第72話
リゼはクエスト場所に到着する。
除草と清掃は川原になるので、土手を下りる必要がある。
川原に下りる階段などはないので、適当な場所から川原に下りた。
周りを見渡すと、思っていたよりも草が伸びていなかった。
誰かが前のクエストを受注してから、日数が経っていなかったのだとリゼは思いながら、作業を開始する。
背籠を背負いながら、片手には皮袋を持ち、腰を曲げて屈む。
リゼは保留にしておいたクエストを思い出す。
ステータスを開いて、保留にしていたクエスト一覧を確認する。
『達成条件:屈伸運動百回』『期間:四時間』を見つけると、クエストを受注した。
ステータスを見ながらリゼは、クエストが随分と溜まっていることに気付く。
デイリークエストは毎日だし、クエスト受注の度にノーマルクエストも増える。
そして、ランダムなユニーククエスト――。
リゼもサボっているわけではない。
少なくとも、毎日五つはクエストを消化している。
しかし、最近は能力値の向上は少なく、『精神力強化』や『忍耐力強化』、『状態異常耐性強化』などの数値が見えない報酬も増えた。
清掃作業を終えたと同時に、溝の中から報酬の『銀貨一枚』が発見されたりする。
基本的に、余程のものでなければ、拾得物は発見した者に権利がある。
もちろん、窃盗物とかは論外だ。
ただ、リゼは通貨よりも早く、一人前の冒険者になりたいと思っているので、能力値を上げたいと思っていたので、歯痒くて仕方がなかった――。
リゼは視界に入ったゴミを皮袋へと、どんどん入れていく。
一通りゴミが無くなったと思ったら、除草作業に入る。
草は出来るだけ根元から抜くが、根が張っているものは、簡単に抜くことができない。
「痛っ!」
草を抜く時に、草で手を切ってしまう。
切った手を見ながら、ふと昔のことを思い出す。
父親に引き取られて、花壇の草抜きを使用人としていた時のことだ。
使用人だが友人だった存在……。
「フィーネは、元気かな――」
思わず独り言が出てしまう。
自分がいなくなったことで、フィーネが酷い仕打ちを受けていないか……。
使用人にも種類がある。
執事に家政婦、侍女に料理人、庭師などの職業を持つ上級使用人や、中級使用人。
それとは対照的に、奴隷のような扱いを受けて雑務をする下級使用人。
上級使用人よりも粗末な扱いを受けていたリゼに付いていたフィーネは、もちろん下級使用人になる。
下級使用人は、職業ではない。
つまり、下級使用人は、職に就いていない者たちなのである。
この下級使用人の多くは、外れスキル持ちが多いとされている。
親が生活苦のため、僅かながらの通貨で、子供を奉公という名目で貴族に差し出すからだ。
有名なスキルであれば、それなりの身分を与えられるので、下級使用人になることはない。
スキルが全ての世界だからこそ、誰もが違和感も覚えることなく、当たり前のことだと思いながら、生活している。
冒険者として半人前のリゼに、領主である父親のもとからフィーネを救い出すことはできない。
ただ、フィーネの無事を祈ることしかできないのだ……。
リゼは小さく息を吐くと、除草作業を再開した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ~」
額の汗を拭いながら、除草と清掃が終わった場所を見る。
遠くから見ると、数本の草が残っていることが分かるので、それを取り除く。
(あと少しだ‼)
リゼは、このクエストを終えたら、次のクエストになにを選ぼうかと考えていた。
幾つかの候補のうち、『ケアリル草の採取』にしようと決める。
『ケアリル草の採取』はランクDでも達成したクエストだが、今回のゴブリン討伐で、回復薬などを大量に使用するため、ケアリル草が品不足になっているため、緊急クエストとして、ランクBと共有クエストになっていた。
気になったのは、同じような共通クエストが、クエストボードにあったことだ。
それも同じ『ケアリル草の採取』だが、ランクDとの共通クエストで、ランクBとの共通クエストよりの報酬が少ない。
何かが違うのだろうが同じ作業であれば、報酬の高いクエストを受注しようと思っていた。
リゼは区間を示す石が打ち込まれている場所まで来たことに気付き、作業が終わったと思い、振り返る。
もう一度、自分の仕事に落ち度がないかを見渡して、最後に戻りながら最終確認をするためだ。
(うん、大丈夫だ!)
リゼは川原から上を見て、今回のクエストの証明書をもらえる店を探す。
(あの、お店かな?)
リゼは川原を歩いて、目的の店の下まで来ると土手を上る。
「あっ!」
片手に皮袋を持ち、背籠を背負っているリゼは、ただでさえバランスが悪い。
その状態に加えて、あと少しで上りきれる時に足を滑らせてしまった。
土手を転がる! と覚悟するリゼだった――が、転がる寸前のリゼの手を誰かが掴んでくれた。
「大丈夫か?」
リゼが目を開けると、手を掴んでいたのはクウガだった!
「……クウガさん⁈」
この街にいるはずのないクウガの登場に、混乱するリゼ。
「リゼちゃん、私もいるよー!」
「アリスさん!」
驚くリゼを引き上げるクウガ。
「あっ、ありがとうございます」
リゼは顔を赤らめながら、クウガに礼を言う。
「なになに、リゼちゃん。防具一式揃えたの‼」
「はい。宿屋さんのお知り合いの方に、お安く譲っていただきました」
「安くって……これ、ミルキーチーターの皮でしょう!」
「はい、そうです」
「リゼちゃんに、ピッタリの防具ね。その宿屋さんはセンスあるわね‼」
アリスはリゼを見ながら、上機嫌だった。
「その……クエストの道中ですか?」
リゼはアリスに、オーリスにいる理由を聞く。
「半分正解で、半分外れね。リゼちゃん、怪我は大丈夫だったの?」
リゼはアリスの言葉で、クウガとアリスがオーリスに来た理由が分かった。
自分がアルベルト関連の事件に巻き込まれた! と、知ったからだと――。
「はい、大丈夫です」
リゼは心配かけまいと、返事をする。
「……君がリゼちゃんね」
振り向くと見知らぬ男性が立っていた。
「オプティミス! リゼちゃんが驚いているでしょう‼」
「えっ、そう⁉」
「ごめんね、リゼちゃん」
「いえ……」
リゼは困惑していた。
クウガもアリスも悪い人ではない。
むしろ、自分に良くしてくれている。
しかし、必要以上に仲が良くなることは……。
「リゼ‼」
「はい」
クウガがリゼの名を呼ぶと、反射的にリゼは返事をした。
「……その、俺たちのせいで、事件に巻き込まれたみたいで悪かった。あとで、アルベルトからも謝罪があると思うが――本当に、悪かったと思っている」
「そうね。私からも……ごめんね、リゼちゃん」
クウガとアリスから、謝罪されるリゼは呆然としていた。
なにより、周囲の人たちも銀翼のメンバーがランクDの冒険者であるリゼに頭を下げていることに驚いていた。
この街にいれば、リゼに起こったことは誰もが知っている。
有名クランのランクA冒険者が、プライドなど関係なく頭を下げて謝罪をしていたことに驚いていたのだ。
「クウガさんもアリスさんも、頭を上げて下さい‼」
我に返り、周囲の目に気付いたリゼは、慌てていた。
「僕的には、もっと謝罪すべきだと思うけどな~」
「オプティミス! お前だって当事者だろう」
「え~、だって僕は前回いなかったから、関係ないでしょう!」
「お前だって、銀翼のメンバーだろうが‼」
「それはそうだけど……」
リゼはオプティミスが、銀翼のメンバーだと知り驚く。
クウガとアリスと一緒にいたので、「もしかして……」とは思っていたが、雰囲気が全然違う。
「はじめまして、リゼちゃん。僕はオプティミス。職業は『道化師』だよ」
「道化師?」
リゼは聞いたことのない職業だったので、返答に困っていた。
「道化師になれるのは、この世界でも数人だから、珍しい職業だ」
「そうだよ。僕はレアな存在なんだ‼」
「オプティミス! 少し黙っていてくれる」
「アリスは、すぐに怒るんだから‼ だからしわが増えるんだよ‼」
「だれが、しわが増えるですって――」
アリスから殺気に似た雰囲気を感じたオプティミスは、笑って誤魔化す。
しかし、リゼもその雰囲気にのまれそうになり、後退りして土手から落ちそうになる。
間一髪、クウガに助けられたので、土手から転がることはなかった。
「お前ら、いい加減にしろ‼」
「だって、オプティミスが酷いことを言うから!」
クウガはアリスとの会話中に、リゼに目線を変える。
アリスもクウガの意図に気付いたので、リゼを見ると困惑していたのが分かった。
「ごめんね、リゼちゃん。私たちの、いつもの冗談なのよ……ね、オプティミス⁉」
「う、うん」
オプティミスは、高速で上下に頭を振った。
アリスの目から殺気が出ていたのを感じていたのだ。
「クエストは終わったのか?」
「はい。今、終わりました……すいません、クエスト終了の証明をもらって来ますので、お話があれば、その後でもいいですか?」
「あぁ。俺たちは、ここで待っているから、ゆっくりでも構わないぞ」
「ありがとうござます」
リゼは一礼すると、走って行った。
「オプティミス、あとで殺すから覚悟しておきなさいよ」
リゼの姿が見えなくなると同時に、アリスはオプティミスを睨みつけた。
「……そんなに怒っていたら、せっかくの美人が台無しだよ」
引きつった笑顔でアリスに応えるオプティミスだった……。
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