第149話「強襲」
「現在200ノットに到達。ロンドン市街地上空まで450秒です」
大陸に和と同時に覇も唱えた軍事組織の軍艦。
その艦橋は正しくSF染みているだろう。
全てがクリスタル製かと思える程の透明度を確保した内部からの360°完全に見渡せる内壁は艦橋が格納された船体中央部にあっても閉塞感をまるで感じさせずに広大な空を視認可能としている。
また、全てのコンソールが魔導言語で組まれているプログラムが奔った一体式の機器。
つまり、一つの道具で幾つもの機能を行使するものである為、情報は最初から統合された状態で指揮者や参謀役達に伝えられる。
まぁ、生憎と参謀役は本日不在。
いや、出番もなく本国待機。
彼女を律するのは彼女1人。
アシェン。
そう呼ばれたSSの制服にも似た軍服に七つの剣が突き立つ丘と黒と金の正鍵十字を上下にあしらったトレンチコートを羽織る彼女は次々に大陸標準言語で入って来る周辺地域の情報を見逃さないように眺めながら、既に見えてきているドーバー沖高度2000mからのロンドンの姿に歯を剥き出しにした。
「喜べ。妹弟達よ!! 我らの敵がいるぞ!! 何と我らに歯向かい!! 事すれば殺せるだろう武装を持つ者達がいるぞ!! 我らは国家の在り様としてはお飾りであるべきだが、装甲すら抜けぬ通常戦力の雑魚に用は無い!! 善導騎士団とやらとしばし戯れるぞ!!」
艦橋の誰もが使命感に燃えている。
上空待機状況で鎧に身を包み。
周囲に展開して隠れている全身鎧の中で男女無く。
若者達が全周警戒、全周防御、同時にまた強襲可能な状態で獰猛に命令が下るのを待った。
「全隊、機動照準戦用意せよ!! 敵バイク型に各自任意に照準!! 撃つなよ!! 追い回し、敵の技量と回避機動データを計測せよ」
次々と魔力波動を用いた敵へのロックオンが艦の周囲から次々に飛ぶ。
それに対し、沿岸部からロンドン市街地まで散開していた黒翔が次々に遠方の遥か頭上。
何かからの魔力によるロックオンに気付いて回避機動を取る。
(ご丁寧に主要行政区画とシェルターを避けてか……撃ち込まれるならば関係ない場所で……敢て撃たれるならば、即応出来るギリギリの距離で……読み易い以上に難敵か)
アシェンが僅かに瞳を細める。
相手の単調な回避機動は正しく防衛用のものだ。
回避機動のデータを算出するまでもない。
しかも、当たるのも覚悟しているなれば、即死する可能性を受け入れているという事。
この世界において破れかぶれの兵など役に立たない。
だが、一番恐ろしいのも損害を気にせず相手を損耗させる気な兵隊だ。
それが未だ弱いかどうかすら分からず。
手の内すら見せず、となれば。
聊か以上に慎重に進める必要があると彼女は冷静に愚考するのだ。
「各隊は本艦に先行し【正史塔】へ。一時制圧及び捕縛任務である。敵抵抗が頑強ならば、損害の出る前に後退。退路は艦後詰3隊で確保する」
応答が一斉に返り。
見えざる全身鎧が次々に黒翔への照準を止めて、ロンドン市街へと加速。
各地で戦闘態勢を整えていた各地の英陸軍の防空網と陣地を素通りして直接に史跡のある一角へと向かう。
先行した部隊が次々に検出された正史塔の防衛設備。
それこそ古から続く結界や魔術による罠の類の中核を魔力波動を全力放射する事で剥き出しにし、瞬時にその腰に下げていた剣を持って銃のように向ける。
純粋な魔力による砲撃だ。
閃光は奔らなかった。
凝集された魔力塊が一点集中し、次々に地下あるいは虚空、塔の一部。
見えざる結界に阻まれていた施設の中核を軒並み収斂された爆発の威力で吹き飛ばしていく。
猛煙と同時に塔が本当の姿を現した。
半径320m。
直径400m。
それはまるでプディングのようにも見える。
その周囲にある駐車場や更に地下の設備、外縁の結界の中核から罠を発動させる媒体、魔力の供給源からの動力線に至るまで一撃。
焔が吹き上がる各地では余波を受けた魔術師達が次々に内部へと逃げ込むか。
あるいは逆に外へと逃げ出していく。
だが、その間にも混乱に乗じて真正面から見えざる来客達は押し入り。
次々に降りる隔壁を剣の物理的な一撃で巻き起こした衝撃波で薙ぎ払い。
魔力の壁を切り裂いて素通りし、自動で打ち込まれる雷撃だの熱量の塊だのを装甲表面で受けながら凡そ100m先にあるラウンジに到着した。
その間、走っているとはいえ12秒。
巻き込まれた術師はいなかったが、余波で吹き飛んだ術師は意識を失って数十人、彼らの道端に転がっている。
殺すのが目的ではないし、制圧に時間を掛けてもいられない以上、放置という事であった。
ラウンジにはもういつもお茶を嗜んでいた術師達の姿はなく。
椅子もテーブルもそのままでがらんとしており、1人の黒人の男がカウンターの手前で待っていた。
「お待ちしておりました。お客様、オーナーが客室でお待ちです。ご記名をお願い出来ますか?」
『………っ』
無言で剣を向けようとした兵達の耳に通信が入る。
そして、兵達の1人がサラサラと差し出された記入用のペンを持って、差し出された紙に名前を書いた。
そこにはドイツならばありふれたような名前が一つ切り。
「では、ご案内致します」
『無用。押し通らせて貰う』
「備品は壊さないで頂ければ幸いです」
もう黒人の男に誰も目をくれなかった。
最初から塔の内部構造と諸々の情報は仕入れてある。
そして、彼らは次々に虚空へと飛び上がり、最上階に近い階の通路に入り込むと一斉に家探しを始めた。
それから二十秒程で兵の1人が不可視化したまま。
開いた部屋の先に老人を見付け、姿を露わにして剣を片手に老人に向き直る。
その手には電子端末が一つ握られており、ソレが老人に差し出された。
それを受け取った老人がディスプレイを覗き込むと一人手に電源が入り、アシェンの姿が現れる。
『初めまして。オーナー……いえ、全てを隠蔽した下種野郎』
「その謗りは甘んじて受け入れよう。ゲルマニアの若き将よ」
『我々の事をご存じなのは当たり前として……我が方の目的は察しが付いておられるか? もしもそうならば、ご同行願おう』
「いいだろう。これ以上、備品の破損は免れたいところだ。今や保険会社も無いものでね」
『全て焦土にしてから善導騎士団とやらに再建させてみては如何か?』
「生憎と旧きモノを尊ぶ感性はまだ保持している」
『……我が国は妄念。妄念が軍を為せば、普通は戦争。という事もある。が、我々は戦争など望んでいないし、今更我々以外の人類集団が地球上から消え去ろうと然して興味が無い』
「興味か。興味以外ならあるような口ぶりだ」
『その通り。我らゲルマニアは今後、どのような事をしても過去の清算を終わらせる。その点でもって、人類生存圏の一角として全ての国家と手を取り合える事もある。と申し上げておこう』
「絶対に引けない一線を呑み込めば、かね?」
『ええ、その為に我らは生まれた。父上様に人類が詫びるまで嫌がらせを行う用意もある。人権とやらに配慮して国家が彼らを罰さないならば、我々は敵ともなる。後ろで聞いている全ての人員にもそう心得て貰いたい』
「諸君。手を下げたまえ。生憎と君達では1人殺すのに10人以上死ぬ」
部屋の中。
魔術師なのかどうか。
サラリーマン風の男やらOL風の女やら若者から中年まで20人程が全身鎧1人の周囲に屯しており、オーナーと呼ばれた老人の声に壁の中へ消え去っていく。
『各隊。逆らわないならば放っておけ。撤収する。まぁ、いい……目標は達した。が、我々が何者かは人々に教えねばなるまい。塔の外壁に火を放て。どうせ中まで焼けはしまい』
「はぁ……外観も史跡観光の重要なものなのだが……」
『己を省みてモノを言え。何と寛大なと涙に打ち震える許可くらいは出してもいい』
ディスプレイが途切れる。
それと同時に老人の前で兵の1人が腰から引き抜いた棒を床に立てると膨らんで曇ったカプセル状になった。
『お入りを』
兵の言葉に老人が従って、カプセルに手を伸ばすと手から体が沈み込んで内部に入り込む。
柔らかい素材で出来ているのか。
包み込んだ後の老人を全身鎧が担ぎ上げて、すぐに他の兵と共にラウンジに上空から飛び降り、退路を確保していた兵と共に速やかに撤収していく。
通路を来た時と同じく高速で駆け抜け、外壁が見える位置まで来た彼らが剣を一斉に未だ本当の姿を晒す塔に向けて光を煌めかせた。
途端、巨大な塔全体が彼らの真正面から燃え広がっていく炎に嘗め尽くされていく。
そして、彼らが悠々と魔術師達が立て籠る燃え盛る塔に背を向けて跳び去ろうとした時。
彼らは虚空に4機の黒翔と2機の黒武を見た。
それを率いて路上に立つのは碧い装甲の少女だ。
『善導騎士団の部隊と不意遭遇。戦闘許可を願う』
『―――180秒だ』
アシェン。
己らの隊長の声に兵達が瞬間的に高速で動いた。
オーナーを担いだ兵は他の退路を確保していた部隊に合流して引き上げていく。
それを追う素振りを見せようものならば、速攻で相手の体を吹き飛ばすつもりだった残る4機の高格外套を纏う者達は姿は幼くても少女が立派な兵なのだと理解した。
彼らは初陣だ。
だが、相手は恐らく手練れ。
しかも、武装は恐らく差こそあっても、自分達に届く程度の代物。
年齢など魔術の世界において何ら安心材料にならない事は彼ら自身が一番良く知っている。
銃を持てば、子供だって大人は殺せる。
それが現実だ。
ならば、彼らに与えられた180秒が何の為にあるのか。
分からないわけもない。
それはあちらも同じなのかもしれず。
先に動いたのは彼らだった。
瞬時に散開。
同時に敵たる少女。
ハルティーナへと剣を向けようとして瞬時に鳴ったアラートに従って即時回避機動を取った。
システムが更にアラートを鳴らし、四機の内の一機が何処だと全周警戒しようとし―――真正面を地面スレスレから抉り込むように拳を打ち出した少女の右手が鎧に接触し、バガッと鎧自体が弾け飛ぶようにして発光し、周辺の木々を薙ぎ倒しながら距離が開いた。
(瞬時に威力を殺して距離を取った? いえ、あの動き……鎧側が行ったとすれば、内部の人間には相当の負荷のはず……中身はまだ人間レベル。ならば、戦い慣れさせるのは危険ですね)
ハルティーナが自分の一撃が鎧を破壊し、致命傷を与えられなかった事にベルが言っていた七教会の技術力の恐ろしさを理解し、続けて技の直後の硬直へと振り下ろされる3つの剣を背後左右から受けつつ、体を無理やり腹を中心にして捩じりながら、肉体そのものに運動エネルギーを奔らせた。
痛みはない。
いつでも彼女は万全だ。
どんな日でも重症さえ負っていなければ、空いた時間に訓練は欠かさない。
高々3本。
剣が3本でしかない。
彼女の父や祖父は少なくとも超高速での近接戦闘中、7本までなら至近で同時に避け切る。
その極意は単純無比だ。
軟体。
体を捩じり、刃先を避け、相手の刃の腹を肉体の間接や指先などを使って叩いて逸らせる。
たったそれだけ。
刃に載った力が強ければ強い程に切り返しは遅くなる。
それが行われるより早く彼女が刃から逃れればいいだけ。
まるで曲芸だ。
いきなり、少女の体が捻じれながらCの字を描いて背後の一つを避け、爪先と手先が2本の刃の腹を叩き。
切り返す前に反り返ったバネのようにその場から弾け飛んだ。
その途中にも虚空でまた捩じった体を元に戻す反動で態勢を立て直し、三人を同時に視界へ入れた彼女が両腕と両脚の装甲を刹那で復元する。
そう、復元だ。
巨大な四肢の一部が装甲を中心にして浮き上がりながら歯抜けの幾何的なパズルのように展開し、リング状となった。
そのリングが魔力の輝きを帯びる。
地表に足先が付いて、運動エネルギーを直接動魔術で放った直線最短距離の突撃が発動。
軽く音速を超過した彼女の両手両足が勢いのままに虚空で回転しながら運動エネルギーを装甲内部に保持したまま敵の剣にブチ当たる。
本来ならば、剣が瞬間的な振動で破砕され、敵の鎧や肉体までも振動での麻痺、分解まで至る程の一撃であったが、剣の先まで振動は伝わらなかった。
それもまた能力の一つか。
しかし、それに囚われず。
1人を盾にするようにしてハルティーナの腕部武装が剣の根本。
片手を狙い。
剣を弾き飛ばした。
即座に後退する相手に追い打ちは掛けない。
残る二人が彼女に左右から剣を振り下ろす。
それを瞬時に前に出て密着状態で回避した少女はリングを更に太く展開して彼らの胴体を脇で挟み込むように捉え、両脚の全運動エネルギーを解放。
瞬時に秒速1200mを突破して人がいないと事前に確認してあった正史塔の壁にラリアット状態で突っ込んだ。
第一打。
最も暑い外壁を砕きながら彼女と二人が突き抜ける。
カハッと少女の耳は呼気が吐き出される音を捉えた。
第二打。
内部隔壁は金属製。
それに超音速で激突させた敵の内部が更に揺さぶられる。
鎧はまったく傷付いていない。
だが、中身はそうもいかないだろう。
第三打。
近代的なコンクリート製の壁は脆くも粉塵爆発でもしたかのように粉々に砕けるが厚かった為、敵鎧内部への振動は連続していた。
第四打。
水槽らしき場所。
構わず超音速で加速して周囲の水を吹き飛ばしながら水槽の先へと向かう。
第五打。
基礎らしき無数の柱が彼女だけ通り抜けられそうな隙間を開けていて、それに二体の鎧が音速超えでぶつけられ……しかし、折れなかった。
何らかの物理的な干渉を防ぐ魔術でも使われているのか。
しかし、もはや内部の人間に意識は無いと判断した彼女はようやく加速を終了。
そして、此処までが壁突入から約3秒間の出来事であった。
柱に打ち付けた人員が内部で意識を取り戻したり、回復する前に彼女が己の両腰にセットされていたパイルを一本ずつ射出し、すぐに両手で掴み取り、そのまま力任せに鎧の右肩左肩の装甲の薄い隙間に打ち付ける。
それはDC製の特性パイル。
ルカが使っているものを太くした代物だ。
超凝集されたソレが敵の魔力系の防御を吸収によって食い破り、物理的な強度は全て力任せに突破するという野蛮人も真っ青な攻撃である。
瞬間的に乱打。
罅が入った場所に更に乱打。
局所的に貫通して物理的に破壊出来なかった柱に刺さった瞬間。
今まで機能が生きていた全身鎧。
高格外套が機能不全を起こしたのか。
軋んだ音を立てる。
魔力を完全に吸収されているはずだが、それでもまだ軋んでいる鎧を見れば、パイルが抜けた瞬間に動き出すのは明白だった為、ハルティーナはパイルを押し込んだ場所から広がる罅に手を突っ込んで猛烈な力で鎧を拉げさせて剥がそうとした。
この時点でパイルを打ち付け始めてから12秒。
ゆっくりと二体の胸部装甲が拉げながら罅割れながら剥がれようとして。
「おっと、我が軍の兵への野蛮な行為はそこまでにしろ。善導騎士団」
ハルティーナが誘き出された精鋭に振り向こうとするよりも先に到達したのは銃弾に違いなかった。
直撃―――いや、辛うじて受け止めた左腕の装甲のリングが罅割れていた。
「さすがに固いな」
ハルティーナが初めて本能的な回避を行った。
真横に恥も外聞もなくスライディング。
と、同時にヒュッと何かが彼女が0.25秒前にいた場所を切り裂く。
「本能で受けなかったのか? どんな勘をしている。さすがに戦闘経験や戦訓の差は大きいか」
ハルティーナが向き直った時にはもう鎧からパイルが引き抜かれていた。
半ばまで剥がしていた胸部装甲は一部が壊れてはいたが、ビキビキと音を立てて傷を塞ぎながら再生していく。
「帰投だ」
意識は無いのだろう。
しかし、すぐに鎧が自動となったのか。
今まで開けて来た穴を抜けるように高速で飛翔して消えていく。
「その姿は見た顔だ。黙示録の四騎士。連中の1人を討ち取った少女。と持て囃されていたが……成程、良い兵士だ。人を殺すのも戦場であれば、躊躇無く出来る程度には冷酷さもある」
ハルティーナの前にはアシェンが佇んでいた。
それも鎧など着込んでいない。
軍服姿でだ。
その姿は一見して無防備。
その手に握られているのはワルサーらしい鈍色の拳銃。
更に片手には鈍色の諸刃。
ショートソードが一つ。
それも鍵のように片面の刃がギザギザとした鍵のような形になっている。
「ソード・ブレイカー? いえ、そんなはずは……」
「初めまして。私はアシェン。アシェン・クレスト。ゲルマニアで軍を率いている」
軍を率いているのが突如に出て来るとか。
明らかに現代的な思考ならば、馬鹿なのかと思うところだが、生憎と少女は善導騎士団の団員で騎士の家系の名乗りすら上げる事もある時代遅れの遺物系業種に今現在人生を捧げている。
「……逃げる算段があるのですか?」
「ああ、構わん。我が艦の主砲が此処を狙っている。一緒に吹き飛びたい連中はそういないだろう」
「ゲルマニア。それが貴方達の名ですか?」
「昔、とある独裁者が夢見た世界の名前だ」
「貴方達は少なくともまだ人類なのでは?」
「どうして人類同士で争いを? なんて聞きたいならば、それは我らではなくイギリス内部の沈黙する層に訊ねる事だな」
「BFC関連ですか?」
「それもある。が、我らが偉大なる父上様が彼らに受けた屈辱を返しに来た。そう、それだけだ」
「―――珍しくはありませんが、糊塗しないのですね」
お綺麗なお題目や大義名分があるわけではないと言ってのける将がいれば、そいつは正しく野戦将校や実戦向きだろう。
人間の本質を正しく理解していると言っていい。
「そうする必要が無い。愚かしい行為なのも分かっている。だが、世の中には人間許せない事の一つくらいはあるだろう? 我らの国家においてはソレが最たるものだ」
「……戦いますか?」
「戯れに命を掛ける趣味は無い。そちらにデータを提供してやる義理もな。随分と取っただろう? 今日はこの辺にしておけ。こちらもそちらの技術は解析させてもらう。では、また会おう」
女が静かに浮遊して弾かれたような高速で穴の先へと消えていく。
『ハルティーナさん。大丈夫ですか?』
「はい。ベル様……かなり、危険な力を持っているようです。新しい敵は……」
『敵なのかどうかは僕ら次第みたいな口調でしたけどね』
「ええ、でも、あの時避けていなければ、体を両断されていた気がします」
『ハルティーナさんがそう思ったなら、高確率でそうなんでしょう。あちらの戦艦が回頭してフランス方面に引き返していくのが確認出来ました。まだ塔の外壁は燃えてますが、これで救援部隊をただちに送ります。その場にある鎧の破片と剣とパイルを持ってシェルター都市に戻って来て下さい』
「了解しました。皆さんは?」
『既にロンドン上空です。あちらの防衛網や退路確保用の部隊と遭遇しましたが、あちらが撃って来ないものの侵入しようとすると剣で牽制してきたので膠着してました。人間相手だと分かったのであまり無茶もさせられなくて……』
「それで良かったと思います。あちらも死人が出たら、本気に成らざるを得なかったでしょうから」
『まぁ、リスティアさんは物凄く高格外套に興味を引かれたらしくて、ガンガン近接用の帯剣で切り結んだりしましたけど……」
「データは?」
『こちらもあちらも本気には程遠かったですし、シエラの主砲をあちらの戦艦にも向けていましたから。下手にどちらも動けなかった以上は最低限取れたくらいですかね』
「そうですか……」
『ただ、ハルティーナさんのおかげで相手の兵の練度とか高格外套の具体的な硬度や防御性能の一端は分かりました。すぐ解析に回します。今日は疲れたでしょうから、報告書とレポートは明日で構いませんよ』
「すみません。確かに疲れてるようです」
ハルティーナが初めて自分の肉体が汗をジットリと掻いている事に気付いた。
「……人を傷付ける覚悟はしていたつもりですが、どうやら彼女が言う程、冷酷にはなれないようです。私も……」
『別に構いませんよ。戦える人間が戦えばいいんです。それに殺し合いになると決まったわけでもありません。相手が国家を名乗るなら、それこそ打ち負かす方法はあります。というか、早急にそうしないとマズイかもしれません』
「え?」
『あちらの強襲部隊に散開していた黒武と黒翔を1機ずつ奪われました。奪われた後、伝送系とプログラム。他にも諸々九十九のコードで破壊しましたが、基礎技術が流出するのは避けられませんね……迂回していた部隊がいたようで……一機に対して30の高格外套。それも空間転移封じも完璧でした』
「乗員は?」
『要らないから捨てられましたね。抵抗しましたが、さすがにハルティーナさん並みの力はありませんでしたから。数の暴力でタコ殴りにされちゃいました』
「やはり、攻撃は物理的な方が殆どですか?」
『ええ、互いに出し惜しみした結果です。ただ、死傷者は無し。後、現物を持っていかれたのはさすがに痛いですね。あっちはこちらの鎧には興味無いみたいですが、まぁ……あの基礎性能と再生能力を見れば、さもありなんと言ったところでしょう』
「……残留物を持って帰投します」
少年が頷いて少女が通信を繋げたまま会話しつつ、穴から飛翔しながら出て背後を振り向くと。
水を操る系統の術者でもいるのか。
大量の水があちこちの消火栓から噴出して巨大な塔を消し止めている最中だった。
(……今日の敗北。覚えておきます)
心に刻んで。
碧い少女は次はあのアシェンと呼ばれた少女相手に全力を出してみようと誓うのだった。
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