若いうちから爛れた関係とは
立場が変わったことを改めて実感した。
少し前までは、幸せそうなあいつらを前にして、屈辱で一緒に泣いた俺と琴音ちゃんが、今はこれ以上ない幸せの中にいる。
そして、あいつらは──どうなのか。
それなりの理由があるからには、自業自得なわけで、俺たちの知るところではない。
ただ、池谷は逆恨みしてるみたいな目つきだったから、気を付けておくに越したことはないけど。
──覆水盆に返らず、か。
あいつらが消えても、しばらく琴音ちゃんは無言のままで。俺はどうしたものかと、小指の先ほど悩む。
やがて、俺たちと同じくらいの年代らしき人間も含め、マンガ喫茶からぞろぞろと人が出てくる。こちらへ集まる視線を感じた俺は、つい琴音ちゃんに向けてお別れの言葉をかけてしまった。
「……じゃあ、そろそろ、かな。ここまで見送りありがとう、琴音ちゃん」
琴音ちゃんは慌てて絡めていた腕をほどき、少し離れて背筋を伸ばす。
「は、はい! また明日、学校で」
「うん」
手を振りながら、名残惜しそうに距離を取る琴音ちゃんを、俺はボーっと眺めていた。その時俺は、何を考えていたのだろう。自分でもわからない。
―・―・―・―・―・―・―
そして、金曜日。
いつもの昼休み、いつもの裏庭に、俺と琴音ちゃんとナポリたん、いつものメンバーで昼食タイム。
「北海道へ行く準備できた?」
「だ、だいたいは……」
「白木、おみやげを買ってきてくれるなら『白い恋人』じゃなくて、ロリズの生チョコがいいな」
「あ、俺は『白い恋人』でいいけど、ロリズの生チョコもいいね」
ずうずうしくもお土産を要求する俺とナポリたん。
「北海道土産には疎いんですが、ナマってそんなにいいんですか、ジェームズさん?」
「おう、ロリズの生チョコは期間限定のやつを食べるのに一時期ハマったな」
「ナマは……ハマる……」
「ま、まあ、琴音ちゃんも気を遣わないでいいから。俺は白い恋人だろうが生チョコだろうが何でもおいしくいただくよ」
「わ、わかりました、白い恋人とナマで、ついつい祐介くんがハマってしまう選択を」
「ボクは無視か」
「い、いえ、ジェームズさんとハマってしまったら、それは百合されない、じゃなくて、許されない関係に」
「……何言ってるのかわからん」
平和っちゃ平和な話だ。平常運転。
──が、ナポリたんがいきなり話の方向を思い切り替える発言をぶちかます。
「……あ、そういえばな。おまえらも無関係ではないので伝えておくが、槍田先輩の彼氏から昨日連絡があった」
「えっ」
槍田先輩。
心を病んでしまったとも聞いていたが、その後どうなったのか。確かに少し興味はある内容だ。俺と琴音ちゃん、二人同時にナポリたんの方へと顔を向ける様が明確な意思表示になってる。
「……どんな連絡がきたん?」
「ん、槍田先輩は徐々に心の平穏を取り戻しつつあるみたいだな」
「それは、よかったですね……幸せになってほしいです」
琴音ちゃんは相変わらずエンジェル発言ではあるが、心からそう言ってることは間違いないので、何もツッコミはしない。
「ああ、パイセンもセックス依存症から抜け出しつつあるようで、いろいろ過去のことを懺悔してくれたと」
「過去?」
そのとき、なんとなく場の雰囲気が重くなったのは気のせいではあるまい。
「……それなんだが」
そしてナポリたんが口調を変える。この事実が、これから話す内容を示唆しているわけで。
俺と琴音ちゃんは思わず喉を鳴らした。
「槍田パイセンは、実は池谷たちと、中学時代からヤリヤリだった、ということらしい」
「……は?」
「前にいっただろ。池谷は中学時代にやんちゃして、親から制裁を受けそうになっていたと」
記憶をたどる。
確かにおぼろげには残っているが、割とどうでもいいことなので思い出すことなどなかった。
「わかりやすくまとめると、だ。槍田パイセンは池谷たちと中学時代からヤリまくってて、それで妊娠という結果を生み、引き離されるように槍田パイセンはこちらへ引っ越してきて、一時的に疎遠になった。が、池谷が同じくこっちに引っ越してきたせいで、劇的な再開を果たすこととなる」
「……」
「そうして槍田パイセンは流されるままに、また池谷たちと淫らな関係を復活させた、ということだ」
ちょっと待った。
なになに、ということは、槍田パイセンと池谷は、中学時代からセフレだった、ってこと?
そのうえ佳世とも関係してたの? やっぱ死ねよヤリ〇ン。
おまけに引っかかることと言えば。
「……池谷たちってことは……」
「その通り。池谷にはやんちゃ仲間や先輩がいたわけで、おそらくはそこへも槍田パイセンの情報を伝えたんだろう。その連中とも、セフレのカンケイとなっていたであろうことは推測が容易だ」
「……」
「そりゃ、性欲の権化みたいな野獣にしてみれば、やりたいときにやれる女なんて失いたくないだろうさ」
「公衆便所も甚だしい」
「ああ、サルは端から見ると愚かだな。でも、だ。槍田パイセンには彼氏が新しくできていたわけで、当然ながら都合のいい関係にも制約がかかる」
「……」
その関係を不特定多数と持っておきながらいけしゃあしゃあと彼氏という特別な存在を作る槍田先輩もやっぱ頭おかC、ということは明白なんだが。
倫理観もなにもなくただ性欲に突き動かされた結果がこれでは、どんな悲惨な末路が待っていようと自業自得として同情はできねえな。
「で、さすがにこのまえの池谷宅行為バレで、他の相手とも完全に切れたっぽいけどな。その後、都合のいい女を失ってしまった池谷の仲間が、怒りからか槍田パイセンのハメ動画をネットに流した、と」
「……」
もうなにも言葉がねえよ。琴音ちゃんも全くの無言だし。
遅かれ早かれ槍田先輩は退学になってたんじゃね、これ。
このことをバラせば池谷も退学になるかもしれんけど、バスケ部も同時に怪しくなるし、ナポリたんもうかつに踏み込めないのかね。
要約すると。
池谷と槍田先輩は、中学時代からセフレだった。
で、槍田先輩が妊娠発覚で、爛れた関係がバレた親たちから引き離されて、槍田先輩は仙台からこっちへ引っ越してきたけど。
どんな運命のいたずらかは知らないが、残念ながら池谷もこっちへ引っ越してきたせいで、池谷はおろか、中学時代のグループともセフレ関係を再開させた。
で、槍田先輩の彼氏が、池谷グループと自分の彼女とのセフレ関係を終わらせたら、それを逆恨みした池谷の仲間内の誰かにリベンジポルノの報復を受け、今に至る、と。
…………
ねえ、俺たちまだ高校生だよ?
なにこの爛れた関係。人生の縮図だな。インド人もびっくりするインドカレーくらいのレベルで、エロゲもびっくりだ。
…………
「もしかして……」
「……祐介くん? 別にヘアスタイルは乱れてないですけど……はい、わたしのでよろしければどうぞ」
「いや、
聞き間違いするくらい、琴音ちゃんもボーっとしてたんかな。
借りた櫛で乱れてはいない髪の毛をとかしつつ、俺は考える。
あの槍田先輩の浮気発覚のとき、池谷以外の誰かも池谷の家にいた、なんてオチは……
……いや、さすがにないか。
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