間章「お休み」


「ベル……その、どうじゃ?」

「あ、はい。とってもいいと思います」


「そうか。うむ……お主が良いと言うなら、その……これからも一緒に……しても良いぞ?」


「リスティさんて、こういう事上手いですよね」


「そ、そうか? 実はその前々から興味があって、だな……」


「そうなんですか? じゃあ、これからもその……一緒に……いいですか?」


「う、うむ。お主が良いなら……その……い、一緒に……」


「何してるんですかぁ~~~ッッ?!!」


 ディミスリル製のドアが蹴破られた。


 防音+防備も完璧な常識的な対爆耐圧隔壁123m分くらいの耐久度があるはずのソレが何の因果か脚型一つで真正面の壁に激突、埋まって止まる。


「ひぇ?!」


 思わず少年が慎重な手付きを止めた。


 同時に今まで少年のすぐ傍でそっと優しい手付きで共同作業していたリスティアも頬を赤くして思わず手を後ろに隠す。


 だが、二人が何をしていたのかは明白であった。


 何故ならば。


「……む? 本当に何してるんですか。二人とも……」


 事実を確認した少女のテンションが一気に下がり、ジト目になる。


 少年と少女は二人で何やら虚空に指や筆を使って絵のようなものを書いていた。


「あ、ヒューリさん。おはようございます」


「はい。おはようございます。じゃなくて、何で朝早くからあんな妖しい声でヒソヒソしてたんですか? 後、それは?」


「あ、はい。リスティさんと一緒に意匠を造ってたんです」


「意匠を?」

「ええ、セブンオーダーズ用の正式版です」


「朝からお仕事とか。アステリアが朝ご飯作ったので早く切り上げて来て下さいね。皆さん待ってますよ」


「おお、スマヌスマヌ。ワシって美術系だったのじゃ。だから、こういう事になるとツイツイ熱中してしまってなぁ。昔も御爺様に言われていたな。朝飯くらい食べろと……ふふ」


 リスティアが黒いワンピースタイプの肩を出した簡素なドレスで微笑む。


 その様子は何処か艶めかしい。


 いつもは姦しいやら老成しているような感じなのだが、昔を思い出した様子は何処かカヨワイ少女とも違う。


 大人な女とでも言うべき雰囲気が漂っていた。


「ごほん。とにかく、ご飯です。ベルさんも今日はお休みなんですから、お仕事は無しの方向でお願いします」


「は、はい」


 少年のロス、シスコの自室は今現在も存在しており、その周囲にはいつものメンバーの私室及び生活スペースが設けられている。


 セブンオーダーズとして活動するに辺り、あちこちに拠点を構える必要に駆られた為、追加メンバー分の部屋は用意されており、悠音や明日輝と共にヒューリもまた三人部屋で寝泊まりしていた。


 拠点として運用される場所での食事当番は大半がヒューリか明日輝が行う事になっていて、今のところ誰からも文句は出ていない。


 先日、ヒューリ印の品が大量に食料物資として搬入されて、少女の目が数時間虚ろになった程度だ。


 当人は今更変更不可能という現場からの声を聴くに辺り、アレは別人アレは別人と呪文のように唱えて精神的な衝撃を無かった事にするらしかった。


 プリプリしながら少女が紛らわしいと食卓へ戻っていく後ろ姿を2人が見つめながら呟く。


「魔族化が解けたのは外見だけのようじゃな」


「ええ、実際の細胞の強度とかはそのままみたいですし、本人に自覚が無いのでしばらくはそのままでいいと思います。馴染むまで見ていてくれますか?」


「うむ。ワシも同じ身の上じゃからな。そういうのはこちらで対処しよう。だが、あの力の強さ……ワシは文系じゃが、あちらは文武両道か」


『ベルさ~~ん。リスティさ~~ん』


「早く行かねば、また騒がれそうじゃ」

「あはは。行きましょうか」

「うむ。それはそれとしてちょっと目を潰れ」

「は、はい。こうでいいですか」

「うむ……ちゅ」

「ッ」


「手伝ってくれた友人に親愛の印じゃ。こんなカワユイ乙女からの褒美、断れまい?」


「あ、ぅ、っ~~~」

「ささ、ゆくぞ」


 イソイソと少し恥ずかし気に歩いていく背中を少年は慌てて追い掛ける。


「もう、遅いですよ。朝食が冷めちゃいます」


 ムギュッとヒューリに後ろから抱きすくめられて、さぁさぁと押し出される少年はニヤニヤしたリスティアの笑みをちょっと見られない様子でポリポリと頬を掻くのだった。


 *


 現在、ロス・シスコのあちこちでは革命とでも呼ぶべき速度で過去の文化が復興するどころか、更に加速している様子で進展中だ。


 日常生活に無理なく魔力と魔術と科学が融合している。


『再開発区行き~~第33番ホームに間もなく路面電車が参りま~す』


『スカイラインへの乗り入れは3:33の特別便をご利用下さ~い』


『善導騎士団本部~~~次の停車駅は善導騎士団本部~~お降りの際は―――』


 あちこちに張り巡らされた線路には低速の路面電車が奔り、そのガワこそ既存のものを用いているが、実際には都市から供給される電力や魔力を受け取ったり出来る上、内燃機関として低出力のグラビトロ・ゼロが運用されている。


 各種の車両もエンジンと機関部が置換されており、都市部の半分以上が燃料要らずの動力で動く有様であった。


 まぁ、それでも燃料そのものは着実に蓄え続けられていて、北部のロスと共に周辺領域にはゾンビを駆逐した跡に資源基地が乱立。


 壁の延伸や増設によって城塞都市は少年達が造り終えた当初から2倍近い領域を人の生活圏として確保していた。


『号外~~号外~~再開発区域への定住許可が発行~~良い場所は抽選らしいよ~号外~~号外~~』


『善導騎士団本部って、いつ見てもカラフルよねぇ。ああ、あの子は頑張ってるかしら……心配だわ』


『基本的な生活方法もちゃんと教えてるって話だから、大丈夫でしょう。週末には帰ってくるんでしょう?』


『ええ、お土産に一杯果物や食料を持って帰って来てくれるのよ。いつの間にか立派になって……』


『そう言えば、この間はガールフレンド連れて来てたわね。あの子』


『うふふ。挨拶されちゃったわ。移民してきた子なんですって……英語ペラペラだったわ』


『善導騎士団がホンヤクジュツシキとか言うので移民相手にもスムーズに仕事が出来るようにしてくれたって、そういやウチのダンナが言ってたわね』


 各種の大木化した果樹や此岸樹、露地栽培の畑で埋め尽くされ、今も人類生存圏の多くに食料を格安で輸出していた。


 現在、最大の食糧算出地帯であったオーストラリアがゲルマニアの攻撃で穀倉地帯を半減させており、そこに大旱魃が重なったという事で壊滅的な被害を受けているのだが、それを座して見守る事無く。


 善導騎士団が仲介してロス、シスコ、オーストラリア間で食糧供給協定を締結。

 イギリスと同様に日本と北米から莫大な食糧が流れ込んでいる。


『オーストラリアへの定期便のチケット購入は御早目に~~安心の海獣保険もちゃんと付いてるからね~~』


『善導騎士団製の安心安全旅客船だよ~~此処のロスから片道3日、シスコなら片道4日でオーストラリアのメルボルンやASEANの各島に入港予定だよ~~』


『はーい。ダフ屋行為は禁止ですよ~~振替や払い戻しはちゃんとやってるから安心してね~~』


『食料の買い付けに来たバイヤーさん一行はこちらにどうぞ~~善導騎士団の食糧生産部門の方をお呼びしておりますので~~』


 ASEAN諸国は穀倉地帯がそもそも分散して点在していた為、ゲルマニアからの攻撃でも穀倉地帯の被害は3割程度に留まったが、近年の豪雨災害で物流が麻痺するところが多くなった為、最大の人口を誇りながらも食料自給率は100%を割る勢いで低下しており、やはりこちらにも同じように食糧支援が始まっている。


 20万都市国家として再出発して以降、次々に移民がやってきて嘗ての賑わいを取り戻しつつあるシスコは今や陰陽自研と善導騎士団の先進技術のオンパレード状態であり、魔術具や魔術を間接的に生産に使用した道具の多くが浸透している。


 テレビやラジオは言うに及ばず。


 洗濯機や乾燥機、コンロ、オーブン、トースター、ドライヤーまで家電という名の殆どの機械は必要な魔術具1つで最低限の機能を代替。


 使い方さえ間違わなければ、正しく今までの文明の利器は無くても生活可能。


 逆にそういった家電を使って生活する事がステータスとして高級な生活と見なされるようになっていた。


『スマホの代わりに受信用の棒っ切れ一本で映像画像出力、ネットにも繋がりまくりとか。すげー時代だよなぁ……キーボードはSF張りに空中に光で固定化されて出るし、映像も空中に固定だしよ』


『あ~でも、一応電子部品は入ってるらしいぞ?』


『へ~~そうなんだ~~でも、一本百役の宣伝は伊達じゃないよなぁ。コンロやオーブンの代わり、洗濯機や乾燥機の代わり、ドライヤーの代わり、何でもありだもんな~~』


『それ、壊れても持っといた方がいいぜ。試供品だろ?』

『え? うん、そうだけど……』


『何でも能力を全部別々にして売り出すかもしれないんだと。ウチのオヤジが言ってたぜ。失業者対策だとよ。能力複合系は今後高くなるって』


『マジか~~大切に使おっと』


 MHペンダントを始めとして基本的に魔術具の形は円筒形の棒一本。


 多機能性を持たせても形状はそのままである為、使い勝手という点では元々使っていた家電などに劣る。


 だが、棒一本持って生活するというスタイルは広く単身世帯などには広がっており、魔力を用いて水に浸した衣服から汚れを落とし、パッと乾燥させ、朝の朝食として棒でサッと魔法のように焼いた野菜や肉を食み、シャワーを浴びた後に一瞬で乾かし、髪の毛もフワフワにして外出、とか。


 そんなのがスマートな生活様式として人気になっていた。


『お母さ~ん。今日はインナー使わなくていい~? 友達と久しぶりにお出かけなの!!』


『しょうがないわね。下着型のを付けて行きなさい。これならいいでしょ?』


『う~ん。まだカワイイの少ないんだよねぇ……』


『お願い。付けて行って……今度カワイイのが出たら買ってあげるから』


『うん。分かった。勝負下着見せたかったのになぁ~』


『まぁ?! ボーイフレンドが出来たの!? あ、ちょ、どうなの!? トイレに籠るとか卑怯よ!?』


『清いお付き合いですぅ~~(≧▽≦)!!』


 衣服の方も今は善導騎士団が配っている緊急時の為の民間用のデフォルト・スーツを着用し、上に騎士団のような衣服を身に纏う者も多い。


 データ計測用の機器を用いて、健康管理からケガをした時の治癒まで行ってくれる優れものである。


 肌にフィットする薄いインナー状である事から高齢者などは着込む事も多く。


 健康志向な若者達や危ない仕事に従事する者達もどうせ仕事着だからと日常でもずっと使い続ける者もいる。


『もう、あの子ったら……でも、しょうがないわね。ふふ……あの子くらいの歳でちゃんとお洒落が出来るようになるなんて……思ってもみなかった……相手がちゃんと残ってる事すら……』


『お母さ~ん。行って来ま~す』

『ゾンビと車両には気を付けるのよ~~!!』


『分かってるよ~~ゾンビ護身術4段の腕前信じて~~~』


『もぅ……その内に重火器講座にでも通わせようかしら……そう言えば、あの子の進路、善導騎士団の後方業務って言ってたけれど……どう応援してあげたものかしらね……』


 外見上の事を気に掛ける乙女や女性諸氏の多くはスーツなんてという者もいるが、下着タイプのものも騎士団からは能力が低くてもいいならばという事で各家庭に提供されていて、着込まないというのもあまり考えられなくなっていた。


 服飾業界の人々は現在そんな善導騎士団からの技術協力資金支援の下。


 より高性能な肌着の開発に従事しており、見た目もしっかり考えた上での未来志向な衣服が日本側へも輸出されるなど、それなりに大きな反響を呼んでいる。


「♪」


 そんなロスの最中をげっそり涙目になった少年とホクホクした少女達の一団が歩いていた。


 理由は単純だ。


 先程まで女性陣にランジェリーショップへ連れ込まれていたからだ。


 またまた過激な下着を為、少年の心のライフは0である。


 ちなみに周囲からの視線を避ける為の魔術が掛けられており、彼らを見やるのはその簡易の術式が見破れる善導騎士団や一部の隷下部隊、シスコの守備隊の一部のみだったりする。


 ヒューリ、フィクシー、明日輝、悠音、シュルティ。


 いつもの面々に囲まれた少年、その背後には更に大人組としてミシェルと明神と安治がカズマとルカに護衛されながら連れ立っている。


 八木は仕事で忙しく。


 ラグは現在東京本部で陰陽自衛隊の幹部や部隊の連中と共に実戦形式での鍛錬中……相手は片世であった。 


「ようやく、検査漬けの日々も終わったぜ。ふぃ~~~」


「気、抜け過ぎじゃない?」


 ルカに言われてカズマが肩を竦める。


「ずっと、あっち側で血液抜かれながら作業してたからな。何か帰って来てからも緊張感が続いててさ。ようやく何か気が抜けて、ふぁ……」


「まぁ、今日は休日だ。抜きたいだけ気を抜いておけ。明日からまた任務だ」


「総隊長が言うと洒落にならないな」


「任務だとも。勲章授与だ。明日には東京の国会でな」


「ふぁ?! な、何の話だよ!?」


「お前に自覚が無いようだから言っておくが、お前の造った大玉が今イギリスの神を封印している。アレがいつまで持つかは分からんが、同じようなものを建造するにしても常識的な方法では時間が掛かると善導騎士団から言われている。つまり」


「つまり?」


「それなりの功績を上げたという事だ。ただ、階級を上げてやる事も出来るが、幹部候補生と言ってもそういう試験を受けたわけでもないからな。それにお前も昇進したいわけじゃないだろう?」


「ま、まぁ……」


「カズマが好きなようにすればいいんじゃない? 偉くなるよりは勲章でも貰ってた方が単独で動く時にも融通が効くだろうし。日本で待機だった僕にしてみれば、その活躍は羨ましいよ。結構」


「そんなもんか? 勲章ねぇ……オレがんなもん貰ったって言ったら、あいつらもきっと苦笑の嵐だろうな」


 そのあいつらの事を察した安治とルカは何も言わなかった。


「騎士ミシェル。今日の騎士ベルディクトの予定は? こちらには何も聞かされていないのですが」


「未定です」

「未定?」


 明神が首を傾げた。


 騎士ベルディクトの秘書という立場から『お休みなので一緒にシスコで遊びませんか?』との少年の話に『これも共に信頼関係を気付く為……』と内心で自分に言い聞かせながらやってきた彼女である。


 あの準備を怠らない少年の事だ。

 何かしらのプランがあるのかと思っていたのだ。


「今日は全て周辺の皆さんが考えて来た予定しかありません。こちらには知らされていませんから」


「そうですか……」

「ええ」


 ミシェルと明神が互いに並んで顔も併せずに進んでいく。


 どちらも少年にとって秘書業務の片腕である。


 政治方面は明神が取り仕切り、魔術技術方面はミシェルが取り仕切る。


 個人的な才覚で結界関連の研究にも携わるミシェルは今や騎士団人材中最も騎士団が要する結界関連技術に詳しい人材だ。


 正しく重要人物であり、未だに副団長の秘書達から監視されているという事実を置いておいても良く働いている。


 それでも過去の事は見過ごせないという明神の正義感というよりは“正しい忌避感”は未だ健在。


 両者の間には業務以外でまったく交流が無く。

 ある意味では不干渉の立場を取っていた。


「皆さん。付きました」


 少年が思い思いに会話しながら歩いていた一行に告げる。


 本日の少年の行き先の第一目標。

 それは―――。


「映画館? お、マジか~~分かってんな」


「カズマ。此処、アメリカだよ。日本語しか出来ない君は翻訳術式無しじゃ字幕も無い映画は無理だって」


 デートの定番スポット。


 少なくとも喋らなくても勝手に時間が流れていくという事で一部の男性陣にはありがたい骨休め的なスポットが来た事でカズマがウンウンと頷いたが、ルカがビシッと片手でツッコミを入れた。


「あ、はい。でも、こういうのが定番らしいので。テーブルゲームや電源系のゲームでも良かったんですけど、さすがにこの人数ですから。悠音さんのアイディアです」


「えへへ~~ベルもこの世界の映画が見たいって言ってたから、再開したってチラシ見て問い合わせてみたの。ね? シュルティお姉ちゃん」


「は、はい……実は映画館で映画とか見た事無くて……」

「この人数だと映画は良い選択肢だったと思いますよ」


 少年の言葉に緋祝姉妹がウンウンと納得中。


 その姉は『ベルさんの横の座席を……』という欲望に駆られた様子でサササッと人がいる受付に速攻で歩き出し、本日2本やっている映画の一つを選んで戻って来た。

 というのも、片方はどうやら数十年以上前に撮られた西部劇。


 片方は一昔前に一世を風靡したホラー映画。


 だが、残念ながら少女達が選ぶとしたら男臭い硝煙と土煙が目立つ人間ドラマよりは恐ろしいクリーチャーの出現でビクビクしているという体で手を握ったり出来るホラーの方である。


 そして、少女達がメインである本日の休日に否を言うような野暮な大人は居なかった事で誰も異は唱えなかった。


 ちょっとだけルカの顔が西部劇の看板に向いて『時間が有ったら見に来よう』という顔になっただけだ。


 そこそこ硬派なものが好きな“彼”の様子にカズマが今度一緒に行くかとヒソヒソ語る様子は周囲からならば、次のデートを約束する若者達に見えたのかもしれないが、両者にとっては至って普通の友人と映画に行くという選択肢だった。


 売店でコーラに紅茶に珈琲やらをLサイズで受け取り、ポテトやらポップコーンやらアイスやらを手に彼らは席へ向かう。


 ただ、彼らの中で唯一戦場に向かうような険しい顔の少女がいた事は……少年にしか分からなかっただろう。


 元王女と大魔術師。


 左右を挟まれる事になった少年は上映開始と同時に何やら本当にちょっと眉を八の字にした少女フィクシー・サンクレットの手を優しくそっと握る。


『!』


 その瞬間を見てハッとした悠音と明日輝が自分達のホラーの何が怖いの?という乙女としての鈍いかもしれない感性を悔しがり、自分から握ったヒューリは『や、やられたぁ!?』という顔にもなったが、少年が気付く事も無かった。


 背後の席となった秘書組みと陰陽自組は普通に鑑賞。


 二時間の間、互いの体温を確認し合う男女3人の様子は正しくホラー映画並みに愉しめる見世物として周辺に生暖かく見られたのであった。


 *


 ―――数日前。


 奇想天外。


 ゲーム業界でこう言われる品はそう多くない。


 だが、とある男の芸術ゲームだけは例外だ。


 だから、ソレの無料配布当日。


 善導チャンネルから告知された全ての店舗で多くの老若男女がソレを手にしても『あのゲーム造った人ね』くらいの感想でソレをやった。


『まさか、新作が善導騎士団との合作になってるなんて知らんかった(=_=)』


『陰陽自衛隊も絡んでるらしいぞ(´・ω・)』


『そういや、このゲーム……ゲーム? 何で8ビットなんだ?』


『あ、16ビットになった。レトロゲーが進化していく的な?』


『つーか、物凄い個人的な事を聞かれまくってるんだが、答えなくてもいいらしい。つーか、専用カスタムに必要って何のカスタム?』


 最初は8ビットのゲームかという程に拙いようにも見えたが、数分で16ビット、いつの間にか64ビット、更にという具合にゲームの歴史をなぞる如く。


 進化していくグラフィックは最終的にはゲーム使用者当人の周囲にまでも展開される映像となって人々の度肝を抜いた。


 ソレを可能とする周辺のプロジェクター機能もそうだが、ソレが世界で初めて魔力及び電力を用いて駆動する電源ゲームあるいは魔源ゲームと呼ばれるモノの始祖となった。


 ゲームの目的は幾つもあるが、その最大の目標は一つ。


 自らの力を高めて生き残る事、だ。


『強くなって生き残れ? 強くなる為の方法は与えてやる? ん? 3日で何か届くって善導騎士団の例のスマホから通知が……ああ、連動機能?』


『オイオイ。何かサラッと開発中の専用武装の構築作業開始とか通知送られてきたんですけど』


『武装? こっちはお人形さんを作成中って通知が……』


『え? 人形? こっちは入力用の専門端末って話なんだが、仕様と使用方法が送られて来て、え?』


『九十九たんカワイイ(*´Д`) 【マギアグラム】最高』


『これが噂の善導騎士団のメインシステムのアバター九十九たんか(・ω・)』


『ママーあの人達、ハァハァしてるよ~』


『し、見ちゃいけません』


『ママー九十九ちゃんがお人形さん送ってくれるって!!』


『あら~良かったわね~~』


『イチメートルナナジュウセンチ? だって!!』


『え?』


 そう、ソレは幼児から老人までただ自らの力を高める為に行われる遊戯。


 肉体や技術の練度が上がれば、ゲーム上でもソレが反映される。

 知識や技能が増えれば、やはりゲーム上でもソレが反映される。


 得意なもので生き残る。

 磨いてきた技能で生き残る。

 集団ならば、団結力がモノを言う。

 仲間が離れれば、弱くもなる。


 魔術の素養があれば、戦闘の素養があれば、やはり天から与えられたものかと生き残るのに役立つ。


 現実の自身のデータが全てインプットされた端末内で己の生き残る為の武装やプランを自らの手で生み出し、管理し、あるいは委任して能力を高めるゲーム。


 それは有る意味ではゲームというより人類個人個人に与えられる生存能力開発、自己育成ツールに等しかった。


『ワシ、今年で89なんじゃが……この歳で斧を振るってゾンビと戦う事になるようなんじゃ。ばーさん』


『え? そうなんですか? おじーさん。こっちはお薬を使っておじーさんをドーピングして生き残れって表示が……専用の薬剤生成キットが届くとか』


『『………』』


『やるか。ばーさん』

『はい。おじーさん。孫と愉しい老後の為に』


『じーじーみてみて~~カードでシャキーンて勝つの~~』


『うぉおおぉお!? ウチの孫は世界一かわゆいのう!!』

『ああ、後でいちご大福買ってくるからねぇ!!』


『やだぁ!? チョコケーキがいい!!』


『それも買って来るわよ。うふふ(*´ω`) ガトーショコラがすっかり気に入っちゃって♪』


 最初に彼らへ与えられたのは計測と実際のゲーム内のステータスや情報を見る筐体であったが、彼らが自らの肉体や精神や叡智を磨き、己の実力を以て生き残る為の方法を使えるようになれば、次々に武器や防具や戦い方や彼らの代理として護るべき力を持った機械が送られ始めた。


 それに付随する莫大な生活支援の追加は多くの人々にとっては有り難い話だっただろう。


 そちらを目当てにするのが半数。


 もう半数は話に聞いた生き残る術を欲して子供や親に勧める事もあった。


 生存方法。


 ソレは魔術を込めたカードかもしれなかったし、自分の動きを代理する人形かもしれなかったし、己の操縦テクニックやプログラムだけで動かすドローンなどもあったが、ドローン・ロボット型やカード型はまだ善導騎士団の意図がオブラートに包まれて、良心的と言えただろう。


 だが、問題は直球の武器型や装甲型だ。


 正しく当人が最も効率的に生き残る為に誂えられた当人のみの専用品が山中だろうと量子通信でオンラインになる端末から相手の下に届けられると通知が出た。


 ついでに当人が防衛活動や治安維持活動に従事してポイントが溜まれば、更に自身で改良を申請する事も出来た。


『拳銃型? オイオイ、日本は重火器に厳しい国じゃなか―――』


『兄さん!! 今、総理がゲーム筐体のに関しては法令適応外である事を通知するって声明発表してるよ!!』


『マジか。妹よ……本当に拳銃型かよ。あん? 39g? 何かバグッてね? この表示……つか、お前の方は何が来るんだ?』


『え? アタシ? ええと……砲撃手適正有り。230mm四連装速射自走魔力砲2門? 大きいので近くの自衛隊の演習場に駐機しときますだって』


『やっぱ、バグってね?』


『大砲? アタシ、大砲なんて撃った事ないんだけど……あ、専用カリキュラムやったら、騎士団からの支援増えるんだって。やた!! 騎士団提供のマジュツシ専用のコスメってヤツが欲しかったんだよねぇ♪ 友達に自慢しちゃお』


 ゲーム開始時に様々な質問を強いられるが、それだけで集まらないようなデータをゲーム筐体本体が蒐集し、それを用いて制作された付属品は現実でも殆どメンテナンスフリーで運用出来る兵器に他ならない。


 まぁ、市街地での運用にも制限が掛かり、筐体が観測する当人の状況で正当防衛が成立しない限りは人にも向けられない。


 また、戦闘主体のEスポーツ。


 否、としても活用出来る。


 善導騎士団開催のゲーム大会という名の実戦訓練すらも上から下まで賞金が出て、入賞したら生活支援の増加+ゲーム内の特典まで付く。


 戦える方の人々の武装はそれこそゾンビ相手ならば通常弾頭並み。


 いや、それ以上の威力で相手を吹き飛ばす力も備えている。


 諸々、世間から危険だ平和的ではないという批判が出そうなものだが、生憎と善導騎士団はその批判や疑問や問いに関して黙殺する事を決定した。


 暗に人々にそうして示したのだ。


 お前らがそんな事を言っている余裕が今の世界にあると思っているのか、と。


 テレビではそういう事が分からない鈍い批判者に騎士団の意図が正しくテレビ局の有識者とやらを通じて発信されたし、事実として事故は今のところ0であるという発表だけが毎日続けられる事になる。


 九十九と百式、深雲を主軸とする通信ネットワークによって管理されるクラウド・タイプの自律兵器生産システム【魔導工廠群】はそうして稼働を開始した。


『なぁ、あそこのライン……本当に手出さなくていいのか?』


『ん? ああ、あそこはゲームの付属品製造用らしいぞ』


『付属品ねぇ……軍用の固定化前のディミスリル資材が大量に流れてってるわけだが……つーか、今さぁ……見間違いじゃなきゃ100mm以上の砲身とか、陰陽自研が開発してるって話の躯体人形の原型流れてかなかった?』


『無視しろと上は遂せだ。さすベルさすベル……』


『マジかよ……しかも、何かラインをドローンが解体したり、増設したり、せわしなく動いてるんですが、アレもいいの?』


『自立稼働する兵器工廠の実験も兼ねてるんだと。完全自動化が果たされたら、ゾンビとの戦争も多少は楽になるかもよ?』


『人類同士が超技術で滅ぼし合うSFな未来に向けてレディーゴーしてるように見えるのは気のせいなのか?』


『生き残ってからそういうのは考えようぜ。そもそもそこのライン通ってるのってC等級以下のディミスリル化合金だぜ? 最先端とは諸々天地の差だし、オンラインしてる限りはリミッターが外れない仕様らしいから、その間は単なる玩具でしかねぇだろ』


『玩具でも鈍器や刃なら人は殺せるんだよなぁ』


『ははは、馬鹿言え。対接触防御つってなぁ。今、自動車造ってる大手が魔導で交通事故が起きても死傷者が0になるシステムを一緒に開発してんだぜ? それのβ版が入ってっからぶっちゃけ殴り殺せすらしないらしいぞ』


『動力になる魔力無くなったら?』

『自壊して新しいのが来るらしい』


『詳しいな……お前……何処からんな情報を?』


『ウチの企業の誰も視ないホームページの一番下の1cmくらいのリンクバーから見られるですハイ』


 痛滅者の簡易版である【虚兵】などを造る生産ラインに併設されたの量産改造ラインはネットワーク上で集積される筐体からのデータを解析した九十九の指示で人々に自動で戦う術を授ける。


 その目的は低脅威度のゾンビとの戦闘だ。


 大群でのゾンビ襲来時……要は国土失陥レベルの敵の数に対して民間人を後方の即時予備戦力として運用する為の初手こそがソレだ。


 もしも善導騎士団や陰陽自研、陰陽自衛隊が消滅したら、という未来が到来した場合、ソレが最後の砦として機能する。


 心配性な少年の保険にして準備であった。


 そもそも自立稼働して自己生産自己拡大する機能を有した兵器工廠とか。


 そんなヤバイものをポンと用意してみせた少年であるが、その事実に気付いているモノは多くない。


 フィクシーと副団長、北米両都市と日本政府の一部高官くらいだろう。


『総理。稼働を開始したとの事です』


『そうか。疑似的な国民皆兵制度……そう言われるのも時間の問題だな』


『今更でしょう。どちらにしても生き残れなければ、批判する事も出来ません』


『国民からの批判は承知の上と言っても……事件が起きなければいいが……』


『武器系統のロックに穴は無いと騎士団側は断言しましたが……』


『穴は無くても壊して使おうとする輩はいるだろう? 恐らくゾンビ・テロの首謀者達にしても……』


『ああ、それは不可能だそうです』

『不可能?』


『日本国内でのあの一件に関わった人々の炙り出しは完了。その監視もシステムで行っていると。何かあったらあちらが実害が出る前に対処するそうです。もし、何も無ければ、国民として護るだけだとも回答がありました』


『……リストは?』


『日本国内に新たな争乱の種を撒くのは問題外だとの事で共有はしないそうです。彼らが魔術や魔導に手を染めて何かしようとする場合は共有されるそうですがね……逮捕、書類送検、拘留される者達以外には独自制裁が加えられるとか』


『つまり、我々が知らない方が穏便に事が収まると判断されたわけか。その解答だけで随分と困るな……政治家や政治団体が裏にいると言われたに等しい』


『それもあちらは承知でしょう。こちらでも当たりは付けていたとはいえ、本当に我が国も根が深い問題を抱えてしまった』


『取り敢えず、内偵と調査は続けてくれ。証拠固めと裏を取ってからの検挙も視野に入れて……』


『了解しました。もしもの時は速やかに逮捕出来るよう公安にも……』


『よろしく頼む』


 これもそれも可能となったのは九十九のネットワークが今も学習と能力の向上を繰り返しており、かなりの水準の演算処理能力を有しているからである。


 シエラⅡの量産計画は国家事業だが、その内実は実質的に九十九や深雲を中心とするネットワークの外殻、百式の増産と言える。


 システムが学習で手強くなっていく敵中核戦力。


 それがシエラⅡそのものというのは相手にとっては悪夢だろう。


 世界各地にソレが点在するとなれば、一気に殲滅するというような事は事実上は黙示録の四騎士にも不可能。


 実はあのゲームは世界を救う兵器工廠の情報収集端末でもあったんだよ。


 な、何だってー!?と驚く事になる未来の陰謀とか知りたい系な人々がいつかは知るだろう事実はこうして現実になったのだった。


『これが【虚兵】か~~』


 そんな民間がざわめいてから数日後。

 自衛隊や警察もざわめく事になっていた。


『痛滅者、だっけ? アレの簡易版なんだろ?』


『ええ、皆さんもよくご覧になって下さい。今後の陸自の歩兵装備のスタンダードですよ。通常の行軍の連続稼働時間は4000時間。戦闘機動を行っても2000時間はキープします』


『陰陽自衛隊の普通の大きさの装備とは運用が違うのか? 曹長』


『ええ、コイツは言うなれば、常用するパワードスーツですから』


『常用……これで野戦て事か』


『市街地戦も勿論熟しますよ。対ゾンビ、変異覚醒者用です』


『射撃兵器無くね?』


 ロールアウトしたばかりのパワードスーツの如き漆黒の機体。


 基本的には翼、背中、両手両足だけの着込む機械というようなディティールだ。


 ただ、これに乗り込むのが騎士団が降ろしている装甲付きの歩兵やオマワリサンである事からパワードスーツというよりは装甲のパワーアップパーツのように考える者が大勢であった。


 付属するのは盾、更に警棒というよりはランス染みた鉄塊が1セット。


 陸自の基地の一角に置かれていたソレの周囲にはメカマン達と暇な隊員達が詰め掛け、規制線ならぬ白いチョークの円の外側で繁々と海のモノとも山のモノとも知れぬ兵器を見つめている。


 その外観は言ってしまえば、簡素な痛滅者だ。


 元々あった大きな総合兵装ユニットは1対に減らされて背部にバーニアとして据え付けられている。


 それに盾と近接格闘による武装が追加された形だ。


 その最大の能力は防御力である。


 無限者は全身を覆っていたが、虚兵は痛滅者をより簡素化、隙間のある装甲を用いて可動域を広く取って超至近距離での接近戦を可能とし、装甲そのものを薄く数層に重ねて間に空間を入れ込む事で軽量化と同時に防御力も確保する。


『空飛べんの?』


『いえ、ですが、跳躍と着地は出来ます。想定では20mまでなら通常機動範囲内です。50m以上だと着地の為に戦闘機動の魔力消費となります』


『は~~~軽いビルなら一っ跳びか』

『コイツの武装って、このランス以外無いの?』


『仕様です。あくまでゾンビを推し留める為の壁役。その背後から射撃する部隊が掩護する事で戦術的な分担をするとの事です』


『壁でもやっぱり銃くらいは必要じゃね?』


『いえ、そもそも基本戦術は通常のドローンがファーストアタックを担う戦法となります。ソレが銃と考えて頂ければ。銃で排除出来ない固い敵に対して同じ以上の固さの歩兵が囲んで時間を稼ぎ。その合間に火力の集中で仕留める。基本的にはそういう事になるかと』


 BC兵器に関しては魔導による防御が適応され、射撃兵器は積まずにまず敵からの攻撃を受け切る事だけを考えてシステムが構築されていた。


 基本的にはBFCや四騎士達が使う同型ゾンビから通常戦力や後方の火力支援の射撃兵器を護る戦列歩兵役である。


 相手の攻撃を凌ぎ、後方の装甲の貧弱な友軍を護る歩兵装備として運用されるのだ。


 射撃兵器が搭載されていない理由は一つ。


 敵攻撃兵器が強化された場合、敵防御力が向上した場合を見越してのものだ。


 つまり、銃弾が効かない敵が出て来ても物理的な加速度と重量で殴り殺す事を指向したわけである。


 敵の大きさが少なくとも人型サイズで15m圏内ならば、通常戦力でも数の暴力で消耗せずに叩き殺せるという話は嘘か誠か。


 通常弾が効かない。

 ディミスリル弾が効かない。


 あるいは効いても専用の兵器や大きな魔力を消費するか抑え切れない数が抜けて来るというような場合、射撃武器に頼った兵隊は圧倒的に不利だ。


 そのパラダイムに備えたコレは敵戦力を前にして何よりも消耗せずに戦える唯一の兵装であり、消費されるリソースは搭乗人員の集中力と体力、M電池くらいなものだろう。


『陰陽自衛隊の歩兵装備との差別化にはどういう理由があるんだ。曹長』


『はい。それに付いてですが、扱える資質があるかどうかだとの話です』


『……つまり、我々ではアレが扱えないと?』


『魔術や魔力に親和性の高い人材以外だと十全に威力が発揮出来ないようで』


『コレは一般人用という事かな?』


『ええ、その上で乗り手次第ではあの歩兵装備相手でも引けを取らない戦闘が可能なように調整したそうです。誰でも使えますが、センスと習熟があれば、精鋭相手でも戦えると考えて下されば』


『そういや、警察にも納入されてるって話だけど、何が違うんだい?』


『ああ、それは―――』


 陸自に納入された以外にも警察にも仕様変更された虚兵が配備された事はもう新聞でも大きく取り上げられていた。


 詳しい事は秘匿されているが、実際に日本各地の警察署に10台単位で配備され始めた事はもう誰もが知っている。


 陸自仕様との違いは馬力が落ちてランスの代わりに盾がもう一つ付けられるとの話で格闘戦の機能はそのままだが、更に大規模な防御用の方陣防御が魔力消費のリソースを無視して発動可能というところにあった。


 ゾンビからの民間人の警備、避難誘導、殿になっての盾になるべく開発されたのだから仕様としては妥当なところだろう。


『警察と同じ事は出来ないのか?』

『あれはアタッチメントの常備化なんです。実は……』


『アタッチメント? つまり、能力を何かのパーツで補うのか?』


『ええ、警察は防御重視の装備で固定ですが、軍用は用途と作戦に応じて各種のアタッチメントを現地で装着し、使い分けます。作業は1分くらい、作戦中の換装作業なら20秒、作戦行動に支障は無いでしょう』


『種類は?』


『防御能力重視のスパルタン・タイプ。高機動攻撃力重視のアバランチ・タイプ。強襲空挺能力重視のメテオ・タイプ。殲滅能力重視のルイン・タイプです』


『四つもあるのかよ……』


 この徹底的な射撃武装の排除によって簡素化された兵装システムの処理能力は機体の運動性能と防御性能に極振りされた結果、常人へも高い追従能力を有し、専門知識が無くとも感覚的に動かせると同時に防御もほぼオートで可能となった。


 システムの複雑さが低減した結果、既存の兵器生産ラインを陰陽自研が魔改造する事で比較的楽に量産可能ともなっている。


 今は日本と北米で月産10万機。


 基本的にはパワードスーツ的に運用する為、世界各地の軍に降ろされる手筈となっている。


『スパルタンタイプの主兵装マルチ・ディフェンダーは盾で陰陽自衛隊の標準装備の盾を肥大化出力をアップしたものです』


『警察は機動隊にでも持たせるのか? 今の話的に……』


『そう聞いてます。アバランチ・タイプは背後の盾状の翼型ブースターであるマルチ・アームドの増設タイプです。機動力の向上と短時間の飛行能力。装備重量を4倍まで引き上げる事でバースト・ランス。あの鉄塊を単純に二倍にしたものを用いて攻撃力も数倍まで引き上げられます。最大威力は十トンのトラック10台が時速500kmで何かにぶつかったくらいだとか』


『地形変わらんか? ソレ』


『まぁ、はい。ですが、ソレはどちらかと言えば、メテオ・タイプでしょう。コレは航空機からの空挺用装備ですが、超重力生成ユニットである球状装備エンジェル・ハイロウ……巨大な輪の中に球体を固定化した背部ユニットを消費して超高重力打撃を加速状態で地表に叩き付けます』


『………(=_=)(SF装備来ちゃったよという顔)』×一杯。


 歩兵としての運動機能と装甲をブーストする為だけのものである為、促成された兵員でも運用は可能。


 この極めて分かり易い“歩兵能力の向上”は言うなれば、既存の兵員や兵器の再利用計画でもあった。


 通常のゾンビとて火器で殺せるのだ。


 だが、銃弾を消費し尽した兵員は無力だったのが今までの戦場。


 しかし、これが行き渡れば、同型ゾンビが攻めて来てすら、彼ら兵員の多くが巨大なランス型の鉄塊を振り回して相手を殺せるのである。


 通常の歩兵の進化先とも呼べる【魔導機械化歩兵】が選ばれた一般人や軍人が運用出来る人を選ぶシステムならば、虚兵は選ばれなかった一般人や軍人が普通に運用して普通に戦果が出せる歩兵装備であった。


『まぁ、消耗品なので1撃で廃棄なんですけどね。威力は折り紙付きです。1機で直径300m程を瞬間的に100G近い斥力で押し潰すので大抵のゾンビはどうにかなるでしょうね』


『変異覚醒者とかに使ったら即死。市街地じゃ被害は甚大じゃないか?』


『ま、野戦用ですよ。コレは陰陽自研の最新研究成果らしいです。威力を絞って使えるようになるのも時間の問題だとか。消費したら背部ユニットは廃棄して普通に戦えますから、戦局を有利に運べるでしょう……』


『で、最後の殲滅型はどういうのなんだ?』

『何て事ありません。全部載せです』

『全部載せ? 今までの装備を?』


『はい。ルイン・タイプはフルコネクター・ユニットと呼ばれる全武装の統合管制システムを用います。コレは超長期戦用も兼任していて、噂になってる重力を消費する新型エンジン……グラビトロ・ゼロを載せるそうです』


『つまり、出力や稼働時間が長くなるのか?』


『はい。通常稼働時に魔力消費0で行動可能です。ユニットは機体の頭部から背部、胴体を蔽うアーマー型をしていて、コレを用いると生身の部分も全て覆う正しくロボットという外見になります』


『ふむ……痛滅者よりもロボロボしいな。つーか、イギリスで投入されたって話の無限者だったか? アレに似てないか』


『ええ、超小型の超低出力低能力の無限者みたいなものだとの事です』


『ソレ完全にヤバイ装備品なのでは?』


『さぁ、どうでしょうか? ルイン・タイプはまだ実戦投入段階に無いそうなのですが、メテオ・タイプのエンジェル・ハイロウの調整が終了すれば、実装されるそうです』


『先行配備して、調整は現場でか?』


『ええ、ちなみにその場合のスペックはスパルタン、アバランチ、メテオの3機の性能を全て統合した上で使用回数に限界のある斥力による防御能力と攻撃能力を備えたロボ? みたいなのだとか』


『オレ、ロボゲー好きなんだけど、ソレSFじゃない?』


『まぁ、同意します。ただ、通常の痛滅者が出来る事がようやく出力や処理能力は劣るけど出来るようになる、くらいの性能ですよ。それに稼働時間も決して長いとは言えません。連続稼働時間は戦闘中能力の連続使用次第では一気に1時間を切るそうですし』


『能力には見合った消耗なわけか……』


『ええ、上もソレは分かってるからゾンビとの決戦でも無ければ、特殊部隊や特殊任務を行う部隊以外での使用は想定していないんじゃないかと』


『教導隊にはもう納入されてるって聞いたけど』


『ああ、はい。市ヶ谷の方で再編された連中が富士の方で戦技研究の名目で乗り回してるらしいですよ。情報のフィードバックは常にやってるそうですし、数か月以内にはルイン・タイプも通常部隊が使用可能になるんじゃないですかね』


 ざわつく自衛隊員達は過剰火力なを繁々と見やりながら、それでも射撃兵器は付いてないんですよ、という世間への防衛装備と言い切る為の国側の暗黙の言葉を聞いた気がした。


 そして、自分達がこれから覗き込む事になる魔女の釜。


 ゾンビとの大決戦。

 ユーラシア遠征。


 大陸奪還に向けた一大作戦の進捗の噂を思わずにはいられなかった。


 ざわつく陸自隊員達の質問はしばらく途切れる事無く。


 彼らが試乗してからソレに何を見出したのかは後々報告書として上げられる事になる。


 曰く、一回乗るだけで全身筋肉痛になるのはどうか。

 せめてMHペンダント付けて乗らせて下さい。

 等の報告はすぐに改善策が提示される事になる。



 人体の延長として作られた鎧の劣化版。

 極めて人間の五体の動きを模倣する手足。


 そのあまりにも滑らかな己のものと錯覚する程の機械の四肢は通常の人体を摩耗させる程の運動量を可能にする。


 人間が機械の四肢に振り回されるという事態で悪戦苦闘する事になる最初期の乗り手達はある意味ではZ形義肢を使っているカズマの当初の状態にも近く。


 慣れるまで延々と走り込み両手両足を使ってのサバイバルでの野外演習を繰り返す事になるのだった。


 *


「さて諸君。騎士ベルディクトのおかげで陸自にも虚兵が行き渡り始めた。我々もひっそり陰陽自衛隊として今までの情報の評価を始めよう。本職の参謀である君達の出番だ」


 結城陰陽将。


 今もモスグリーンの制服に身を包む病的にも見える老人の言葉に50代40代の男女が頷いた。


 暗室内にプロジェクターの光が差し込む。

 壁に次々と情報を開示し始めた。


 本来ならば、与えられている様々な技術で虚空にすら映像を投影する事が一般化した陰陽自衛隊である。


 何故に今更古い機材でミーティングを?という顔になる者はこの場にいない。


「順序は日本、北米、英国でよろしいですか? 陰陽将」


「ああ、構わん。始めてくれ」


 プロジェクター内部に次々に画像資料が映し出される。


「まず、現在の日本国内における現状をご報告します。最大の懸案であったヨモツヒラサカ・プロジェクトについてですが、どうやら最初期の設計は終了したらしく。現在、各地に魔力誘導と転移を行う為の導線や端末の魔術具が国土地理院と各地の市町村の号令の下始まっています」


 険しい山々に分け入る老人や男達の姿が次々に映し出される。


「今後2ヵ月で何処まで建設が捗るかは未知数ですが、魔導師の数は現在右肩上がりに増え続けており、イギリスは元より日本国内北米でも1週間で20人ペースで空間制御可能な術師が増えております」


 カシャリとグラフに画像が切り替えられる。


「このペースならば、物資の転移による建設速度の増加は前月比200%を超えるでしょう。全人員が4時間睡眠4時間休憩16時間労働した場合ですが」


「ブラック企業も真っ青だな」


「MHペンダントや亜種系のものが全て盛られている状況です。可能でしょう」


 もはや嘗ての労働時間労働大系は何の参考にもならないというのは其処にいる人々が一番良く分かっている。


 その恩恵に預かっているのはまず間違いなく陰陽自衛隊なのだから。


「北米ですが、ロス、シスコ両都市国家の再開発の進捗は順調です。前週比143%で支配領域が拡大。更に移民の定住と新規外壁の増築も着々と進んでおり、デポの配備地域が更に広がれば、西海岸全域とカリフォルニア州から山脈までは支配圏として確立出来るでしょう。現地の守備隊も今は急ピッチで増員中であり、日単位で120名ずつ増えているとの報告です」


「1日に120名か……練度は?」


「我々、陰陽自衛隊方式で増やしているそうですが、練度は3週間もあれば、一般自衛官並みでしょう。3か月も夢で練兵すれば、十分かと」


「ZEF。あの生ける森については?」


「はい。嘗ての各州の荒野の多くがあの森林になりましたが、未だに森林内部でゾンビの増加は続いているようです。今は森林地帯が湧き潰しと周辺環境の保全で砂漠化を防いでいる状態。しばらくは大規模な襲撃は無いでしょう。あちらにしても恐らくは市街地や支配地域へ直接ゾンビを送り込む手筈を整えている最中と考えます」


「だろうな。あの森を無理やりに突破するよりは無限に増えるゾンビを市街地に大量投下した方が戦術的には手っ取り早い」


「ですが、城塞都市各所に張り巡らされた外部からの転移の封じ込め及び認証外の転移物体を弾く結界は今も順調に作動しております。結界の効力を誤魔化したり、失わせるのは現在の黙示録の四騎士でも真正面からは不可能と九十九も試算しており、先日騎士ベルディクトが検挙した連中はそれを見越して各所の破壊を行う為の戦力だったと考えられます」


「そう言えば、彼らの読心結果と各種情報は?」


「こちらに……」


 次々に数日前に検挙された人物達の顔写真とデータが映し出される。


「彼らの正体ですが、アメリカ側の情報に引っ掛かる人員が4人いました。3人は成人男性で50代。彼らは其々が米国の当時の陸軍所属でした。遅滞戦闘での殿部隊に入っていたらしく。心を読んだ結果としては殆どが軍に裏切られて知らぬままにゾンビへの生贄にされた事を恨んでいたようです」


「あの当時の生き残りか……」


「具体的には援軍が来ると言われていたのに来ず。そのままゾンビに食われていたところを紅蓮の騎士に悪魔の契約を持ち掛けられた云々」


「本当に援軍は出されていなかったのか? あの当時の状況だ。何処かで足止めや全滅していた可能性は?」


「……深雲のデータに該当するものがあったそうです。その情報では撤退中の本隊を保全する為にどうしても殿を任せる部隊が必要だったようなのですが、当時の軍上層部の一部が1人でも多く兵士達を生き残らせる為に敢て泥を被って増援の命令を無視したようです。その士官は既に戦線で死んでいます」


「やり切れんな……」


 彼らの間に大きな溜息が吐かれた。


「他の検挙した人材も多くがあの当時の混乱で人間に絶望するような人々ばかりが集められたようですね。寿命が短い病で見捨てられ、ゾンビに食われていた時に取引を持ち掛けられたり、避難中に踏み付けにされて取り残され、紅蓮の騎士に拾われたり……」


「若年層もいたと聞いているが、そちらは?」


「はい。彼らは赤子の時に拾われたようです。全員が魔術や魔力適正、更に超常の力が発現していた事から紅蓮の騎士の生きた戦力、虎の子として養育されたのではないかと。成長促進用の術式の痕跡も確認されました」


「意思あるゾンビ。人の敵に育てられたのか……」


「人類の悪行と蛮行と残酷さを赤子の頃から教育されていたようで……人類は滅んで当然的な思考だとの事……まぁ、その筆頭で最大の力を持つ少女は我らが【魔導騎士】によって完全無欠に圧し折られ、その様子で他の連中も心折れたらしく。思っていたよりは大人しいそうで」


「例のシステムを初使用したとか?」


「はい。通常の魔術師や変異覚醒者の短期的な無力化が可能となった事で今後の治安維持に関しては大分楽になるかと。日本政府側でも追認して導入を公表するでしょうね」


「一歩間違えれば、独裁の道具だろうな」


「基本的には使われません。周知を徹底する事で力ある一般人達が自分達の無力を知って自重してくれればいいというのがあちらの考えですし」


「犯罪を起こしても無駄だし、逃げも隠れも出来ないと?」


「はい。衝動的な犯行は防げませんが、衝動的な犯行が減る事は確実です。法体系も今かなり手が入って魔術、魔力、魔導、超常の力に関しては関連法規の詰めの作業中……悪どい思考をする連中も減るでしょう。お前ら程度の悪党が自分の保身と好き勝手を両立出来ると思ってるのか、と」


「保身さえしなければ、好き勝手は出来ると考えるのでは?」


「そう言う連中を減らす為のMHペンダントでしょう。あちらは余地を残さず詰めるのが得意ですよ。副団長閣下も含めて現実的に必要だから、ああいう技術も導入するというのが言い分ですし」


 知らぬ合間に人々を無力化する為の装置が導入されてました。


 というのは文明国ならば、かなり問題になる話だが、騎士団側の言い分は真っ当に必要だから使うというものであり、それが必要無いと日本や北米の都市が言えるのならば、導入を撤回する事もあるだろう。


 だが、生憎と議論はしても導入を遅らせたり、撤回するという動きは政府与党内にも出てはいなかった。


「よく分かった。報告は以上かね?」


 結城の言葉に今まで説明していた男が頭を下げて頷く。


「では、続いて戦力・戦技・戦訓の評価を行う。各員はもうレポートを互いに見ていると思うが、何分魔術や魔導、魔導機械学については手探りだ。各員の意見や評価の擦り合わせは必要だろう。今後の黙示録の四騎士への戦術プランが変化した事もある。足並みを揃える意味でも無礼講で語り合ってくれ。叩き台はこちらで用意した」


 結城が己の腹心に目を向ける。


 頷いた男は暗い室内で再び画像を差し替え現在の状況と戦力、戦術、戦略評価を大まかに始める。


「では、まず額面戦力に付いての評価を」


 壁に映し出されたのは現在彼らが持つ対ゾンビ兵器の保有数だった。


「黒武は現在2200両までを確保しており、予備部品も含めると3000両まで増加します。大手自動車メーカー各社との共同増産体制の成果です。Ver08が最新で220両。それ以下のVerが1980両。月産240両で更に増やしていますが、イギリス、北米へ現在Ver04以下660両が貸し出されております」


「現地の守備隊や南部の要塞かね?」


「はい。残った車両の半分が陸自と警察に入りましたが、警察は戦闘車両のHMCCを既存装甲車タイプで置換。それを日本全国の警察署と北海道やBFCの出た地域、政令指定都市に重点配布しました。この仕様変更で増産が効くようになったと言えます」


 現在、装備品の多くがイギリスと北米の一部の戦力に卸されており、隷下部隊に準じる部隊の多くに最も信頼性の高い装甲車両という体で貸し出されている。


「痛滅者は現在430機まで増加。再生産分と新規を含めての数字ですが、北米の大隊に100機、イギリスの駐屯部隊に100機。最新鋭モデルでロールアウト分の20機が日本の騎士団本部に半分、後は騎士ベルディクトにもう半分という具合に割り振られました」


「倍増したとはいえ、護る場所が増えては分散するしかない、か。今後の増産態勢は事前計画通りなのか?」


「いいえ、前倒しで生産ライン増設。更に日本中の無限者のパーツ関連の協力機関や企業に発注が掛けられ、月産120機分を確保しました。無限者のパーツ精度が良かった為、騎士ベルディクトが高く評価した企業体や工場に受注させる形で新規生産分の多くは民間に委託したそうです」


「陰陽自研の最新鋭が月産限界が確か60機。後の60機を民間からか……」


「そういう事になります。ただ、黒翔に関しては喜ぶべき事に月産で470機分の生産ラインを確保しました。北米と日本の各地でディミスリル工作機器が普及したおかげで各製造業の大手が協力して事に当たっています。騎士団とウチの現場においては二か月で運用可能な部隊への充足率はほぼ100%になるかと」


「精鋭部隊の隊員に1機くらいは回って来そうだな」


「はい。元々、工作精度がそう高くなくても製造が可能な事が幸いしました。まぁ、民間からの生産分はDCB、魔力ブースト機能が削除されてますが……」


「あの機能か……そう言えば、北米決戦時に使用した部隊が半数に昇っていたが、大丈夫なのか? あの機能が無くては持たない場面があったはずだが」


「ああ、はい。民間に技術を卸した際に転移中核となるブラック・ボックスを渡すわけには行かなかったという話で……陰陽自研でコア部分が増産されていますので現地で1日程改造すれば機能は元のものと同じように使えるようになるとの事です」


「ならば、いいんだが……」


「またシエラⅡに関してですが、全国の造船所の稼働効率は前月比464%を記録しており、この調子なら来月から3艦ずつ就航可能、更に時間経過で就航数も増えるとの話です。この数週間で陰陽自研の最新造船設備を導入したおかげです」


「ユーラシア遠征に10隻、航路確保に10隻は欲しいところだが、間に合うか? そもそも人材が間に合わんだろう」


「習熟訓練がもはや夢で全て賄ってると海自からは聞いているが……」


「それに付きましては潜水艦及び海保系の人材から直接吸い上げて1週間3年経過の促成カリキュラムを組んで対応しているそうです」


「1週間で3年か……精神の摩耗は止むを得ないと割り切るしかないわけか」


「陸自と比べても人員が少ないのがネックなのでコレばかりは……民間の予備役や元船員も色々と集めているそうですが、最終的な評価は集め切るまで保留にせざるを得ないでしょう」


「うぅむ……」


「関連して造船所の人材確保にレベル創薬が投入される事が決まりました。陰陽自研が来週から戦闘用と建築以外で生産を開始するそうです。再初期ロットは4000人分。今、工業系の大学と造船業志望の若者を集めている最中です」


「期待しておこう」


「ディミスリルによるブラッシュアップを受けた航空機艦船の多くは陸海空の他の自衛隊での一律運用ですので除外します。あちらとの合同演習時やユーラシア遠征時の全体会議前にご確認下さい」


 カシャリと画像がまた変わる。


 今度は武器弾薬や重砲火砲の貯蔵量のグラフであった。


「弾薬に関しましては日本国内貯蔵量が2000万tに達した為、十全です。陰陽自衛隊単体でならば、各種のD刻印弾を他自衛隊や協力組織に回しても十分に持ち堪えられます。先日の決戦で北米のロス・シスコの両都市が消費した量も貯蔵量の1割程度だった事もあり、何の心配も要りません」


「他の物資はどうかね? 重砲の方はイギリスで足りなかったと聞いたが」


「はい。それを教訓に陰陽自研で増産中です。現在、騎士ベルディクトに委任していますが、新規の重自走対空砲を開発して来週までに8000門程揃えると」


「そんなにか!? さすがに作れるとは思うが……」


「騎士クローディオが用いていた狙撃砲を改造して対空連装砲にするそうです。造りは単純ですので。束ねて既存の連装砲のシステムを流用すると」


「8000門……足りると思いますか?」


「……あの超重物量戦を経験した世代からすれば、不安しかないのは認めますが……配備しても砲兵隊の数が足りるかどうかが問題ですな」


「ああ、そちらは全自動化するそうです。重砲を置く場所は基本的に市街地防衛の為に勢力圏内となる予定ですので。地下貯蔵庫から直接砲弾も物理的に装填可能であれば、砲兵隊を用いるよりはドローン頼みで良いと」


「何でもドローン化の時代か……省力化は著しいな。遠征でもあまり動かさないつもりなのだろうか……」


「いえ、結局は転移可能地域に直接送る方式で増やすらしいので。重砲の射程距離も伸びた為、基本的には沿岸部から安全地帯に即座転移で砲陣地毎送って周囲を殲滅制圧。それで支配領域を増やしながら最前線を狙い撃てる領域をカバーしていく事になるかと」


「なる程……陣地をそのまま送るのか。確かにソレならば移動の手間も省けるわけだが……それもドローンとなれば、省力化著しいな」


「ええ、ですが、已むに已まれずですよ。今は歩兵の方が重要ですから人材もそちらに引っ張られてます。機械化出来るところは機械化せねば、人類は圧倒的に数で不利な以上、砲兵隊は今後ドローン師団化されるかと……」


「ソレで生産数が週8000ならば、ユーラシア遠征までには数万は行けるか。問題は市街地戦での敵物量の駆逐効率。制圧下の地域へのゾンビ進入阻止……こういうところだと思うが、戦略ドローンでのゴリ押しでどうにかなるか?」


「騎士ベルディクトからは戦略ドローンに掛けるリソースが大きい為、拠点防衛用以外を用意している暇は無いそうです」


「では、既存の歩兵戦力とドローン師団構想がやはり現実的という事か……」


「現在、黙示録の四騎士の通信妨害でも通信可能な新式の量子通信方法を確立中との事です。前々から限定的に運用されていたのですが、安定して行える目途が立ったとの事で……例の義肢人形だけで構成する部隊構想が本格化するそうです」


「いつまでに?」


「2週間後までに各自衛隊で1000人単位。促成期間は半月。実践投入は1か月後を目途にすると」


「これで陸自の人員を余さず使う事が出来るようになるわけか……」


「それどころか通常のブラッシュアップしただけの艦船や航空機に乗る人員すらも代替出来ますよ。これで危険な任務にも遠慮なく向かわせられるでしょうね。当人達にしてみれば、犠牲になるかもしれない事が前提なのは嫌な話でしょうが……」


「まぁ、だろうな。だが、人命の消耗抑制が最優先だからな。今まで犠牲を出してなら行えた作戦は幾らでもあった。それが損耗無しで出来るようになれば、作戦の幅は大いに広がるだろう」


「医療部門のエヴァン医師からはカタログスペックが届いています」


「……ほう? 人間のリミッターを外した程度の威力は使えるのか。低純度のディミスリルで骨格を形成……脳幹と大脳部分を演算装置と受信装置に置換……侵食された場合はDCBで自爆。侵食され切っても同型ゾンビと同等程度、か」


「この義肢人形に関しては正式に【Dディミスリル・マリオネッター》】と名前が付けられました。動かす搭乗者は【人形師ピグマリオン】と呼称するそうです」


「もし通信が途絶した場合は?」


「全部隊に有線で動かす魔導師を配置するそうです。既に一般隷下部隊のドローン・オペレーターから選抜しており、1000人単位を1人から3人で操作すると」


「死角無しか。では、通常のドローンの方は?」

「こちらをご覧下さい」


 カシャリとまた画像が切り替わる。


「現在、生産ラインを増設し続けており、生産量は月産130万機。特殊用途以外は高度地雷群と同じラインで生産されており、あちらは月産300万個程となります」


「自立して敵を見付け、不可視化機能を使いながら脚を吹き飛ばす地雷……昔ならば、世界的に非難されていただろうな……」


「自爆機能付きですし、故障時はビーコンで位置を知らせてくれます。陰陽自研の研究成果で当初よりも生産量は倍増しており、こちらは先だってユーラシアに投入される事になります」


「―――質問」


 幹部の1人が手を上げる。


「何でしょうか?」


「あちらはドローンや機動地雷を用いて事前掃討を行う事を前提としているようだが、同型ゾンビによる超規模MZG数百億単位から京単位になると見られる広大なユーラシアの縦深を使った物量に抗し切れるか疑問だ」


「不可能だと既に騎士ベルディクトが予測演算結果で九十九から回答を得ているとの事です」


「では、その後に続く我々はユーラシア遠征で橋頭保を築いても無駄なのでは? ユーラシア遠征で隊員の消耗が最小限としても、やはり現地に人間は必要だろう事は疑いない。騎士団は我々に囮役でも任せるつもりなのでは?」


「そこに付いてはこちらから話そう」


 今まで黙っていた結城が部下達に視線を向ける。


「まだ総理以下一部の幕僚幹部にしか知らされていないが、ユーラシア遠征で自衛隊は善導騎士団と協調して大規模な転移封鎖結界を世界各地に設置し、黙示録の四騎士によるゾンビの転移投下、弾体投下戦略を無力化する事を検討している」


「戦力源ゾンビの移動封鎖ですか?」

「ああ、そうだ」


 結城が頷く。


「相手が活動する為の死を騎士ベルディクトが限界まで魔力として励起吸収。転移封鎖結界による移動制限によって四騎士とゾンビの即時後方への浸透を防ぐ」


 最悪の敵の攻撃方法。


 それは間違いなく無限に増えるゾンビを後方にばら撒くというものに違いなかった。


 それを理解していたとはいえ。


 事実、それを防げる手段が無かった彼らにしてみれば、ようやく戦力が整って来ても後方をがら空きにする不安は常にあった。


 それに対する回答を少年はもう用意していたのである。


「このプランが出来て初めて我々は戦争と呼べるものが始められると彼は考えていた。事実、一番合理的な戦術を相手が取り始めたら、今の我々には対応可能な戦力が無いのは皆が一番良く分かっているだろう」


 その言葉に大きく部下達の息が吐かれる。


「日本本土の地下要塞化計画はその布石でもある。神を封印した要石は試金石だ。あのクラスの結界は四騎士も容易には破壊出来ない」


 新しい画像が映し出される。


 その中ではカズマが完全にずんぐりむっくりの対異相環境用、深海に潜るダイバー用スーツみたいなものを着込んで手を巨大な球体に触れさせていた。


「奴らの外堀さえ埋めてしまえば、我々にも勝ち目はある。問題は時間だ。その時間を得る為に必要なのは目を逸らす為の囮……四騎士の目がユーラシア遠征に向かっている間に善導騎士団総出での結界敷設計画が既に立案されている」


 画像が映し出される。


 暗い空間に役60にも及ぶ白い球体が点在しているという図だった。


「セブンオーダーズに在籍中のカズマ3尉の手による直径50kmの要石が異相空間側に60個。日本に7つ、北米の両都市に8つ、イギリスに6つ、オーストラリアに8つ、ASEANに11……残りの20個で中国とロシア、インド、他アジア諸国の旧領地帯をユーラシア中央の遺跡まで封鎖する。これが新規に設定されたユーラシア遠征の真の目的だ」


『―――ッ』


 誰もが息を呑んだ。


 世界各地に置かれる超規模の封鎖結界が次々に要石を伝って広げられていく予定が画像には描き込まれていた。


「この転移封鎖結界内部では有線での魔力を用いる長大なラインが無ければ、転移が不可能となる。これを可能にするものを諸君は知っているな」


「ディミスリル・ネットワークですか?」


「そうだ。現在、日本各地の地下要塞化計画の進行と共にディミスリル・ネットワークの人工的な延伸工事が各地で始まっている。この戦略を以て敵の移動を制限し、我々は戦力を集中する事で優位に大陸の戦線で戦略機動を行う」


「そう上手くゆくでしょうか。陰陽将……」

「上手くゆかせるのが我々の仕事ではないかね?」

「はい。ええ、そうではありますが……」


 男達の内心は同じだ。

 今、自分達は未だ嘗てない。

 恐らくは有史以来の大規模作戦。

 惑星規模の戦略プランを前にしている、と。


「陰陽将。戻っても?」


「ああ、口を挟んで済まなかった。ただ、心に留め置いておけ。今、我々が目の前にしているのは人類の総決算前夜だ。グローバルなんて言葉が陳腐になる惑星規模の戦略だろうと全ては小さな積み重ねに過ぎない。全ては我々の行動次第だという事を忘れるな……」


 全員が頷くのを待って、再び話が続けられた。


 彼らのブリーフィングは続く。


 いつでも善導騎士団とは袂を分かっても動けるように。


 あるいは戦う準備もまた出来ているようにと。

 休日の裏で多くのものが蠢く中。


 老人の瞳だけが全てを見通すように部下達を見詰めていた。

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