第48話「その約束の言葉に祝福を」

 ベルディクト・バーン要塞建築する、の報は即座に騎士団を駆け巡った。


 本来ならば、命を落としていてもおかしくない致命傷を負っていながらも、一命を取り止め、数か月単位での静養が必要と見られていた少年が立ち上がった。


 それは何よりも騎士団員達を奮起させるものだっただろう。


 数十万から100万単位以上のゾンビ襲来が予見される中。


 都市外縁で進められる大規模な工事にはシスコ全域から湊の再整備に掛かり切りであった業者が集められ、ハンター達は少し近くの森林地帯に素材集めへと駆り出され、都市民の多くも市庁舎の号令によって、大規模に動員。


 騎士団から降りて来る様々な物資の生産依頼や資材の搬入などによって夜中まで忙しく働く事になっていた。


 だが、誰もが半信半疑であった事は疑いようも無いだろう。


 そもそも守備隊がその街で戦い続けるという選択を選んだ最大の決戦から数年以上に渡り、大規模な襲撃は無かったのだ。


 しかしながら、市庁舎側に収まったスイートホームと守備隊、行方不明となったエヴァの親衛隊までもが積極的に協力している様子から、彼らも今まで眠っていた危機感が首を擡げた。


 戦う以外に生き残る術がないという事を先日の巨大なオーロラの災禍によって理解し始めていた都市民達はスイートホームが外部から抱える事になった傭兵。


 騎士団と名乗った異物に訝しむ視線を向けながらも、大規模な襲撃に備えて目覚め始めていた。


「水道局の皆さん。どうかお願いします」


 頭を下げるスイートホームから今回の準備の中核人物と紹介された少年の姿に訝しみながらも、壁外の状況を見て来た職員達の話からも目の前の相手は“本物”だと判断した男達が頷いた。


「皆さん以上にこの都市の配管に詳しい人達はいないと伺いました。今回の大規模襲撃に備え、壁外に続く全ての配管の把握と封鎖は重要事項です。都市外部で掘削工事を続けていますが、重要な合同インフラなどの位置に関しては皆さんの知識と経験が頼りになります。お力添えを」


 外見の割りにしっかりとした物言い。


 そして、普段の少年からは考えられないくらいに凛々しく言い放つ姿に後ろでは『ベルさんがこんな立派に……うぅ、感動です』とハンカチ片手のヒューリがウンウンと頷いていた。


 その横にはハルティーナもおり、もう瞳の周囲のクマは無い。


「土建組合の皆さん。僕に出来る事は多くありません。作業機械に指示を飛ばすのは皆さんです。この工事が成功しない限り、都市には被害が出る事でしょう」


 ざわつく大人達を前に少年が訴え掛ける。


「長大な防衛線の構築は現行戦力では難しく。全ての壁を新調する本工事の成果が事実上の最終防衛ラインとして機能します。此処を抜かれれば、旧来の壁だけ……つまり、皆さんが都市の命運を握っているんです」


 多くの関係者の年齢は比較的高齢だ。


 だが、その経験と積み重ねた年月は未だ彼らに現役での現場を支える力を与えている……ベルが己のゴーレム達を横にしながら、彼らに頭を下げた。


「どうか、ゾンビ襲来までに無事工事を終えて下さい。騎士団は可能な限り、貴方達を保護し、最後の一人が壁内に戻るまでお守りする事を約束します」


 それに拳を振り上げた者が一人。

 更に振り上げる者が一人。

 そうして歓声が響く。


「この工事にこの都市の未来と人々の命が掛かっている事を我々も肝に銘じ、この都市を護り抜く所存です。どうか全ての人が生存者とならん事を……解散!!!」


 アンドレに教えられていた軍隊式の敬礼をして、それに習った大人達もまた動き出し始めた。


 壁の門の前で関係者を一同に集めた工事の開会式。


 本来ならば、そういった時間も惜しいものではあったのだが、見知らぬ騎士団を人々に馴染ませる為にそうした方がスムーズにゆくとアンドレが開会を後押しし、フィクシーは工事の最終的な責任者であるベルにその演説を任せた。


 本日は晴れ。

 今日、初めて門の外に出る者すらいる状況の中。


 都市内部の世界しか見て来なかった多くの人々が外の状況を目の当たりにして目を見張った。


 既に剥き出しとなった褐色の地面。

 壁外に破棄されていた廃墟群も殆ど無く見渡す限り更地。


 そして、何よりも目を引いたのは都市外壁から数百m先にある多数の倉庫だろう。


 極めて広大な立地に数百棟以上はあるに違いないソレが30m近いビルのような高さと冗談のように広い巨人用の住居かというシンプルな積み木のような工作加減で小山となった無限にも思える資材を倉庫の扉も無い一面から溢れさせていた。


『ありゃぁ何だ!? 鉄に銅? クロムに……あの色……鉛にコランダム? 単なる土だけじゃなさそうなもんまで有りやがる』


『オレ達は夢を見てんのか……』

『頬、抓ってくれ』


 彼らが視線を向ける先。


 倉庫街となった場所より遠方では巨大な黒い穴がぽっかりと開いているのが彼らにも見えた。


 そう露天掘りされた真円状の縦穴が無数に壁外の地面には穴開きチーズみたいな有様で並んでいたのだ。


『こいつが資料にあった最初の防衛ラインか』


『地獄への入り口かな?』


『はは、蓋が空きっ放しらしいな。いや、こっちが地獄だったか?』


 ジョークを言うは易し。


 だが、実際に近くに車両で近付いた男達はその広大な都市を海辺まで囲う穴の群れに最後は言葉も無くした。


 只管に深い。


 資料ではまるで信じられなかっただろうが、直径500m、深度600mの縦穴が総計で60以上……冗談にしては一日前には存在していなかった穴が今は存在する。


 ついでにその穴の外周にはアスファルトではない石畳製の道路らしきものが整備されており、更には穴の底からガンゴンガンゴンと音がする。


 資料に拠れば、その音は穴の外周に特性の高耐久性のレンガを積んでいる音。


 最終的に内部は井戸のようになるが、水脈などから水が漏れないよう鍋底の部分に当たる場所は合金製になるとの事。


 何もかもが魔法と言うには規模が大き過ぎた。


『オウ。ジーザス……』


 思わず十字を切る者まで現れる。

 だが、彼らの仕事場はそこではない。

 倉庫群と穴の群れの中間。

 その400mの間こそが彼らの戦場だ。


『測量は済んでる。後は落とされた資材を作業機械で積んで組み込んでいく方式……つっても、落とされた資材って何だ?』


 男達が首を傾げている間にも駐車するよう言われた場所に数百人からなる人間が集合する。


 車両から降りた誰もが資材を倉庫群から運んでくるのだろうかと首を傾げた次の瞬間―――まるで巨神の足音かという地鳴りと共にガォオンと何かが虚空から落ちていく。


『何だぁあああああ!!?』


 男達が見たのは虚空からまるでビルのような数十mはありそうな板というよりは壁が何もない虚空から落ちて来るシーン。


 それはL字型のパーテーションのようになっており、次々に彼らの目の前に灰色の地面と壁らしきものを形成していく。


 だが、よく見れば、隙間は存在するし、単純な重量を固定しておく為の基礎のようなモノも無い為、もし壁際に超重量が掛かれば、あっさりと背後へと動いてしまうような危うさも感じられるだろう。


 しかし、次々に都市を囲う半円形の地域に落ちた壁材の地面側にはまるで何かで止める事が必要と言わんばかりに穴が複数空いており、ソレがどうやって留めるのか彼らにも分かった。


 何て馬鹿馬鹿しい話だろうと理解くらいしよう。


 直径で1mくらいありそうな杭を何本も地面に打ち付けて、強引に壁を地面に繋ぎ留めるつもりなのだ。


 それを証明するかのように各壁のL字型パーツの背面に同じパーツが逆向きに落ちて、また大量に杭らしきものが虚空から降り注いでいく。


 そして、合金製らしき杭の雨が終わると今度はその周囲に10m以上の身長を持つベルさん型ゴーレム(ヒューリ命名)が100体近く地面から湧き上がっていった。


『作業機械、ね……』


 魔法使いの集団がゾンビを倒すのに協力してくれる。


 そんな事を真面目に言っている連中の話など何一つ鵜呑みしなかった彼らであったが、誰もがその時になってようやくオブラートを被せられた言葉の実態を把握するに至った。


『あの坊ちゃんや連中が魔法使いなのか宇宙人なのかは知らん。だが、戦う準備をしてくれるってんだ。おまえら……必ず工期内に仕上げるぞ!!』


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 現場監督達の声があちこちで男達に発破を掛けた。


 *


 壁の新規工事が実際に始まった事が都市民達に通達されて以降。


 殆ど廃墟だった市街地の各地や今現在無人の区画には工事関係者が入り浸る事になっていた。


 何をしているのかと人々が訊ねれば、工事用資材を供給する為に無人区画を更地にして瓦礫をリサイクルするという話が聞けただろう。


 人々の前で何やら金属製の細いロープ状のものが区画全域を囲っていく様子などを見れば、一体何をしているのだろうかと首を傾げる者多数。


 だが、無線で業者達が連絡を入れるとさすがに目を丸くする事になった。


 瓦礫が地面に沈み込んでいく。

 それだけではない。


 地面もまた剥き出しの地肌を覗かせて綺麗サッパリと数分せずに区画そのものが単なる更地になったのだ。


 その後、業者達が次々と5m程下に深くなった区画の地面の横の断面を確認し、消えた配管の跡、剥き出しになるパイプ類に何やら目張りしてからその周囲に速乾性のセメントらしきものを塗り込み始め、終わると退避して連絡を入れる。


 すると、今度は大量の妙に綺麗な土砂が湧き上がって来て、地面を完全に平らになるまで埋め立てた。


『………帰って寝るか』

『まだ、仕事中だぞ。いや、帰ったら寝るけど』


 何か言い知れぬものを見てしまった市民達はその場からスゴスゴと掃けていく。


 だが、そんな顔を一番真直でしていたのは間違いなく業者側であった。


『埋め立て完了の報告だ』


『はい。それにしても……この短時間で区画毎更地にして埋め立てるとか……魔法使いって凄いんですねぇ……』


『予め、水道局からの指示があった事も大きい。それにしても無人区画の瓦礫をリサイクルねぇ……消えたら、あっちの資材倉庫に各種の資材になって出て来るってな話だったが……』


『リサイクルの単語が何かオレ達とは違いますよね』

『だな……』


 業者達はまだまだある無人区画の瓦礫を更地にするべく奔走する事となる。


 結果的に彼らが都市の3分の1程の建物をたった1日で消去った事は多くの都市民達に魔法と呼ばれる事になるが、その魔法とやらを使っているのが誰なのか彼らが知る事は無いだろう。


「ベル様はどうですか?」


「ええ、今は集中してるみたいですから、一息入れる時間になるまではそっとしておきましょう。他の人達と各地で遣り取りもしてるみたいですし」


 今や都市と工事現場の中間地点でキャンピングカーの前に陣取り、シートの上で座禅を組んで集中する少年は各地から入って来る連絡をヘッドセットとチャンネル、両方で聞きながら、次々にビーコンで延伸されている“ポケット”の出入り口を開け閉めしつつ、その入って来た資材を瞬時に精錬、ペレットにして資材置き場に湧き上がらせ、逆にその資材を引き入れて合成し、再び工事用のパーツとして現場に排出する、という複雑窮まる作業を繰り返していた。


 その工程は数十から数百にも及ぶが、魔術師が編み上げる術式の工程と大差が無かった為、作業量は常に魔術を組まされているのとほぼ同等。


 魔導師としての技量は低い少年にしても、家は魔術師の家系だったわけで、その程度の連続での術式の構事は恒常的に行っていた為、魔導での自動化を加えた作業効率は未だ高く、限界には至っていなかった。


 それにしてもあちこちから入って来る連絡と注文に対して適切な対応をするのは少年の為、一瞬たりとも気は抜けなかったのだが……。


「ただいま~~。お? ウチの錬金術師は作業中か……つーか、あっちは大変な事になってんな。やっぱ城が一日で立つんじゃねぇか?」


 クローディオがキャンピングカーの前で集中する少年を邪魔するのも悪いと車両内に入っていく。


「あ、クローディオさん。お仕事は終わったんですか?」


「ああ、樹木の切り出しは今も順調に続いてる。搬送はベルのポケット頼みだからな。予定量を集積してる場所を一括で転移させれば問題ない。夜中も伐採を続けるから2日もあれば、全部切り出し終えるだろ」


「何か都市の方に用事でも?」


「ああ、大隊長殿から守備隊と親衛隊、戦線に加わりたいって子供連中への教導を引き受けた」


「大丈夫なんですか? その……恐怖心的な意味で」


「恐怖の克服は兵士の重要課題だ。連中だって戦う術を持っちまった以上、やらなきゃならん。やらなくてもいいが、それで生き残れない以上はな」


「厳しいですね……」


 クローディオが肩を竦める。


「見習い連中も纏めてやる予定だ。要塞と防御陣地を使って、ついでに守備隊みたいな重火器込みのこの世界の戦術に魔術を組み合わせてゾンビ掃討の効率化を図る。ま、要は大陸式のえげつない方の戦法を叩き込むってこった」


「でも、この世界の人達は魔術は使えないんじゃ?」


 ヒューリの最もな言葉に肩が竦められる。


「ベルが魔術具をさっき大量に守備隊の詰め所の空き地に湧き出させたそうだ。魔力の供給そのものはディミスリルを電池代わりにするらしい」


「それでベルさんの魔力を?」


「ああ、魔術具は完全転化式の代物と魔力波動のシーリングも施されてる。一定以上の出力を出さなきゃ、励起済みの魔力だってまず騎士連中には見付からないだろう。沙漠から蟲を見付けるようなもんだ」


「でも、魔力が自己生成出来ないって事は……」


 ヒューリがその欠点に口を噤む。


「ま、オレ達よりは戦闘時間が短くなるわな。が、基本的には肉体の強化と敵の照準に魔術具による精密補正を付ける程度だ。弾着観測そのものはオレ達だしな。大量の重火器と弾倉を携行して動けるようになるだけでも随分と違う」


「それは最後の手段ですよね? 要塞を使ってる時点で……」


「かもな」


 もしも、突破されれば、個人の火器の力など数は簡単に捻り潰す。


 それは先日死に掛けたクローディオが最も理解している事だろう。


 ヒューリが先日の事を思い出して、手を握った。


「……勝てますよね。私達……」


「当たり前だ。これだけ御膳立てされて勝てませんでしたとはならない。そもそも今のオレ達の戦力でも50万程度ならどうにかなるとオレも大隊長も考えてるし、今回は拠点防衛だ。設備をフル稼働させれば、数百万来たって持ち堪えるさ」


「どうぞ」


 ヒューリが男の用事も聞かず、備え付けの冷蔵庫の中に入っていたキンキンに冷えている麦酒エールの缶を渡す。


「これがツーカーの仲というやつか」

「勝手に言ってて下さい。ベルさんの邪魔はしないで下さいね?」

「あいよ。行ってくる」


 クローディオが走って市街地の方へと向かっていく。


「クローディオ大隊長はもう少し……」


 その背中を見ながら、ハルティーナがポツリと呟く。


「あ、お茶らけてるように見えましたか?」

「い、いえ!? そ、そんな事は……」


 思わず出た本音の続きを言い当てられてから、ハルティーナが口元に片手を当てた。


「あはは、いいんですよ。でも、きっと本当は真面目なんです。まぁ、女性の方を軟派してると団員の方からフィーには色々と苦情や恋愛相談みたいな話が舞い込んでるそうですけど」


 微妙に気まずい様子になったハルティーナが曖昧な顔で視線を逸らした。


「とにかく、私達の仕事はベルさんを護る事です。あの要塞線もベルさんがこれから寝ずに働く事が前提で完成がギリギリだとの話ですし、お世話は私達でしないと」


 グッとヒューリが拳を握る。


「は、はい!!」


 ハルティーナがコクコクと頷く。


「では、お仕事に戻りましょう」


 2人の少女が少年を甲斐甲斐しく世話する間にも都市を完全に海辺まで囲う巨大な壁はゴーレム達が専用の槌で杭打ちし、固定化され続けていた。


 次々に現れる建材を業者達が渡された資料に即して任された裁量圏内でどう積んで強固な要塞へと仕立てていくか。


 次々に話は進んでいく。

 壁の隙間の埋め方。

 壁そのものの強度の補強の仕方。


 更には要塞線の一部に開けられた巨大なゾンビ誘因用のルートである通常は外と行き来する為の大門など……彼らの前には山程の課題があった。


 *


 夜、少年に昼間程の集中は必要とされていないが、それでも魔導の延伸用のビーコンの効果圏内にいる為には殆ど中心から動く事は出来ず。


 夜間もまたキャンピングカーの停車した付近からは離れられない。


 そんな彼らの下に早くも大型のトレーラーが数台やってきていた。


 笛で安全確認されながら荷台から降ろされていくシートに包まれた大きな何か。


 周囲には簡易に照明が設置されており、トレーラーが掃けていくと荷物だけが残った。


 騎士団の大半は多くなっているゾンビの掃討に駆り出されている為、周囲へは配置されておらず。


 基本的には夜間も続く工事現場周辺と資材集めの同伴部隊のみが稼働している。


 今もまた要塞線に大量の資材を落し、夜通しの区画整理をし続けている少年であったが、昼間の忙しさによる集中も要らない夜間という事で座禅状態からは解放されて、今はシートに掛けられたロープを外していた。


「ベルさん。これ何ですか?」


 共にロープを外しながら、ヒューリが訊ねる。


 ハルティーナは周辺警戒の為に手伝えない事を済まなそうにしながらも、周囲をウロウロして己の任務に務めていた。


「あ、はい。この世界の重火器って携行用のものしか複製してなかったので回路みたいなものが付いてない威力の高い火砲なんかを用意して貰えないかと頼んでたんです」


「ああ、そういう」


「炸薬自体は幾つかの材料を原子変換しなきゃいけませんが、それ以外は殆ど採掘で手に入れられる範疇ですし、都市の無人区画内から結構爆薬に使えそうな材料も集まったので倉庫で色々保管してて……」


「遂にベルさんの一人軍事工場が稼働しちゃうんですね(ゴクリ)」


「その呼び方は色々と……」


 汗を浮かべながらもシートが剥がれる。


 すると、内部から出て来たのは長大な砲身を持つ迫撃砲と榴弾砲が一門ずつ。


 しかし、次々にシートが解かれると錆び付いていたり、まだ使えそうなものまで中には高射砲なども大量に混ざっていた。


「これがこの世界の兵器……」


 ヒューリが繁々と見やって、どれもこれも洗練され野戦ならば、便利そうという印象を持った。


 騎士は軍程の装備を今や持ち合わせないのが当たり前だったが、魔力有りだと新型兵器はそれを強化して使うというのが大抵選択肢に入っており、一応は軍の火砲に関する知識も学ばされる。


 ベルがその中でも目を付けたのは3つ。


 40mmの機関高射砲。

 120mmの迫撃砲。

 155mmの榴弾砲。


 どれも一応はもう使えない砲弾が共に現存しており、少年の魔導で解析すれば、元々の炸薬も全て製造可能な範疇だった。


「ええと、番号順に使った事のある人が決まってて、この人達を明日には召集して守備隊の皆さんや親衛隊の人達に装備を下げ渡す事になってるので」


 インカムを懐から取り出して番号を告げた少年が展覧会染みた砲身の合間を縫って歩き、必要とした三つに触れてからキャンピングカーへと戻っていく。


「アレはそのままでいいんですか?」


「あ、はい。明日には元の持ち主の方に返すので。今、構造でディミスリル皮膜合金で置換出来るところを全部置換して全体の重量を削りながら強度を増してるところです。魔術を構成する要領ですから、明日にはたぶん従来品よりも軽くて丈夫になってると思います」


「性能を良くした後はどうするんですか? 要塞線の上に並べたり、ですか?」


「はい。基本的にゾンビの大群の集中する場所には火砲を。その他は敵の通り道を作って誘導、いつも通りの視線誘導弾で対処します。ただ、空の敵と大型の敵が来た時用に威力が欲しかったのもあって……」


「つまり、あの組体操してるやつとか光る巨人とか、培養ゾンビ用ですか?」


「はい。ミニガンを大量に製造して、要塞線より少し後方に造る迎撃用のキルゾーン内に設置して外に向けて撃つ形になるかと」


「あの壁、薄いとは思ってたんですけど、基本的には敵を絞る為に使うんですね」


「あ、分かりますか?」


 ヒューリが頷く。


「家の個人所有で今は観光地になってるお城も内部に引き込んで敵を出血させる用の罠が満載だったので」


「それで大体合ってます。あの壁だけでも敵の数はかなり倒せると思うんですけど。基本的には……」


 少年が地図に要塞線のラインと市街地の旧外壁までのラインを朱く射線で埋め、入口となる門を書き足した。


「この赤いライン内に建造するゾンビの物量を全て削ぐ為の設備が肝です。ゾンビを壁で防ぎつつ、流れを制御して誘導。流れ作業で倒せるようにします」


 少年が後方スペースに入ってからヒューリが素早く入れた紅茶を頂きながら、そう静かに呟く。


 ハルティーナはまだ車両の外を警戒しているようで今は二人切りであった。


「ベルさんは凄いです……」


「本当に凄いのはこういう事を今まで考えて積み重ねて来た人達ですよ。ゾンビが人間みたいに考えて戦術を使って攻めて来たら、僕はきっと勝てませんから」


 自嘲でも何でもなく。


 いつでも同じ答えを返すだろう少年にヒューリは『そうじゃない。そういう凄さじゃない』とも言わなかった。


 少年が創るものは凄いとは思う。


 しかし、少女にとって、それ以上に凄いのはその不屈の心だ。


 自分ならば、もう戦いたくないと投げ出すかもしれない重症から立ち直ったばかりの身体で、それでも無理を推して自分は大丈夫だからと笑顔を見せる強さだ。


 決して不死者とてただ何も感じない無感動な存在ではない。


 少なくとも少年はそうではない。


 だが、酷い目に合っても前を向いて歩いていける強さが少女にとって何よりも凄い事に違いなかった。


「ベルさん……」

「はい。何ですか?」


 いつもと同じ笑顔。


 いや、少しだけ疲れを隠した少年の微笑みにヒューリは傍に座って真直にその瞳を見つめる。


「……ベルさんが故郷にいた頃の事。聞かせてくれませんか?」


「え?」


「私の過去をベルさんは知ってるのに私はベルさんの事を知りません。それって……ズルいです」


 少しだけ我儘な少女の言葉。


 それに思ってもみなかった事を言われた少年はポリポリを頬を掻く。


「つまらないと思いますよ?」

「いいんです!! 私が知りたいんです!!」


 その真剣な瞳に少年は何から話したものだろうかと少しだけ虚空を見つめる。


「僕の故郷は帝国南西部オリアラって国です。たぶん、聞いた事も無いような場所だと思いますけど、昔に帝国の併合勧告を受け入れた山間の国で山と森と川以外は何も無いような所です」


「自然豊かってそこは言ってあげましょうよ。仮にもベルさんの故郷なんですから……」


 少女がそう真剣に言うものだから、思わず少年の顔には苦笑が零れた。


「本当に何も無いんですよ。何か産品が取れるような場所でもない。食料が取れる穀倉地帯も無い。深い森に動植物はいましたが、単なる採取だけで命懸け。天然の険しい山と食べ物もあまり取れない土地。恐らく平和である事以外はきっと生きる事も厳しい地方諸国の場所とそう変わりません」


「故郷が嫌いなんですか?」


「いえ、そもそも嫌いかどうかを議論する以前の問題として、そんな事を話せるような数の人もいませんでした。村々の人達は都会がある他の帝国領地へ出稼ぎに行って、戻って来ない人も一杯いました。だから、そこに派遣されてくる人達は其処を人生の墓場なんて呼んでいた」


「生きる事が厳しい土地、だったんですね……」


「残っているのは老人ばかり。子供がいたら、大きくなれば絶対に他の領地に行ってしまう。だから、村の外の事を教えないような場所もあったってお爺ちゃんは言ってました……そして、そんな場所だから死を研究するような一族も居付く事が出来たんだって……」


「ベルさん……」


 少年は今も故郷が見えているかのように僅かに懐かしそうな瞳となる。


 しかし、それは望郷というには何処か寂し気で。


「僕は子供の時から何か故郷に不満があったわけじゃありません。時々、人がお父さんやお爺ちゃんに病気や怪我を直して欲しいって来る事はありましたけど、子供を見る事は滅多に無かったですし、友達もいませんでした」


「人が少なかったんですね……」


「はい。けど……ずっと、此処で生きていくんだと思ってた……それを不自由とも思わなかった」


「でも、ベルさんは……ガリオスに来た」


「家族が死んだ事は純然たる事故です。大災害の際、山が崩れて……周辺に生活していた人達は無事だったんですけど、家は潰れてました」


「ご、ごめんなさい」


 思わず少女が謝る。

 それに緩々と少年は首を横に振った。


「一応、掘り出せるものは掘り出したんですけど、お爺ちゃんもお父さんもお母さんも皆、ただ血の染みだけ残って後は……でも、それで絶望したりしたわけじゃないんです」


「え……?」


「いえ、皆死んじゃいましたけど、全員ちゃんとそれなりの人生だったと思いますし、哀しい事でしたけど……前に教えた通り、僕の瞳には死が定量化して見えます。価値のある死かそうでないかも分かります」


「―――」


「だから、死んだ事は悼みはしても、僕にとっては現実的にこれからどう生きていくのかの方が重要だったんです。実際、僕は薄情者だったと思いますし」


「そんなッ!?」


 何処か寂しそうに笑う少年を無性に少女は抱き締めたくなった。


「掘り出した荷物と売れるものだけ持って、翌日には街に出る事を決めてました。思い出もあった家だったし、家族だって其処にいた。でも、僕にはそれが本当の意味で致命的な事じゃなかった……」


 きっと、それこそが少年と普通の誰かとの。


 いや、自分との差なのだと理解しながら、少女はただ少年を見つめ聴く。


「それに魔術も伝えていく事は義務だと思いましたけど、実戦する程に好きじゃなかった。だから、こうして魔導を使って……お爺ちゃんやお父さん、お母さんはきっと僕に魔術をこれからも極めていって欲しい。伝えて行って欲しいと思ってたはずです。その半分を僕は放棄した……だから、やっぱり薄情なんです」


 それは少年にしか分からない世界。

 少年にしか感じられない視界の先にある話。


 想像出来ても実感するには決して常人には想像し得ない断絶かもしれず。


「良くお爺ちゃんは言ってました。死は始まりだと」


「死が始まり?」


「この世界に魂が還り、世界を広げ、そして……また魂はこの世界の何処かに生を受ける。それがこの星なのか。過去なのか。未来なのか。それは誰にも分からない。でも、それはやがて来る始まりの一歩……そう……」


「転生とか、そういう?」


「いえ、お爺ちゃん達は大魔術師でした。そして、恐らく大陸で最も死の研究を推し進めた術師だったと思います。その言葉が真実なのかどうかは僕には分かりませんけど、そういう真理に到達してたんじゃないかと」


「凄いご家族だったんですね。皆さん……」


「技能と研究をする以外は普通でした。僕は魔術は好きじゃありませんでしたけど、家族はきっと大好きでした」


 その家族の願いを半分自らの意思で放棄した。


 それがどれだけの決断でどれだけ少年自身を責め苛む出来事であったか。


 優しいからこそ、薄情だと自分を行ってしまえる姿に少女は胸が痛んだ。


「普通にご飯を一緒に食べて、泣いて笑って怒って遊んで眠って……普通の子供がどういう生活をしているのか見た時、僕は初めて……僕の家族が僕を本当に子どもとして育ててくれていたんだと知ったんです」


 少女は何も言えなかった。

 死体を子供として育てる。

 それは一体、どういう気持ちなのか。

 分かりもしなかった。


 だが、その子供が今目の前で少女に笑い掛けていて。


 確かに少女はその少年を掛け替えの無い相手だと感じている。


 それだけでいい気がして、それだけでいいのだと納得すれば、確かにその言葉は少年と共に全て真実に違いなかった。


「僕が死体だしても、皆家族だった……物心付いた時から、僕には死人や幽霊と自分の違いがそんなに分かりませんでした」


 そう言いながらも少年は笑みを浮かべる。


「でも、色々知った今だから言えます。僕は皆の家族で良かった。皆に育てられて良かった。ただの死体や幽霊には出来ない経験をさせてくれたお爺ちゃん達へ本当に感謝してるんです」


「ベルさん……」


「ヒューリさん。僕の家族はもういません。でも、今ヒューリさん達は僕の目の前にいます。だから、僕に恩返しをさせて下さい」


「そんなの―――」


 少年が少女の唇をそっと人差し指で閉ざした。


「死体が動いてるなんて気持ち悪いかもしれませんけど……命を助けてくれたって言うのもおかしい話なのかもしれませんけど、それでも―――」


 少年はニコリとする。


「僕に沢山の経験と思い出をくれたヒューリさんやフィー隊長やクローディオさんに……何か助けになればと思うんです」


 助けになれば、そんなの言われなくてもずっと助けられている。


 そう言いたかったが、少女はまだ言葉に出来なかった。

 少年がもっと先を見つめていると知っていたから。


 もっと、自分達の役に立ちたいと頑張り過ぎてしまうと理解していたから。


「何も知らずに田舎から出て来た僕が誰かの役に立てて、こんなに大切にして貰えて、仲間になれた……皆さんには感謝しかありません。だから……」


 指を唇から離された少女は涙を決して見せまいとグッと堪える。


「………じゃあ、これから心配させないで下さい!!」


「え?」


「腕が無くなっちゃうとか!! お腹から下が半分になるとか!! 無茶しないで下さい!! ベルさんが死んじゃったらと思うと私、夜も眠れないんですから!!」


「は、はい!! でも、僕は最初から―――」


 その言葉を少女は言わせない。


「―――それから!!」

「はいッ!?」


 思わず背筋を伸ばした少年をギュッと正面から少女が抱き締めた。


「自分を大切にして……下さい……」


 ポタリと一滴、少年の頬に雫が流れ落ちる。


「……ヒューリさん……」


「ベルさんがどれだけ大丈夫と言っても、私はベルさんが死んでるからとか、死体だからとか、そういう言い訳で傷付くのなんか見たくありません。私が同じだったら、ベルさんは嬉しいですか?」


「そ、そんな事!?」


 少年が抱き締められながら上を見上げる。


「なら、約束して下さい。自分を大切にして……心配掛けないで……」


「約束、守れるかどうか分かりませんけど。でも、心掛けます……ヒューリさんに泣かれちゃったら、僕には慰めてあげられるような言葉はきっと無いですから……」


 現実的なようでいて、やっぱり何も分かっていないようにも思える何処か恍けたような少年の優しい笑みに……ヒューリア、彼女は少しだけ腹が立った。


 きっと、少年はこれからも仲間へするように、心配を掛けないように護ろうと、そう無茶をする。


 ああ、少女がどうしてこんなにも少年を気に掛けているのか。


 そんなのきっと想像もしていない。

 だから。


「……分かりました。ベルさんに魔法の言葉を教えてあげます。もし、私が泣いていたら……次からはそうして下さい。きっと、ベルさんにはこれくらいしないと私の気持ちなんて分からないんです」


「ぁ、あの?」

「目を閉じて。しっかり、聞いてて下さい」

「え、ええと」

「聞・い・て・て・下・さ・いッ」

「は、はい!!」


 少女の膨れた顔に少年がギュッと目を瞑る。

 月灯りは未だ掛かる。

 その鋼と分厚い硝子の下。


 抱き締めた少年を離して、少女は優しく、その言葉を教えた。


「ん……」

「―――」


 言葉も止まる静寂。


 短かったのか。

 長かったのか。


 そう広いわけでもないスペースで少女は初めての行為に頬を染めながらもまだ目を閉じてプルプル恥ずかしそうに震える少年に微笑む。


「約束ですよ?」

「ぁ……あ、ぅ……は、はぃ……」


「ふふ。じゃあ、ハルティーナさんを呼んで来ますね。ベルさん……私達がすぐ傍にいるんですから、何かあったらすぐ呼んで下さい。今日はスーツのまま寝ますから」


「ぅ、ぅぅ……は、はぃ」


 まだ恥ずかしそうな少年に機嫌を良くして、少女は立ち上がり、ハルティーナを呼びに外へと出ていく。


 しかし、彼女は知らない。


 その窓際に移る彼らの事をしっかりと外で護衛していた彼女が見ていた事を。


 そして、思わず赤くなり、両手で顔を覆い『見てはいけません。見てはいけません』と念仏のように唱えながらも、顔を逸らせずに思わず指の隙間から見てしまっていた事を。


 その夜、殆ど眠れなかった二人と差し置いて、元お姫様は快眠であった。

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