第144話「雨掛の喫水」


―――北米シスコ乾ドック群中央工廠。


 現在、シスコとロスのどちらにも乾ドックが数十整備されている事を知る者はそう多くない。


 日本にしても情報が出回っているとは言えず。


 現地の人間からすれば、せっかく移民でやってきた仕事が出来るインテリ系や工作技能や管理職系人材の多くがドックに呑み込まれるようにして吸収されてしまう為、人材不足が一行に改善しないという以外は概ね好意的な感想を持っているに違いない。


 周囲では造船業に携わる人々相手の商売がそれなりに賑わっているし、都市部では仕事など幾らでも溢れている。


 学も経験も無い移民でもバウンティーハンターには成れるし、それをやってきた連中は更に徴兵に応じるならば、訓練を課されると同時にまた給金まで出るようになった。


 食糧問題は日本からの技術が降ろされ、各地で大規模な緑化現象が起こってから飛躍的に改善した為、備蓄分以外は全て他の人類生存圏へ輸出する余裕さえあった。


 今や各地のアメリカ難民のコロニーからも移民が続々と集まって来ている。


 日本で被害にあった米国人が米国籍を抜けて二都市に移住し始めるというのも何ら珍しい事ではなくなっていた。


 本国は良い顔こそしていないが、妨げる事もない。


 結果的に1週間で1000人単位の人々が続々と二都市には渡って来ていた。


 それもこれも少年が太平洋の航路の安全を確立したおかげだ。


 海でも空でも前とは見違えるように安定した道は物と人を昔のように流し始めていた。


『まさか、また太平洋を生で見る事になるなんてねぇ』


『海ってこんなに綺麗だったんだな……』


『息子が飛行機や船に大興奮してたわ。寝ちゃって……ふふ』


『お、見えて来た……あれが新天地か』


 東南アジアやオーストラリアから続々とシステムによって選別された人々がやってくれば、それを出迎える各種の業者も大量。


 ただ、悪どい商売をしている者が誰一人無く。


 生活のコストが極めて低く済む反面で必ず技能職を持つ人材は都市の重要産業へと投げ入れられ、デスマーチこそしていないが、忙しく立ち働いている。


「おーい。そっちのパーツは此処だぁ!!」


 中央工廠と仮に俗称される二都市のメイン地下乾ドックは外側だけは他の沿岸部に隣接するドックと同じだ。


 だが、そんな場所もフル稼働状態。


 現在、とある少年から受注したで巨大な構造物が組み上げられていた。


 日本で暇な時に片手間で北米へ乾ドックを増やしてきた少年が沿岸部に併設するのが厳しくなってきた事を理由にして中央工廠を増設する際に地下へ移したのは数週間前の話だ。


 沿岸部地下の岩盤をくり抜いて建造されたkm単位の大空洞内部。


 工廠には少年がベルズ・ブリッジの製造の傍らで時折、思い出したように備蓄していた資材で造った超大規模な工作設備がズラリと並んでいる。


 同時に日本を手本として全住民を収容出来る地下シェルターを国土全域に造る為の基礎、地下都市計画の主要ブロックでもある。


 日本の大手作業機械メーカーと陰陽自からの技術提供も受ける其処には勿論のように日本からやってきた白衣の研究者達なども屯していた。


「お~~これが騎士ベルディクトのですか~~」


 研究室から派遣されている白衣の男達が見上げるのは作り掛けの巨大なDC製の繭のような代物であった。


 工廠は本来数百m級の艦船を一気に30隻以上建造する程の設備と広さがあるのだが、その広大なスペースはソレに占領されており、現在はそれ1隻の為に併設される資材加工プラントがフル稼働している。


「これ、船なんすか? チーフ」


 白衣の男達の1人が上司に訊ねる。


 派遣されてきたばかりの彼らは今日付けで更なる技術指導の為にやってきた班だ。


 陰陽自の技術や人材を半ば私物化している少年だが、その行動は表向き日本側が先日のベルズ・ブリッジの作成時、北米の備蓄資材を使った事に対する対価。


 要はささやかな技術提供を北米二都市に対してするという交流事業として承認されている。


「見りゃ解るだろ。繭だよ」


「繭って……その~オレらって此処に技術指導して船造る為に来たんじゃ?」


「ああ、その通りだ。だが、こいつはどう見ても船じゃないだろ」


「じゃあ、オレらの技術が使われる船は何処に?」


「鈍いな。こいつは鋳型だ」

「鋳型って……まさか?」


「ああ、そのまさかだよ。こいつは騎士ベルディクトが造れない電子部品系を固定化しておく為の型……鋳物の砂型。あるいはプラモで言うところのパーツの切り出し前の状態だ」


「……じゃあ、船体そのものは?」


「後で本人が自身の手で造るそうだ。この繭が資材になる。新しい一体形成構築方法を試すんだと。空間制御による内容物工作の高精度化を無理やり機械で補助する云々」


「こっちは艤装の中身担当って事か……」


「そういう事だ。そもそもコイツは個人所有だが、同時に騎士団の旗艦になるそうだ。周辺ドックで建造されてるコイツの関連装備もそうだ。聞く話によると今後は騎士団の装備は全て騎士団ではなく。騎士ベルディクト個人の所有物として一括管理、それを騎士団に貸し出す形にするんだと」


「凄い話っすね……」


 さすがの部下も呆れた様子になる。


「何でも魔術的な防護の為とか。今現在、一番死から遠い騎士にソレを所有させて、諸々の概念的な干渉を防ぐとか何とか……術式系の連中が言ってたぞ」


「乗り物系の連中はバージョンアップに忙しいみたいですけど、こんなのにまで関わってる暇あるんですか?」


「はは、実をいうと表によく出て来る連中はアレ極一部だ。2割くらいか? それ以外は現在、日本の地下要塞化計画とこっちに人材を割いてる。シエラⅡやシエラⅢはあくまで国家事業。既存の大手企業体連合が大規模に進めてるが、基本的には用だ」


「汎用艦船ですから、言いたい事は分かりますけど。こっちはつまり黙示録の四騎士や通常戦力では太刀打ち出来ない相手用って事ですか?」


「ああ、そうだ。黙示録の四騎士及びそれに類する存在やデータが取得された高位の敵を10で相手にする為の代物だとの話だ」


「10個軍団て想像付きませんね……」


「実のところを言うとオレもだよ。ただ、コイツの主砲の設計と概略を見せて貰ったんだが……ま、どこぞの神様と戦う為の装備みたいに見えたぞ」


「神様っすか?」


「ああ、神様だって殺せるだろう。いや、そもそも撃たれない事を祈るばかりだ」


「どういう?」


「ああ、地表に着弾したら、恐らくツァーリボンバー100発分より酷い事になる」


「は?!」


「例えの話だ……宇宙空間に向けて撃つならいいだろうが、太陽だって吹き飛ばせそうな威力と言えば、解り易いか?」


「………ソレ、地球上で使えないじゃないですか」


「さて、どうだか。ただ、それをどうにかするのが我らの知る騎士ベルディクトでは無かったかな?」


「否定出来ないのが、痛いっすね」


「さて、仕事に取り掛かろう。急ピッチで陰陽自研の方も新型動力炉心の開発を進めている。イギリスがどうなるにせよ。次の戦いに間に合えばいいが……」


 彼らは通路の先へと歩いて行く。


 その背後では繭に次々とドローンが取り付いて溶接作業や物資の運び込みを行っているのだった。


 *


 ―――降雨開始より144時間後。


 イギリス全土で降水量は記録的な状況となっていた。


 この数日降り続く雨には終わりが無く。


 それと同時に家屋の浸水と土砂崩れと海洋が荒れた事による漁へ出られない船が沿岸部にはズラリと並んでいて、食料供給は備蓄分を含めても1週間を切る有様。


 各地ではアイランド北部の消滅時の被害で浸水する地域も出ており、イギリス政府は更に善導騎士団への対応策の検討を要請していた。


 シェルター都市で一部の業務が安定した事を期にして少年はイギリス本土への支援を日本政府を通して発表。


 最終的にはイギリス全土にアイルランド程の規模ではなくても、小型のシェルターを次々に浸水確実な海辺や川縁に程近い街などに複数個整備する事から始めたのだった。


 無論、耐水、耐海水、対浸水機能を満載にして海の中に沈んだって自活出来るレベルの代物だ。


 元々は日本の沿岸都市で海水からゾンビや海獣が上がって来る可能性を考慮して設計されていた代物である。


 天変地異で日本が沈むシナリオも可能性としては上げられていた為、隙間なく陰陽自が研究開発に勤しんだ結果だ。


 シェルターの整備数は延べ10万を超える規模を予定しており、各地の避難地域などは一括して大型を、まだ被害の無いところは小型を整備する事となった。


 こうして数日の誤差はあれど、やっぱり日本と同じようにシェルターが整備し始められた朝。


「皆さん。今日はブリーフィングですよ」

「ふぁぁ……ベル。おはよう」

「ベルディクトさん。おはようございます」

「あ、ベルさん。おはようございます(クス)」


「ふぁ、あふ……は、はい。騎士ベルディクト。おはようございます」


「ッ、は、はい……シャワーを浴びて来て下さい。その間にスーツはすぐに洗って乾かしちゃいますね」


「「「は~~い」」」


「はい」


 黒武の中で四人の少女達はのそのそとスーツ姿のまま起き出した。


 待機任務は継続中。


 各位はスーツを就寝中も使う事が義務付けられている。


 朝のシャワーも2人ずつ。


 リンスとシャンプーとボディソープでもある液体石鹸で全身を車の如く瞬間で洗い終え、彼女達は手早く済ませた。


 約5分。


 乙女ならば、噴飯ものだが、生憎と此処は彼女達の仕事現場だ。


 髪も術式で水分だけ跳ね飛ばしたのですぐにフワフワ。


 スーツの洗濯はBC兵器などの洗浄設備を兼ねている為、しっかり濯がれ、シャワーから出て来る頃にはもう乾いていた。


 着替えも含めて合計20分。


 少年に起こされた四人はまだ眠そうな顔をする悠音やシュルティもいたが、意識は明瞭になっていた。


 彼らの前には先日の豪勢な朝食程ではないが、普通に美味しそうなBLTサンドや卵サンドやフルーツサンドの盛り合わせが人数分出来ている。


 ランチプレートはもう二人分あったが、空で少年は四人が来ると片付けた。


「ハルティーナさんはどうしたんですか?」


「皆さんよりも早く起きて日課の自己鍛錬を終えた後、HMCCのコックピットに行きました。今日は中部の観測基地付近で色々と作戦を立てなきゃなりませんから、運転中です」


「この雨ですか?」

「ええ」


 ヒューリが尻尾の先を金の輪にして髪の毛や四肢を飾り終えながら、妹達と新しい仲間を横に席へと付いた。


 虚空に少年が受信している英国の放送局の一つを映し出す。


 各地では豪雨災害への緊急事態宣言が出されていた。


「……ベルさん。あの肉塊をやっぱり倒すんですか?」


「はい。ただ、アレを倒した瞬間に本体側が反応しても困ります。もし倒すならば、結界で内部と外部を完全遮断して問題無いと確認されてからです。今日の昼には地下の儀式場も完成します。魔力充填率も十分。ミシェルさんや人員を呼び込む手筈です」


 モシャモシャと朝ごはんを頂きますと手を合わせて食べ始めた全員がようやく反撃の最低限の準備が出来るのかと虚空に出て来るシェルター都市地下に建造中の儀式場を見やる。


 北米で最初に設置された転移ポータルは現在、バージョンを二十回以上更新して最初の小さな場所からは想像も出来ない程に広く大きく、まったくの別物になっていた。


 陰陽自や北米の騎士達の研究成果もあって、次々に設備も更新され、その様々な能力がグレードアップし続けている。


 緊急避難や物資転送に用いられる関係上、緊急時以外は基地機能以外でほぼ最初に造る事が決まっている設備でもあった。


「ねぇ、ベル。あのお肉の塊って普通に倒せるの?」


「それは問題ありません。通常生物はお魚さんで試しましたが、食事や侵食されるくらいでした。、観測結果を解析した限り、単なる普通の自己増殖自己変化型の侵食生物……そうですね。高位スライムみたいなものです」


「シンショクって……何かイヤな響きが聞こえた気がするわ」


 少年が悠音の問いに虚空へ毎日続けているお魚さん実験の様子を見せる。


 肉塊が次々に鳥型ゴーレムの使い魔が投げ入れる魚を細い触手で串刺しにして本体へと戻っていく。


 その映像の一部が大きくされると魚は半ば、触手と同化されながら、同化されていない場所が干乾びていた。


 食事時にちょっと血の気が引くヒューリ以外の全員であったが、ヒューリは魔族になってから、そういう感性にも影響が出ているらしく。


 恐ろしいというよりは「へぇ……」くらいの平然とした顔で見ていた。


「大陸平均じゃ、危険生物くらいの感じですね。魔術が規制された地方とかだとかなり危ないでしょうけど。大陸中央ならば、民間人は手を出しちゃダメ、くらいの危険度です。ソレの超巨大超大魔力版……正直に言えば、大きさだけなら大魔術師が1人か2人いれば、どうにかなる程度です。問題は内包される魔力の方で……」


 少年がアイルランド北部の化け物込みの地図を表示した。


「アレがもしも自爆するような事になった場合、魔力の物理転化だけで被害予想は……」


 次々に肉塊が爆ぜたかと思うと紅い爆心地が多重に広がり、イギリス全土からスペインやフランスにまでも被害が拡大していく。


「こうなります。しかも、地殻が吹き飛んでこの星が持ちません。なので、相手の魔力を散逸させるか。発散させてからじゃないと危なくて、戦えたものじゃありません。一応、対処方法とその専用機材は陰陽自で開発して貰いましたが、やっつけ仕事なので……(・ω・)」


 少年が更に出した映像には巨大なパイルというかドリル。


 何やらRPGみたいにも見える円筒形の筒があった。


「魔力を吸収、空中放散させると同時に相手を絡め取る結界術式を織り込んだ自己封印型のパイル射出機です。理論上、これを250本打ち込めば、3分で魔力を最大規模の個体から全て抜き出す事が出来ます。まぁ、絶対3分持たないのと。相手がこちらが吸収した魔力以外全て再吸収したりする可能性もあるので確実じゃないんですが……」


 予想図というのが出される。


 全方位からの250本の銛みたいなパイルを相手に打ち込んで、魔力を急速流動させて吸収。


 敵の弱体化を図りながら、敵を陽動する痛滅者が攻撃を仕掛け、相手が本気にならないようにあしらいながら戦い、最終的に魔力が一定まで下がったら消滅させる。


 単純に見えるが、絶対途中で邪魔や問題が起きるだろうというのは何となく彼らにも解っていた。


「概略はこういう感じですが、周辺部隊の動きとか。敵の能力からして色々と考えられる状況を数パターンは考えて対処方法を……敵形状の変化で液状になったり、別の形態になったりされて逃げられたり、パイルを外されたりした場合の事も考えなきゃなりません。結構、難関ですね」


 モシャモシャとサンドイッチを食べる少年はケロリとした顔だ。


 今更、黙示録の四騎士以上に怖いものなんかありはしないし、神様っぽい生物の一部とはいえ、戦う事になったからって準備の時間がある以上、出来る限りの事をさせて貰える。


 そうなれば、然して焦ったりする必要性は無い。

 そう知っている故の態度だろう。


「騎士ベルディクト。それで……その……私の【黒匣ザ・ブラック】はどうですか?」


「あ、はい。そっちは第一次解析が完了しました。結論として使用しての戦いには問題ありません。ただ、提出して貰った能力や中枢機構の完全解析にはかなりの時間が掛かります。そちらは追々。ただ」


「ただ?」


「神様の一部以外で使える動力源を探しましたが、これが2つ見つかりました」


「おお!! 良かったね? シュルティお姉ちゃん♪」

「う、うん。ありがとう。悠音ちゃん」


 悠音がこれで少女も戦えると大きく喜ぶ。


「それでその2つって何なんですか? ベルディクトさん」


 明日輝が訊ねる。


とディミスリルもしくはディミスリル化金属類です」


「終わりの土?」


 シュルティが初めて聞く言葉に目を瞬かせる。


「ええと、僕らが使ってる色々な生物の細胞に変化させられる培養可能な触媒です。ディミスリルは僕らが使ってるメインの鋼材ですね。シェルターや都市の建材にも使ってるんですよ」


「あ、はい。魔力を通す金属、ですよね? 悠音ちゃん達に聞きました」


「ええ、貯め込める性質もあるので重宝してるんです」


 少年は導線を虚空に展開して黒い正方形をさっそく少女に返す。


 それと同時に小さな試験管を10本程シュルティの前に並べた。


「これって……」


 シュルティが受け取った試験管を見て、目を丸くする。


「こちらで複製した動力源入りの部品です。幾らか試した後、一番良く動力源として有望と思われるモノを選抜して超純度に高めたものを入れてあります」


「綺麗……」


 シュルティが思わず呟く。


 その試験管内部には正しく宝石のような輝きを宿すものが幾つもあった。


「基本的な違いは2つ。エネルギーの抽出継続時間と最大出力の比です。神の欠片は恐らく超長期継続用。つまりは実際無限に近い時間ずっとエネルギ-を取り出せる代物みたいですが、低出力。こちらは短期間に莫大な出力を得られるようにした代物です」


「出力が大きくなった、という事ですか?」


「はい。ただし、出力の大きさは抽出継続時間と反比例します。DCとD金属類のペレットなど、諸々の組み合わせを大量に試したらしいですが、最終的には……」


 10本の試験管がシュルティの前で浮かび上がる。


「これら全てが基礎的にはTNT火薬換算で3万キロトン1発分くらいの出力が可能です」


 思わずヒューリ以外の全員が噴出しそうになった。


「どうかしたんですか?」


 ヒューリが首を傾げる。


「え、ええと、お姉ちゃんは……分からないよね」


「そ、そうですね。さすがに核爆弾と同じって言われるのはちょっと……」


 姉のきょとん顔に妹達が困った笑みになる。


「ああ、こっちで言う大魔術とか戦略級魔術ですよね?」


 シュルティはヒューリの横で思わず試験管を恐々と見ていた。


「実際に出力可能ですが、その箱の出力上限や出力時の調整とか物理量の形成とか。諸々の術式の稼働効率とか色々計算した結果……」


 少年がシュルティ―の前に映像を映し出す。


「何パターンかの基礎的な攻撃方法で扱う分にはこれ一本で数百年単位の燃料として扱う事が出来ます。これは逆に言えば、莫大な出力を一撃で放出するような際は弾丸のような消耗品として扱う事になります」


「弾丸……」


「ただ、実際に核並みの出力を安全に運用するには術式も複雑ですし、リソースも割かれる影響で実質的な威力は小さな戦術核レベルに落ちます。出力最大にして別の力で収束したり、保護すれば……今言ったレベルの出力は可能ですけどね」


「それでも個人で使うなら小さい核並みなんだ……」


 悠音は陰陽自。


 今まであんまり気にしていなかった自分達に武装を作ってくれる人達の集まりのオカシさに遅まきながら気付いた様子で飽きれた様子になる。


「【正史塔】側から供与されたお姉さんの戦闘データを元にして攻撃防御支援の術式を組み込みました。使用する際はこのシステムに介入する魔術師技能でランチャー起動して、各種の設定を選択して出力する事になります」


「ラ、ランチャー?」


 シュルティに少年が【魔導機械術式HMC2】の仕様書を少女の前に表示する。


 当人が使えずとも魔術師に魔術具の形で簡易に使えるようにしたソレは従来の魔術具が蒸気機関だとすれば、現代の原子力機関に匹敵する格差を生む。


「今まで魔術師個人でやっていた事をこちらの組み込んだ術式で代替しますから、使用する際の脳への負荷は軽減、反応速度はお姉さんより上がるはずです」


「え、ええと、その……」


 何かいきなり自分の使っていたはずの魔術具が超絶グレードアップしましたと言われて、少女は何と口を開いていいのか分からない様子であった。


 その戸惑いが分かるからか。

 ポンと悠音がシュルティの肩を叩く。


「こういう時は……さすベル!! で、全部解決よ。シュルティお姉ちゃん」


「いや、それは違―――」


「さ、さすベル!! さすベル!! 何か思考停止してるような気もしますけど、あ、ありがとうございました!!」


「あ、う……はい」


 もはや何か諦めた様子の少年が肩を落とした。


「シュルティさんはとりあえず、自分の使い易いようにランチャーからのカスタマイズをお願いします。戦い方に関しては中衛から後衛向きでしょうが、状況に応じて前に出る事も考えられます。近接戦闘の心得が無いので必ず1人以上の前衛職の方と組んで下さい。具体的にはヒューリさんです」


「わ、分かりました!! ヒューリアさん。よ、よろしくお願い致します!!」


 シュルティがサンドイッチを置いて少女に頭を下げる。


「あ、はい。任されました。という事はベルさん? 今回の肉塊の撃滅作戦にはシュルティさんも参加するって事でいいんですよね?」


「はい。まだ、未知の未解析部分や術式の一部も複雑過ぎて解析出来ない部分がある事は事実ですが、安定して運用出来る戦力としてシュルティさんには戦闘に出て頂きますね」


「良かったね。シュルティお姉ちゃん」

「う、うん」


 少女達がそうして戦う力を得て、仄々空間を醸し出し、食べちゃいましょうとヒューリに言われて、朝食を再開した。


 全員が食べ終わる頃には和やかな空気になっており、今の今まで動いていた黒武が停車するのに気付いて少年が脳裏で少女に話し掛けようとした時だった。


 アラートがCP内に鳴り響くと同時に黒翔や痛滅者のロックが外れる。


『ベル様。現在、観測基地より9km手前ですが、各地で異変が起こったようです』


 室内にハルティーナの声が響く。


「モニターに出せますか?」

「はい。ドローン監視網からの第一報を」


 機材のディスプレイに複数の豪雨中の各地の映像が映し出される。


 その内部には何か黒い人型が映っていた。


 映像が九十九によって解析され、すぐにCG補正で雨やら敵の輪郭が浮かび上がり、リアルタイムで正体が露呈する。


「半魚人?」

「亜人の類でしょうか?」


「大陸にも同じタイプはいますが、ドローンで呼び掛けてみましょう」


 少年が大陸標準言語並びに日本語、英語、各種の言語で各地に現れ始めた半魚人。

 そう、鱗を持ち、人型で、えらの張った魚頭のソレに対して周辺にいるドローンを用いて合成音声で止まれとか諸々誰何する。


『―――』


 しかし、それを見て一瞬止まった半魚人達は次々に寄声を発するとドローンに鉤爪や顎から生えた鋭い牙で噛み付き始めた。


 無論、そんなのが利くはずがないと思われた時。


 グシャッとドローンの一部がその半魚人達の口内や腹部、様々な部位から飛び出した触手によって貫かれこそしなかったが、大きなダメージを負って吹き飛ぶ。


「即時応射開始。各地に緊急避難警報を発令。直ちに教練中の全兵士、全警察部隊を現行の編制のままに武装の供与を開始」


 シェルター都市各地でサイレンが鳴り始めた。


「敵の攻撃力から察するに機甲戦力が必須です。まだ、準備が整っていませんが、緊急時です。黒武を120機こちらへ日本から移します。これより第一種厳戒態勢を発令し、イギリス本土及びシェルター都市の防衛を開始します」


 少年がすぐに命令を下した。


 即応態勢を維持していた黒武が次々にシェルター都市から緊急出動し、イギリス本土へと向かっていく。


「ベルさん!! 私達は!?」


「まだ、海面下から上がって来ている途中みたいですね。この状況の海から上がって来るという事は水生系の生物としてはかなり優秀。地表に昇って来たら、触手で攻撃して同化したり捕食したり……まず水際での対策が第一です」


 少年の周囲に次々に映像が立ち上がっていく。

 システム側からではなく。


 自身の魔術師技能による直接支援が使い魔なども使って開始されたのだ。


 イギリスとアイルランド全域に拡散させていた無数の鳥型使い魔の他にも沿岸地域に置いていたドローン展開用の導線から船型の使い魔も多数発進していく。


「ドローンを追加で20万機、イギリス本土沿岸部に展開します。あちらが襲っている間にシェルターへの退避と掃討作戦を練りましょう。シェルター都市は結界込みで1万機が護ってますから、僕らはアレらの出所を叩きます」


「出所……あの大きいのですか?」


「恐らく魔力供給は大きいのから為されて肉塊が形を取ったものでしょうが、もう個体可しているのは自立稼働可能と見るべきです」


「じゃあ、本体を叩いても意味は無いんじゃ?」


 ヒューリに少年が首を横に振る。


「肉片同士は同期している事が確認されていました。大きいのを攻撃して危機的な状況を認識すれば、小さい方はこちらに誘因される可能性もあります」


「つまり、囮ですか?」


 少年が頷く。


「ただちに展開します。今回は相手を倒す事が目的じゃありません。程々に敵に肉薄して、苦戦させる……そういう作業になります。シュルティさんにも出て貰います。よろしいですか?」


「わ、分かりました!!」

「では、総員出撃です!!」


 騎兵隊は未だ遠く。

 時間の流れだけが無慈悲に過ぎる攻防が幕を開ける。

 未だ雨は降り続いていた。

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