第150話「土は陽で陰り」
嘗て、IAEA……世界の核事情を左右する監視者達の長に有能を絵に描いたような男がいた。
名をアルデナンド・クレストと言う。
偽名か何かと思われるだろうが、彼のスオミとしての戸籍は確かに存在したし、彼が生まれ育ったフィンランドの大地での記録も残っている。
が、彼の祖父が一体何をしていた人物なのか。
それを聞いたヨーロッパの大半の人々。
特に多くのリベラル系の有識者達や政治家達は良い顔をしなかった。
いや、侮蔑混じりに内心では侮りつつも何も言わずに陰口を叩いた。
というのが正解か。
ブランデンブルグ。
ナチス第三帝国。
ナチス・ドイツ時代の精鋭部隊の一員。
第二次大戦後、彼らは世界各地に潜伏し、散り散りになりながら、世界各国の軍事部門で大きな成果を上げた。
裏社会から表社会から様々な組織で軍事バランスを傾ける者達であったとされる。
実際、小国の部隊の隊長や首脳陣の護衛者達の統括者に納まった事例もあった。
中東やアジア各地で政府に雇われた者もいただろう。
しかし、戦後教育が戦前の政治体制を否定する最中。
様々なナチス関連の逆差別によって多くの人々が傷付いても多くの人間達はそれを黙認した。
その後の教育でも同様である。
絶対悪に対する正義の神罰。
というものが無いにしても、これは差別だと声を上げられない弾圧された人々はひっそりと名前を変え、姿を変え、人種を偽り、国籍を偽造し、自分の子供達には何も伝えずに過ごしていたという事例も多い。
そんなのが世界に影響力を持つ組織の長であると知れたらどうなるか?
最初は些細な事から情報が漏洩したのだという。
祖父の写真の場所と日付。
その場所が当時、何処の国家に属していたのか。
たった、それだけの事を彼の家に来た有識者達の1人が気に掛けて調べた。
そうして、ゾンビの惨禍が世界を覆う最中。
彼が主張した核によるゾンビ殲滅は人類の亡びを加速させるという言説や核弾頭の起爆時や原子力発電所が何か異質な力によって変化させられている。
というような話は胡乱な絵空事。
いや、狂人の戯言。
あるいはやはりナチの子孫だったかと蔑んだ目で見られた。
やがて、実質的な組織の機能が停止していく過程で職員が消えていき……それでも最後に残った彼が各国に発信し続けていた現地情報は一部の者達に握り潰された。
理由は単純明快である。
ナチ野郎など信用に値しなかったから、だ。
結果として彼が最後まで発信していた各地の原子力発電所や核弾頭の起爆後の地域のデータは一部の人間にしか信用されなかったせいで多くの国で活用されず。
結果としてユーラシア失陥後に残ったデータはアメリカと日本の一部に残るのみ。
亡びの時代の最中で忘れ去られていった。
その後の彼の行方を知る者はない……という事になっている。
「初めまして、と言うべきかな。オーナー」
バツンッと。
明かりが点いた。
部屋の四方はコンクリ。
しかし、オーナーと呼ばれた老人の座る椅子だけは木製で年代物なのか。
しっかりとした重厚な造りの安楽椅子であった。
「……アルデナンド・クレスト。クレスト女史……奥方は元気かね?」
老人の前には軍服を着込んだ男がいる。
しかし、その顔は骸骨のマスクによって覆われていた。
彼の太い体は特注なのだろうSSにも似た軍服を着込んでいてすら胴体ははち切れそうになっている。
だが、それが太っているから、というのは安易な味方だろう。
その体のあちこちからは僅かに機械の作動音らしきものが聞こえていた。
「死んだよ。謂れのない誹謗中傷、だけならば……アレは何も気にはしなかっただろう。だが、米国を手引きした貴様らのせいで発掘隊の生き残りは既に殆どやられた。残るは数名のみだ」
「……復讐か」
「然り」
「あの船も奥方が?」
「最後の手段だった。妻は使う気などサラサラ無かった。だが、当時の私の立場は情報の隠蔽に手を貸した貴様らのせいで芳しいものではなく。助けを求めても救援は皆無。アレとて……人類を救済する為に動いていた。だが、米国とイギリス政府は全てを無かった事とした。その上で北米失陥後、凝りもせずにロスアラモスへと出兵を繰り返す有様だったわけだ……」
「………」
「黙示録の四騎士によって人類が滅び掛けている事など、正しく我々にはどうでもいい。全ては人類が招いたことだ……だが、アレが殺された時、貴様らに助けを求めた日……帰って来た通信は英海軍の異常無しの定時連絡だけだったよ」
「そうか……それで私を殺しもせずに招いたのは何か絶望でも見せ付ける為かね?」
「今更、人類の絶滅する様を見せて何になる。我らが姿を現したのは単に人類へ教える為だ。このヨーロッパに生き残るのは貴様らが悪と断じ、正義の美名の下、虐げられてきた者達……その末であるという事実を……我々帝國は生存し、繁栄し、いつか屍共を滅ぼすだろう」
「君に帝国主義の思想があるとは知らなかった」
「我が帝國は帝政に非ず。人の愚かしさを嘲る為の名也」
ガンッと男が持っていた片手の杖を床に付く。
途端、椅子に座った男は周囲が変貌していくのを目にする。
コンクリート壁。
そう思われていた全方位がキラキラと煌めく粒子となって解けて崩れていく。
そして、老人は緩やかな風が吹く世界に黄昏時の空の上で都市を見た。
地平まで続く果ての無い都市。
巨大な壁に覆われ、無数の樹木とビルの如き建築が入り交じり、戦列を思わせる高射砲と結界を発生させると思しき建造物上部の巨大な浮遊する球体。
路地には若者が溢れ、軍服姿で行き交っている。
「――――――」
「我が帝國ゲルマニアは人類最後の生存圏となるべく我が伴侶の計画通りに建造された。此処にいる子供達は全て彼女の子だ」
老人は今は見る事も出来なくなって久しい光景を見た気がした。
笑い合う子供達が夕暮れ時の街並みに歩く姿。
あのロンドンでは見掛ける事が出来なくなった情景。
一つ違うのは大人がおらず。
年長の少年少女が年下達を連れて歩いている事か。
「ゲルマニア第四帝國。あの独裁者が描いた夢そのものだろう。安っぽい皮肉だよ……そして、我々を嘲弄した者達に絶望を与えてやるだけだ。貴様らの罪、貴様らの愚行、貴様らの人生で贖うがいいとな」
マスクの下。
憤懣と憤怒が沸き上がるような声。
それを押し殺した冷酷の仮面。
再び杖が床を打つ。
すると、人類が未だ使用する社会基盤たるネットや公共放送の電波に名前のリストと顔写真が映し出されていく。
その最後にはこう記されてあった。
―――人の世に巣食う奴らを吊るせ……でなければ、帝国は更なる力を行使せん。
「射撃用意」
都市外縁部。
次々に40m近い塔。
いや、老人は気付く。
それは塔ではなく砲身であるという事を。
「虐殺でもするか?」
「いいや、虐殺など独裁者のようにはとてもとても……少しばかり彼らに真実を語らせてやる切っ掛けを作るだけだ。目標、世界主要各国穀倉地帯……撃てッ!!!」
マズルフラッシュ。
いや、爆音も響かなかった。
しかし、大量の巨大砲列が次々に何かを射出し、ソレが音速を越えて空の先へと、転移方陣の先へと、白い水蒸気の軌跡を残して消えていく。
「これで人類が抱える主要穀倉地帯は来年度から50%以下となる。農地の復興は現行の人類には不可能。無論、善導騎士団とやらがテコ入れするだろう。だが、その責任は誰に向かうと思う?」
「……実に上手い手だ。人の愚かさがその最たる者達を襲う、と」
「リストはあの一件に関わり、我が情報を握り潰し、名を貶めた者達の実名だ。死んでいなければ、今頃泡を喰っている頃だろう。雲隠れしても遅い。逃げ場の無い人類が奴らを見つけ出す事など容易いだろう。責任は取って貰う。彼らの思想には残念だが、悪名と共に消えて貰おうか」
「ネオナチ、ファシストと君と奥方を罵倒していた連中が、今度はリベラリスト、極左過激思想団体と罵倒される未来が到来するのか。何とも歴史の皮肉だ……」
「構わんだろう。今世紀、好きなだけ暴れた連中が消えるだけだ。他の愚かな連中も鞍替えするだろうとも……中身は何も変わらんが、一時の無聊を慰める程度には溜飲も下がる」
「これで満足かね?」
「ああ、満足だとも……生憎と後は老後を過ごす程度しかやる事が無くてね。我が国が滅ぶにしろ栄光を手にするにしろ。見ている事しか出来ない。貴様も永遠に此処から見続けるがいい。我が伴侶に捧げる栄光と無念の先に得た怨讐の果てをな」
「お茶の時間には訊ねて来てくれるか。こう見えても寂しがり屋でね」
「考えておこう……」
都市の天辺。
全てを見下ろす巨大に過ぎるタワーは正しくバベルの塔も真っ青な程の数十km以上の威容を世界に晒していた。
その最上階から老人は都市の夕暮れに違和感を感じ……都市のあちこちに立つ湾曲した巨大な滑り台のような武骨な鉄橋のようなものを見て……ようやく気付く。
「ああ、そうか。そういう事か」
老人は都市中央部の天井を見上げた。
そう、天井……それは巨大な……只管に巨大な天蓋であった。
夕暮れ時が過ぎて空の映像が途切れる。
後に残ったのは星空を映し出し始めたプラネタリウムの如き大天蓋。
「彼女は発掘していたのか……それでも……それでも使わずに……人類の未来を信じていたのか……まったく、人類の愚かさは私も含めて底無しか……」
老人は椅子に座りながら都市を眺める。
巨大な揺り籠。
天蓋を支える柱達。
半径120km程の都市圏の最中。
煌々と煌めき出す都市の明かりに炙られながら、老人は静かに目を閉じたのだった。
それは少なくとも人が生み出したと言われるよりは神の被造物と言われた方がしっくりと来る箱舟。
嘗て聖書に描かれた全ての動物を載せたソレ。
原初の時代に知られた洪水より多くの種を護った何かそのものであった。
*
ロンドン強襲より2日後。
事態は思っていた以上に早く転がった。
世界規模の電波ジャック。
更に世界各地への同時攻撃がドイツ内の地域から行われた。
常軌を逸した巨大な方陣がドイツの主要都市の上空に出現したという報は善導騎士団のドローンに捉えられた。
何らかの飛翔体がそれと同時に虚空に出現した事も米軍の未だ持つレーダー網からすぐに現地軍に伝えられた。
これに迎撃を行おうとしたのも束の間の話。
飛翔体は世界各地に凡そ30秒で着弾した。
恐ろしきはその速度。
だが、それよりも更に恐ろしきは―――その威力が何ら物理的な破壊を撒き散らすものではなかったという事か。
日本国内と北米からは辛うじて前倒しで馴らし前の痛滅者が迎撃に上がって撃ち落としたのだが、オーストラリア及びASEAN諸国の穀倉地帯を直撃したソレは魔力の転化光らしきものを広域に降らせ……その数時間後、穀倉地帯の食用の植物全般が枯死した。
『何だ!? どうした!?』
『そ、それが収穫時期の穀物類が!?』
『―――黴? いや、この黒いのは麦角菌の症状にも……』
『だ、ダメです!? E地区もA地区も同様の急速に出ていると!?』
『クソ!? すぐに分析に回せ!! 何が起こってるか調べるんだ!!』
『りょ、了解です!!』
これに驚天動地となった人々は飢餓の恐怖に襲われながらもテレビで公開され、吊るせと言われた者達の身元を即座に調べた。
その多くが国連所属の人々や欧州の元政治家であり、共通していた事はリベラルを標榜する政治思想や団体の主要メンバーだった事。
そして、当時IAEAのトップを大なり小なり批判していた事。
また、米国政府との繋がりがあった事などが挙げられた。
この米国政府との繋がりという時点できな臭いものを感じた人々が更に追及すると……不可思議な事に彼らの殆どが生き残っている事が判明。
明らかに殆ど全滅に近い国の人間として生き残った者達が大量という状況に……疑惑は疑惑を呼んで次々に彼らの過去が掘り返された。
『パンゲア・ジャーナルのクリントン・ホーヘンハイムがお伝えします。吊るせ!! 全世界に発信された謎のメッセージ冷めやらぬ中。火中の人物と目されているリストの人物達の過去が明らかになって来ました』
『―――という証言で一致しており、リストの人物達は米国との関連性が高い人物が多く。また、一部の人物達は極左集団として問題行動を起こしたものの、多くの場合は左派弁護士や政治家との繋がりからか。幾つかの事件には揉み消しとも取られかねない痕跡が存在し―――』
『これはどうなんですかねぇ? コメンテーターの新井さん。このような違法スレスレの政治活動や政治活動では無いとしても大きな影響を及ぼす事件が大手左派報道系人員のスクラム染みた隠蔽や偏向報道で核心部分が伝えられないなどの―――』
『我が社の報道部門関係者に付いての問題行動は第三者委員会を通じての徹底的な原因究明及び関係者の処分を行う所存でおり、現会長及び取締役会に関しても半数が辞任の形でリストに載っていた方は離れると―――』
『だぁかぁらぁ!? その放送倫理関係の委員会の中身が極左系なんじゃ意味が無いって話なんですよぉ!? 利権や背後関係が明らかにそちらだってネットで情報がもう出回ってるんですよ? しかも事実関係取れてるじゃないですか!?』
『彼らのような人物が追い詰めたIAEAの事務総長の関係者が今回の事件に絡んでいるという見方が有力視されており、これは人類への復讐、左傾化した社会の歪んだ正義への報復なのではないかとの有識者の味方は強まっており―――』
『リストの人員が次々に当局によって一時的に身柄を確保された事が各国の政治の現場では報告されており、超法規的な措置として彼らに事情を聞くとの―――』
数日後。
特集番組が何処でも組まれる事となり、不自然な生存率と同時に当時のIAEAの事務総長の批判と同時に彼らが所属する機関が対ゾンビ戦線が形成されてから数年の間、事務総長と思われる相手から送られてきた世界中の原子力機関や原爆の起爆後の詳細なデータを黙殺……もしくは握り潰していた疑惑までもが浮上。
この状況で一緒に批判されたくないリストの周辺人物達は一斉に当時の情報を公開し始め、全てリストの奴が悪いんです!!という決まり文句で逃げに奔った。
曰く、ネオナチの戯言は聞く必要がない。
曰く、ナチ野郎のデータなど信用出来ない。
曰く、信用に値しないデータだから全て廃棄しろ。
諸々の情報の上に米国との綿密な繋がりが幾人かの人物の周辺から暴露された。
今の米国の心証は人類規模で最悪。
更にIAEAの事務総長を当時批判していた欧州各国の政治家やリベラル系団体の生き残り達が喉を干上がらせ……結果、リストの人々の様々な後ろ暗い話を暴露して矛先を逸らしに走った。
左派団体への批判は当然のように出た。
彼らが批判した人物がBFCのように生き残り、彼らへ復讐の為に穀倉地帯をBC兵器で破壊したのだという話は実しやかに囁かれたのだ。
無論、その帝國とやらを恐れる言葉も大量にネット上では上がったが、殆どの人類の電子空間上での反応はまた過去の愚行を償わされるのかというものであった。
『歪んだ正義で我々の社会がまた脅かされてるんですよ? これって許される事なんですか? だって、この人達は罪を犯してなければ、逮捕収監されないんですよね? でも、現実に人類存亡の危機なんですよ? 吊るせとは言いませんが、明らかに公的な立場には相応しくないでしょう』
『また、米国みたいな事になるのがもうね。BFCの事もそうですが、とにかく昔に我々がやってきた事のツケを今払ってるんですよ。彼らを罰する法律が無かった。彼らを抑止するべき姿勢が無かった。それどころか、彼らを正義と喧伝して情報操作を行っていた報道関係者の多い事多い事。挙句の果てに逮捕拘留する理由が今は無いからと野放しになる……で、もう一度人類の穀倉地帯が壊滅的被害を受けたら、誰がその補填をするんです?』
『餓死者が出ても政府は知らんふりですか? 罰するの不可能だと言うなら、まずは法律を変えましょう。過激思想を持つ組織集団や左派系報道各社に公正や中立の姿勢が無かったという事実をちゃんと検証するべきでしょう』
『報道の偏向や左派系の様々な違法や無法、無道徳や公益に反する行動を抑止検証する法律やシステムが無かったのが問題です。右派を責めるばかりのメディアにも問題がある。政治や報道でも右派、中庸や中道右派をもう少し見直して考えるべき時期でもあるはずでしょう』
『深刻になった穀倉地帯の被害ですが、現在の総計において全世界の穀物自給率は4割を切る勢いとの事であり、各地の穀物メジャーは連合を組んで大増産計画と善導騎士団の技術導入を―――』
『ネオナチを支持するわけじゃありません。極左や左派報道関係を締め付ける必要があると言ってます。同じような事をしても悪びれない勢力、偏った人がいる報道や政治組織の影響力を取り敢えず減退させるべきでしょう』
BFCの放送は未だ記憶に新しい。
米国は調査しているという言葉を盾に今現在も明確な回答を避けている。
帝國がIAEAのトップの関係者が立ち上げた組織という見方は大勢を占めたし、人類生存圏全域を射爆出来る力を見せ付けた以上、軒並み戦力を送って壊滅させるだとかいうのは不可能と誰もが分かっていた。
そもそもの話、一番距離的に近い英国は謎の航空巨大要塞に襲撃されたとの話題で持ち切りだったのだ。
英国のロンドン近郊に現れた巨大な塔の話も諸々聞こえて来るようになれば、関連付けて英国内の恨みを買った連中への攻撃だったのでは?という話になる。
如何に善導騎士団と言えども、進出していない地域への防護は不可能である。
この状況では現実的には帝國とやらと交渉するのが吉というのは合理的な判断だ。
その上で吊るせと言われた連中が当局から事情聴取という体で超法規的に軟禁され始めたとなれば、また政府が隠蔽に奔っていると見える。
これを早めに終わらせたい国はASEAN、各地の米国やイギリスもオーストラリアも同様、当時の事情を知る者達は一斉に事情聴取される事になったのだった。
『それでまだ黙秘を続けるおつもりですか?』
『………』
『国家的な危機を前にしても保身に走る……犯罪的だとご自分の所業を思いませんか?』
『犯罪? 犯罪者はあちらの方だろう!! 善良な市民を捕まえている暇があったら、軍でも何でも派遣してならず者国家、帝國とかいうのを攻める方が余程に健全だろう!! 弁護士はどうした!!』
『何か勘違いなされているようですね』
『な、何? 何を私が勘違いしてると言うんだ!?』
『これは非合法な聴取なんですよ……』
『ご、拷問でもしようというのかね!?』
『いいえ、私は貴方が話して頂けない場合、超法規的な措置を行う権限を政府から委任されておりまして……』
『何をする気だ!?』
『いいえ、何も……何もしません』
『はは、何も出来んのか!! さっさと釈放したまえ!!』
『いいのですね? では、これより措置を取らせて頂きます。今後、貴方の人権の停止及び全公的な機関による権利の保護、資産の保護、国家によって保障される全てのサーヴィスは停止させて頂きます』
『な、何を言っている!? 独裁国家じゃないんだぞ!?』
『貴方はこの世界が今、どんな状況かお解りではないようだ……政府は現在、国家総力戦体制の法案審議を全国家同時に共同で行っている最中ですよ。世界政府作りの為にね』
『そ、そんなもの否決されるに―――』
『可決されました。いえ、三日後に可決即日施行される予定です』
『そんなの嘘だ?!! 現政権の連立先はどうした!?』
『今現在、閣僚にリストへ名前が載っていた方がいた事で連立が解消されました。それと同時に首相は左派系人員の閣僚からの排除と中道右派系の人員の大量登用を行いましたが、コレに異を唱える方は殆どいませんでしたよ。ちなみに止めた方、農水大臣でした』
『―――?!!』
『身体調査に引っ掛かった方は公的な部分で退官して頂く事にもなっています。ちなみに国民の怒りは頂点ですよ。唯でさえ缶詰生活に飽き飽きしているのにソレすらも配給が滞るかもしれないんですから……左派系への風当たりはタイフーン級ですね。少なくとも中道左派以外の左派の方々は身の危険を感じて保身に必死です』
『馬鹿な!!?』
『我々は今後、法律に縛られ、既存の人権擁護の名の下に滅んだ前例を踏まえ、非常時の緊急事態宣言時、人権の一部停止、または全停止による総力戦を余儀なくされる』
『な、な―――!?』
『貴方はそう言えば、有識者であられましたね。では、こう言い換えましょう。祖国にもはや貴方のような人間の権利を保持している余力は無い』
『許されるはずがない!!?』
『はずがない。その言説がもう左派の増長であると捉えられるのが今現在の現状です。国民の多くは素直に左派を無能以下の人権屋と謗ってますよ……中道左派の方々も大変迷惑しておられる様子で政府としては彼らの今までの言動から本当の中道左派の選別を進めています』
『独裁だ!!』
『ええ、現在の政治体制はまったくその通りですが何か? 貴方達にはまず最初に人権が如何に素晴らしいものであるのかを思い起こして頂きましょう……』
『出来るはずがない!! 此処は民主主義の―――』
『民主主義が許容するのです。ファシズム? 独裁? ええ、結構。より良いファシズムとよりよい独裁があればいいだけです。今は第二次大戦期ではない。そして、お忘れではないですか? ドイツの独裁者は紛れもなく民主主義が選んだのですよ』
『な、何ぃ!?』
『彼は例外としても独裁者が必ず悪でないのは世界的には周知でしょう。独裁国家が民主主義国家と上手く付き合っている例を見れば相成れないわけでもない』
『ッッッ』
『問題は人間の質です。そして、人権を傘に来た貴方達のような人物にこれ以上の国家的なリソースは掛けられない。即時釈放させて頂きます』
『ならば、金で―――』
『今の貴方の名前で雇われる人間がいるならば、ね。今のご時世、金で買えないものは幾らでもあるんですよ。ほら、例えば、貴方の余罪を追及する報道機関のご機嫌、とかね?』
『こ、これは!? だ、騙されないぞ!! このニュースサイトは私に好意的な―――』
『解任されましたよ。貴方と懇意の方なら雲隠れしたそうです』
『ッ?!』
『後はお好きにどうぞ。我々は彼方を絶対に逮捕せず、絶対に保護せず、絶対に無視するでしょう』
『出来るわけがない!! 出来るわけがないッッ!?』
『犯罪に巻き込まれようが、詐欺に会おうが、殺されそうになろうが、警察も軍隊も公務員は貴方をずっと見守っていますよ……ええ、ずっとずっと、ね?』
『~~~~~~ッッッ!!?』
半分はだんまり。
だが、後の半分は諸々の国家的な脅しに屈し、単なる上司や米国からの圧力でやったというような言葉を吐いて楽になった。
また米国かという感情を米国以外の全ての国家や亡命政権の上層部は思った事だろう。
これは実際どういう事なのかとまた各地の米国へ第三者委員会による調査要請が出された。
無論、米国は調査している最中なので迂闊な事は言えません状態であったが、善導騎士団は今更そんな事を聞きたいわけじゃないと独自調査を開始。
帝國とやらからのアクションが無いのも手伝って、復興を加速させつつ、本部から十名以上の読心能力者が送られて来て、ざっくりとだんまりを続けるリストの人々に対して能力が使用された。
人権は?という言葉は遂に彼らの内から聞かれる事は無かったし、そんなものを今議論する余裕は今のところ人類には無かったのだった。
『………お疲れ様でした。面の皮の厚いダブル不倫最低下種インポ野郎』
『あ゛ぁあ゛ぁあ゛ぁあぁ゛ああぁ゛ああ゛あああッッッッ?!!?』
ブクブクと白目を剥きながら崩れ落ちた当局に拘束されていたリストの1人。
50代の男が完全に心を圧し折られた様子で失禁し、医者によって介抱されるのを横目に出て来たのは東京本部でメンタルケアをしている女性騎士だった。
良い汗掻いた。
やっぱ、人格的にダメなのは精神的に圧し折って殺しておくのが正解。
みたいな清々しい汗を拭った彼女はケロッとした顔でドン引きしている面々。
特に当局の立ち会った人々の顔面を蒼白にさせたが、ニコリと清楚に微笑んで少年達が待っているシェルター都市へと黒武に搭乗して急いだ。
それから十数分後。
夕暮れ時のシェルター都市では次々にリストの連中の心を読んだ能力者達がやってきて、少年のいるシェルター都市内部の事務室へと入っていく。
善導騎士団が日本中から集めた心を読める系能力者の多くは魔術具を併用する事で能力のオンオフも可能になっている。
今ではかなり精神的に安定しており、必要とあれば、各地の情報を盗み見れるという絶大なアドバンテージに成り得る存在であるにも関わらず。
現在は騎士団本部のある北米で人々の利害調整役としての任務を背負っており、諜報には活用されていなかった。
だが、このような事があれば、その威力は確実に恐ろしいものだろう。
ぶっちゃけ、イラッとする後ろ暗い人間や人間の屑、心の汚い人間を心の底から圧し折りたい嗜虐思考な人間が多いらしいのだが、少年を前にしては年齢問わず借りて来た猫のようだ。
「お疲れ様でした。では、皆さんの見て来た事をお話してくれれば。各地で捕まってる方々を全員拷問に掛けるわけにもいきませんし、彼らも一応は護るのが騎士団ですから(・ω・)」
いつもの顔でサラッと拷問とか普通に言う少年に対して彼らが自分の見たリストの者達の情報を話し始める。
まず、最初に語り出したのは日本人の43歳男性。
元企業役員という人物。
眼鏡にカッターシャツと少しヨレヨレのズボン姿の彼は出された冷たい水出しの紅茶を一口。
60代の男の過去を語り始めた。
「米国からの圧力があり、国家への見返りの形で協力していたようです。具体的にはIAEAの当時の事務総長を貶める側に加わる。彼らからの情報を遮断するというようなものらしく」
それに続く少女も同意した。
「何かおじさん達怯えてるみたいだった。何がそんなに怖いのって聞いたら、当時の米国は凄い殺気立ってて、CIAの類に殺されるんじゃないかって思ってたみたい」
それに青年が同意する。
「米国からの圧力は凄まじいものがあったし、彼らも自身の心情や信仰する政治的な思想から事務総長を批判する事は当然であるという感じでした。報道関連の人員を数人見ましたが、良い視聴率が取れたし、ナチの血筋ならああいう風にされても仕方ないという方法論でかなり悪辣に偏向報道してたみたいですね。偏向とは当人達の大半が思って無かったとしても、方法がねぇ……」
老人が溜息を吐く。
「自分達は正義だと疑っとらん連中が逆に何故ナチを批判した我々が批判されねばならないんだとキレとったのう。いやぁ、ああいう同年代にはなりとぉないな。アレは久方ぶりに醜いのを見た……」
「いましたねぇ。自分は正義と疑ってないヤツ……大半、自己愛性人格障害なんじゃないですか? というか、自分の主義思想の正義を疑わない連中って何でああいうサイコパスや歪んだ奴らばっかりなんでしょうか」
「逆かもしれないわよ。歪んでるからこそ、ああいうのが良いというのが多いのかも? そういう原理主義志向の奴程、相手を押し黙らせる正義とやらが欲しいもんなのよ」
ガヤガヤと読心能力者達が人の心の醜さにげんなりした様子で愚痴る。
「で、核心となる情報はありましたか?」
「そちらじゃないが、BFCの当たりを引いたのはオレとこいつだ」
手を上げたのは十代後半の良く似た双子の兄弟だった。
「事前に教えられていた通り、BFC関連で情報が出た。そいつは爺だったけど、BFCの技術で胸糞悪い“成果”の事も知ってたよ。で、米国からは“ゲート”とか言うBFCの遺した遺物を黙示録の四騎士が占拠してるロスアラモスの核で蒸発した戦線都市の跡地から回収したいとか何とか」
「グレートゲート?」
少年の言葉に双子が頷く。
「兄さんの言ってるものがどういう原理で動くのか。老人側は知らないみたいだった。ただ、米国からはBFCの遺産成果を使った究極の兵器とか何とか言われてて、北米への出兵を後押ししたらしいな」
「兵器なんですか?」
「一応、詳細な仕様は知らないみたいだったけど、概要は聞いてたみたいでソレがまたおかしなものというか……本当に出来るのか分からない感じの……」
「教えて頂けませんか? そのゲートってどんな能力を有してるんですか?」
「……死者を呼び戻して再生させる、らしいです」
その場の殆どの人員が固まった。
そして、少年が目を細める。
「―――死者蘇生の秘儀をBFCが? いや、在り得る。でも、それには……ああ、だから、そういう……これは色々と繋がった感じですね」
少年がブツブツ呟きながら、幾つかの出来事の線と線を結んだ脳裏の思考を仕舞い込み。
彼らに向き合う。
「此処で書面に書き起こした後。提出して下さい」
その場の十数人が頷いた。
「僕は今ので諸々また準備が増えるので此処でお別れです。レポートの提出が終わったら、北米に帰って構いません。嫌な思いをさせてすみませんでした。お疲れでしょうし、帰ったらしばらく何も考えずにゆっくりして下さい。数日の休暇申請はこちらから出しておきますので」
少年がそう言って頭を下げ、また忙しくなりそうだという言わんばかりに一室から出ていくと。
今まで緊張していた彼らはドッと息を吐いた。
「良い方だが、疲れる。あの思考量は……」
「一応、能力をオフにしても流れ込んでくるんですから。相当なんでしょうね」
「思念の強さだけで言えば、常人の数百倍? いや、それ以上か……」
「後、あの思考を常時巡らせてるとか。さすがに狂人も真っ青よね」
「ですかね。でも、あれくらいじゃないと騎士は務まらないのかもしれませんね」
「いや、勤まるでしょ。彼が特別なだけよ……人間ではない。そうカミングアウトされてはいるけど、アレは人間ではないから、というよりは……彼が本当の意味で真面目で良い人で人間なら疲れてしまうものを常に傍で身近に感じ……それを受け入れて魔術師として生きているから……そういう事な気がするわ」
能力者達は一律に疲れた猫みたいな様子で出されてまだ温かい紅茶を啜った。
彼らの脳裏に能力をオフにしてすら流れ込む少年の思考は常人とは掛け離れた異質なものであった。
いや、思考内容そのものは莫大な量でこそあるものの普通だ。
しかし、少年の思考には常に魔術師として、あるいは死を見続けるものとして、決して頭の中から消える事の無いもので満たされている。
それは全てのものに対する感謝と死への献身だ。
少年は常に自分の死を他者の死を愛する者の死を仲間達の死を思いながら日々生きている。
それは明らかに異常な事であったが、死が見える少年の思考は常に死から遠い人が常に忘れていたい事で満たされている。
その上で良心的なのだ。
その上で戦闘を行うのだ。
その上で魔術を練るのだ。
その上で誰かを愛するのだ。
人間ではないからこそ、その思考量は莫大ではあっても日常的には疲れて止めるという事もない。
それこそソレが止まるのは大激戦の後や昏睡する時くらいのものだろう。
少年の異常さに慣れた周辺の少女達や仲間達ならば、別に気にする事でもない。
自分が常に死ぬことを考えてくれている優しい少年である、というだけだ。
だが、心をダイレクトに読む彼らにしてみれば、その死への気遣いは正しく非人間的なものであった。
「後、最後の方、読めたヤツいる?」
「無理だった。言語体系が読み解けないものになってたし、オレ達に対してというよりは心を読む系統の敵への備えもしてるんだろうな。読み難い北米の魔術師技能持ってる人もいるけど、あそこまで難解な圧縮言語で思考出来る人いないって」
「ああ、副団長や副団長代行も同じような事して考えてる時があるって仲間に聞いた事あるけど、オレらが一般人扱いされるのも解るわ……オレらが魔術師でもない限り、何の障害にもならないんだろうな。実際……」
「はは、日本国内じゃ化け物か。あるいは危険なやつ扱いだったのにこっちじゃ、単なる一般人扱い……ほんと、あっちの人の化け物さが解るよ」
「それは大半の人間に言えるだろ。超常の力や魔力が発現した連中の大半があの人達の中じゃ、護るべき弱者だし」
「それどころか。弱者を矢面に立たせる事に物凄く心痛を感じるような人もいたりしてなぁ。いや、いいんだよ? いいんだけどさぁ。力不足は技術で補うのが騎士団流だって事で認められれば、そういう対象からは外れるみたいだけど……やっぱ、生きてる世界が違うよなぁ……」
「若者よ。そう難しく考えるな。この道、80年のワシが教えてやろう。ああいうお人らは昔から稀少ではあるが、一定数いた。今では珍しいがの……ああいうのは―――」
老人が紅茶を一口。
「英雄と言うのだ。野に埋もれた聖。世が世ならば、と……いや、そういう世だったな。今は」
全員が老人の言葉に肩を竦める。
「でも、英雄にしちゃ、羨ましい美少女ハーレムだな」
「英雄、色を好むと……いや、あの場合は逆か? 若者はホクホク顔になっとると後で記憶処置されかねんぞ? 我々は心根素直に何も問題ございませんという顔をしておくに限る。それが長生きの秘訣」
「爺さん。アンタ、案外お茶目だよな……」
「人のくっそ穢いケツの裏を見せられ続けて数十年もすれば、全員悟れるぞ? 間違いない。ワシも昔は心根の優しい美少年でだなぁ」
心の底からホコホコと回想シーンを垂れ流し始めた高齢の同業者に辟易した彼らはイソイソと仕事であるレポートの作成に取り掛かるのだった。
大陸において心が読める能力者というのは数こそ多くないが一定層、昔からいる。
魔術師にとって自らの技能や知識が宝である以上、そういった手合い相手に渡り合う術など研究し尽くされて数千年は経っている。
今更、一般人に毛が生えた程度の能力者相手にまごまごするような魔術師などよっぽどの格差が無い限りいるはずもなかった。
*
こうして常人から化け物扱いされ得る人々に真なる化け物的真面目良識人認定された少年が真面目に情報の解析を自室で九十九を用いて始めた頃。
シェルター都市の地下訓練施設に数人の隷下部隊の一般隊員が集まっていた。
「タケ氏。災難でしたな。今回は……」
「いやいや、アマギ氏。これでもボクは彼らに感謝してるんでござるよ」
「何故に?」
一般隷下部隊。
そう呼ばれている彼らの人格諸々や趣味に善導騎士団は何ら縛るところもなく自由にさせている事はあまり知られていない。
厳しい規律こそあるが、それ以外は人の道を外れなきゃ何してもいいよ、くらいのものだ。
「美少女……だったんでござる」
「ホワッツ!?(どういう事だ同志!!)」
「あのコーカクガイトーとやらの中身。美少女だったんでござる(重要な事だから二回言った)」
「ホワイ?!(何故、分かるんだ同志?!)」
「仄かなニホヒがしたんでござるよ……実は今まで黙っていたがボク……美少女の体臭が解る程度の能力を持っていてな……」
「シット!!(クソゥ!? オレも嗅ぎたかった!!)」
「それも欧州の15歳くらいの美少女の匂いでござった。あ、ムダ毛は処理しておる為、腋臭は大丈夫であったぞ」
「ノウ!!?(ウソだ!!? 欧州は大森林だってバッチャが言ってた!!?)」
能力的にバリバリのヲタクが隷下部隊にいたって普通だし、性癖が偏った男が女性隊員にハァハァしてても犯罪さえ侵さなきゃセーフである。
キモかろうと、ババアだろうと、ヤンキーだろうと、オカマだろうと基本的に騎士団は彼らに規律以外の事は何一つ言った事が無い。
結果として諸々の生態系が確立された昨今は隷下部隊にも幾つかの派閥が出来た。
そんな一つが今回投入された部隊の一部人員で構成されるヲタク派だった事は別に誰も気にしていないので問題にはなっていない。
「それも部隊の3分の1くらいおった」
「タケ氏……まさかッッ!? 全員の?」
「ああ、嗅いだ……天国でござったよ。ちょっと肋骨と背骨と大腿骨が粉砕骨折した程度であのような世界をこのような卑賤な身で覗けるとは……良い時代になったものと感涙している」
「タケ氏の奪われた黒武でそんなヘヴンが……」
「うむ。レポートにして提出した事で相手の人員の年齢層と男女比が分かったと騎士ベルディクトに金一封を貰ってしまった」
「おおおお!? さすが、我らの期待の星!!」
「これからも中身が分からない場合は頼むとも……騎士団に入って良かった!! 切実に!!」
「後は我らに靡いてくれるチョロインもといヒロインを探して姫にするだけですな!! いやぁ!! 我らの未来は明るい!! 騎士団上層部、騎士ベルディクト周辺の方には断られてしまいましたからな!!」
変なおっさん連中が我々のサークルの姫になってとか意味不明な事を言って断られた話はあまりにも些細な事過ぎて、きっと少年の傍の女性陣の頭の中からはさっぱり消えているだろう。
だが、ヲタサー活動を継続する野望持つ者達の姫確保計画は着々と狙いを今度は敵になるかもしれないゲルマニアの実働部隊へ向けていたのだった。
『―――?!!』
遠くゲルマニア。
旧ドイツの市街地の地下数十km地点。
巨大な都市の外縁部一角。
ドック内部に入る戦艦の後方ブロック。
未だ船内から降りていなかった強襲部隊の面々。
その特に女性陣達は言いようのない悪寒に一瞬だけ背筋を支配されていた。
彼らは揃って18歳以下にしか見えない。
機械式のゴツイ昇降式ロッカーがあるポット状の部屋の内部。
記憶から詳しい戦訓を得る為に円陣を組んで過去の情報を脳裏から魔導で抽出する作業中……彼女達の脳裏に共通して引っ掛かったのは大収穫の一つ。
相手の電子機能を搭載した大型CP設備の乗った車両の確保時の出来事であった。
乗り込んだ彼女達が見たのはデスクに座ってカタカタとキーボードを打っていた男の姿。
その冴えない眼鏡男に襲い掛かった瞬間。
彼女達は恐ろしい目に合ったのだ。
有ろうことか。
その男は首が捩じ切れるのではないかという程、人間かも怪しい様子で首をこちらにグリンと曲げて、卑しい笑みでニタリと笑いながら匂いを嗅いだ後。
うぉおぉおぉおぉおぉおおお(歓喜)とか言いながら、突っ込んで来て、鎧の上からだというのにハフハフしながら彼女達の装甲を撫で回し、攻撃を回避し、次々に尻やら太ももやら背筋やら撫でて愉悦したのだ。
(アレがジャパニーズHENTAI……いや、善導騎士団か? どちらにしろ恐ろしい敵だった……まさか、4分間もあの屈辱的な状況で粘られるとは……)
少女達は忌々しい記憶を回想する。
女性としての羞恥心を刺激する攻撃。
このような手管によって精鋭部隊を足止めするなど、全く以て想定外。
彼女達の中には善導騎士団畏るべしという感情と同時にまたあんな奴がいたらという不安。
更には自分達の性別をどのようにか一瞬で見抜いた男への恐怖と自分達の恥じという感情が拭い切れなかった故に部隊が増援によって包囲され掛かったという事実への後悔があった。
動揺していなければ、瞬時に相手を叩き伏せられたはずだ。
だが、彼女達はあまりの事に獲物である黒武の中で剣を抜いてかなり破損させた。
当時は現場で強い敵がいたから仕方なくという言い訳をしたが、後になってみれば、それは言い訳だろうと反省するくらいには彼女達の頭も冷えていたのだ。
(次は無い……次は必ず……)
彼女達は知らない。
ヲタクだって人類を救えちゃう力とか使えてしまう事に。
タケ氏が痛滅者の搭乗員資格を持っている事に。
次も本気でセクハラ紛い(当人にとっては紛い)の勧誘をされてしまうという事に。
*
奇妙な現実が善導騎士団やゲルマニアで牙を剥いている頃。
北米戦線では血で血を洗わないけど激戦だけは繰り広げられていた。
南部大要塞ベルズ・スター近郊。
クアドリスの魔力を引き込む事で周辺一帯が砂漠化から一転緑化。
そんな地域に呑まれた世界は樹木が旺盛に茂り、密林が誕生していた。
その中に巨大な大穴がバカバカと開いて奈落の底を覗かせている。
通常時には雨水を溜めておく事になっていたゾンビ漸減用の各都市や要塞の大穴だが、莫大な水は汚染されない内にと今は北米大陸各地から地下タンクに移し替えられており、現在の穴の中は暗い威容を湛えている。
まぁ、戦闘をする部隊という幻が穴の中央まで続く密林の幻影と共に展開されており、次々と同型ゾンビを呑み込んではいる。
それを抜けて要塞付近の巨大な堀。
沼地遅滞に足を踏み入れたゾンビ達は次々とベルズ・スターの全方位狙撃の的となって現在も死体の山を積み上げており、沼地の半分程まですら進撃出来ていなかった。
『こちら北西域第三中隊。37万体の処理を完了した。死体処理班の出動を要請する。次波に備えて、第七中隊との交代作業に入る』
『ヒュ~~あの数を視線誘導弾や動体誘導弾使わずにもう処理したのかよ。弾丸の消耗は……お、39万発切るのか。やべぇなぁ』
『ごほん。HQより第四中隊、無線に私語は載せないようにとあれほど』
『お~オペレーターのねーちゃん。めんごめんご』
『死語ですよ。ソレ……』
『え? 善導騎士団のおやじ連中から教えて貰った最新スラングなのに……』
『(そちらの方達の方がよっぽど死語より古そうね)』
『何か言った?』
『とにかく、第四中隊はただちに南西域で狙撃試験の開始を。続々と日本側から大隊が到着しています。早く終わらせないと夕食を食べ損ねますよ……(T_T)』
『おっと、いっけね。んな事になったら中隊の連中にどやされちまう。ハンター稼業無くなったら、こっちで食ってかねぇとだし、真面目にやりますか』
『はぁ……(バウンティーハンターってのはどうしてこう……いえ、此処は我慢よ……彼らのおかげで都市は生き永らえて来たんだから……)』
『オイこら!! 日本製のHENTAIポルノ見てんじゃねぇwww オペレーター子ちゃんがまたカンカンになっちまうぞ♪』
『聞こえてます』
『いっけね?! おっと、通信状況が悪いようだ。こちら第四班、任務に誠心誠意従事します。って事で~~』
『……はぁぁぁぁ(;´Д`)(クソでか溜息)』
ベテランのハンター達が戦力に加わる関係上、彼らの戦力は防衛線に関しては自衛隊にも劣らないだけのものであると言ってよい。
沼地に沈み込んだ同型ゾンビは空間転移の導線が泳いでいる為、死体となってもすぐに掃除され、積み上がる事も無い。
それは地表でも死体処理班と呼ばれている彼らさえいれば、現状維持が永続的に可能という事を示している。
本来ならば、手間いらずのドローンで第一次防衛線を築く事になっていたのだが、急に大規模戦闘になったとはいえ、常時彼らが備えていたのは間違いない事であり、バウンティーハンター達を主軸とした守備隊は善導騎士団の隷下部隊と連携する事で安定した撃破数を誇った。
後方から送られてくる新人達に大規模な戦闘経験を積ませる場として使用されるくらいに安定した防衛戦。
正しく自衛隊にしても善導騎士団にしても無限のようなゾンビと相対して来たハンター達の銃の扱いは舌を撒くものであり、その点で学ぶべき事は多かった。
おかげで要塞内部の各種のガトリングガンの類は未だ使用されていない。
『おっしゃ、連射回数、射撃回数、即死率……ハイスコアっと』
『はは、クローディオの旦那にゃ負けるだろ』
『アレと一緒にしないで下さいよ。隊長……ありゃ、人間技じゃねぇ』
『人間じゃねぇエルフだからなwww でも、お前らも十分に人間技じゃねぇと思う。幾ら、騎士ベルディクト特性の重そうでまったく重くないけど狙撃時はしっくりくる狙撃銃を使っているとはいえな』
『いやぁ、グレードアップされ過ぎでしょう。この狙撃銃……今なら、7km先の的の同じ個所に連続で30発当てられますし』
『うん。やっぱ、騎士ベルディクトがおかしいなソレは……』
『今更ですけどね。こんな安定した狙撃ポイントに数十時間飲み食いしながら入ってられるってんだから……騎士ベルディクト様々です』
漸減された同型ゾンビ達の多くは一定進路からしか向かって来ない状況で延々と狙撃の餌食となっている。
ライフルで鴨打ちされているので殆ど要塞に取り付くモノも無かった。
しかも、訓練だからと通常弾で新兵が対応して、その後の食い残しをベテランが処理している。
嘗て、少年達が遭遇した巨大な山の如き敵やフロッカーの類でも出てくれば、正しく総力を挙げての戦闘となっていたのだろうが、生憎とまだ砲兵隊に出番が回って来ていないところで彼らの余裕が伺えた。
ベルズ・スター周囲の大穴からは今も轟々と水蒸気が立ち昇っているが、血煙は出ておらず。
新型の脱水術式も良い感じに幻影を邪魔していない。
後8000万規模で敵が落ちない限り、燃やすまでも無い状況であった。
『これより先発して各地の【シャウト】を掃討している第三大隊に我ら第九大隊が合流する。敵群勢力圏内でのゾンビ発生源の掃討任務は最高難易度。貴様らが足を引っ張れば、全滅も有り得る。残弾に留意せよ』
ベルズ・スターの地下でザッと敬礼する男女は半々。
年齢は60代までと幅広い。
過酷な訓練を積んできたとはいえ。
それでも傍目には厳しい顔をしたおっさんやおばさんが大量。
その中に3割程の若年層と青年層が混じっている。
超少子高齢化の時代である。
ついでに善導騎士団の兵員養成スタンスは年齢はある程度問わない。
それこそ爺レベルに歳を食っていても、能力に目覚めたり、魔力が優秀ならば、肉体は賦活するなり、諸々の措置で現役時代並みに戻し戦わせるなんて朝飯前。
足りない部分は道具と魔術で補う為、後は訓練をこなせるかどうかは意志力の問題であった。
ピカピカの新兵に十代の若者と老人が共に戦友として隊伍を組むというのだから、世の中は何が有るか分からないという話である。
正しく、国家総力戦体制というものを疑似的に彼らは体現していると言っていいのかもしれない。
『お嬢ちゃん。大丈夫か? ん?』
『だ、大丈夫、です……お爺ちゃんこそ……』
『わしぁいつ死んでもいいくらいの死にぞこないだからな』
『また、そういう……ちゃんと生きて帰らなくちゃダメです……』
『はははは、若者より後には死ねん!! 老兵は去らず。だが、戦場で盾くらいにはなるだろうよ』
隷下部隊のあちこちでは年齢差を感じさせる部隊が会話に興じていたが、一時間後には出発であった為、指揮官は何も言わずに作戦の最後の詰めを行うべく。
ベルズ・スターのHQへと出頭しに行った。
要塞内部。
中心域の地下倉庫内。
総計三十数機の黒武が並んでいる。
まだ、痛滅者こそ積んでいないが、黒翔は4機搭載済み。
北米の広大な戦域を制圧する為に善導騎士団が精鋭以外の大隊規模を15人小隊×15隊を中隊とし、中隊×2で大隊として新編していた。
再編された教導済みの新規大隊は更に+50人3増強小隊3隊を加えて増強大隊。
つまり500人からなる。
装備は今のところ最精鋭が使うモノから1世代前で充足しており、【
単なるゾンビなら1人で1000体規模で対応可能であった。
大隊に新編された隷下部隊の大半は本人の能力や性質が前衛向きな人物達が選抜されており、増え続ける隷下部隊を今後更に引っ張っていく士官候補で固められているという事情がある。
彼らと同じような大隊が教導を終了させたのがつい先日。
8個大隊で4連隊が編成され。
総員で1個師団4000人が現在の定員であった。
そろそろ20万を越えそうな善導騎士団の隷下部隊であるが、その大半は初期教練で篩い分けられ、後方向きと前線向きで二分される。
更にそこから前線向きの人材の中から最善前線向きの人員が選抜され、彼らの大隊が抽出されていた。
『オーライ、オーライ、その装備は在庫として全て大隊に充足されるんだぞ!! もっと、丁寧に扱え!! そいつの中身1着で戦闘機より高いんだからな!!』
『マジですかぁ。班長ぉ!!』
『ああ、大マジだ!! 時価総額しか知らんが、陰陽自研が全て採算度外視で造ってるだけの最高スペック品だ!! 騎士ベルディクトが試作して使ってた装備の汎用廉価版っつっても、単に運用性重視にしただけで造る技術も物質の稀少さも変わらんのだからな!!』
『うぇぇい!! オレらが一生働いても返せない装備の搬入頑張りまぁす!!』
『銃弾一発100万だぞ!! ディミスリルの凝集率だけで言えば、弾倉は家一軒と何も変わらん!! 消耗品だからって投げるなよぉ!!』
『此処どうなってんだよぉ……危なくて迂闊に腰掛けられもしねぇ(´Д`)』
無論のように後方向きの人々は戦場ではなく。
地域の騎士団の支部の下に置かれる派出所などの出先機関に配され、基本的には対ゾンビ相手の治安維持を担う事が決定。
先日のような空間から無限に湧き出すゾンビに対抗するべく。
シェルター付近に拠点を構えて地域のお回りさんよろしくゾンビを狩る為の訓練に明け暮れる業務が開始されたばかりだ。
組織自体は自治体にもう造られていたが、殆ど混乱の収拾しかしていなかった。
何より活動基盤が整っていなかった為、前回の一件では殆どシェルターを取り仕切ったり避難時の防護を最優先にして出番は無かったのだ。
それが今度は組織力を動員して動けるとなれば、次同じような事件があっても被害者はきっと大幅に減るだろう。
『後方なのよねぇ。此処?』
『ええ、後方ですよ。日本の片田舎』
『ねぇ……毎日主観時間延ばして延々と人類亡びるまでの30日間を1時間でお昼寝学習するのは何か間違ってると思うの私』
『そうですか? でも、此処、善導騎士団の出先機関ですし』
『触手と蟲の巣窟で正気度削りながら、夢で対応力とか磨くのは間違ってると切実に思うの私』
『まぁ、でも、善導騎士団のハイスペック短期促成カリキュラムですし』
『書類仕事と御昼寝してるだけで何でか狙撃銃とかナイフとか拳銃の扱いがプロ級になるのって絶対おかし―――』
『辞めます? 此処の給料安いですけど、現物支給品と福利厚生と生存率的なものだけで言えば、世界最高ですよ?』
『うん……頑張る……頑張るけどさぁ。何か間違ってる……ホント、あ、この紅茶美味しい……この黒いのって?』
『あ、北米産の一口チョコですね。福利厚生用の支給品です』
『止められない!! 止まらない!! くぅぅ、善導騎士団卑怯過ぎよぉ!!?』
後方の人員とてそれなりだ。
武装を持てばゾンビなんてそれこそ武器弾薬が有る限り無限に撃ち殺せるだろう。
だが、最精鋭より一歩下。
実際に黙示録の四騎士との戦いで損耗と耐久を確保する為の人材はとにかく質が重視された。
結果として今現在増えている人員こそ莫大であったが、善導騎士団がこれからの1年か2年を戦う際の主力となるのは北米派遣組みの最精鋭と残る8個大隊だ。
英才教育を施されていない彼らの中から騎士となる者も出るだろう。
本来のカリキュラム的には促成と言えるが、力は本物。
今後来るべきレベル創薬の投入。
これによって、彼ら主戦力級師団の倍増が期待されている。
それを北米で鍛え上げるのに100万から1000万規模の同型ゾンビとの戦線に投入するというのは黙示録の騎士との決戦計画における主要な工程の一つであった。
『総員、黒武に登場!! 240km先の部隊に合流するぞ!!』
ベルズ・スターの地下最終層。
儀式場へと向かう彼らは次々に転移でゾンビ達との最前線に赴く。
主要な業務は補給と退路の確保。
そして、ベルズ・スターまでの戦域に存在する全てのゾンビの掃討である。
現在時刻朝8時00分ジャスト。
猛烈な速度で儀式場の方陣内部に飛び込む黒武は次々と猛烈になっていく陽の下。
地獄の光景を目の当たりにするだろう。
黒翔に登場している人員。
降下し、敵主力を生み出す【シャウト】群の絶叫が空を劈く最中。
無限に散らばる屍の山上を埃も立てずに疾走していく部隊の姿を彼らは後方から見てしまった。
ある者は低空で飛びながら敵主力の圧力を緩和する為に魔力弾を掃射して進撃する後ろの部隊の為に一身に攻撃を受け、回避しながら戦い。
ある者は地表を疾駆して、両手の刃で敵を擦り抜け様に頭部を斬り落として戦い。
ある者は両手に拳銃を持ったまま拠点のように動かず。
増えていく敵を減らし、敵の根本を立たんと機関銃が無限のように掃射され、次々に秒間3000体を下らない制圧力が敵群を薙ぎ倒し、削り崩していく。
「これが戦場……ッ」
震える者は皆。
怯える者もいる。
だが、足を止める者は無い。
黒翔で飛び出した者が魔力と残弾が限界に近付きつつある兵員を庇うように展開し、陣地を構築する為、次々に【シャウト】の群れにフルオートの掃射を行う。
近付いてくる歩兵役【アヴェンジャー】や【ライト】【コア・ライト】の群れの対応には地表へと着陸しながら敵を轢き潰しながら駆け抜け、砲撃を撃ち込む黒武が波濤となった軍勢を打撃力によって押し留める。
放射状に描かれるのは意図したものではないとしても旭日の旗に似ていた。
弾丸を撃ち尽くす前に来た増援に最精鋭。
少なくともそう呼ばれる者達は一時の休憩と補給を開始するべく。
黒武に飛び乗るようにして乗車。
短く内部で隊員に感謝を告げるとその埃に塗れた姿のままで倉庫内に入り、数分で完全に弾薬と魔力電池を補給し、CPブロックに積まれていたレーションを無言で摂って水を流し込み。
背中を壁に預けて目を閉じる。
寸分も無駄のない動き。
だが、それこそが彼らが最精鋭である証か。
最初から来ると告げられていた増援部隊であるが、新人は新人だ。
彼らがすぐにでも出撃せねばならないかもしれない状況である以上、気を抜いて眠る時間すら惜しいのは間違いない。
次々に彼らが眠りへと落ちたのも束の間。
黒武は無限のゾンビの中を疾駆し、火砲と機銃の威力を存分に発揮する。
嘗て機甲戦力がゾンビに無力だった理由は戦車一台が砲弾一発で殺せるゾンビより機関銃の方が効率が良かったという事実を前にしての事であった。
だが、黒武HMCC……10式のディミスリル・カスタム化された装甲車両が北海道戦域でも活躍したのは砲弾も莫大な数の敵を仕留められたからだ。
砲弾が次々に射出されれば、それがどうしてか解ろうというものだろう。
その巨大な威力を秘めた金属塊は最大射角で上空に打ち上げられた後。
C4IXと連動する内部の術式を起動。
各黒武が放った砲弾と連動して個別の標的に向けて地表へと向かって散弾化する。
解り易く言おう。
砲弾が弾けると全ての破片が別の個体を狙う。
それも他の砲弾とは別の個体を、だ。
威力の完全な分散。
数百体単位の同型ゾンビ達を【D刻印砲弾】が砕き散らすのだ。
これに近接防御の機銃と車輪による轢殺が加わる。
まぁ、人間の軍隊相手ならば、1機で1旅団を潰す事すら容易いだろう。
10秒間で5発。
2秒間隔で砲弾が連射され続ければ、数千体が一分も待たずに消えるのである。
これを先導するのは黒き暴れ馬。
黒翔の群れだ。
【シャウト】群を殲滅する為、その索敵と遊撃能力を存分に発揮し、高空から戦域データを更新し続けながら進むのである。
敵主力は滅びぬ無限の兵力。
だが、その根幹は自己複製+1体を呼び出す事が可能な【シャウト】である。
これを殲滅すれば、敵兵力は増加しなくなる。
ならば、やる事は一つ。
戦域からシャウトを狩り尽すのみ。
その湧き潰しの最後を新兵達は代替していたのだ。
それとて別地域のシャウトが増えてから移動してくるまでの話にしか過ぎないが、それまで戦域の制圧を行う事で各種の工事が可能になる。
特に今は空間制御による転移能力を持った魔導や魔導機械術式の術師達が次々に投下されており、戦域に少しずつデポ……小型の物資集積所が高速で設営、広がりつつあった。
この簡易要塞機能とドローン制御機能を併せ持つ陰陽自研謹製の補給設備が整えば、無限の兵力で進撃してくる敵の制圧速度は更に加速するだろう。
孤立無援でも戦い続けられる精鋭達のみならず。
正規兵の訓練を受けていないバウンティーハンターや練度の低い兵でも膨大な数の敵に対応が可能になる。
要塞都市化したシスコとロス周囲は既に30km圏内をデポで満たし、志願兵達による地域制圧が捗っている最中だ。
精鋭達はその下地として次々にその地域の外縁を広げるローラーの役目を担っていたのだ。
これこそが北米で前倒しされた陰陽自衛隊と善導騎士団の多目的戦略強襲偵察作戦トリプルクエストの目的の一つであった。
敵が無限の兵隊を投入してくるのならば、無限の兵隊を制圧する戦略を考えねばならないという単純極まる実践の一貫である。
黙示録の四騎士の奇襲によって強行偵察最大の難関が消え失せた為、現在は後方部隊を充実させながら、騎士団も陰陽自も戦域の制圧任務へとウェイトを偏らせていた。
「バージニア女史」
「何かしら?」
自国製の珈琲を口に含んでいた女傑は次々に送られてくるリアルタイムの戦域情報を室内の壁に魔術具で投影しながら順調な様子にチョコを口にしていた。
「範囲30km圏内へのデポの設営と戦略ドローンの配置が完了したとの報告がありました」
「そう……陰陽自研のアレがあれば、それなりに安心かしらね」
「ええ、善導騎士団が3個大隊を北部とカナダ全域の広域捜索任務に出したいとの話なのですが、許可を求めています」
「分かりました。直ちに許可を」
部屋に駆け込んできた秘書にバージニアが頷き。
また、リアルタイム情報を確認しながらの決済業務へと戻る。
重要な事は人間の手で報告させる。
通信がいつ途切れても良いようにバージニアはそういった組織体系を作って来た。
その成果か。
今ではそれが横も縦も無い強靭な相互理解の綱となって組織を潤滑に回している。
(あちらの市長の要請ね。確かに……どうしてカナダにはゾンビが集まっていないのかが気になる。黙示録の四騎士側が【シャウト】を前面に押し立てるなら、カナダで増殖させて一気に南下、南米から一気に北上みたいな手を執るのが無難なはず……解明出来るかしら?)
彼女が思考しながら椅子を僅かに傾け、ビルの外側を見やる。
市街地は今やカラフルな建物に溢れ、緑が繁茂し、まるで異世界。
しかし、確かに其処は荒野とゾンビが全てを呑み込む過酷な都市であったはずだ。
その現実が今や変貌した。
それは喜ばしい事であるはずなのに彼女は思うのだ。
その嗅覚が叫ぶのだ。
これはきっと次なる災厄に備える為の一時でしかないのだと。
その勘とも呼べぬものを彼女は一笑に伏す事が出来ない。
次々に今までならば考えられなかっただろう莫大なゾンビ達を屠る現状を見てすら、である。
(あちらの市長も同じなのでしょうね。10年後の予測結果。深雲と九十九のネットワークの回答は未だ何も変わらない。つまり……我々は予定調和ではないにしても……ターニング・ポイント。まだ、その時を迎えてはいないのよ……それに立ち会うのはきっと彼……そして、仲間達なのでしょうね……)
女は息子が此処にいたらなんて幻想を僅かにデータの映像の上に見た。
それが例え、単なる自分の都合の良い錯覚に過ぎなくても……他の誰かにとってきっとソレが今なのだ。
善導騎士団。
彼らならばきっと全てではないにしても多くを生き残らせる事が出来る。
その手から落ちる者がいたとしても人々は進むしかないのだ。
この世界が滅ぶ前に手立てを見付けるしかないのだ。
それが人の決意であればこそ。
彼女に祈る手はない。
今はその時ではない。
人事を尽くして天命を待つ。
そんな言葉を思い出しながら、彼女は決済し続けた。
やがて来る新たな力達を受け入れ、共に歩み続ける為の計画。
その基礎部分を確立させる為に……。
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