第62話「次なる道」

 ベル要塞建築する、の報は今回騎士団本部に見習いしかいなかった為、然して驚かれなかった。


 と、言うのも魔導が基本的に大陸中央では少なからずスタンダードであり、ビルが1棟いつの間にか街に増えている程度の事は彼ら新世代の子供達にとっては当然の話だったからだ。


「ふぅ~~~」


 少年が汗を拭う。


 ロス市庁舎の地下に敷設させて貰った転移ポータルの初試起動。


 その往復が終了した為だ。


「上手く行ったな。ベル」


「はい。フィー隊長も観測と調整、ありがとうございました」


 地下通路の行き止まりの8畳程の部屋はコンクリートの打ちっ放しの上に魔法陣が描かれている。


 壁の内側はディミスリル皮膜合金性で内部からの魔力波動を完全吸収し、魔力の隠蔽をしつつ、外側からの衝撃や熱量などを遮断する仕組みである。


「うぅ、さすがベルさん」

「さすが、ベル様。フィクシー大隊長です」


 そんな部屋で一瞬にして転移する少年とフィクシーを固唾を呑んで見守っていたヒューリとハルティーナはすぐに二人が戻って来て、魔力の実質的な消費量などを計算し始めるに当たり、成功した事を実感。


 いつものベルさん凄いです病を発症していた。


「この消費量ならば、さすがに気付かれまい。日に3往復が限度か?」


「そうですね。吸収した魔力を地下に自然放散させてますから、基本的にはそれ以上になると感知されるかもしれません」


「今日は夕暮れ時まであちらでやろうか」

「はい」


 2人が転移先の【無貌の学び舎フェイスレス・カレッジ】。


 エヴァ・ヒュークが造った市庁舎の地下施設で包帯で顔がグルグル巻きな少年少女達とアンドレが待っていると再び転移の準備に入る。


「これでシスコと行き来出来るようになったんですよね? ベルさん」


「はい。あっちでもこっちでも一応はポケットが使えますから、僕は何処にいてもいいんですけど、現場にいないと分からない事もありますし」


「通信はさすがに長距離は勘付かれる可能性がある。行き来出来るようになった以上は今まで以上に緊密に二つの都市で連携が可能だろう。もしもの時は避難経路にもなる事を考えれば、秘密裏に開発は進めねば」


「お二人はこれからあちらに?」


「ああ、ヒューリは戻るまで市庁舎とこの方陣の警護を。ハルティーナ。ベルの護衛に付いてくれ。今度は3人で試そう」


「分かりました」


 大きな魔導方陣が描かれた床の上。

 少年の横にハルティーナが加わる。


「うぅ、私も早くベルさんと跳んでみたいです」


 ヒューリが微妙に羨ましそうな声を上げた。


「今後はそういう機会も増えるだろう。あちらでもヒューリ印の野菜を大量に育てる事になるだろうしな」


 フィクシーが少女の様子に苦笑する。


「では、シスコで要塞線の改修に付いて検討してこよう」


 そうして三人が瞬時に跳んだ後。

 ヒューリは市庁舎の上へと戻っていくのだった。


 *


 ―――移民政策始めました。


 妙に実感の籠った看板が日本なら冷やし中華始めました並みだろう気安さで都市の広場に掲げられていた。


 シスコで少年が超高熱で溶けた都市全域のアスファルトと曲がったレールの再取り換えという話をされながら車両で現場に向かう途中。


 フィクシーが見たのは確実に普通なら無理だろう目標であった。


「……移民?」


 首を傾げた少女にアンドレが頷く。


「今後を見据えて、移民政策を始めた。迎える方だがな」

「安全な国家からこちらへという事か?」


 後部座席に座る彼女に助手席のアンドレが持っていたカバンから資料を何枚か渡す。


「何か同じような紙をあちらの都市に来ていた水夫から貰った記憶があるな」


「募集資格は通常は60代まで。知識職、技能職が年齢不問。それ以外は面接だ」


「……特典は?」


「数百万のゾンビ相手に都市を護り切った要塞線とエヴァの置き土産である義肢だ。君達に頼り切りなのは悪いと思っているが、このままでは実際に過労で市民が倒れかねないので、システムの予測から最も良さそうな手を選択させてもらったんだが……」


「確かに今の状況では要塞も殆ど手が回っていないか。ベルがいなければお手上げというのではマズイのは分かる」


「ちなみに君達のおかげで医療水準も飛躍的に上がった。おかげで魔術具単体でも治癒の術式で大抵の病と怪我が治る。遺伝病やウィルス、病原菌由来の病以外、癌まで殆どとは予想外だった」


「魔術具で癌のような発症率の高い病や内蔵の病の克服は可能だ。それと義肢か。食い扶持さえ稼げば、後はゾンビから守ってくれる連中がいるというのは悪くはない。だが、そう簡単に集まるか?」


「ああ、簡単に集まるとも。そもそもこの世界に残っている人類は今現在殆どが飢餓状態一歩手前だ。大穀倉地帯のある大陸が壊滅。食料はオーストラリアとASEANからの輸出、防衛用品や電子機器、精密機械は英国と日本が輸出。この構図で成り立っているからな。医療も食糧も常にギリギリだ」


 難民がその中でどういう位置にいるのか、なんてフィクシーは言うまでも無く即座に理解する。


 そんなのは何処の世界の何処の国でも一緒だろう。


 その例外である大陸中央諸国という国家に暮らす魔術師たる彼女だからこそ、地方の悲惨を極める難民事情とかには詳しかったりする。


(この世界でも人間は人間、という事だな……)


 アンドレがハンドルを切った。

 都市に埋もれていた車も今はリペアされて、動き出している。

 全てはベルが油を掘り出した故だ。


 まだ、あまり量は無いのだが、埋蔵量はそれなりという事でハンター達の近頃の業務はサンド・シェールの燃料確保。


 今まで眠っていた様々な機器がソレで動き出すのだという。


「やがては枯渇するが、枯渇するまでは出来る限り、効率的に使っていきたいと思っている」


 アンドレがそう語る。


 今現在、採掘用の基地がベルの力も借りながら建設途中であり、地下埋設式で半分以上出来ていた。


 数日後には地下に大穴を迂回して沿岸部から海沿いにパイプラインが設置予定であり、その二本のラインが都市の燃料供給の生命線となる事だろう。


「君に今は精錬施設役を行って貰っているが、最安全国からプラントを先日買い付けた。数か月後には稼働出来るはずだ」


 今後に向けてアンドレが次々に手を打っている事で大きく事態が動いていく。


 それを窓越しに感じながら少女は都市の未来を一個人として祈る事とした。


 神にではなく、今この都市に働く全ての人々へ己の誓いと共に。


「現場を回ったら、第二本部まで送って行こう。新しい装備を造っていると聞いたが、もし良ければ、学び舎の子達の意見や技術も取り上げてやってくれないか?」


「あの子達は我々に良い感情を持っていないのでは?」


「そうでもないさ。君の腕に付いてもお詫びを兼ねて調整を施させて欲しいそうだ。エヴァの残したデータもある」


「私は構わないが、そちらとしては技術は秘匿しなくていいのか?」


「はは、君達の方が進んでるのに隠すも何もないだろう。あの子達の中でも開発を行っていた子達がこの都市の為に戦いたいと。そうこの間に直談判してきてね」


「そうか……」


「あの子達も自分達の未来を描いてるんだ。真っ新で無垢とは言えんかもしれないが、それでも汚れていてもカンパスには自分の絵を描きたいのさ。オレとあいつが若い頃そうだったように……」


 フィクシーが横の少年に視線を向ければ、無論ように快諾する少年が頷く。


「世話になろう」


「ありがとう。エヴァの研究データという点は気に入らないだろうが、研究成果に嘘は付かない男だった。モノは確かなはずだ」


「分かった。ベル」

「はい。一緒に立ち会っても?」

「無論だ」


「医者の話ではあの子達の洗脳も解けて来ていて、自責の念なども出ていると……許せとはさすがに言えないが、どうか話を聞いてやって欲しい」


 フィクシーが車窓から見える復興中の都市の街路からカラスの死体がようやく消え始めているのを見て、静かに何かを決意したように頷く。


「思うところはある。だが、実際にこの腕にこの間は救われたのも事実だ。騎士達の統括者とやり合う時、腕が二本だったら私は死んでいたかもしれない。過程はどうあれ結果が全てだ。役に立つなら何でも使う。だろう? アンドレ市長」


「ああ、そうだな。此処はそういう都市だ」


 何処かホッとしたような顔でアンドレが今一度礼を述べた。


「それからデータに加えて、エヴァのレポートを発見した……偶然な。戦線都市の技術情報の解析結果が付随している。本当ならもっと早く知らせるべきだったんだが……恐らくUWSA側が探している情報の1つだろう。これを君達に預けたい……どうだろう?」


「あの男も随分と色々やっていたようだな……解った。後でベルに渡してくれ。データが魔導で解析出来て完全に納められたら、情報の本体は消そう。それが恐らく一番安全だ」


「ああ、システムもそう判断していた。君に託そう。我らの英雄よ」


「え、英雄だなんてそんな……」


 少年が控えめに首を横に振るのを見て、二人が同時に苦笑した。


「では、我らの控えめなるベルディクト・バーンに夜になったら乾杯させてくれ。秘蔵のワインがあるんだ」


 車両は走っていく。


 陽光の差した世界に今はまだ傷跡も見えたが、それでも彼らが護った都市に今ゆっくりとだが、穏やかな風が吹いている。


 様変わりしていく要塞都市は工事の音を響かせながら、今再び立ち上がろうとしていた。


 *


 ―――要塞線改修案Ⅰ【ツルツル塗料】


 シスコで顔見知りとなった工事業者達と共に少年は東の誘導路付近の壁際まで来ていた。


「皆さん。今日から数日間は要塞線の改修工事を行います。もうお手元に渡ってると思うんですが、新しいゾンビと更に巨大な昆虫の出現が確認されました。従来の壁だと昇られてあっという間に突破される可能性があります。なので」


 ベルがズオッと4mくらいあるだろう巨大な棒を複数取り出した。


 それが横から這えたいつものベルさんゴーレムによって、まるでペンキを塗る為のローラーのようなものが組み立てられる。


「まずは壁の内側と外側に塗料を塗ってもらいます」


 ベルが再び横に細長いバケツのようなものを外套から取り出して地面に置き、マスクを付けてからジャバァッと透明な液体を大量にその中に注ぎ入れる。


『この塗料は無色透明ですが、絶対に吸い込まないで下さい。一種の撥水性の塗料みたいなものですが、威力は凄まじくて、渇くと物と物の接触面に発生する摩擦係数が限りなく0に近付いていきます』


 少年がゴーレムでローラーにその塗料を付けて、金属製の壁の床を僅か塗った。


 そして、温風を自身の外套から出るチューブから出して乾かした後。


 そこらへんにある赤黒い石ころをその塗った場所の端に置いてチョンと蹴る。


 すると。


『おお?! 滑るのか? 疑似氷上競技出来んじゃね(元アイスホッケー選手並み感)』


『こりゃ面白い。何かコレ凄く創作意欲をそそられるな(アート活動家)』


『ああ、これでゾンビが昇って来られなくなるわけか(妻の指から抜けなくなった指輪に使う派)』


『ウチの滑り台と屋根に使っていいかオレ聞いてくる(DIY大好きマン)』


 男達が驚く。


 石が滑るような形ではないのにまるで濡れた氷の上を滑るかのようにローラーで塗った端までノンストップで移動したからだ。


 ベルが今度は導線を数百m程、虚空に引っ張り出して次々にローラーとマスクを地面に落し、長大なバケツも落として塗料をその中に注ぎ入れていく。


「このローラーは特別製で乾きません。後、基本的に幾ら付けても一定量しか濡れませんから、付け過ぎかと思うくらいジャブジャブしてからどうぞ。要塞線を全部塗り終わったら、次に移りましょう。あ、奈落壁の方はもう改修も塗りも終わりましたからご心配なく」


 そうしてベルが工事業者達にその場を任せて今度は市庁舎側の地下通路から遠回りをして待たせている要塞線屋上へと向かった。


 少年が何でも無さそうに極めて応用が利きそうな塗料を人々に渡している様子にフィクシーは瞳を向けて思う。


『やるな……ベル……』と。


 ―――要塞線改修案Ⅱ【動体誘導弾】


 20分後。


 要塞線の左の最上階まで来た少年は再び導線を虚空に大きく引き出して、渓谷のような誘導路の左右に軽い合金製の橋をゆっくりと落した。


 ズシンと音がしたものの。


 連絡通路はガッチリと寸分の狂いなく要塞線と要塞線の中央付近に掛かる。


「守備隊の皆さんには新しい敵と航空戦力、それから壁外のゾンビに対しての新しい武器を供給させて貰います。今、魔力電池を持っているか確認して下さい。もし無い方がいれば、此処で渡しますので必ず仰って下さい」


 ベルが集まった百人程。


 エヴァの子供達と呼ばれる包帯グルグル巻きの少年少女も含めて集め、予め用意されていたテーブルの上に大きさの違う弾丸を複数個置いた。


「いないようですね。では、始めさせて貰います。この弾丸は騎士団が使っている頭部に弾丸を誘導する為の弾と少しだけ違う挙動をする代物です。ちょっと試してみますので、誰か撃ってくれる人を」


 すると、包帯で顔を覆った青年が手を上げたので少年はその相手に懐から出した小さな拳銃を渡す。


 それと同時に上空へとフィクシーが後方から操作する光の鳥の形をしたターゲットが数体ヒュンヒュンと200m程上空で飛び始めた。


「この弾丸は簡単に言えば、動くモノを狙う弾丸です。基本的に人型や昆虫型、鳥型などの頭部に向けて誘導される効果があり、高射砲は更に高度制限を掛けて、一定高度以下だと相手を狙わずに速力を失って落ちる仕組みになってます」


 撃ってみようという事で青年が上空に拳銃を無造作に撃った。


 すると、次々にターゲットが弾け飛んで周囲から驚きの声が上がる。


「今までは習わなければ当たりませんでしたが、これからは弾をばら撒くだけで当たるようになります」


 正しく驚天動地。


「ただし、魔力電池を使っている人間が撃たなければ効果がありません。後、魔力電池を1つずつナンバリングして、その電池を持つ人間には当たらないように安全機構を掛けてます」


 しかし、要塞を数日で造る人間には今更かと彼らは続きを真剣な表情で聴く。


「つまり、周囲に魔力電池を持たない人間が出ていると撃てば誤射します。なので基本的に戦える人間だけがいる戦域で使うのが好ましいです。魔力が切れても電池の安全機構自体は有効ですから安心して下さい」


 革新的な事をサラッと言った少年が弾丸の1つを自分の出したガバメントに装填していく。


「射程距離はこの弾の攻撃力が失われるまで。ただし、旋回半径が200m程無いと撃っても戻って来ないので出来れば、標的から1m以上離れた状態で撃って下さい。それと狭い場所で撃った場合、旋回出来ずに途中で壁なんかに激突して効果が失われるので覚えておいて下されば」


 パンと空に撃った弾丸は最後まで飛び続けていたターゲットに向かうが、ターゲットが高速で空の彼方へと消え去ると、見えなくてもそれを追って壁の外へと消えていった。


「今のパターンと逆であまりに距離が遠くだと届く前に失速する可能性があるのでそちらも気を付けて下さい。口径毎の飛距離は後でデータでお渡しします。小口径の拳銃だと1kmが限界でしょう。ライフル弾は4kmくらいまで大丈夫です。ちなみに……」


 少年がテーブルの上の弾丸の1つを掲げる。


「弾丸の薬莢以外は加工して頂いて構いません。先端や炸薬の量とか中身とかです。薬莢が変形したりすると動作不良を失くす為に機能が失われます」


 少年が弾丸をテーブルに置く。


「また、弾丸の標的となる最小の大きさは10cmくらいです。それよりも小さい標的には動いていても効果がありません。簡単に言うと対ゾンビ、対化け物用という事です。10cmより小さいゾンビや化け物が出てきた場合は弾丸以外の駆除方法の方が効率的ですし、その時に方法を考えます」


 少年がゆっくりと弾丸を並べる。


「この弾丸は基本的に発射直後に魔力電池を持った人間に一番近い動体反応を狙います。標的が複数の場合の照準優先目標も近い順です。なので、群れの中で最優先目標を倒したい場合は通常弾で対応をお願いします」


 守備隊の大半がもう目を胡乱にしていた。


『……時代って進んでるんだなぁ(遠い目)』

『はは、魔法使いと騎士がいる時代だからな(諦めの境地)』

『これがあの頃ありゃなぁ……(悲し気な視線)』


『要はファッ○ンなゾンビ共を好きなだけファッ○出来るだけなんだろ(F中毒者)』


『イカスぜ!!! あいつらの脳みそブチ撒けてやんよ(ゲラゲラ)』


『……子供にお守り代わりに持たせたい(ライフル協会員並み感)』


 ベルが弾丸を全て掴んで外套内部に入れて、今度は外套内部から次々に守備隊が用いていた重火器の超軽量化版を引き出してはおいていく。


「明日以降、皆さんにも騎士団が使っていた重火器の再設計した軽量化版の提供を開始します。通常の品の4割程度に重量が収まっているので銃の取り回しが向上するはずです。通常の銃弾も勿論使えますので状況に応じて使い分けて下さい」


 男達が次々にライフルや拳銃、サブマシンガン、対物ライフルを持って、その軽さに驚き、蒼いパーツの美しさに目を奪われていた。


「基本的に化け物の新種で頭部が存在しないようなものが出るまでは新規の弾丸で殆ど対処可能だと思います。マニュアルは後で市庁舎側から実弾と一緒に渡されますので」


 男達がまったく目の前の少年は本当に何なのだろうという畏敬とも畏怖とも付かぬ顔で見やる。


「ああ、それと魔力電池と肉体強化用の魔術具を内蔵した新しい軽量装甲入りのジャケットも皆さんに支給されます。戦う時は常備常着して下さい。魔力電池単体も複数個予備をお渡ししますのでジャケット不使用時にはネックレスの形で出来ればタグと同じように常用を」


 次々に少年が革新的な装備をサラッと説明している様子にフィクシーは瞳をキラッとさせて思う。


『やるな!! ベルッ』と。


 ―――要塞線改修案Ⅲ【地雷投射機】


 右の屋上で男達が新型の重火器に目移りし始めた頃、空中連絡通路を渡って左の屋上に来た少年は屋上に既に設置されていた爆雷の投射機のような代物を珍しそうに見る残りの守備隊の一部に近付いていく。


「皆さん。遅くなりました」


 少年が近付いていき。

 人に囲まれながら、投射機のグリップなどを握った。


「今回、要塞線に装備する新しい装備の1つがこの地雷投射機です。元々は博物館に飾ってあった爆雷を海に投げ入れる為の装置を改良したものがコレになります」


 少年が参考にした投射機とその投射機が付いていた駆逐艦の写真を男達に渡した。


「これは前回の大規模な襲撃に際して穴が埋まった後の攻勢に殆どこちらからの攻撃が榴弾砲と迫撃砲以外に無かった事を反省した末に思い付いたもので」


 カシャッと投射機が前方の内壁の外に向けられた。


奈落壁アビス・ウォールと壁の中心地点を狙って地雷の鉄片をばら撒く装置です。専用の小型ドラム缶に僕の造った地雷が詰まっていて、中間地点から丁度、壁と穴まで均等にソレをばら撒けるよう内部から破裂する仕組みです」


 おお、と。

 周囲にどよめきが奔る。


『使い終わった地雷はどうする?』


「ばら撒いた地雷は全て遠隔起爆と直接起爆の二択を切り替えられる方式で使い終わったら遠隔で起爆して処理も可能です」


 おおおおッ、と。

 更に周囲でどよめきが奔る。


「基本的に電源は使わず。魔力電池の運動エネルギー転化でモーターを回して小型ドラム缶をボールみたいに敵群の中に投げ入れる仕様です」


 魔力電池。


 今までは普通の人間に魔力を使わせるだけだったが、終にソレが様々な機械を動かす為に使われ始めた瞬間だった。


「ここが電池のスロットです。地雷の起爆と切り替えは魔力電池と地雷が繋がる仕様にしたので、撃った時の魔力電池を差していた人が行って下さい。電池を破損、失くした場合は僕にご一報下さい。予備はすぐにお渡しします」


 小さな円筒形状の5cm程の金属棒が全員の前にネックレスタイプで見せられる。


「切り替えと起爆は魔力電池を刺した投射機本体のスイッチで行います。投射機本体が壊れても予備は僕が造れますので慌てる必要はありません。魔力電池での連続稼働は満杯ならば1日くらいです」


 少年が小さな掌に余るくらいのドラム缶を片手で持つ。


「このドラム缶の中に入っている状態では起爆しません。後、この投射機を潜らせないと地雷の起爆用のコードが刻印されないのでこの場で破壊されたりしても安全です。ドラム缶内には1発で6000枚の地雷が入っていて、投射機はドラム缶を1秒で1個投射します」


 少年がサラッと数万程度の人型ゾンビなら即座に全滅するよという類の言葉を吐いたが、守備隊はもう至れり尽くせりの装備にただただ深く感謝するのみだ。


『もう涙で前が見えないよ!! ベル君(ベル=サン呼びを検討する派)』


『ようやくゾンビに対してまともに戦えるようになるんだな(全うな兵隊)』


『ミスターベルを胴上げしよう!! (元ラグビー選手)』


『いやいや、銅像を建てるのが先だろう(元彫刻家)』


 義肢を持つ者もこれで少しはあのゾンビ達を相手に戦えるだろうかと堅く拳を握り締め、感謝の言葉は無くとも少年に何かを決意したような瞳を向けていた。


 次々に少年が男達の信頼を勝ち得ている様子にフィクシーは更に瞳をキラッとさせて思う。


『やはり、やるな!! ベルッ!!』と。


 ―――説明会終了後。


 少年が要塞線から戻ってくると様子を聞いていたアンドレなどはもう少年の発想と便利な魔導の応用が何処まで進むのか、それをもう呆れるように見守るしかないとフィクシー達を昼食で持て成しつつも苦笑していた。


 エヴァの子供達の一部。

 開発班との一部会食。


 最初に全員が頭を下げた時点で少女は今後は頭を下げる必要も謝る必要も無いとそう笑顔で告げた。


 ぎこちない様子ながらも肉体の違和感や不備が無いかとちらほら訊ね始めた彼らに答えたフィクシーは自身の義肢の特徴やどう使えばいいのかのアドバイスなどを受けつつ、昼食を食べ終わり。


 ベルと共に旧市庁舎後に建った総合住宅兼アパートメントの地下に移設された学び舎へと向かい、ベルと共に数枚のレポートを入手。


 また、それに付随する戦線都市の情報もベルの魔導で回収し、夕暮れ時には予定通り、ロスへの帰路に就いた。


 夜、ヒューリと共に帰ったフィクシーは一日の報告を受けてから、夕食を摂ってベルの研究室へと向かう。


 本日は二人切り。


 彼女の両手両足と戦線都市の情報は出来る限り、必要がある時だけ少人数で共有する事が望ましいという事実に基づいた行動である。


 部屋をノックして入れば、少年は白紙に魔導で焼き付けた情報を精読していた。


「ベル」


「あ、フィー隊長。どうぞ掛けて下さい。幾つか分かった事があります」


「ああ」


 対面に座った少女に見えるよう少年が資料を数枚テーブルの上に置く。


「さっそく始めたいと思います。まずエヴァ・ヒュークさんのレポートなんですけど、基本的にはディミスリルと肉体の関係に付いてのものでした」


「ディミスリルと肉体?」


「はい。エヴァさんの研究に拠れば、未知の金属元素。つまり、ディミスリルが血中の微量な金属元素と反応して、栄養素としての鉄や亜鉛みたいなものがディミスリル皮膜化したような状態になるらしいです。それが最終的には細胞単位で広がって、細胞そのものがディミスリル皮膜合金の影響で色々な特性を得ているんじゃないかと」


「……そういう事か。培養ゾンビ共が妙に堅いのは……」


「さすがに弾丸を弾ける程に堅くするのは難しいみたいですけど、恐らく今後骨格なんかに金属が含まれてるゾンビが出ると……」


「一気に弾丸が陳腐化する、か?」


「恐らく。これを危惧していたエヴァさんは僕らと同じように突如として地中に形成されていたディミスリル鉱脈の調査を開始。その発生原因や発生過程の解明を急いでいたらしいです」


「なる程……続けてくれ」


「はい。エヴァさんが凄いのは魔力がないのに培養ゾンビの腕を何とか培養したところにあって、あの培養方法はどうやら戦線都市のロスト・テクノロジー由来である事が分かりました」


「此処でその名前が出て来るのか……」


「はい。あのゾンビを誘導しようとしていた人の事は覚えてますか?」


「あの狂人か」


「あの人がコピーしていたシステムの一部。アレ、結局はバージニアさんが僕に託してくれてたんですけど、アレと同じような機構がゾンビの培養装置にもありました……」


「つまり、戦線都市は魔力を用いた機械を実用化していた?」


 ベルが頷く。


「恐らく。ただ、魔力そのものを制御する技術は無くて、自然にあるこの世界の濃度の低い純粋波動魔力を時間を掛けてシステムで取り込んで培養方法に転用したり、ゾンビ誘導に転用したり、みたいな具合だったんだと思います」


「ふむ……ちなみに誘導装置の解析は?」


「済みません。中枢が壊れていて、他の部分に関しては回路が焼き付いているところが多くて……解析と復元、更に中枢をディミスリル系の合金をそれっぽく加工して使ってみたんですけどダメでした」


「まぁ、仕方あるまい。魔導で出来る事には限りがある。それは分かっていた事だからな。そう気を落すな」


「はい。それで戦線都市のロスト・テクノロジーに付いてですが、基本的に微細な純粋波動魔力が引き起こす現象の解析とその応用で通常の物理法則とは違った現象を機械類に付与する。そういうものだったようです」


「大規模にやれてはいなかったのか?」


「恐らくは大規模な魔力集積方法が確立されていなかったんじゃないかと。義眼の方を解析していたら、魔力による光波の変更。つまり、魔術の幻影を生み出す術式みたいな現象を微細に引き起こしている機構がありました」


「光波の制御は純粋波動魔力を用いる魔術体系だと基礎だからな……」


「通常の物理法則ではなく魔術法則の一部を解明し、制御出来なくても魔力誘導の基礎的な方式を行っていたんじゃないかと」


「……なるほど、この世界の回路技術は七教会にも劣らないものがある。つまり、中央ならスタンダードな積層魔力式の機械を回路的な部分にのみ絞って応用出来ていたのか」


「出力がどうしても小さいので……それが精一杯だったんだと思います」


「分かった。報告は確かに受け取った。情報は全てお前の中にあるもの以外はまた破棄しておいてくれ」


「了解です」


 少年はフィクシーが帰っていった後。


 その資料を見つめて、己の中にある情報を繰り返し精査しながら、この技術の先にある“モノ”を想像していた。

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