第56話「再開」

 バージニア・ウェスターの執務室。


 また、階層が高くなった場所で村升と八木を対面にフィクシーとバージニアがフカフカの黒革のソファーに座る事となっていた。


 あれから1日。


 米国からのちょっかいが出るかと思っていた八木や神谷であったが、艦隊側からの部隊の多くに動きは見られず。


 拠点がある場所から普通にやってきた少年少女達は執務室の外に待機している。


『フィクシー・サンクレットさん。私は村升達也。日本において防衛省の事務次官。つまりは軍の統括者と言ってよい地位に就く者です』


『初めまして。村升事務次官』


 フィクシーが軽く頭を下げた。


『さて、この会合には米国は抜きにさせて頂きました。壁も窓も部屋全体も今は善導騎士団の技術により、完全に外への情報が出ぬよう閉ざされています』


 バージニアがにこやかに告げる。

 本音で語れ、と。

 口火を切ったのはまずフィクシーだった。


『まず、大前提を事務次官に告げて置かなければなりません』


『何でしょか?』


『我々はUWSA側への情報共有及び技術供与は我々が許可したモノ以外は全て拒否させて頂きます。それは日本国に対しても同様ですが、日本国が我々からの要求を守り続ける限りにおいてはUWSA側や他国よりも先行して情報提供、技術供与をするとお約束しましょう』


 いきなりの爆弾発言にさすがに村升も僅かに瞳を細める。


『UWSAは我々とは協調関係にあります。そのような事を仰る理由をお聞かせ願えませんか?』


 パサリとフィクシーが擦り切れたファイルを取り出して相手に提示した。


 そして、彼らがそれを読み込んでから難しい顔になるのを見て発言を続ける。


『我々の見解はこうです。あの騎士達は恐らく我々の世界の人間だった。そして、あの騎士鎧にはこの大陸を元々治めていた者達が関わっている』


 さすがの男達も初めて知る事実を前にして、大きな爆弾を目の前に出されたと言わんばかりに内心の顔を渋くした。


 心の声はこうだ。

 やっぱり、米さん何んか隠してたよ。


『また、騎士と相対して生き残った者として言わせて貰えるならば、彼らは虐殺を正当な復讐だと嘯いていた』


『正当な復讐?』


『軍を司る者ならば、事務次官にもお分かりでしょう。異なる国、民族、世界の文明が衝突した時、そこに生まれる軍事的な理屈というのは大抵非情なものでしょう……』


『あの騎士達が虐殺したくなる程の復讐心を米国が抱かせたと?』


『この国がゾンビの発祥とも聞きます。ならば、この国の軍部が騎士達とその背後組織、最後の大隊と呼ばれる者達に何かをした。そう考えるのは合理的です』


『………』


 爆弾発言の次は問題発言。

 大臣ではないとはいえ。


 彼もまた事務次官として難しい舵取りをいきなり振られ、黙らざるを得なかった。


『事務次官。これは極めて重要な情報です。貴方達の本国に問い合わせ、十分に話し合って決めるべき事柄でしょう』


『それは……そうですな』


『私達、善導騎士団は今現在この世界において寄る辺たる二つの都市を護る為、戦う事にしております』


 パサリと地図がテーブルの上に広げられ、2つの都市が指し示された。


『我々の情報や技術をUWSA側が望んでいたとしても、黙示録の騎士達が復讐を誓うような不透明な状況に陥る可能性がある以上、容易にお渡し出来ません。この不信が解けるまでは……だから、我々は貴方達に接触したのです』


『……UWSA側からの防波堤とする為に?』


 フィクシーが頷く。


『無論、あなた達がUWSA側に付く。もしくは傍観するという事になれば、我々は一切の情報提供と技術供与は致しません』


 その言葉に事務次官が米国の強硬策があるかもしれない旨を告げようとしたが、フィクシーは笑顔でこう先に続ける。


『情報を人間から引き出せないようにする程度の技術はこちらにもあります。資料などはそもそも作成すらしていません』


『つまり、善導騎士団はその不信が解けぬ限りはUWSA側からの如何なる要望にも応じず、如何なる情報共有、技術供与も行わないと』


『ええ』


 村升がさすがに一瞬で突き付けられた二択を前にしてファイルを凝視した。


『村升事務次官。我々は今はこの都市の住人としてこの都市の生存と防衛に力を入れる事としました』


『いつでも会えると?』


『この都市にいる限りは。我々からの細かな要求は全て此処に纏めておきました。どうぞ』


 バージニアがファイルを一つ差し出した。


『これらの条件は、絶対条件以外はそちらの判断に任せます。ですが、絶対条件が確約された場合のみ、我々は皆さんに色好い返事を返せるかと』


『拝見させて頂きます』


 その中には紙が一枚貼ってある。


 色々と書いてはあったが、UWSA側にとってマズイのは戦線都市の情報を可能な限り開示してもらう旨だろうか。


 しかし、絶対条件では無かった。


 最も重要な条件は何よりも二つの都市の国家としての権利を保障し、尚且つ騎士団の人員に対してUWSA、日本、都市側は如何なる権限や法規も行使しない治外法権。


 それは都市側からの働き掛けすらも制限し、基本的に騎士団は騎士団の意思によってのみ動くという宣言に他ならず。


 都市は都市で騎士団という存在を治外法権を保有する防衛力として雇い入れ。


 国力の強化を図るという極めて合理的な判断が示されている。


『……解りました。この件は一端持ち帰らせて頂いても?』


 村升にフィクシーが頷く。

 そうして、数分程度の会談はすぐに終わる事となった。

 理由は言うまでもない。

 日米共同という軍事の基礎が揺らいだ。

 そして、それを決断するのは事務次官ではなく。

 大臣と内閣の総意であった。


 殆ど喋らなかったバージニアや八木が互いにまた軽く握手してから、日本側は潮が引くよう退出。


 外で見張っていた少年少女達。

 主にクローディオ以外の全員が執務室に入ってくる。


「バージニア女史。今回の事、相手側への提示案の作成、本当にありがとうございました」


 フィクシーが頭を下げる。


「いいのよ。そもそもあなた達の事を隠し通せるものでもなかったのだし。それに騎士団のおかげで今は財政も持ち直したから、日本以外の国からも色々と物が入って来てるわ。久しぶりに市場の方にも活気が戻った……感謝するのはこちらよ」


 バージニアが新しく入った顔。

 ハルティーナに自己紹介して握手した後。


 フィクシーがファイルの写しを見て難しい顔になったのを見て、傍に近付く。


「心配かしら?」

「……彼らはあの条件を受け入れると思いますか?」


「さて、どうかしらね。日米は強固な軍事同盟よ。特に世界が崩壊してからはね。国土の一部を貸与し、亡命政権下で最も豊かなのはあそこなの……でも、今回の一件はそれに罅を入れかねない」


「難しいと?」


「ええ。でも、こちらの言い分とあのファイルの効果は絶大でしょうね。相手に後ろ暗い事が無いと断言されても、偽物ではないのだもの……幾らかUWSA側に譲歩は迫られるでしょうけど、楔は打ったわ」


「楔、そうなればいいですが……」


「UWSA側に騎士団の人材を許可なく絶対に接触させない。派遣させない。それはこちらからの要請で以てのみ実現するって項目は……まぁ、呑むでしょうね」


「最終的にどうなるかは分かりませんが、取り敢えず今後の事はベルと詰めています。シスコ側で行っていたように新規の壁と要塞線の設営許可を頂きたい」


「分かったわ。アンドレ市長からも要請されていたしね。お好きになさい。あの南部の要塞から施工していた業者達も戻って来たそうだし、期待してるわ。情報は後で市庁舎にお願い」


「いえ、ベルが既に持って来ています」

「バージニアさん。どうぞ」


 少年が差し出した数枚の紙は地図と設計書だった。


 シスコ側で作って貰った都市の要塞線やら総合住宅やら新しい建物の強化方法やら殆どが実用化して問題ないと太鼓判が押されたものばかりだ。


「―――驚いたわ。これまた数日で造ったのかしら?」

「はい!! シスコの人達の努力の賜物です」


 少年が嬉しそうに頷く。


 それを見て、バージニアがもう驚けないわよと苦笑し、肩が竦められた。


「数百万のゾンビ相手に死傷者ゼロ。空からの戦力を含めれば、もっとだったでしょう。昨日貰った報告書でも読んだけれど。まるで架空戦記みたいね。でも、騎士の撃破という偉業……本当に頭が下がるわ」


「いえ……」


「仇を取ってくれたわけではないのは分かってる。でも、あの報告書の騎士達の傷付いた姿が大勢の市庁舎の一部にとって希望になっているのよ。だから、ありがとう」


「善導騎士団の代表として、その感謝受け取っておきます」


 フィクシーが頷いた。


「相手が死んだかどうかは分からないとしても、あちら側の動きが無い内に色々と進めてしまいましょう」


「はい。こちらでもそのつもりです」


「工事の着工準備は好きな時に言って頂戴な。市庁舎側でも準備を進めておくわ。それとまた市場にお野菜を卸すのもよろしくね。ウチの者がヒューリ印の野菜が食べたいって嘆いてたから」


「ぁ、はい!! 了解です!!」

「分かりました。が、頑張って収穫します!!」


 少年少女の元気のよい返事にクシャクシャとその頭をバージニアが撫でる。


 その顔は何処か母親のようだと。

 フィクシーを始め、女性陣全員が思った。

 こうして帰って来た騎士達の活動がようやく始まる。

 艦隊が駐留する新たな環境下。


 三つ巴の勢力が入り乱れる都市に新たな風が吹き出していた。

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