第44話「旅は道連れ」

「ベル。今回の一件でお前には護衛が付く事となった」

「護衛?」


 避難民を受け入れで更に帰還までの日数が伸びて数日。


 終に装備のロールアウト寸前という時。

 少年はフィクシーからそう聞く事となった。


「ああ、入ってくれ」

「失礼致します」


 少年が横を向くと扉の先に待っていたらしい相手がいつも少年とフィクシーが詰めていた建物内で一指乱れぬ凛とした様子で入って来る。


 その相手を一言で表すならば、碧玉だろうか。


 まるで翡翠のような色合いと透明感を宿した瞳と長髪が編み込まれた三つ編み。


 しかし、意思の強そうな目元と何処か静謐さも見える何処か軍人や騎士とも違う特有の気配。


 その背中は少年よりは大きいが、どっこいどっこいだろう。


 ただ、鍛え込まれた事だけは分かる肉体は少年のひ弱ボディーとは掛け離れた強度に違いない、という事だけは当人にも分かった。


 拳を保護する革製のグローブと鋲で留められたナックルガードが少年には相手が徒手空拳の達人である事を伝えていた。


「フェイルハルティーナ・フォン・クロングベルグ・ザイトラータ。団長のスカウトで幼年組として編入される事になっていた騎士見習いだ」


「フェイルハルティーナ。11歳です。これからどうぞよろしくお願い致します」


 子供特有の声の高さが気にならない程に冷静な様子。


 そして、何よりも凛然とした立ち振る舞いからは余程に鍛え込まれ、教え込まれたのだろうことが見て取れた。


「ええと。ザイトラータ、さん?」


「いえ、私は見習い。ベルディクト様は今や騎士団の兵站を全て預かる責任者です。私の事はフェイルハルティーナ。呼び難ければ、フェイル、ハルティーナ、どちらでもお好きに御呼び下さい」


 ジッと見られている気がした。


 そう、自分の護衛対象となる少年を推し量るような色が彼女の瞳にはしっかりとある……それは少なからず好悪というものを超えて、極めて冷たい。


「護衛の件は病床の副団長の発案だ。事実、今までお前を助けて来たのは私やヒューリやクローディオだったが、団として行動する以上、いつも私が傍に居られるものでもないだろう。彼女を選んだのはお前と歳が近く、この世界で共に行動しても然して不思議がられず、同時に実力もあるからだ」


「光栄です。サンクレット副団長代行」

「大隊長でいい」

「分かりました。大隊長殿」


 何処か自分にとは違う。


 明らかに少しだけ憧れがあり、何処か柔らかい感じがする応答。


 それは冷静な瞳の前では一見して分からないもので、ほんの僅かな変化だったが、確かに少年には理解出来る程度の憧憬の色に違いなかった。


「基本的に寝ている時以外は一緒だと思って欲しい。私や他の団員がいる場合は傍を離れて用事を頼む事も可能だが、単独行動は今後謹んでくれ。お前がいなくなったら、我々もまたこの世界で滅ぶ事になるのだからな? ベル」


「は、はい……」


 クシャクシャと少年の頭が撫でられた。


「私はホセ殿と今後の旅程を話し合って来る。明日には新装備もロールアウトだ。全員分の身体データは魔術方陣で一括して魔導方陣側へ送ったが、不備が無いかどうか確かめておいてくれ。調整も一括なのだから、間違いが無いようにな」


「は、はい」


 フィクシーが出ていくのを見送って、少年が横の碧玉の少女を見る。


「え、ええと、ダイトラータ、さん?」


「さんは付けなくても結構ですよ。フェイル。もしくはハルティーナと呼んで下されば十分です……」


「ぅ……ええと、ええと……ハルティーナ、さん? でいいですか?」


「……はい」


 少女が頷く。


「その……何か武術を習ってたり、しますか?」


 ハルティーナが頷く。


「私の家はガリオスの騎士として剣ではなく東部の徒手空拳での戦闘を得意とする古流を受け継いでいます。道場のようなものは開いていませんが、一子相伝の技は一通り。師父達から言わせれば、まだ甘いが戦場には立てるだろうと言われました」


 少年に向き直り、自然体で話し掛けて来る少女を少年は一目で苦手な人種であると理解する。


 人の顔色を伺う人間であるところの少年は逆に視られていると落ち着かないタイプなのだが、相手は平静を心掛ける武人の家の出で……ついでに常にフラットな状態で精神状態を保っている。


 こう人間味は見えるのだが、話し掛けたり、仲良くしようと思えば、時間が掛かりそうというか。


 打ち解けようにも取っ掛かりが彼には見えない相手だったのだ。


「徒手空拳、古流……」


「魔力形質は【打撃置換魔力形質バトゥオ・ムート・マギシス】……珍しいですが、自身の五体で打った一撃そのものから魔力を得る自己再生産型です。半概念魔力の類ですが、概念域とは繋がっておらず、事象から魔力そのものを得るタイプです」


 少年がその本当に珍しい魔力形質に驚く。


 大陸において無数にある魔力形質の中には少年が継ぐような概念魔力と呼ばれる強力無比にして概念域と呼ばれる高次空間から魔力を引き出す代物も存在するが、大抵は元々存在する生命力や世界に遍在する魔力、純粋波動魔力と呼ばれるようなエネルギーの類を指して呼び、用いるのがポピュラーだ。


 だが、人間の脳が認識する事で励起する魔力はあらゆる事物、現象、概念に宿る為、それらを用い一見しては魔力を得るという行為には見えない事を魔力として見出す者達もいる。


「つまり、強い打撃や良い打撃みたいなものを打てば、魔力が得られるって事でいいの、かな?」


「よろしければ、実演しますが?」

「は、はい」


 少女がまるで当然のように室内で型打ち。


 剣で言うところの素振りのように決まった肉体の動作で打撃を一発放つ。


 すると、少年にも分かる程に色濃く。


 碧色の転化光を伴った力が少女の拳の先から少女の肉体を渦巻くように流れて体内へと還元され消えていく。


「私の流派は大陸東部の文字では招き演じ奏でる拳……【|招演奏拳(しょうえんそうけん)】……と書きます」


「招き演じ奏でる……」


「私は打撃を放つ度に賦活と再生が可能ですから、ある程度の連戦が出来ます。ですが、魔術の才が無いので重症などを負った際は逃げて下さい」


「え? いや!? そ、そもそも重症とか負わせないようにするのが僕の仕事ですから!!」


「これからよろしくお願いします。ベルディクト様」


 静かに一礼した年下で背丈が上の少女を前に少年は考える。

 果たして目の前の相手は一体どんな人なんだろうと。


 そして、ようやくベルさん分を補給出来ますとやってきた少女が見たのは少年の半歩後ろに付いて回る普通に考えても美少女だろう自分より歳若い凛とした女の影であった。


『ベ、ベルさんが女の人を連れてるッッッ?!!』


 なまじ、上流階級で育った彼女にとって、女性が半歩後ろを付いていく姿は正しく父や母の姿を彷彿とさせ、衝撃にしばらく固まる事になったのだった。


 *


 冷たいというのとも違う少女の瞳に晒されながら食料生産現場で魔導で芋を処理し、薬草を自家栽培して薬効抽出した成分を薬として患者達の傍に置いて、経過観察しながらカルテを書き、装備を仕上げる為に造った整備用の倉庫で魔導方陣をあちこちに展開しながら刻印を焼き付け、というような時間を過ごしたベルだったが、途中で自分の後ろにいる相手と一言も会話が無かった。


 忙しいというのもあったがこう話し掛ける切っ掛けが無かったのだ。


 しかし、ようやく昼時。


 何か食事の話題を振ってみようと決心した彼はまだ吐き出していなかった缶詰を一つ取り出して、生芋を貰い、野営地内に新たに造っていた竈横でナイフ片手に2人分の芋を剥き始める。


「……手伝いましょうか?」

「あ、ナイフは使えますか?」

「はい。嗜み程度ですが」


 ハルティーナが差し出されたナイフの柄を握ってシュルシュルと少年よりも上手く芋の皮を剥いていく。


「う、上手いですね。ハルティーナさん」


「祖父が刃物の扱いを覚えておけば、どのような戦場だろうと生きていけるし、どのような環境でも困らないと。そう教えて頂きました」


「へ、へぇ……」


 2人分の芋がザッと乱切りにされて水に入れられた。


 更に騎士達が術式で干した乾し野菜、塩と缶詰が投入され、調理場の横で少年が地面の珪素を伸ばして焼結させ、四脚の椅子を二つ造って片方に座る。


「あ、どうぞ」

「……はい」


 ちょっとだけ『お構いなく』という言葉で辞するか悩んだハルティーナだったが、大人しく座る事とする。


「「……」」


 2人の間に会話は無い。

 それも当然だ。

 出会って数時間。


 ただ後ろに付いてくる少女は少年に何も言わず本当に周囲に問題が無いかを確認しているだけだったのだ。


「ハ、ハルティーナさんはガリオスの騎士の家なんですよね?」


「はい。曾祖父の代に国王へ仕え。地方の混乱の平定や国内の治安維持に尽力したと聞き及びます」


「中央で大陸東の武術をそのまま伝承しているのは珍しい気がします」


「そうかもしれません。我が家以外にも源流として東方の流れを組む武術はありますが、完全にガリオスで現地化されていますから」


「今は確か西方の武術が大勢を占めてるって聞いた記憶が……」


「ええ、大陸西で始まった東方武術の流入と冶金工学の発展により、専門の武具と技術を用いて独自にあちらは発展し、大陸中に広まりましたから」


「ハルティーナさんの【|招演奏拳(しょうえんそうけん)】は戦う時、どういう特徴があるのか聞いてもいいですか?」


「はい」


 頷くハルティーナの顔が微妙に柔和になったような気がして、少年は少女が本当に自分の流派に誇りを持っているのだな、と理解する。


「ザイトラータの流派は主に相手を誘い込んで、敵の油断を誘い、カウンターで仕留める事を旨としています」


「カウンター、ですか?」


「重火器や遠距離からの魔術に対しては脚で距離を詰め、敵の攻撃を誘発させて隙を狙います。近接格闘や接近戦主体の相手ならば、相手の大振りや一撃を誘発させて、相手によっては攻撃準備中や攻撃直後に討ち取るものです」


「な、何か凄く技術が要りそうな流派なんですね」


「ええ……全て命懸けとなりますし、伝承者が早死にするのを防ぐ為、流派を十全に使えるまでは軍にも出されないのが通例だったと聞きます。そういう意味では大陸中央は流派にとって伝承者を安定して育てられる場所かもしれません」


 少女が己の手を見つめて、拳を握る。


「そう言えば、ハルティーナさんも団長さんに騎士団へ誘われたんですか?」


「はい。元々、家の流派は騎士団に所属していましたが、何処も解体されたり、解散されたりしていて……師父達も喜んで後押ししてくれました」


「騎士になる事はガリオスだともう難しいと話には聞きましたけど……」


「はい。成れる場所がそもそも少なく。残った数少ない騎士団に来てくれないかと言われる事も中遠距離主体の戦闘方法が確立された昨今ありませんでしたから」


 少年にもそれは想像が付いた。


 大陸中央諸国が保有する軍の多くが重火器主体と魔術の混合で現代戦闘体系を築いている昨今。


 剣や拳のような間合いが限られる武術は銃でどうにもならないような相手に対して投入される。


 だが、そういった相手そのものが大陸中央を軍事的に実質的支配下に置く七教会の戦力によって蹂躙される運命である為、武術流派の多くは大陸中央から地方に移っていったり、あるいは七教会の部隊に参加する事が多いとされていた。


「師父達もまた護衛任務が禄を食む手段でした。私も何れはそのような仕事に就くか。あるいは格闘家のようなスポーツ選手になるかと……家では……」


 そう話す少女の顔は何を考えているのか少年には窺い知れない。


 だが、芋が煮えた様子となったので少年はすぐ様に外套内から碗とスプーンとお玉を出して一人分の芋汁を少女に差し出した。


「はい。どうぞ。ハルティーナさんの分です」

「え?」

「僕は小食なので。一緒に食べて貰えれば」

「あ……は、はい」


 虚を突かれたような顔の少女だったが、すぐに受け取る。


 そして、一人分にしては多かった具材に気付いて、最初から自分に振る舞う為に少年がわざわざ食事に時間が掛かる鍋を選び、缶詰を入れたのだと理解した。


 今や缶詰は貴重品で芋汁は塩と野菜で味を決めるのが大半。


 缶詰をまだ保有しているのは少年と一部の隊長クラスの人員のみで彼らにしてみても、もしもの時の為に貴重な保存食は未だ開けずに保管している。


「あ、ありがとうございます。私のような若輩に貴重な保存食を……」


「あはは……大げさ過ぎますよ。僕が一人で食べるには多かっただけですから」


「……はい。ありがとうございます。ベルディクト様」


 自分が負担に思わぬようそう言った少年の手からスプーンも受け取って、二人での食事となる。


 横に座って食べ始める少年が少女の方を向いた。


「その、それと……出来れば、僕の事はベルって呼んで下さい。皆、そう呼びますから」


「いえ、ですが……」


 少年の傍にいる人々。

 それがどんな人々なのか。

 少女とて知っている。


 今や副団長代理となった大魔術師フィクシー・サンクレット。


 ガリオスの英雄クローディオ・アンザラエル。


 ガリオス王家の出であるヒューリア・レイハウト・イスコルピオ・ガリオス。


 誰も彼も祖国ならば、重要人物と呼べる人々だ。


 それを皆と呼ぶ少年もまた今や彼らの生命線を握る者に違いなく。


「私は……一介の騎士見習いです」

「でも、僕の護衛なんですよね?」

「はい」


「じゃあ、お願いします。あんまり、本名を呼ばれるのは慣れてなくて……」


「……解りました。


 妥協案の提示で少年も少し恥ずかしそうにしながらもコクリと頷いた。


 そうして二人が前よりは少し打ち解けた様子で芋汁を食している様子を遠間の物陰からヒューリがプルプルしながら見つめていた。


『ベ、ベルさんがと、年下の子とあんなに楽しそうにッ!? うぅ?!』


「あ、ヒューリさぁ~ん。フィクシー大隊長が呼んでるっすよ―――」


 グシャアッ。


 アフィス・カルトゥナーは伝令という名の雑用任務中、話し掛けた瞬間、肩を捕まれて驚いた少女の微妙に魔力が籠った反射的な裏拳で頬を打ち抜かれた。


「あ、ごごご、ごめんなさい!! 大丈夫ですか!? ウェーイさん!?」


 しかし、形の変わりそうな顔になりながらも、少女の手が自分の頬に触れて治癒魔術を展開するのを見て。


(これが姫騎士の手……や、柔らか……ぁ………(昇天))


 ナンパ魔術師は何処かの満足した英霊みたいな顔で気を失ったのだった。


 *


 翌日、少年は倉庫で多くの団員が見守る中。


 倉庫内の床にポケット拡張用の導線を張り巡らせ、魔導方陣を展開しつつ、ブツブツと新式の装備の生成へと取り掛かっていた。


「……サイズ変更、体型データ入力、表層メッキ加工処理……装甲のディミスリル皮膜塗布……一体成型開始」


 少年が両手を付いた巨大な魔導方陣が倉庫中央で耀き、その上の導線で括られた内部からまるで冗談のようにゆっくりとフィクシーが着ていたライダースーツに似た薄い褐色の衣装が幾つかの造形を変更された様子で浮き上がり、最後にはパサッと呆気なく落ちた。


 更に続けてフィクシー達が使っていたディミスリル皮膜を用いた赤銅色の装甲が下から浮き上がりゴロンと一式が一斉に音を立てて転がった。


 重火器類までもが、その横には湧き上がってくる。


「ふぅ……」


「総員!! 隊に割り振られた番号順で並べ!! 全装備試着後、実践訓練とする!! 訓練後、動きに支障がある者や体型が合わない者、違和感を覚えた者は調整する!! まずは1時間だ!!」


 フィクシーが団員達に号令を掛けると同時に倉庫内の天井からカーテンが引かれ、男女別でゾロゾロと動き出した団員達が次々に新装備を受領していく。


 傷病者や警戒待機中の人員の分はその隊の人間が持っていく事になっている為、さっそく軽装用の装甲と剣と重火器込みで5kg前後という重量に誰もが驚く事となっていた。


『オイオイ。この装甲、この薄さで大丈夫か?』


『重火器類も前に団で使っていた物より軽い。弾丸抜きでもこの重さか』


『ねぇ~剣が軽過ぎて笑うんだけど』

『弓が金属製の本体と樹脂製の矢?』


『ぅ~~ん? このスーツ? これ何か変な感じがして』


『おーい。スーツ着用時は下着使うなぁ~~説明書に書いてあるぞ~』


『え~~~下着無いの?』


『うっそぉ……あ、でも、このスーツには下着補正みたいな効果があるって』


『汗は吸い出されるから、垢なんかは魔術で処理してねって事みたい』


『動き難くは無いが、全裸で動いているような不安さが……』


『装甲の装着誰か手伝ってよぉー』


『何だこのバイザー? フィクシー副団長代行が使ってるのみたいだな』


『何だ? 股間に優しいこのフィット感は!!?』


『デリケートゾーンには気を使ってるのね。あの坊や……やるじゃない』


『ええと、完全武装時はこれに弾薬の重さと各種外套……盾まで標準か』


『追加装甲もあるみたいですね。隊長』


全身鎧フルプレート装備に全武装、持てる弾倉を全て載せても全重量30kg前後か』


『フル装備でソレか。魔術も魔力も使わずよくやるものだ』


『長距離行軍時でも肉体を魔力で賦活強化すれば、フル装備でも行けるな』


『一部の魔力が高く筋力に恵まれている者はそうなるか』


『剣、弓、小銃、盾、装甲……盾には剣、小銃、装甲が接続して持ち運べるし、そのまま銃も撃てる仕様のようだな』


『銃盾か。祖国では軍が常に魔力の筋力強化込みで運用するって話だったが、こいつの軽さなら生身でもイケる』


 ガヤガヤと自分達の装備について品評していた団員達だが、制限時間内には与えられた全ての装備を着こなし、倉庫内で整列する事となっていた。


 その姿は従来の騎士らしいものとは打って変わって、インナースーツ状の衣装の上に軽装用の装甲を身に纏って、外套を着込み、その下に重火器をぶら下げて、盾を背中に装備するというものだった。


 頭部保護の為にフィクシーが用いているようなバイザー……否、それを大本にして創られた代物が全員の視界を確保している。


 チャンネル越しの反応を確認出来る位置確認用のビーコンが変形したような代物であり、渡された術式に反応し、数km範囲内の全ての味方の位置が分かるのだ。


 少年が使う魔導延伸用の金属棒を応用した代物は魔術的な代物だが、まるで七教会の積層魔力などを使って駆動する旧式の高格外套に内蔵されているような……汎用性と利便性に優れた機能を有し始めていた。


「各隊の行動を開始!!」


 フィクシーの言葉に今まで使っていた外套以外の衣装と装備を纏めて片付けた彼らは外の広い訓練用の用地で立てられていた計画通りに動き始めた。


 その動きは軽装とはいえ、決して少なくない装備を全身にぶら下げていながら、軽やかなものであり、本人達もまた驚いたり、感心したりしていた。


 その少し後方の建物では避難民達が騎士達の動きに驚き目を丸くしている。


「おーおーやってるやってる」

「凄いです。あんなに装備を持ってるのに……」


 今現在、何処の隊の所属でもなく。


 フィクシーの直属という事になっていたクローディオとヒューリが外回りの偵察と病人の治療から戻ってきて、倉庫内でようやく一息吐いていたフィクシーとベルの下へとやってくる。


「ベルさん!!」


 少女が今の今までベル成分を補給出来なかった時間を取り戻すかのようにギュッと後ろからぬいぐるみのように抱き締めた。


「ヒューリさん。クローディオさん。お疲れ様です」

「いや、お前の方がお疲れだろう。ベル」


 クローディオが実際に集中したせいか額に汗を掻いていた少年の頭をワシワシと撫でる。


「い、いえ、フィー隊長に比べれば」


「そう謙遜するな。実際、あの団員達の様子を見れば、この装備が如何に優れているのかが分かる。七教会程ではないしても、今まで我々が使っていた装備とは雲泥の差だ」


「あ、ありがとうございます」


 さすがに少年が自分の仕事を褒められて嬉しそうに頭を下げた。


「では、我々の装備もそろそろ見せて貰おうか」

「分かりました。もう調整も終わらせてあるので。こちらに……」


 倉庫内に造られた一室へと少年が全員を連れ立って入り込み。

 魔力の灯りを室内で浮かべる。

 横にズラリと並んでいたのは5人分の衣装と装甲だった。


 *


 数日後。


 難民受け入れから結局帰還予定がズレた善導騎士団だったが、更にその間に新装備の実地での訓練を通した改修と隊毎のカスタマイズが行われた。


 各隊の人員の特徴に合わせての細かなパーツの軽量化なども施され。


 最終的にはフル装備で移動出来る魔力と筋力を持つ隊が副団長代行たるフィクシーの統率によって動く近衛隊として招集され、更に技能事に各隊のバランスが取れるよう再編も施された。


 結果として前よりも動きは良くなったと言えるだろう。


 部隊を一個の生き物のように統率するのは極めて訓練の時間が掛かる代物であるが、全部隊の状況がベルの造ったバイザーで共有されるようになった後に各隊の評価をフィクシーが全隊に配ってとにかく相互理解に務めさせた。


 自分の隊の弱い部分を排除するのではなく。


 互いにカバーさせ合う事で全員の生還を目指すと隊員達に言ってのけたフィクシーはその数日で名実共に副団長代理としての役目を果たしたと言える。


 こうして、その日が来た時。


 避難民達にもまたスーツが配られ、誰もが騎士達に迷惑を掛けまいと歩く事を決意した時、野営地を砂のように崩して未だ殆ど消費されていないディミスリルを己のポケットに納めた少年は外套をカッチリと身に纏い。


 人々と騎士達を先導するキャンピングカーへと乗り込んで、ゴーレムで操作しつつ、ゆるりと走り始めたのだった。


 騎士団の陣形は数十人の民間人を囲うようにして5個大隊が動くものだ。


 1個大隊は3個中隊。

 1個中隊は5個小隊。

 1個小隊は3人が基本的な人数となる。


 つまり、1個中隊は15人で1個大隊は45人となる。


 そして、近衛隊と傷病者を含めて総勢で400人近い人数が集団で移動しているのだ。


 全員が個別に水と食料を携行し、野営用の軽量化された天幕設営用の資材も各自が分担して持つ事で1個小隊から単独で行動出来るようになっている。


 近衛隊には特に脚力や速度、夜目に優れた人員が偵察機動隊として含まれ、クローディオが数日間実地で鍛えた。


 射撃と無音戦闘と偵察術や移動術を学んだ彼らは軽装で本隊の移動地点のゾンビの数などを観測後、無音での排除などを行う強襲偵察ユニットだ。


 その脳裏にはクローディオが今まで見て来たゾンビの情報が叩き込まれ、大陸北部で猛威を振るうという“光るヤツ”に付いても避難民達から聞き出して対策もバッチリ立てられた。


 ベルが先導する本隊より数時間先に進発していた偵察機動隊は最初のゾンビが多い地域までの進路の掃除を済ませ、軍用無線が届く範囲で一旦停止。


 騎士団の見習いである子供達は今現在魔力で肉体を強化しながら重要な任務である傷病者の搬送を行い。


 担ぐやら背負うやらしつつ、時速3km程で移動していた。


 女子供老人もある程度は肉体の温度や状態を快適に保つスーツのおかげで動けており、無理な行軍さえしなければ、移動は問題の無い状況。


 未だ起き上がれない者は騎士見習い二人に背負われ、道路などの道が平坦な場所に出た場合は装備された簡単に展開出来る四つ足車輪式の担架で引かれる手筈だ。


 それもこれも少年が今の今まで経験してきた事が全て役立てられている。


 大きくした荷物を運ぶ台車。

 要はそういう事であった。


 直線距離ならば、120km程だが、迂回しつつゾンビを倒しつつというルートは240km程にもなる。


 だが、今現在の騎士団ならば、然して戦うのは苦ではない為、クローディオの判断によっては更にルートが変更され、元来た道よりも距離が縮まる可能性があった。


 野営地を夜明けに出発した彼らが初めて迎える昼時。


 避難民の多くは騎士見習い達に運ばれている事に感謝した様子となっては和気藹々と交流していた。


 無論、言葉は殆ど分からない。


 騎士団には簡易に片言の現地語が教えられてはいたのだが、基本的に重要な事だけに絞っている。


 止まれ、進め、危険、引き返せ、一緒に来い、ありがとう、すみません、などのような実際に使われる最低限のものだけだ。


 それでもジェスチャーなどでコミュニケーションを取ろうとする避難民の子供や同年代、大人達の感謝にフィクシー達が合流していた当初、死んだ魚のような目になっていた彼らはこれが騎士団の仕事なのだと何処か顔付きが違っているようにも団の大人達には思えていた。


 そんな移動の中、ベルの左右にはヒューリとハルティーナが座っている。


 本隊の移動を最終的に指示するのはフィクシーであったが、ミニガンを搭載したキャンピングカーは進路上で何か危ないものが無いかと最終確認する為に重要な判断をする者が乘る事になっている。。


 殿である近衛隊とは真逆の前方にいる為、本隊の動きを左右するのはクローディオと変わらない。


 そんな重要な役目を熟すのが装甲の上にカッチリと外套を身に纏った少年少女だと知れば、騎士団の多くの者は大丈夫かという顔をしたが、それがベルであり、護衛のハルティーナであり、フィクシーの指揮の下で戦い抜いて来た今や見習いとは言えないヒューリであると解れば、納得せざるを得なかった。


「ベルさん。飲み物は如何ですか?」

「あ、はい。お昼時ですし、頂きます」

「はい。分かりました。“いつもの”ですよね」

「え、ええ……お願いします」


 ヒューリが甲斐甲斐しく少年に備え付けの冷蔵庫からピーチ味の缶飲料を出して横においた。


 テーブルの上に地図を広げて、ルート上においたチェスの駒を見ている少年が現在地と照らし合わせて、ルート上で処理されたゾンビの数やら移動速度やら白紙にカリカリと書き記す姿は昔よりも確かにしっかりしている。


「………」


 それを静かに横で見つめているハルティーナは無言だ、


 だが、その視線には護衛に付いた当初よりは僅かながらも感情が見て取れ、少しだけ尊敬するような色が混じっていた。


「ベルさん。どうですか? 予定通りに進めてますか?」


「あ、はい。元々、傷病者の方の移動速度に合わせてゆっくりに動くよう計画を立ててたんですけど、騎士団見習いの子達が頑張ってくれてるおかげで早めに道路にも出られました、此処からは避難民の方達の隊列を縦長からある程度は纏める事が出来るので互いの距離が縮まって護るのも楽になると思います」


「皆さん。頑張っているんですね……」


「そう言えば、ハルティーナさんは僕の護衛になるまで見習いの方達と一緒に行動してたんですよね?」


「はい。中隊規模で纏まって副団長の指揮下に入っていたんですが、半数程の方が飢餓で動けなくなって……もう半数の方もこのまま死ぬんだって自棄になって……副団長も彼らに掛ける言葉は無かったようで……殆どバラバラになってしまいました……そんな時でした。皆さんが来たのは……」


「そうだったんですか……」


 さすがに少年もハルティーナの言っている状況が予測出来た。


 騎士団見習いと言っても夏のキャンプみたいなものを団長は企画していただけで、騎士団そのものに最後まで在籍してくれるような人員をその中から見つけるのが騎士団としての趣旨だったに違いなく。


 幾ら戦える人材として選抜して受け入れていたらしいとはいえ、死とは程遠く平和な大陸中央の学生をしている少年少女が異世界でロクな食料も助かる当てもなくサバイバルなど無謀以外の何物でもないだろう。


 それは自棄になるのも仕方ない話に違いなかった。


「ですから、ベル様には感謝しています。皆さんがご飯を食べられて、清潔に身嗜みを整えられて、ちゃんと眠れるようになって……笑顔が戻って来ました……」


「ハルティーナさん……」


 少年はそう仲間達の事を感謝する少女の姿に自分がやってきた事は無駄では無かったのだと胸が熱くなった。


『ベル。問題発生だ』


「クローディオさん?」


 ザリッとノイズ混じりの音声がテーブル中央の無線機から発される。


「どうしたんですか?」


『最短ルートの前方の街に培養ゾンビ共がウヨウヨしてやがる』


「え―――」

「そんな?!」


 ベルとヒューリの驚きように未だ事態が上手く呑み込めていないハルティーナがきょとんとした。


「どうかしたんですか? バイヨウ?」


 少年が無線機に状況を訊ね始める。


「相手の動きと状況は?」


『恐らくなんだが、オレ達と行先は一緒みたいだ』


「シスコに向かってる? もしかして、この間の騎士の一件で危険視されたんじゃ……」


『可能性は高いな。つーか、尋常じゃねぇ数だ。少なくとも培養だけで300体は超えてやがる……普通のゾンビが10000体前後。北の方から向かって来てる。こいつは一時的にスタート地点に戻った方がいいかもしれん』


「フィー隊長には?」


『もう伝えさせてる。だが、今のオレ達の戦力なら恐らく倒せない事も無いだろう。それにあの人員が半数になった都市の戦力じゃ持たない可能性もある』


「引き続き監視を続行して下さい。フィー隊長と話してみます」


『ああ、了解だ。ああ、もうまぁた仕事が……はぁ』


 通信を切った後。

 少年がチャンネル越しにフィクシーと通信を開始する。


『ベルか? 話は聞いた。今の我々の戦力で倒せはするだろうが、お前の意見としてはどうだ?』


「無音での長距離狙撃で数を減らして、向かって来たら対物ライフルで応戦。車両で敵の側面からミニガンを掃射して引き付けつつ、北側から1大隊規模の戦力で遠中距離戦で分散して向かって来る敵を減らしながら後退……引き撃ち戦術でどうでしょう?」


『ゾンビの誘因が気になるが、それはそれで本隊ルートから逸らす囮にはなるか。後、今からクローディオの部隊と合流して叩くとすれば、2時間は掛かる。夕方までにはどうにかなると思うか?』


「フィー隊長は避難民の警護と殿を続けて下さい。大隊を一つクローディオさんの下に付けて先行させれば、恐らく先程の規模の2倍くらいまでなら無傷でこちらは戦えるはずです。対物ライフル30挺の使用許可を」


『分かった。では、現地での指揮はクローディオに任せる。お前達車両組は遊撃戦力として敵の陽動と囮だ』


「了解しました」


 今まで車両後方を付いて来ていた大隊が即座に1km程先を緩々と走るキャンピングカーの下へと走り始めた。


 少年もまた現在のクローディオがいる地点へと車両の速度を上げる。


「ベルさん。いよいよ本番ですね……」


「はい。一緒に頑張りましょう。上のミニガンはヒューリさんに任せます」


「ベル様はどうしますか?」


「僕は車両の横のドアを開けて、近付いてくる普通のゾンビを火器で掃討します。ええと、ハルティーナさんて魔術は……」


「……申し訳ありません」


「分かりました。じゃあ、魔術師技能の要らない普通の弾丸を……屋根で射撃中のヒューリさんの護衛と車体に到達しそうなゾンビの相手をお願いします」


 少年が自分が使うサブマシンガンと同じ物を二挺、懐から出して貸与する。


「周囲にゾンビが集まってきたらとにかく撃てば当たりますから。弾が無くなったら弾倉が交換出来なさそうなら捨てちゃっても構いません」


「分かりました」


 頷くハルティーナがしっかりと銃を握り締めて頷く。

 こうして、夜間戦闘を避け、都市を護るべく。

 騎士団の初戦闘が開始されるのだった。

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