愚痴るな。一時の感情よりも合理的な判断で処理しろ。演習でも本当はやりたくなかった連中40人くらい撃ち殺したろ?』


『……ま、償えない程度の罪を犯したヤツも不本意にやらされてたなら、人生を最後まで全うさせてやるってんだから、騎士ベルディクトの基準は甘々だがな』


『悟れるまで何万年、何百万年掛るかは知らんが、甘いと評すべきかは悩むな』


『一週間の刑だろ? 本当に狂ってんのは現行犯と一緒に最初に消えるんだし、残るのは半端な連中ばかり……ま、魂魄と人格が擦り切れて解放されてからどれだけ生きられるのかは神のみぞ知る、だっけ?』


『償いさせた後は普通の一般人だ。MHペンダントで回復出来る限界以上に擦り減ってたらご愁傷様という事で』


 世の中には許さなくても良い人々がいる。

 それは変異覚醒者に限った事ではない。


 オーストラリア政府からの書面は少年が言った通り、満額回答。


 お好きにどうぞであるからして、遠慮など必要無い。


 彼らの仕事は常と左程変わらない。


 特定の罪の現行犯が確保ではなく射殺になっただけだ。


 ちなみに現行犯とは地域にばら撒かれた術式によって帰って来た反応で24時間以内に特定の犯罪を犯したかどうか判別出来た場合を指す。


 実際には現行犯?ではあるが、少なくとも冤罪が存在しないという事で言えば、100%裁判するまでもなく有罪である。


 それを人格的な心理的部分で量刑するのは通常ならば、死刑以外無い犯罪者にしてみれば、逆に恩赦並みに甘いと言うべきかもしれない。


 生憎と心を強制的に自白させたに等しい情報収集が出来るのだ。


 それを誤らせるような能力を持つ対象者は入念な事前諜報時点で0であり、確定した地域の人員の人数は変わっていない。


『では、最後の確認を始めましょう。現行犯は心理を読み込んで悪辣なのから即時射殺。それ以外は確保して夢でまず百年くらい牢獄に入れて自白するまで放置』


 少年の画面越しの言葉をオペレーター達が静かに聞く。


『自白したら罪の清算にまず1000年。途中、反省の度合いや現実に戻した場合の人生シミュレーションを100年単位で寿命終了まで挟んでから罪が完全に犯せなくなったと九十九が判断するまで無期限でリプレイです』


 夢の魔術師という異名を一部の団員から呟かれる少年である。


 近頃は夢を用いたあらゆる非倫理的な極悪犯罪者への更生プログラムを変異覚醒者用で大量に編んだらしく。


 人間を千度転生させても余りある時間を体感させてやれる。


 という点で通常の拷問等とは比にならない精神入滅系悪夢のスペシャリストと化している。


『まぁ、現実では1週間も掛かりません。さすがに10入れておけば、普通の人間なら性根も治るか灰になるでしょう。日本では年末に大掃除をするという行事もあるようですし、そろそろ始めましょう』


 少年はいつもの顔(・ω・)だ。


 事前諜報段階で少年が微妙に怒っている事を察した報告書を持って行った部下などはくわばらくわばらと内心で思ったものである。


 今一番世界で起こらせてはイケナイ相手ベスト3位くらいの相手を怒らせてしまった人々はノホホンと悪徳に勤しみ気付かなかった。


 犯罪は誰かを怒らせる事があるという当たり前の事実を正当化出来ていたのは彼らが力を持っていたからだが、その犯罪者の掟にこそ彼らが一番畏れる掟が書かれてあるのだ。


 暴力は暴力に権力は権力に……より大きなソレ自体に砕かれ得る。


 それを抑止する善意や法や倫理の側に無い自分達にその暴力を抑える事など出来るわけがないのだという事を彼らは長い終末暮らしで忘れていた。


『悪意の大掃除です。あ、ASEANは僕がいない来週ですので本日分のレポートの提出と効率化用のプログラムの提案はお願いしますね』


 オーストラリア各地にある45か所程の暗黒街。


 スラムというよりはもはや別世界にオペレーター達の意思を表出されたドラム缶型のドローンが次々に投入される。


 その数凡そ4000機。


 各地の治安維持に駆り出されていたドローンの集結は確認済み。


 それを操る四十名程のオペレーター達は黒武の群れを連結した海上の島の中。


 全精神をドローンに投射。


 射殺用の通常弾と制圧用の衝撃で気を失わせる精神汚染弾をフル装備して次々スラムから1キロ離れた場所に通常の10トントラックで輸送搬出された。


 ゴロゴロと転がり始めたドラム缶はやがて砂漠化したところが多い暗黒街のストリートに突入していく。


 禁酒法時代マフィアが世に出来てから撲滅出来た事は一度も無い。


 というのは法と倫理が生きていたからだ。


 マフィアを皆殺しにして良い法律や独裁者がいるわけでもない国家において犯罪組織を護っていたのは彼らが破る法と倫理と道徳そのものである。


 だが、それらが死滅したに等しい危機に瀕した時。


 それでも社会に資さない彼らに一般人を名乗る資格は無く。


 また、その社会の庇護に浴する事が許容されたのは彼らの処理に掛るコストが大き過ぎたからに過ぎない。


 そのコストの全てを肩代わりしてくれると申し出る善意の集団がいたならば、政府は喜んで法解釈だろうが何だろうが我々の統治下に無いと投げ出す事は可能。


 そして、それを理解している善導騎士団にとって、犯罪組織や犯罪結社やカルト宗教や過激派を根絶する事など造作も無い事であった。


 生憎と日本国内のMU人材達程に日本の風土に看過されて大人しくしていた人々と違い……終末らしい事をしようという場末の魔術師達にも逃げ場は無かった。


『今日はごちそうだぞ~~赤子のパ―――』

『あなたぁあぁあぁあぁパ―――』

『ほら、これが良いのかよアバズパ―――』

『な、何だ!? 一体何が起こパ―――』


『おい!! 新しい材料入ったんだろぉ!! 血のソーセーパ―――』


『この薬で気持ちよく天国見せてやんパ―――』


『きゃぁぁあぁあぁ!?!?』

『ひ、に、逃げろぉおお!?』


『何だ!? 襲撃か!? オイ!! 生贄共を逃がパ―――』


『逃げらんねぇよぉにやっぱあいつらと一緒に四肢切り落としとこパ―――』


『ほらぁ、ブタさん餌ですよぉ♪ 人肉育ちの可愛い人間奴隷はやっぱ腕や足なんて無い方が可愛パ―――』


『ほら、泣いて助けてくださいって言ってみパ―――』


『だ、だずげでぐだぁ、ひぃぃぃぃぃ?!!』


『奴隷共をあちらに詰め込めぇ!! 肉用で構わパ―――』


 善導騎士団一般隷下オーストラリア特殊派遣部隊総勢1200名。


 ドローンによる最初期の制圧は迅速正確無比。


 相手の頭部を一撃で対象物越しに通常弾で貫通。


 パパパパッと頭部が弾ける際の音は弱いクラッカーでも鳴らしたようだ。


 此処でいう通常弾は本当の通常弾ではなく。


 ディミスリル製の通常弾。

 D刻印弾以外である。


 そのケースレス弾の射出時に音がしないというだけで犯罪者達の多くは抵抗する意思を見せる暇もなく。


 何の痛みも無く優しく即死で地獄へと旅立った。


 排除終了後、一般人の救出及び死体の搬送と犯罪者の収容を目的に現地へ入った部隊が見た光景は死屍累々であったのは記録映像から後方にいる人々にも見て取れるだろう。


 30万人中27万人程が犯罪者として処分、120万のにされていた人々が確保という運びとなったのである。


 死した犯罪者に年齢は関係無く。


 更生不能もしくは更生不要と判断された者だけであった。


『班長。死んだ連中を被害者連中の一部がリアル死体蹴りしてますが、どうします?』


『後7分収容するまである。気の済むまでやらせておけ。それよりも出荷直前だった一般人の保護と収容を最優先。残った売春強要されてた被害者を全部メルボルンの一次収容施設に保護する』


『班長!! 四肢を切り落とされて奴隷化された方々を発見しました!!』


『ダルマにされてたのか? 精神汚染度は?』


『辛うじて自我はあるようですが……躾けられていたらしく。今は人間性0の様子ですね。家畜かペットくらいにしか考えて無かったんでしょう。連中』


『班長!! こっちで家畜の餌にされ掛かってた被害者の確保完了しました』


『MHペンダントを掛ける前に気を失わせろ。正気に戻られてから狂われても困るからな。エヴァン医師に連絡。予定人数分の義肢接続術を頼むと』


『臓器を抜かれた子供達と大人が数千人程いるようです。酷い有様ですよ。オレ達じゃなかったら隊員も正気じゃ見れないでしょうね』


『はは、散々中東で臓器ブローカーを潰していた当時と変わらぬ仕事をする事になるとは……上層部も驚いてるだろうよ。これが人間の所業かってな」


『エヴァン医師から“臓器の数は足りてるが、医師は足りてないから数日掛かりになる”との回答です』


『あの人数で数日の方が驚きだってのは言わないでおこう』


『班長!! 食人加工場を制圧しました。内部にまだ生存者在り。ただちに救護に当たります!! カプセル足りないぞ!! 展開!! 展開!!』


『脳が飛び出てるのもギリギリ生きてれば、治せはする。そちらは任せたぞ』


 砂漠化した都市部の一角。


 ストリートには頭部へ一発弾丸を喰らっただけの死体が大量に積み重なる中で次々に露わとなっていく凶悪な施設の実態。


 殺すよりも生かして使う方式でされていた人々が大量に発見された。


 死体専門で喰う連中もいるが、生きたままに色々させた方が生産効率が高いという話であり、四肢をもがれるわ、臓器を抜かれるわ……半死人連中は見世物や出し物や従業員というよりは家畜として扱われていたのである。


 砂塵と薬が煙る夜。

 そこには死体と死体以外。

 被害者と加害者。

 正者と死者が有った。

 闇に輝く小さな電灯の群れ。


 浮かぶのは鬼火だとしてもおかしくない色付きの灯り達の下。


 極彩色に彩られた加害者と暗く湿った地面に汚物と藁と共に突っ込まれた被害者の落差は昼夜無き狂乱の終わりにまた面白い程にハッキリと人が人を蔑み忌む姿を克明に映し出す。


 ああ、死体を蹴って蹴って蹴って蹴って、蹴る足が無ければ叩いて叩いて叩いて叩いて、叩く手が無ければ伸し掛かって歯で噛み付いて。


 どうやればそこまで恨まれるというか。


 恨む元気が無いヤツとて、羨ましそうに死体蹴りをしている同類を見ていた。


 だが、逆に客を取らされていたり、家畜として性や自尊心を満たす為だけの道具として調教、教育された人々は彼らの死を嘆くか。


 あるいは彼らの死体を見て死んだという事が分からぬようにキョトンとしている者も多かった。


 その多くが子供である事を見れば、その死体達の悪辣さは折り紙付きどころではなく人類の暗黒面として永遠に葬られて然るべきだろう。


 嘗てアメリカ大陸において黒人の奴隷工場が有ったように、中国の奥地で人間工場が有ったように、人間を人間ではないものとして扱うのは人間だ。


 死体を悦ばせ様とする者すらあるのだ。


 だから、それにどう対処して良いか分からない隷下部隊の者もただただ死体から遠ざける事しか出来ないが、納得しない相手も多数。


 無理やり連れていくのに気を失わせても良かったのだが、それを良しとしないのが少年らしいところなのかもしれなかった。


『初めまして。皆さん』


 今も主人あるいは所有者に取り縋ろうとする無知なる人間以外の何か達の前に少年の顔が移る画面が出て来る。


 その表情は笑っているようにも微笑んでいるようにもあるいは泣いているようにも見守っているようにも……見る者によって変化する表情が映っている。


 そして、その声は彼らが知る言語で明瞭に脳裏へと響いた。


『僕はベルディクト。ベルディクト・バーン。今、皆さんの前にいるご主人様。あるいは所有者の方の後釜です』


 人以外の誰かは思わず呟く。

『後釜?』と。


『つまり、次の貴方達の所有者であり、ご主人様です。皆さんのご主人様と所有者の方は疲れてもう起きなくなってしまったので、これからは僕が皆さんのご主人様と所有者さんの代わりです』


 隷下部隊の多くは被害者の救済に掛かり切りだ。


 その放送を聞いていたが、また騎士ベルディクト伝説が出来てしまうのかと静かに聞きながら業務と任務を遂行し続ける。


『皆さんの所有権は正式に僕へ帰属します。また、皆さんのご主人様とのお別れもさせてあげられます』


 少年の姿がオーストラリア各地の暗黒街に現れる。


 馬鹿げた広さの国家規模の範囲でドローンを用いて自身を投影しているのだ。


『ご主人様と所有者にお別れを言いたい子は付いて来て下さい』


 無数の少年が無数の加害者の死体を幻影で運び始めた。


 それを見てようやく隷下部隊の男達は一瞬だけ脚を止める。


 ドローン自体は動いていない。


 つまり、あの幻影はドローンから出て来て、それを無視するかのように勝手に動き出したのだ。


 どんな魔術かは分からないが、物理的に相手を動かす幻影を数十万単位で生成し、それで死体を次々に目的地までゆっくりと運び始める、なんてのは非常識を通り越して理不尽というのだ。


 死体を持っていかれては納得しようが納得しまいが、付いていくしかない。


 取り戻そうとする者もいるかと思われたのだが、少年の優しい手付きや死者に敬意を払う様子とその顔を見たからなのか。


 多くの所有物と家畜達はゆっくりとまるで誘蛾灯に惹かれる羽虫のように少年の後に付いて歩き出した。


 その光景は死者の行列にも見えたかもしれない。


 あるいはジャック・オー・ランタンに惹かれる者の群れか。


 今まで死体蹴りをしていた者も少年がその死体を奪って持っていくという事をしてもただ怒りをぶちまけて襲い掛かったりはしなかった。


 少年の姿に怒りは忘れられずとも何をするのかは見届けようという顔になる者が多数であった。


 その死体を持った無数の少年に付いていく者達が付き従う様子は死者の川か。


 夜にぼんやりと薄く薄く青白く輝く少年達と被害者と死者の行列はいっそ風光明媚かと思うような儀式にも似ていた。


 両手両足が無い者がゆっくりと滑るように追随する様子は今行列に加わる者達を少年の魔術による加護が護っている事を指し示す。


 数十万人単位の人間を個別にトレースして魔術を発動し続けているとすれば、信じられない程の精度と魔力とコストの省力化が必要だろう。


 殆ど少年の幻影から魔力を感じないのを見れば、最低限の魔術が最低限発動していて人間にしか思えない質感を維持していると分かる。


 魔術を嗜む者ならば、その恐ろしさを体現可能なだけで相手を敬うに違いない。


 煌々と続く川の終点。

 悪意の祭典が終了した後の後夜祭。


 少年がフワリと持っている死体を手放せば、各地の少し小高い丘の上で柔らかな蒼い炎が吹き上がる。


 そんな丘は昨日まで無かったという事を考えれば、また理不尽であろう事実を以て部隊の多くは送り火とも言える加害者達の火葬光景を異界のように思った。


『……泣いてる子が多いわ』


『いつか真実を理解出来るようになれば、怒るのか憎むのか』


『理解してすら静かに思い出せるのかもしれません……』


『これはそういう光景、か……見惚れている時間は無いぞ』


『ええ、ウチの上司があの子達を宥めていてくれている内にやってしまいましょうか。我々に出来る事はそう多くないんですから』


 こうして各地の治安悪化の中心地となっていた地域は壊滅。


 保管されていた多くの資料がオーストラリア政府に流され、次々と彼らと繋がりのある政府の役人や資産家、物資を流していた者達が逮捕されていった。


 彼らの裁判での言い分は仕方なかったんだ脅されていたんだというのが大半であったが、検察と警察がニッコリ笑顔で善導騎士団から心理解析用の術式と派遣された読心能力者によって暴かれた赤裸々な心の声を証拠として提出する事により、追加で起訴される者が多数。


 ついでに量刑が重くなる者も大量であった事は後に裁判を激変させるファクターとして読心能力者の有用性を報道する契機になった。


 善導騎士団の心理解析を前にして嘘を付く事や前科を隠す事など不可能。


 犯罪者にとっては絶望しかない出来事であるが、逆に本当の冤罪は減ったというデータも後に公開された。


 非公式なデータでも証拠としての能力があると裁判所が判断する事が確認された事で本当に冤罪である収監された者達の解放にも彼ら変異覚醒者の力が使われるようになるが、それはまた別の話。


『そういや、所有権が帰属するって言ってたが、ありゃ冗談だよな。さすがに……』


『え?』

『……え?』

『ご存じ、ないのですか?』

『何を?』


『オーストラリア政府が此処を統治していないと言い張ったという事はこの中にいる人員に関してはデータが政府側にない限りは引き渡す理由がありません。後、恐らく生後間もなく攫われたというのでなければ、此処の中で彼らは生まれた可能性が非常に高い……さすがに政府も子供を大量に攫われたら、消耗覚悟の軍隊と警察で強引に潰していたでしょう』


『……つまり、アレか? 戸籍も無けりゃ、出生届も無いあの子達は……』


『ええ、オーストラリアではない国土で育てられた実質的には無戸籍で登録も無い、存在しない人間です。そして、今の政府に彼らを新規に養う上等な物件や社会的なリソースはありません。そもそも攫われていた大半は難民出ですよ。政府にとっては国民を護るのが第一です。13歳以下は恐らく此処で攫われた女性に産ませた子ばかりでしょう。更にその子に産ませてという連鎖も確認されています。だから、今までこうして放置されていたわけで……』


『……まぁ、いいか。また、ウチの東京本部が広くなるな。つーか、老人介護どころか。ご高齢の保育関係者の方々にお世話されっ放しか』


『先日、新規に3万人程70歳以上の保育現場から遠ざかっていた方々を正式雇用したって話でしたので問題は無いかと』


『ウチ預かりの子が増えるな。あっち側に帰れるヤツは帰すが、帰れないヤツは北米か東京かな……』


『攫われた人々のケアにはMHペンダントと精神医療のスペシャリストも必要です。帰る前に色々と教育して食べて行けるようにもしてあげないといけませんねとか騎士ベルディクトが言ってましたよ』


『結局、全部面倒見るつもりか。我々の上司は……』


『今更ですよ。人類総介護状態ですし。帰っても食べて行けずにまた身体を売る方も多いでしょう。それならば、やる事は一つ(*´ω`*)』


『それ笑顔で言うところか?』


『違います? 騎士ベルディクトを見習いたいだけです。全て面倒見てからほっぽり出しましょう。我々も基本そうですしね』


『ほっぽり出されるところが戦場だがな』


『人生、貴方の生きる場所が戦場ですよ。ふふ(´▽`*)』


『女のバイタリティには時々付いてけん……』


『今回の事で遺伝的な親を亡くした子供もいるでしょう。でも、その子達にもしっかり教えるそうですよ。君達の人類悪を体現できそうな事をしてた親御さんを皆殺しにしたのは我々だって。確か班長の男連中は皆微妙に汗浮かべてましたねぇ』


『火種になろうが、それならそれで正攻法の正論や邪道な実力で叩き潰すだろうな。ウチの上司は……その頃まで人類が生きてれば、だが』


『いいじゃないですか。恨まれても堂々と言い返せるのが我々です。謝りたいヤツは謝ればいいし、謝る必要が無いと思えば、そうすればいい。でも、誰一人死ぬ気も殺される気も無いし、復讐者に死ぬまで付き合うくらいやるでしょう?』


『まぁ、やるやつしかいないだろうな』


『それでいいんですよ。同情、憐憫、それは人として普通の感情です。そして、その上で相手が間違ってようが正しかろうが、全力でお相手する。それが我々善導騎士団一般隷下部隊じゃありませんか』


『子ども相手や若者相手に大人げないと世間から叩かれそう……』


『我々の中にそういうの気にする人っています? C4が100kgぐらい直撃してもピンピンしてるので大丈夫ですよ。きっと』


『気にするヤツもいるって一応……主にオレが……』


『肝っ玉が小さいとウチの職場の女性陣からの評価下がりますよ?』


『あ、オレ、絶対ウチの職場で恋愛しない気でいるから。鬼女か鬼神かカタセ准尉みたいなのはNOサンキューなので大丈夫だ』


『うわ……後で言いつけとこ』


『やめろ下さい死んでしまいます何でもしますから!!』


 こうして暗黒街(ガチ)は暗黒街(笑)とネットで嘲笑される存在にまでなった。


『いやぁ、ヤバイわぁ。善導騎士団の制圧で27万人くらい犯罪者が死傷したらしいわぁ』という真実を前にして『虐殺案件? いえ、単なる人肉喰いまくりの重罪犯しまくりで人間を奴隷や家畜やペットにし、その家畜そのものの餌にしていた犯罪者を普通に現行犯で射殺、皆殺しにしただけの単純な制圧案件です(ニッコリ)』と世界中の報道機関に詳細が渡された。


 別に善導騎士団は隠しもしなかったし、世界中の報道関係者には人物の匿名性を確保した状態でグロ映像が20時間分ドッサリ送り付けられたのだ。


『殺されても仕方ない人間しか殺されなかったよ。何か問題ある?』と言われてしまっては彼らに言い返す言葉などない。


 この暗黙の同調圧力に屈した報道関係者のほぼ100%が忖度したと言っても過言ではない状況になったのはしょうがないだろう。


 生憎と真実はバラエティーや報道番組とは相性が悪い。


 今、善導騎士団排斥の論調を出そうものならば、局が傾くだろうという現実的な判断で騎士団の憎い層の意見は封殺。


 グロ映像はお見せ出来ませんが、善導騎士団のやった事は多くの被害者を犯罪者から救出する素晴らしい働きであった、と一部の事実を強調して多くの報道機関は言うしかなかったのである。


『コメンテーターの橋本さん。今回の件、どう思われますか?』


『どうと言われてもねぇ。実質的には暗黒街との戦争で一方的に相手は滅んだとしか言いようが無いでしょ。そもそも彼らのしてきた犯罪は読み上げるだけでも悍ましいもののオンパレードだよ……これ地上波で流してもいいなら流すけど』


『殺されても仕方ないと?』


『現行犯でしょ? 実際、今から脳髄を啜られて殺されそうだった子供や攫われて酷い集団暴行被害を受けていた女子供を善導騎士団は救ってるわけだしさ。これを単なる虐殺と言うのはちょっと違わくないかな?』


『ですが、実際に27万人のインパクトは大きいようですよ?』


『オーストラリア政府から感謝状と国家栄誉勲章授与の話が出される大虐殺があると思うかい? そもそもだよ。人間を家畜化して、その餌にしたり、自分達で喰ったり、それがどんな年齢相手に行われていたと思う?』


『そ、それは?!』


『生まれたばかりの赤子の塩漬けと解体ビデオを肴にして集団でレイプにリンチしてる人間は我々の世界では人間扱いしていい存在なのかね? 彼らがそうしている相手の多くが攫った相手に産ませた子に産ませた子みたいな記述も多数あるんだがねぇ』


『放送事故になりますよ?! 今の!?』


『本当の事を言えないなら、放送局なんぞ止めちまえ!! そんな奴らを同情的に生かしておくべきだったと真顔で言えるのはそんなのと関わるとは思ってない連中だけだぞ!! あの頃の中東や西アジアの臓器売買現場を取材してたオレに言わせりゃ、未だ人類は野蛮で未開でロクでなしだよ!!』


『で、ですが!? さすがに数が!?』


『国家が殺し合いの虐殺を行えば、それは戦争だよね? 戦闘員というカテゴリではなく。今回の戦争では犯罪者と致命的な犯罪の現行犯が作戦中の殺害対象として捉えられていた。そう見るべきだと思うがね』


 幾ら元データが報道関係者へ渡されたところでモザイクしか流せないならお茶の間にグロ映像を流す意味は無い。


 放送倫理違反に引っ掛かる騒ぎでは無くなる。


 皆殺しにされた連中の殺し方と選別方法まで詳細を省いた克明に丁寧な解説文付きで送られて来ては……もはや彼らにはソレをそのまま報道する事など出来るはずも無かった。


 内部に映っている悍ましい証拠の数々と死体の数々は被害者のものが半数だが、もう半数は生きて人間性を剥奪されて食い物にされた子供達の被害の実態ばかりであり、誰もが直視に堪えないと女性の報道関係者などは吐いたり、気絶したり、トラウマになって気を失う者が続出。


 従軍記者や元軍人や従軍経験のある医者などですら、気が遠くなるか歯を軋ませて怒りに耐えるしかないという者が大抵であった。


『善導騎士団から送られてきた元データに関しては匿名性のみの編集が為されていますが、見る限りは連続して意図的なカットシーンは存在していない事が確認されており―――』


『女性と子供達の被害に関しての詳細についてはあまりの内容に目を蔽いたくなるような言葉が並んでおり、本局では放送倫理的に放送出来ないとの事で』


『ネット上にアップされている動画は非常に刺激的である為、見る際は女性と子供の方は見ない方が良いと専門家も指摘しており―――』


『善導騎士団に各国から犯罪組織の壊滅に関して送られる表彰及び勲章に付いては世界政府からの一括授与が―――』


 厳然として世界を手中に収めたに等しい彼らの行為が倫理違反だと言うならば、それこそ各亡命政権と現存国家の多くは倫理違反だらけである。


 各国家、亡命政権の多くから今回の一件は賞賛と名誉勲章の授与に値すると打診される始末なのを見れば、報道関係者も空気を呼まないという事は出来ない。


 今、祖国と善導騎士団の関係を悪化させて何か特する人間なんていないと彼らが知らぬわけもないのだ。


 世界中のテレビは正しくプロパガンダを忖度したように垂れ流す機関と化してSNSでは爆発した怒りをぶつける反騎士団派が虐殺だ虐殺だと叫んだら、企業からアカウントが倫理的な規定に触れたとBANされて発信媒体が0になった挙句、特定されて個人情報を晒される者が続出。


 先日の報道関係者の倫理違反案件で殆ど番組制作会社の中身が親騎士団派に偏っていた事もあって、彼らの造る報道番組を見た世間の評判は『騎士団が過激思想の重犯罪者集団を撃滅。大勢の被害者を救い出した功績で勲章まで貰ったようだ〇』というものになったのだった。


『街角の意見を聞いてみましょう。レポーターの黒林さ~ん』


『は~い。黒林です。今回街角100人にアンケートした結果は―――』


『94対6ですか……さすがに偏りましたね。先日、番組制作会社から流出したあの映像も政府及び各SNS運営が凍結しない事を支持する声明を出し、善導騎士団も黙認した為、今も見られるようですし……こうもなるでしょうね』


『ええ、でも、反対意見も善導騎士団ならば殺さずに更生させられたのではないか。あるいは更生出来ないのならば、捕まえて終身刑にしておけば良かった気もする、というもので―――』


『多くの報道局には善導騎士団良くやったという意見が9割を占めており、残る多くの意見も善導騎士団を批判するというよりは死刑制度や現行犯の射殺を確保にして終身刑にしていたら、という意見がほぼ―――』


『今回の一件で実はオーストラリア政府に話を聞く事が出来たのですが、書面回答では我が国の国民に関しては善導騎士団の方で肉体と精神を回復させた後、職業訓練を受けてから帰国する手筈になっているとの―――』


『今回の被害者に関する情報は非公開ですが、我々は生還し、逸早く本国に戻った方の取材に成功しました。彼は我々に文面のみで回答して下さり、【善導騎士団に感謝を……身体を半分喰われた友人と両目を失った私を絶望の淵から救ってくれてありがとう】との―――』


 こうして少年は世界から犯罪者集団と犯罪組織を撲滅する第一歩を踏み出した。


 ASEANにおいてこの犯罪組織の撃滅行為が政府公認の下。


 再び繰り返されるのはセブンオーダーズが旅立った後の事。


 その日の事を後に語る目撃者はこう言った。


『世界の全てが噴火して地球が終わったんだと思った』と。


 魔術師が1000単位で危ない使い魔を作ろうが、万単位のドローンで攻められたら、正面から力負けするのは自明である。


 火力・物量・質・全てに負ける旧世代の魔術師は幾ら特殊だろうと世界を滅ぼせる程度の能力か威力が無い限り、騎士団の敵になる事はまったく無かった。


 無限再生しようが、物理無効だろうが、超火力だろうが、罠だらけだろうが、超越者級だろうが、死ななかろうが、遠間から各種の砲弾を連打して当たりの砲弾が効くまで試し続ければいいだけで勝てる。


 それこそが軍隊と個人の違いだ。


 背後の天幕で片世がノホホンとお茶でも啜ってれば、後詰も完璧である。


 こうしてASEANでも被害者の救済と加害者の火葬が行われた。


 その場で一千数百名以上の専門訓練を受けた術師が少年から受け取った術式で憎悪だの悪意だのを完全浄化、呪い染みた人々の霊魂も完全散逸させて悪霊退散系魔術師と呼ばれるようになる事で全てを済ませた。


 基本的に殺されたのが完全に正気度0な連中や人間のクズと評して構わない者ばかりであった事は後々民間には分かる事だが、善導騎士団の犯罪者基準が重大な倫理違反行為や心理的なクズ度に依存するという事を知った軽犯罪を犯した者達などはもう少しまともな人間になった方が生き残れそうとチラっとだけ改心するのだった。


『派手にやりましたね……お父様』


『あっちの大陸地方諸国なら派手って程でもありません。気の狂った大魔術師が災厄になれば、数百万くらい軽く消し飛ぶので』


『左様ですか。それにしても今回は厳しかったのでは?』


『いえ、言いたくはありませんが、魔術師ってああいう事する人が結構多いので慣れてはいますし、特別厳しくしたとも思いません』


『あれくらい普通、ですか?』


『普通とは言えないでしょうけど……彼らがゾンビの温床になる確率が極めて高かった事もあり、放っておけなかったんですよ』


『ゾンビの? つまり、黙示録の四騎士からのちょっかいですか?』


『はい。犯罪インフラ関連のリストの250名程が意思あるゾンビだったと確認した。そう部隊から報告が上がってきました。あちらは恐らく人類の悪意を限界まで使って人間を苦しめようとするはずなので、いるんだろうなぁとは想像してたんですが、組織の上層部などに入っていたらしく、案外少なかったですね。彼らのオーストラリアとASEANでの狩り出しはユーラシア遠征直前までに終わらせるつもりです』


『これでまた人類の生存確率が上がりましたか?』

『ええ、1%程ですが……』

『大虐殺でしたね……』


『命に貴賤はありませんが、戦略上での優劣はあるので一人一人推定無罪の原則に従って現行法規で死刑になる前提の相手及び倫理的な改善が通常手段では見込めない層には退場してもらいました』


『まぁ、見込めないと九十九が判断したなら、正しいでしょうね』


『彼らには倫理と道徳と運と彼らを庇ってくれる人が無かった。僕らには彼らを狩る理由と力と状況が有った。虐殺だろうと今やらなければ、後から人類規模の災厄になります』


『彼らが生きていて四騎士が干渉した場合、どういう風に?』


『全部ゾンビになった後、同型ゾンビの呼び水に使われていたはずです。事実、部隊の幾つかが確保した地点で方陣制作用の資材と複数の陣の存在を確認しました。解析してますが、恐らくは四騎士並みの力が無い者が同型ゾンビを呼び出す為の儀式術ではないかと推測されてます』


『かなり準備が進んでいたと?』


『ええ、一瞬で100万単位は軽く召喚出来るような生贄が使われた様子でしたし、あそこ自体が一種の儀式と生贄の生成場所だったんです』


『国内に突如としてゾンビが大量に侵入、拡散するわけですか?』


『あちらから更に新タイプの同型ゾンビや超越者系のゾンビがやってくれば、とてもじゃありませんが現行戦力で各地を護り切れません』


『ちなみにですが、彼らに奴隷化家畜化された方々をどうしますか? 帰れる者は帰せますが、もう両親や親族がいないとか。帰りたくないとか。そういう方もいるようですよ?』


『ウチで引き取ります。その為の準備は事前に済ませてありますから混乱はないはずですよ』


『まぁ、そう言うと思ってましたが、そもそもあの地域の出身者だけでもかなりの人数になります。家畜として育てられたり、調教されたりした青少年や大人達も結構な数に上っていますし、精神と肉体を再生させても真っ当な養育を受けさせるなら……近頃拡充した教育部門を更に拡充する事になりますが……』


『ASEANとオーストラリア支部の開設に伴って更に人員を確保する予定です。18歳までは北米と日本の本部で。それ以上は北米に建設中の新種族用区域の方で受け入れましょう。中から更にリーダーとなれる素質の子を選抜もします』


『あ、その件ですが、出産ラッシュが終わりました。子供達と出産終了後の方々もMHペンダントで順調に回復していて、区画への移住も始まります。同区画への被害者の移住には彼らと同じように養育用の寮制度を作りたいと思っているのですが』


『そうですね。皆さんが大人として巣立てるまでは面倒を見る方が必要でしょうし、色々と彼らの再教育や養育用のプランも組まないと……明日までにはやっておきます。団地式にしましょうか』


『それで、なのですが……』

『何か問題でもありましたか?』


『ご主人様や所有者様を出せと彼らの大半が毎日騒いでいまして。ご奉仕したり、踏んだり、罵ったり、色々して欲しいというか。して上げたい的な要望が……ええ、あるのですが(T_T)』


『(・ω・)………解りました。自分で言った事ですし、僕の身体の予備4000体くらい製造してるので明日皆さんに会って来ますね』


『聖徳太子ですね。お父様は……(´・ω・)』


『ショウトクタイシ?』

『沢山の人の声に耳を傾けた偉人です』


 先進国の軍隊なら一個軍団損耗レベルの死傷者を出して尚、被害者と今まで犯罪で虐げられてきた人々の怨嗟の声が騎士団の危険性を声高に叫ぶ層の悪意や良心込みの反論を真正面から圧し潰す濁流となった。


 そして、少年は被害者の所有物と奴隷と家畜な人々を全うな人間に戻す為、色々と説得したり、懐柔したり、話術で煙に巻いたり、エロで頭が一杯な相手に夢を見せて発散させたり、1人で数十万近い相手に対話を試みてそれから終日北米本部の私室で地蔵になる事が確定した。


 1人1人のご主人様で所有者になった少年が物凄く苦労する事になるのは後々の話である。


 一つ確かなのは北米に集められた通常社会に復帰するのが物凄く困難そうな彼らが一つの集団を組織する事になる、という事実のみであった。


 “ベルディクトの従者達”と後々呼ばれる事になる少年少女から青年層の男女問わぬ多種多様な人種の多種多様な人の業や性癖そのものである彼らは何食わぬ顔で騎士団のあらゆる部署に入り込んでいく。


 こうして更生プログラムを受け始めた集団が出した答えはこうだ。


 ―――『あの優しそうで自分を撫でたり苛めたり弄んだりしてくれそうなご主人様(所有者様)のお傍に仕えよう(もしくは道具として使われよう)(*´Д`)ハァハァ』


 少年に近しい騎士団の部署で労働力として働きたいと願い出た元奴隷・元所有物・元家畜な人々がベルディクト狂いと呼ばれるような偏執的なフリークになるのはそう遠い日の出来事ではない。


 切実にご主人様を求めて已まない彼らが後に一番傍でベルさん大好き症候群に掛かっている三姉妹の長女を頂点として騎士団内の大派閥。


 ベルズ・チルドレン。


 もしくはベルさん派(騎士ベルディクト派ではない)として大いに隆盛を誇るのはまだ少し後の話だが、取り敢えず周囲の一致した見解として少年に撫でられて詰られて虐められてエロい事をされて人に言えない悦びを感じたい人々である事は間違いなく確かな事であった。


『ベ、ベルさんのスペアボディがそんなに沢山……い、一家に一体くらい有ってもいいんじゃないか(; ・`д・´)? と思いませ―――』


『『思いません(´-ω-`)』』


『そんな!? 二人はベルさんの身体をスリスリしたり、イチャイチャしたり、フニフニしたり、ナデナデしたり、ペロペロしたり、ヌルヌルしたり、グチュグチュしたり、ベルさんに内緒で秘密の事前訓練とか、秘密の事前特訓とか、秘密の事前修行とか!! したりしたくないんですかッッッ?!』


『……姉さん(T_T)』

『……お姉ちゃん(T_T)』


 少年の身体が一杯という話を聞き付けて、ちょっと物欲しそうに少年へおねだりしようかな?という顔になった欲望ダダ洩れ黒羊さんモードの姉を少年の気苦労を増やさぬ為に止める姉妹が苦労したのは翌日の事であった。


 確かに姉妹達も実際ちょっと欲しくはなったのだけれど………。

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