間章「戦闘計画」


「北米、南米、ユーラシア、欧州、中東、中央アジア、アフリカ……」


 次々に各大陸を映し出す静止衛星画像が壁一面の大型ディスプレイに映し出される。


「ゾンビによる人類国土失陥。また、国家のターニングポイントとなった幾つかの戦線における敗北に付いて見ていこう」


 議事進行役の八木が陰陽自と善導騎士団の幹部達を前にして続ける。


「まず、北米におけるゾンビの発生後、中長期的に北米から完全にゾンビを駆逐すると思われていた戦線都市が脱落した。この時点が全体的なターニングポイントの一つではあったが、対Z戦線と呼ばれた数多くの戦線の同時多発的な発生と収束までの時系列的には丁度中央付近に当たる事を覚えておいて欲しい」


 次々に人類が持ち得るライブラリが画面を埋め尽くす勢いで展開されていく。


「人類の敗北が決定的になった最後の時期。これはユーラシアの完全失陥という形になっている。それまでに発生した主要な北米以外の大規模戦線は主に6つ」


 応酬の地図が出され、次々に虫食いのように赤い点が増えると一進一退しながら最終的には紅く染まっていく。


「ドイツ、フランス、イタリアを主軸とするEU連合軍による欧州全域でのゾンビ・テロで発生したゾンビ集団との戦いは纏めて欧州戦線と呼ばれる」


 精強な陸軍が大集合状態。


 戦車と重砲火砲が並び立つ壮観な絵画のような一枚の写真がEUに大きく張り付けられた。


「更に中東ではゾンビ・テロの応酬による各イスラム国家と他宗教の宗教戦争染みた戦線が複数存在した。これを中東戦線と呼ぶが、敵対国家同士が人同士でも争っていた為、純粋な対ゾンビ戦線とは言い難い。実質的には自分達の起こしたゾンビ・テロによって周辺国を巻き込んで亡びたというのが正しい」


 ペタリとまた画像が張られた。


 今度は巨大なモスクの周囲に夥しい戦車や砲塁の跡がゾンビの死骸の山と共に埋もれた姿が映し出された。


「そして、アフリカ戦線は戦線という程のものも起こらなかった。理由は純粋に人が多く。合理的な連合が作れず。敵対する他国が滅びるのを半ば喜んでいた者達が実権を握る国が多く。ゾンビの怖さを知る前に殆どの国家が潰れたからだ」


 ゾンビの支配域が欧州とは比べ物にならない程のスピードで拡大していく事が誰の目にも分かっただろう。


「銃弾と重火器の数はそれなりに揃っていたはずだが、補給も貧弱で連携の取れない陸軍がどれだけ集まろうと意味が無い事を彼らは人類総人口の10%以上の損害を持って教えてくれた」


 巨大な像に群がるゾンビ。

 そして、それを撃つ軍が呑み込まれていく映像。

 それはライブ配信されていたらしく。


 最後には撮影者が逃げ出した様子までも映し出される阿鼻叫喚の地獄絵図。


 ゾンビの群れの侵入によって粗末な建物が多い都市部で次々悲鳴が上がり、最後には屍が住人となって市街地をうろつくだけになった映像が途切れる。


「北米に並んで人類最大の激戦区となったのはアジアのインド圏。この場所は地理的な要因からゾンビテロ以外では北からの侵入しか考えられなかった。その為、長大な地雷原と大量の足を破壊する簡易の鉄条網やワイヤートラップが数千万規模でインド北部に敷き詰められた。これをインド絶対防衛圏と呼ぶ」


 北部に蓋をするように弧を描いて蒼い線が引かれる。


「ゾンビの数に対し、地雷と足止めの罠、火責めを合わせた防御戦術は8000万以上のゾンビを駆逐したと推定されている」


 無数の死体が焼け焦げた鉄条網やトラバサミ、更には複数の脚を破壊するのだろう罠や落とし穴と共に写真には銃剣を掲げて勝利に浸る陸軍の兵隊が映っている。


「このインド戦線は防衛線を再構築し続けながら突破されそうならば、第二次ライン、第三次ラインへ下がりながらジリジリと相手を消耗させた。日本式のゾンビ・テロの防疫計画も導入され、ユーラシア唯一の人類生存領域になるかと思われた」


 画像が映し出される。

 それはゾンビと人間の図ではなく。

 人間と人間の図だった。


「当時、ユーラシア中の難民を受け入れたインドは実に16億人近い人口を養わなければならなかった。だが、北米の穀倉地帯壊滅を皮切りにして、食糧難の時代が到来し、内部では軍の配給があってすら餓死する者が続出」


 人間が人間にナイフを振り上げる。


 その片手には一枚のフランスパンらしきものが埃塗れの手で握られている。


「食糧支援は焼け石に水の状態で最初に切り捨てられた難民達が暴動を主導して、軍が鎮圧した結果として虐殺が発生。これに乗じて防疫体制の隙を突いて侵入したボートピープル。船の上でゾンビをやり過ごしていた難民達の一部がゾンビ化」

 インドの上下がゆっくりと紅く塗り潰されていく様子が地図上で表現されていく。


「最終的に一部の脱出したインド難民を我が国では40万規模で臨時に受け入れる事になった。この頃にはもう北米からの避難民も日本で定住化プログラムを受けていて、宗主国であったイギリスと合わせて140万人程が生き残った」


 続いた映像は中国なのか。


 龍柱が置かれたチャイナタウンらしき場所が陸軍の応戦で廃墟となる画像が映し出される。


「中国戦線と呼ばれるアジア最大の決戦は事実上、泥沼だった。中国と共同して事に当たった周辺国は防波堤の役割を期待され、大量の武器弾薬が供給されたものの、ユーラシアの西から到来したMZGの波に数か月と持たなかった」


 次に映し出されたのは都市部のようだった。


 その歳部からは高い壁が見えており、都市中に火砲が並べられている上。


 更に張り付けられた画像には延々と地雷が敷き詰められているようすが映し出されている。


「結果として中国は重要な生産インフラが集中する沿岸の都市部に必要な人口を密集させて、大量の防御陣地を組んだ。生産設備を移転し、インドの手法を真似た。そして、農村部や内陸の人口の88%を切り捨てる事で食糧問題も解決した」


 次に映し出されたのは看板だった。


 その看板に何と書いてあるのか騎士団の者は読めなかったが、すぐに日本語で注釈が付く。


 ―――【ゾンビになるくらいなら、薬を飲んで死のう!!】


「実際に自殺用の薬が用意され、実際にそれなりの数が死んだと思われるが、最終的にはそれすらも枯渇した農村部では対ゾンビ用の政府公認の密造AKが使われたとSNSなどの映像から推測される」


 複数の写真がアップされる。


 それは泣きながらゾンビの突入寸前に部屋の内部で自殺する者達の映像。


 中には爆発物を破裂させたような者もあった。


「結果として中国沿岸部の都市は世界最大の地雷埋設地帯となったが、1つ地理的な問題によって全て瓦解した。其処が東の果てであったという事だ」


 ユーラシアを横断したゾンビの群れが中国に侵入後。

 次々に東進するように支配地域が推移していく。


「MZGは一つの国を亡ぼす毎に巨大化し、インドより東の総人口が波濤となって押し寄せた結果、全てが破壊された」


 今度の映像は正しく都市が炎上する様子を映し出していた。


 ドローンによる上空からの撮影によって露わになるのは大量の戦車と陸軍部隊が応戦し続ける夜間の戦闘において果ても見えない蠢く黒が犇めいている事だけだ。


「当時の推計から言って各地の沿岸都市へ押し寄せたMZGの規模は3憶単位。多くは政府が切り捨てた自国民だった。逃げる途中に襲われ、襲われた者がまた東の都市へ逃げる者を襲い。その連鎖で膨れ上がったと推測される」


 次々に巨大な光の爆発が遠方から見え始める。


「戦術核による核地雷が都市外円100kmラインから10km毎に敷かれ、その悉くを使い果たして尚、MZGの波は地雷原を突破した。この時も北米と同様に核の放射能汚染や巻き上げられた塵による災害が発生せず。沿岸部から一部の軍高官や市民が脱出」


 燃え上がる都市を眺める位置にあった船の上からの映像が映し出される。


「この時期が冬だった事もあり、荒れた日本海では船の4分の1が沈没。残った4分の1は台湾、更に4分の1がASEANに渡り、最後の4分の1の大半は日本国政府の要請を受けた米軍が海の藻屑とした」


 米艦船からのミサイル及び機雷による海域封鎖。

 更に潜水艦による全力での海上防衛。


 その様子が荒々しい波の中で進む幾つもの空母艦隊の写真によって映し出される。

 全てが終わったらしき海の上には無数の船の残骸が残っていた。


「この時、中国艦船による被害で米艦隊に2500名程の死傷者が出た。だが、中国本土がゾンビに呑まれた時点で日本の国土に彼らを入れる事は不可能だった。ゾンビの水際対策上、いつ彼らがゾンビになったものか分からなかったからな」


 今度は日本の九州付近に画像が張り付けられる。


「実際に流れ着いた船の生存者は凡そ25万人程だった。だが、凍て付く冬の海で低体温症に掛かった上、ゾンビが複数混じっていた事が確認された時点で当時の北九州の絶対防衛ラインを任されていた3個師団は結城陸将の独自判断でゾンビ予備軍として彼らを処分した……人間が相手を殺した場合はゾンビ化しない故にな。これが我が国で現代最初の虐殺。そう呼ばれた九州対Z防衛戦……だ」


 大量虐殺。

 少なからず人間のやる事ではない。

 と、呼ばれた虐殺現場では泣いている陸自の隊員が多数。


 だが、それでも自分達の撃ち殺した死体を丁寧に運ぶ様子は正しくピュリッツァー賞ものか。


「明け方から掛かったゾンビ予備軍の掃討が深夜0時に終わった事からそう呼ばれている。この時、中国本土にいた外国人も多数死亡した事から、国内では多くの意見が叫ばれた。だが、実際にゾンビが多数混じっていた事は映像からも画像からも後の調査からも分かっている」


 次々に並べられた遺体を入れた青黒い袋が大量に野戦テントの前に並べられ、沿岸部からはトラックが多数ソレを積んで引き上げていく映像が流される。


「戦争犯罪人として起訴する事が叫ばれたものの。世論は真っ二つとなった。結局は当時の九州失陥を防いだ事が勘案され、検察は起訴せず。検察審査会も不起訴を支持した事でこの話は公的に片が付いた」


 八木が最後にロシアに視線を向ける。


「ユーラシア最後の防波堤は西部を失陥しながらも厳冬によってゾンビの動きが鈍くなる事を利用し、戦略的な後退を繰り返していたロシアだった」


 それは第二次大戦以降も引き継がれた縦深防御戦術。


 広大なインフラの悪い領土と真冬の寒さが敵軍の進撃速度を鈍らせ、最後には停止させるユーラシア北部だからこそ可能な防御方法であった。


「これをロシア戦線と言う。最初期から最後まで一貫して捨て駒となる部隊を殿にMZGを戦術核で吹き飛ばしながら撤退し続けた事で中国の失陥時にもまだ余力を保っていたが、中国失陥から程なくして全ての領土を失陥。現在に至っている」


 6戦線の全てを解説し終えた八木が僅かに額を揉み解す。


 久方ぶりに見る映像と写真は少なからず心理的に良いものではない。


 誰もが忘れていたい事実に違いなく。


「今現在、ゾンビによる戦線というものは人類の生存領域で発生はしていないが、ゾンビに脅かされている事は事実だ」


 今現在の紅く塗られていない世界地図の一部を拡大してみれば、それでも点々と紅い島を要する諸島の姿があった。


「ASEANでは複数の島々が失陥後に再度取り戻されるという事が繰り返されているし、英国は海獣類によって絶海の孤島となり、フランスとの海峡は今も最激戦区の一つだ」


 英国の周辺海域の大半は赤がストライプ状に射線を引かれていた。


「米国が導入した技術によって造られた乾ドックがフル稼働して何とか制海権を保持しているに過ぎない」


 次にクローズアップされたのは南洋の大きな大陸。

 そこは紅く塗られてはいない。


 だが、砂漠化が進んでいる事が地図の表記を見れば、分かるだろう。


「オーストラリアは地球温暖化や環境破壊で旱魃が頻発し、今は食料生産も覚束ない状況だ」


 八木の瞳が殆ど朱く塗られたゾンビの支配地域の中。

 北米を見やる。


「北米失陥時、ゾンビの生態で寒さによって動きが鈍る事が確認された。また、カナダは本土の大半を失陥しているが、未だに重防御陣地を用いた都市部が複数存在している」


 カナダの幾つかの都市が未だに蒼いストライプに囲まれながらも生存している事が地図上では表記されていた。


「北米のゾンビの多くが南部付近やニューヨークより以北に少ないのは未だに理由が分からないが、一部ではロス、シスコ、ニューヨークが存在している為、引き付ける効果を発揮している、とも言われている」


 最後に大きく拡大されたのは善導騎士団には馴染み深い二都市だった。


「ロスとシスコの事は君達も知っての通り……ニューヨークも含めて、米国人のフロンティア・スピリットが遺した最後の奇跡に他ならない」


 一応、学んではいたものの。


 それでも今世界が直面する危機的な人類消滅間際の状況に善導騎士団の多くが胸に凝る感情を拳に握り締める。


「また、重要拠点としてハワイは早期に本国機能を日本へ移したものの。アラスカの米軍基地は未だに稼働を続けており、近年は氷雪に閉ざされながらも北米航路の最後の寄港地として北米南米の大陸沿岸部を結ぶ航路の拠点となっている。この航路は南米最南端からオーストラリア、ASEAN、大西洋経由で英国、ASEANから台湾、日本までを運行するものであり、今まで太平洋は魔の海域だった」


 世界地図にしかし新たな航路の線が加えられる。


「だが、騎士ベルディクトによる海獣類の撃滅海域が発生した事で大型海獣類の驚異が日本海、太平洋沿岸からほぼ消滅。今は日本とオーストラリア、ASEAN、ロス、シスコ間で直接乗り入れる航路が開設されている」


 その航路は正しく太平洋の安全が確保された事を物語るようであった。


「日本政府はこの航路からラスト・ダイヤモンド構想……人類生存領域の要となる太平洋航路を宝石と見立て、更なる航路の設定を行う予定だ」


 ハワイを中心としてダイヤモンド状の図が被せられる。


「これは既に各国へ打診されている。何処も乗り気であり、1ヵ月以内には実現するだろう。英国もまたアフリカ喜望峰周りの航路を維持する為にも善導騎士団との海獣撃滅作戦の共同展開の打診をして来ている」


 ラストダイヤモンドの文言が地図に記される。


「これが人類の現状だ。事が動き出してからのロス、シスコ、日本での事は我々よりも現場に出ていた善導騎士団の方が詳しいだろう。此処でようやく本会議の本題に入らせて頂く」


 地図が消えて、今度は次々に善導騎士団と陰陽自で実用化された兵器や兵装が表示されていく。


「通常のゾンビに対して今までこの世界の戦術は完全な物量によって圧し潰されてきた。核も自身の生存領域を確保する為には大量使用出来るはずもなく。通常戦力で太刀打ちしようにも武器弾薬がまったく足りない事は北米戦線が証明した」


 フッと兵装の攻撃時の映像や練習風景が映し出される。


「だが、我々と善導騎士団の技術力の融合が進んだ結果。今、此処には通常のゾンビ相手ならば、銃弾一発で一体倒せる力が存在する」


 小銃が銃を乱射すると同時にゾンビ型ゴーレムが大量に頭部を撃ち抜かれて破壊される様子が映し出される。


「海獣類を完全に駆逐出来るだろう威力を備えた旧式軍艦」


 海上自衛隊の艦隊が薄紅の輝きを帯びながら、ブラッシュアップされた旧式艦や現行で運用している現役艦でまるでモーターボートよりも早く航空機染みた速度で海上を疾走し、あっという間に見えなくなっていく映像は巨大な波飛沫と共に多くの人々に衝撃を与えるだろう。


「黙示録の四騎士クラス相手にも劣勢だろうと時間稼ぎは出来るだろう旧航空戦力」


 もはや製造ラインも存在しないはずの旧式の航空機が次々に機種もバラバラだというのに速度も殆ど等しく空を駆け抜け、音速の壁をアフターバーナーも無しに超えて、錐揉みしながら交錯し、海上で複雑な軌道を描き出す様子はまるでUFOの如くであり、芸術的ですらあった。


「兵一人一人の質を劇的に向上させた。否、今もさせ続けている陰陽自の開発技術や訓練設備」


 愉快で奇妙な陰陽自の日常的な訓練風景は今言われてしまえば、確かに明らかにオカシなものばかりであり、一般人には目が点になる以外ないものだろう。


「そうだ。【魔導騎士ナイト・オブ・クラフト】ベルディクト・バーン……彼が始めた技術進歩が陰陽自を本当の対ゾンビ戦闘の出来る存在として生まれ変わらせてくれた」


 海洋から上がって来るそうりゅう型の潜水艦が浮遊しながら、陸上のドックに入っていく光景はシュールを通り越してSFだった。


 超音速でインメルマンターンを決めて日本列島を縦断するのに1時間掛からない速度の航空機を30mで減速し切って降りて来るのは善導騎士団初の航空機パイロットと空自パイロットのコンビだった。


 そのF-2の外観を備えた機体は表面装甲からタイヤの先まで蒼い。


 また、煌めく装甲の下部に積まれた爆装の数々は実に30発近いのが分かるだろう。

 明らかに通常の航空機に詰める量では無かった。


「今、ブラッシュアップが終わった旧式艦が海自に、旧航空戦力が空自に、陰陽自のお下がりとなるが、第一世代型の【黒武】と【黒翔】が陸自に供与されて、教導隊を送り込んでの本格的な戦力増強が始まった」


 陰陽自や善導騎士団にしか配備されていなかった漆黒の機動機甲戦力が陸自において次々に敬礼する隊員達に迎えられている場面が映し出される。


 八木が遂に目の前の幹部達を見つめる。


「そして、彼が用意した最精鋭である我々用の……恐らくは後1世代か2世代先まで進める事が出来るだろう兵装が本日からようやくロールアウトし始める」


 次に映し出された映像には日本中の乾ドック内。


 大量のシエラ・ファウスト号と同じような形の船が鎮座していた。


「ベルズ・ブリッジの作成が終了した後、各地の乾ドックは全て魔導機械学ハイ・マシンナリー・クラフトによって大増設され、今現在ドックの22地点にシエラⅡの船体が事前計画の前倒しで大量に配られた」


 日本地図の海岸線沿いの各地に大量の点が穿たれる。


「シエラⅢを待てないという上層部の危機感からの事だとの話だが、事実上は日本政府からの要望であるラスト・ダイヤモンド構想を実現する為の要として各航路の護衛任務にこれらのシエラⅡが投入されるだろう」


 ドックの多くが巨大化し、更にはカラフルな建材が使われているのを見れば、ディミスリル建材が大量に使われている事はその場の誰の目にも明らかだった。


「シエラⅡの実働データ収集は短期間積極的に行われる。その最大の案件となるのは以下の二つの作戦だ」


 英国とユーラシア中央付近が黒い線で囲われる。


「英国から要請のあった大西洋での海獣類撃滅作戦。作戦名ダーク・シェードへの参加。更にユーラシア大陸中央にあると思われる黙示録の四騎士の装備している鎧、通称【頚城】が保存された古代遺跡都市ガリオスへの大規模調査隊派遣」


 ユーラシアの広大な領域内に未だ遺跡の位置が現れない事から、多くの幹部達がそれもまた探索せねばならないのかと気付いた。


「この二つは恐らくダーク・シェードが先に発動されると思われる。大規模調査隊の派遣は事前調査隊となる陰陽自と善導騎士団の少数精鋭の機動部隊による遺跡発見と偵察が終了後に行われる手筈だ……」


 選抜メンバーに決まった者の顔ぶれはいつもの対魔騎師隊の面々と善導騎士団の中核メンバーであった。


「これを踏まえるとダーク・シェードの発動はあちら次第のところもあるが、凡そ4か月後。更に事前調査隊の投入は5か月後、大規模調査隊の派遣は事前調査終了後ただちにとなる」


 映像の中には黒い機体がセットが並んでいた。


「これに先立ち今までの装備のバージョンが一新される事になった。それと同時に小隊の正式な装備と兵員定数の策定も行われた」


 次々に彼らが使い始めて間もないはずの装備が露わになっていく。


「【黒武】一車両に付き【黒翔】を2機搭載。更にロールアウトした【痛滅者】が2機搭載され、合計4機体制が1セットの小隊用装備となる」


 纏められた兵装欄内の空飛ぶ鎧を見た誰もが遂に自分達も完全なるSFやアニメの住人になるのだと自覚した。


「武器弾薬に関しては凡そ小銃弾5千発、M電池が500本、食料が3か月分、内外での食料生産用キット、医療用キットがCP装備と共に人数分だけ配備される」


 人型のマークが機体に張り付けられていく。


「これを運用する兵員はCPとなる【黒武】要員が4人【黒翔】【痛滅者】が2人ずつ。これの修理やカスタマイズ要員として工兵が2人。外科手術可能な医療従事者が2人。遊撃、直掩、狙撃手、猟兵役が予備戦力として【機械化魔導歩兵ハイ・マシンナリー・ウォーカー】HMW装備で4人。小隊の指揮官用HMW装備で1人。歩兵装備を使う4人の中に次席指揮官も要する。尚、先頭車両であるHMCCはCP要員の誰かが兼任で乗る事になる為……最終的な小隊人数は15人」


 八木が部隊員の人数をそう提示した。


「ベッドの数は最大で10人程だが、予備のベッドを使えば、更に数は増える。常にCPの管理やHMCCを動かす者、外部の監視役が必要な以上はローテーションする事になるだろう。自動操縦もある程度は可能との事は知っての通りだ」


 八木がようやく装備と人員の説明を終える。


「搭載される小銃弾がBFCを名乗る者達の操るゾンビ兵の強靭さからスタンダードで貫通弾に更新された」


 その言葉に多くの幹部が先日のBFC製と思われるゾンビ兵が異様に固く。


 合計で頭部に10発から20発程も弾丸を集中させなければならなかった事を思い浮かべる。


「また、更なる超長期戦闘用の無補給で戦う為の歩兵装備が開発中との事だ。諸君にはこれからこれらの装備を使いこなし、少しでも実働データを収集して貰いたい」


 八木は幹部達を見回して、指を弾く。


 すると、次に映し出されたのは文字がビッシリと書かれた予定表のようであった。


「その為に善導騎士団と陰陽自上層部は北米のロス、シスコ、カナダの各重防御都市周囲へのゾンビ殲滅を意図する大規模な遠征計画を立案した」


 地図の上に新たな単語が浮かび上がる。


「作戦名トリプル・クエスト」


 周囲がざわめく。


「都市国家間のゾンビ数の低減。装備の実働データ収集。新規ゾンビや巨大昆虫類などに続きBFCなどの敵性戦力が現れた事から、そういった未知の敵を狩り出し、あるいは偵察によって情報を収集して撤収する事が求められる難易度の高いミッションだ」


 北米の都市が次々に名前を浮かべられる。


「もう消えてしまった都市での遺品収集なども都市国家側からのリクエストで行う予定だ。現地の守備隊、民間のハンター達と共に共同で動く事もあるだろう。尚、この作戦の重要な点として、北米での黙示録の四騎士の捜索も含まれる」


 周囲がざわめいた。


「戦闘は可能な限り回避しなければならない。居場所だけを推定するものだ。敵に発見された場合、100万単位のゾンビと我々の装備よりも確実に強い能力を備えた相手を前に戦う事を強いられる可能性が高く。都市も危険に晒しかねない為だ」


 八木の背後では四騎士の画像と映像が映し出された。

 それは初めて多くの人間が見るものだろう。


 その全てが別動隊などと呼ばれていたベル、フィクシー、ヒューリ、クローディオが相対した時のものである事は他のメンバーが映っている為に分かった事だろう。


「各員は四騎士の性能と思考に付いての考察。更に対応の仕方を頭に入れて貰う必要がある。最悪、奴らに見つかった場合。救援は無く。自爆してもらう事も考えられる……」


 さすがに自爆の言葉に多くが息を呑んだ。

 だが、それでも分かるのだ。

 分かってしまうのだ。

 それが何故なのか。


 善導騎士団から提示された相手のデータをちゃんと読んでいるのならば。


「理由は言わずとも分かっていると思う……我々が倒さねばならない敵に装備を解析されるわけにはいかない為だ」


 幹部達の顔付きが厳しいものになった。


「決戦は短期間に且つ迅速なものでなければならない。相手に考える隙を与えず。撤退を許さず。再生する暇もなく。完膚なきまでに完全な消滅を迎えさせる」


 いつか、その来るべき決戦に備える為、陰陽自は結成された


 ゾンビの親玉を屠る為、世界が望んだ機能を持つ軍事組織として。


「この為に今も多くの研究者達が動いている。我々がその力を手にするのも遠くない未来の出来事だろう。ならばこそ、君達には決死の覚悟で作戦に臨んで貰いたい」


 多くの戦士達の瞳に炎が灯った。


「実際の作戦計画の詳細に付いては別の機会に行う。だが、発動は1ヵ月後から2か月以内を予定している事を伝えておく。また、今後のシエラⅡの就航は2ヵ月後が予定されている。この空中機動母艦を主軸にした戦力投射戦術と転移戦術を併用した戦術戦略機動が今後の数多くの作戦の鍵になるだろう」


 それは誰もが理解している事であった。


 北海道戦域での一体となった戦略機動は最善に近いものであったと彼らも理解している。


「海自と空自が大量の人員を陰陽自のシミュレーターと促成カリキュラムで教育している最中だ。トリプル・クエストの発動に就航が間に合えば、君達にはその護衛任務も追加される事になるだろう」


 男達は八木の瞳を見詰める。

 其処には澄んだ色だけがあった。


「命を掛けて君達を運び切り、援護し切ると海自を代表して確約しよう。我らの上に【魔導騎士ナイト・オブ・クラフト】の加護ある限り、まだ人類は滅びない。共に今後の吉報を待とう。我らに出来る限りの事をしながら……これで概要説明を終了とする」


 敬礼した八木に全ての者がまた立って敬礼し返した。

 こうして、引き続き会議は続く。

 壇上から降りた八木が会議室の後ろから出ると。

 其処には神谷が待っていた。


「聞いていなくていいのか?」

「はは、ちゃんと頭には入ってますよ。八木一佐殿」

「そうだな。君はそういう男だ」


「買い被られているようで光栄です。ですが、上層部も日本の領土を幾つか占領されてるっていうのに大きく出ましたね」


「仕方ない。民間でも言われているが、事態は長期化の兆候が見える。クローディオ大隊長が監視している限りは動きがあれば、迅速に対応出来るだろう。魔族側やBFC側の情報もまったく足りていない。此処は我慢だ」


「ですかね。でも、ようやく【痛滅者】の先行量産機がロールアウトした。これから班の連中とマニュアル飛行なんですが、見ていきませんか?」


「いや、これから海自空自の合同会議の方でシエラの運用研究成果の報告とマニュアルの提供。更に運用時のノウハウの伝達諸々……実は昨日から寝て無くてな」


「あらら……そりゃすいません。シエラⅡは形にはなりましたけど、実際のところどうなんです? シエラ並みに使えますか?」


「……恐らく、今のシエラより能力は劣る。だが、運用面の良さは上だろう。利便性重視にしたシエラⅡで実働データが集まれば、終にシエラⅢだが、来年の春までにはどうにかというところだろうな」


「先日使った大規模儀式術は積んでないんですよね?」


「ああ、【九十九】の簡易量産版であるメインフレーム【百式】は防御が得意なようだが、攻撃面の性能は重視されていないらしい。多用途の輸送艦やミサイル護衛艦に近いと考えてくれ。敵大規模儀式術や攻撃、能力の相殺、統合情報システムとしては優秀だがな」


「騎士ベルディクトの魔力を用いるような特殊仕様では無い、と」


「ああ、そうだ」

「完全に兵員運用の為の仕様って事ですね」


「実際に大規模攻撃用の術式も積んでいるが、シエラには攻撃面で劣るだろう。戦域制圧機能こそ搭載しているが、黙示録の四騎士に致命打に成り得る攻撃を行えるかどうかという点で言えば、シエラⅡは不完全だ」


「記録映像見ましたよ。カッコよかったですよ。アニメの大艦巨砲主義な決戦兵器撃ってるみたいで……」


「茶化すな。これでも真面目なんだ」


 少し照れた様子になる八木が笑った。


「でも、そんな貴方だから、騎士ベルディクトも任せたんでしょう。自分の魔力を用いた超越者や対高位魔族用の攻撃術式。黙示録の四騎士に直撃すれば、一応倒せる、かもしれない威力なんですよね? アレ」


「そうらしいが、確証は無いそうだ。結局、我々は彼ら個人の強さを借りたに過ぎん」


「だとしても、あの炎の神を倒したのは貴方ですよ。誇っていい結果です。オレも頑張りますよ。ええ、まさかこの歳で空飛ぶ鎧に乗るとは思いませんでしたが」


「ああ、自分もだった」


 男達が腕と腕をぶつけてクロスさせた。


「では、御壮健で」

「ああ、そちらもな」


 いつの間にか。


 親友と呼べる間柄になった漢達はそうして互いの征く道を相手の背後に見て歩き出したのだった。

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