改めて、誓います
病院を出ると、いつの間にか雨が降っていた。
こんな気分の時くらいからっ晴れになってくれたらいいのに。
まあいいや、濡れて帰ろう。
雨に濡れるのは嫌いじゃないけど、ただかなり肌寒いことだけが心配事項だ。
「……あの……」
ま、ナントカは風邪をひかない、っていうしな。
俺なんざあのオヤジの息子だ、たぶん大丈夫だろ。
「……あの……」
いやでも待てよ、俺はノロの病み上がり。
体力がまだ戻ってないこんな状況だと──
「……あの! 祐介、くん! 無視しないで……」
「……はい?」
そこで俺は呼ばれた方向へ顔を向けると──目に入ってきたのは、制服の上からでもわかる、大きなおっぱい。
「琴音ちゃん? なんでここに……」
「も、主水さんから、連絡がありまして……」
デジャヴってやつだこれ。
というか琴音ちゃん、いったん帰宅したはずなのに着替えてなかったのか。
いや、着替える間もなく来てくれたってことか?
俺は予期せぬ琴音ちゃんとの遭遇に戸惑っていたが、そんなのはお構いなしとばかりに琴音ちゃんは俺の顔をまじまじと見つめてきて。
「……よかったですね」
「うん?」
「なんとなくですけど、吹っ切れた顔になった気がします」
何も聞かずにそう言ってきた。さすこと。それをすぐに見破るなんてね。
しかし、今まで俺の顔にそんなに醜い感情が出ていたのだろうか。気になる。
「来て、よかったです。雨も降ってきましたし」
しかし、俺のそんな懸念などさしたる問題じゃないとばかりに、琴音ちゃんが傘を開いた。
「……もう帰るの? 佳世に……」
「いいえ。わたしは吉岡さんと会わない方がいいでしょう……から」
「……そう」
目と目で通じ合った。
さみしく笑う琴音ちゃんの心の中はいかなるものだろうか。
「……そだね。じゃあ、悪いけど傘に入れてもらえる? 実は傘を持ってなくて」
「お断りします」
お許しをいただけるだろうとお願いしたのだが、予想外の拒否に脱力する。
「そんなぁ!」
「……嘘ですよ。ちょっとだけ意地悪してみました、ごめんなさい。どうぞ」
申し訳なさそうに微笑む琴音ちゃん。
俺は心底ほっとして、琴音ちゃんの左側に入り込み、傘を奪い取る。はいはい彼氏の役目。
「そういや、相合傘するのって初めてだね」
「あ、い、言われてみればそうですね」
ちょっとだけ頬を染めた琴音ちゃんと、ややうつむき加減で並んで歩いた。
幸せなら鼻鳴らそう、フンス、フンス。
「……」
「……」
だが予想外奇想天外。なんだこの気まずさ。
「あ、あの!」
「ん?」
「祐介くんは、吉岡さんと相合傘……したことありますか?」
「そりゃ、まあ……何回かは」
お互いに目を合わせずに会話する様は滑稽で、出来の悪いラブコメを見ているかのようだ。つまりこの作品のことだな。ハイ論破。
「……もしもわたしが、祐介くんの隣の家に生まれていたとしたら……」
「ん?」
「祐介くんと、もっとたくさん、相合傘もできてたんでしょうか」
「……」
「そ、そして朝になったら寝坊した祐介くんを起こしに行ったり、休みの日は家で手料理をごちそうしたり……いろいろできていたんですよね」
「うん幼なじみテンプレでとっても魅力あるご提案」
「……祐介くんの家の隣に生まれたかったです……」
そしてとんでもない発言キタコレ。聞いたら初音さんが泣くぞ。私の娘に生まれてよかったっていうのは、嘘だったのね! みたいに。
「なんでいきなり?」
「だ、だって、そうすれば」
琴音ちゃんは言いづらそうに下を向く。
「祐介くんが……わたししか見えなくなる確率がより高くなると思うんです」
「……」
「それでわたしが、嫉妬とか、不安とかに襲われたりしなくなるのかな、って」
思わず黙り込む俺。
そっか。
琴音ちゃんが今日ここに来た理由は。
俺がひとりで佳世に会いに来たってことを、ナポリたんから聞かされて。
嫉妬とか不安とかが大きくなってしまったからなんだと、その時に理解した。たとえそれがありえないと頭でわかっていても。
「それは……」
杞憂だろ……と言いかけてハッとする。いや違うそうじゃない。
琴音ちゃんは、「俺だけしか好きになれない」とはっきり言ってくれたのに。
俺は琴音ちゃんを不安にさせないように、気持ちをできる限り真剣に伝えただろうか。
俺の、琴音ちゃんに対する日ごろの態度だけでわかるだろう、なんて、甘い考えを持っていなかったか。
俺は茶化してばっかりで、真剣に伝えたこともほぼなかった気もする。
言葉だけがすべてじゃなくても、言葉がないと安心できないこともあるわけで。
それがたとえ照れくさくて言いづらい言葉でも、琴音ちゃんを安心させるためなら。
──今、言わなきゃならない。手遅れになる前に。
「……琴音ちゃん」
「は、はい?」
「こんなところであれだけど……今言わなきゃならないことだと思うから、言うね」
「……」
琴音ちゃんが少しだけ不安げな顔になる。
ああ、もうそんな顔をさせないように。
「俺は、琴音ちゃんだけしか、好きになれません」
うっわ、顔が熱くなってるのわかる。
俺にシリアスは向かない、そんなの自分でわかってる。
けど。
「だから、これからもずっと、琴音ちゃんだけを見てる。琴音ちゃんが安心できるように」
「……」
「大好きだよ、琴音ちゃんだけが」
改めて、誓った。
向き合って目をそらさず。
告白した日に言った、『誰よりも好き』、という言葉じゃなくて。
好きなのは一人だけ。
大好きなのは琴音ちゃんだけ。
誰も、代わりになんてなれない。他の女子なんて眼中にすらない。
大事なことが伝わるように、気持ちを乗せてはっきりそう言うと。
俺の言葉を受けた琴音ちゃんは、目を見開いたかと思ったら、声をあげずに涙をツーっと流し始めた。
「ど、度土怒ドどどどうしたの琴音ちゃん。俺またなんかやっちゃいました?」
しばらく無言で涙を流す琴音ちゃん。こんな修羅場乗り越えた経験ないし、焦るしかないだろ。
くしゃくしゃのハンカチをポケットから慌てて出して必死で琴音ちゃんの頬を拭う俺。まわりの視線が痛くても構わん。
やがて、ハンカチがびしょ濡れになったところで。
「……不意打ちで、嬉しい、だけです……」
それだけ言って、琴音ちゃんはそれからも俺を見つめたまま泣き続けていた。
感無量になったせいでうまく言葉が出てこなかったんだろう、と、いい方に解釈しておきたい。言葉で真剣な気持ちを伝えるってやっぱり大事。
…………
まさかとは思うけど。
琴音ちゃんが『身体で返す』とか言ってた理由はさ。
琴音ちゃんなりに、必死で愛されようという気持ちからだったのかな?
…………
祐ちゃん反省。琴音ちゃんを泣かせた責任は取る気満々でござる。
これからは何をおいても琴音ちゃんファーストで行こう。琴音ちゃんが愛されていると思えるような信頼を重ねて、ゆるぎない愛になるまで。
……ははっ。
琴音ちゃんと付き合うようになって、俺も少しは成長したのかな。してるといいな。
傘を打つ雨の音が、さらに大きくなってきたけど。
俺の心は、すべて片付いたような晴れやかさだよ。
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