懺悔、後悔
俺の心境など意にも介さず、初音さんは懺悔を続ける。
「それでも、私は旦那にそれを黙って、産んだ」
企んだ、托卵だ。うわーい、どこの昼ドラですか、コレ。
いやね、そんなことを聞いたって、俺の琴音ちゃんに対する気持ちが変わるわけないけどさ。
俺の初音さんを見る目が変わることは理解してんだろうか。
「……でも、ある日、ひょんなことからバレて。夫から離婚を言い渡され、私と琴音は追い出されたの」
初音さんが下を向く。
俺がこんな話にツッコミ入れられるわけなかろうもん。しかも相手はマイ話術が通用しない初音さんだよ?
それでも。
こちらを見ようとしない初音さんが『ツッコんで』と訴えているように思えたので、仕方なく俺は口を開いた。
これが噂の誘い受けか。琴音ちゃんは今井〇奈だけど、初音さんは性格だけ新田〇波だね。そりゃ普通の男ならイチコロだわ。
「……元の旦那さんのことは、愛してなかったんですか?」
素直に一番訊きたかったことである。
「……愛してたわ、もちろん。誰よりも愛してた。だから、妊娠してから、不倫相手とは別れて、旦那に尽くそうって決めてた」
「は? じゃあ、なんで不倫なんか……」
「……そうね。現実じゃない、夢だ。そう思って溺れていたのかもしれない。でも、妊娠して一気に現実へ戻されたわ」
やっぱり浮気する人種の説明は理解できない。佳世の言い訳と同じく。
ま、いっか。心の中で悪態をつくだけなら、俺の自由だ。
「自分の愚かさを死ぬほど後悔して、一生かけて償おうと思ったの」
「……」
「でも、夫からしてみれば、虫のいい話よね。不倫の事実を内緒にしたまま、償おうだなんて。もちろん、都合よくはいかなかったわ」
そりゃいくわけないでしょ。ダンナ以外でイッといてさ。
知らなければ許せる、ということもあるとしても。浮気に関しては、やる後悔よりやらぬ後悔のほうがはるかにましだな。
「琴音の血液型から不倫したことが発覚して、夫から激しく責められた。私がどんなに謝罪しても、泣いても、
残(念ですが)当(然です)。
来るなよ来るなよフラバ。琴音ちゃんのパイスラ、琴音ちゃんの爆弾パイスラ。
よし大丈夫、俺は死にましぇん。さて続きだ続き。
「そうして私は、仕方なしに不倫相手を頼って。彼は責任を取って奥さんと別れて、私と一緒になると優しい言葉をかけてくれた」
おおお、結局不倫相手に戻るんですか。
完全に決別出来てれば、まだ爪楊枝くらい同情もできる展開ですけどね。
残念ながら初音さんの決断が妻幼稚すぎた。まあ、琴音ちゃんがいたから仕方なくだろう、というふうに自分を納得させるしかない今の俺。
「こんな私を受け入れてくれたことが嬉しくて仕方なかった。夫に愛想をつかされた後だったからよけいにね。今度こそ彼を裏切らないと誓ったわ」
これがお花畑脳ってやつ? それともシタラリ継続?
今度こそ裏切らないとかどの口で言うか、とか言われそう。某巨大掲示板なら。
どの口ってさ……やっぱ咥えたんだろうなあ、不倫相手のアレを。
……おっと、マイサン、ウェイトウェイト。これは怒り勃ちってやつだ。ノーカン。浮気じゃないよ、琴音ちゃん。
「……でもね。それは口先だけの嘘で。彼は結局奥さんと別れなかった。私はただの遊び相手でしかなかったの」
ま、そりゃそうなるよね。咥えたんじゃなくて口の先っちょだけでした、と。
「絶望したわ。信じてた相手に裏切られて、目の前が真っ暗になった。同時に、私がいかに夫に対してひどい裏切りをしたかも、やっと理解したの」
遅すぎでしょ。注文して一時間待たされるファミレス並みに遅い。ファミレス・ボンバー炸裂しても文句言えないよね。
うーん、もしかしてだけど。
初音さんがこの前ホテル駐車場でご乱心したのは、不倫相手に裏切られたフラバのせいなのかもしれん。信じてた娘に裏切られた、という。
かなり強引だけどそういうことにしとくか。
「そうして結局居場所を失くし、ボロボロなまま琴音と一緒に流れ着いたのがこの街」
ここまで同情する余地なし。脳内でツッコむのもいい加減疲れたよ。
男なんてイチコロの誘い受け美女が、くっ
さて、長いので三行でわかりやすくまとめよう。
つまり、佳世が池谷と浮気して、池谷の子を妊娠したけど、俺に黙ってた。
ところが俺が佳世の浮気を知り、許せず佳世と別れて、そのあと佳世は池谷とくっつこうとしたけど、やっぱり捨てられて。
絶望した佳世は、出産した子とどこかへ落ち延びた。
初音さんを佳世に置き換えれば、こういうことだよね? これならきっと読者様にもわかりやすいと思う。
いやー、こう考えるとほんとにもうねもうね。最初からこう書けよ作者。
「小松川さんには、本当によくしてもらって感謝してる。それでも、この街に来た当時の私は、不倫相手の彼に裏切られたショックと、夫を裏切ってしまった罪悪感が心を壊してしまっていて、何も関心がなかった。当然、琴音のことさえも」
「……」
「むしろ琴音に対しては……私を裏切った男の血を引いている、その事実が嫌悪すら抱かせたわ。本当、ひどい母親ね」
おっと、思わず頷いちゃった。初音さんは自分に酔ってるみたいなので、気づいたかどうかは知らんけど。
そして
…………
いやでもね、今の白木家には、親子間の絆はありそうなんだよね。
浮気する人間はクズだと思うし、初音さんの行動も正真正銘のクズのそれなんだけど。でもやっぱさ、自分の彼女の母親がクズのままだって思いたくない。
俺が葛藤に頭を悩ませてる間も、初音さんの独白は続く。
「そんなおり……琴音が、大病を患って、入院しちゃってね。命に係わるかもしれない病気だった。私は全く構わなかったので、わからなかったわ。あの時小松川さんが気付いて処置してくれなかったらと思うと……」
ああ、確か髄膜炎だったっけ。憶えてる。
今の初音さんが見せる震えは、演技ではないな。
きっと今の初音さんは不倫していた当時とは別人なのだろう。そうでなきゃ困る。
しかし、その時友美恵さんが琴音ちゃんを助けてくれなかったら、俺も琴音ちゃんとつきあえてなかったんだな、と改めて思った。
今度会ったら、友美恵さんの肩でも揉んであげよっと。ババ孝行。
「……その後、連絡を受けた私が病院へ向かうと、小松川さんの奥さんに言われたわ。『自分の娘すらも、あなたは裏切るの? 最低の女だけじゃなく、最低の母親にまで堕ちるの?』って」
「……」
「その時、一気に目が覚めたわ。こんな私にもできることはある。それは、琴音を幸せにすることだと。意識のない琴音に対して私は泣きながら必死に『許して、許して』と繰り返していたと思う」
おおう。キッツーい一撃だ。
だけど友美恵さんの言葉は正しいし、きっと誰かが言わなければならなかった事ね。琴音ちゃんのために。
「親子を最初からやり直したい、そう心から思った私に神様が奇跡を与えてくれたのかもしれないわね。琴音は……目が覚めた時、それまでの記憶が混乱していたの」
「……」
「私は、その時生まれ変わったつもり。それからは仕事も頑張って、琴音に可能な限りの愛情を注いだわ。その一方で、別れた夫にもきちんと慰謝料を分割で払って、琴音の治療費も小松川さんに返した。贖罪にすらならないけど、ね……」
「……」
「そして、やっとこの前、慰謝料をすべて払い終えたの。それで償えたとは思えないけど、別れた夫から『娘を大事にしろ』と言伝されて、涙が出たわ」
ふむ。
初音さんは、友美恵さんから
なるほど、ナポリたんが暗殺拳を使えることも納得いった。一子相伝の暗殺拳はまだ継承されている。
前に琴音ちゃんも『お母さんは愛情を注いでくれた』と言ってたしな。初音さんが悔い改めたことは間違いないんだろう。ついでにオトコ食いも改めたようで何より。
…………
推測だけど、この前に初音さんと話していた男の人は……いや、俺がそれを知る必要はないね。スルーの方向で。
「……それにしても、琴音ちゃんの記憶が……本当に、神様っているのかもしれないですね」
初音さんがようやく語り終えたようなので、間が持たない気まずさを打ち消そうと、俺は無難な受け答えで濁した。
だが、初音さんは眉をひそめたまま微笑んでいる。
「……でもね、たぶんだけど。今の琴音は記憶を取り戻していると思う」
「へ?」
「意識を取り戻したときは確かに記憶の混乱があったようだけど、ずっと記憶を失ったまま、なんて稀なはずよ」
「……それは……」
「私が突然優しくなったから、捨てられないように思い出さないふりをしているのかもしれないわね」
自虐的な笑みだ。
ああ、まだこの人は、自分の娘のことを理解してない。いや、それだけ自分を責めているのかもしれない。
「違うと思います」
「……えっ?」
「きっと、琴音ちゃんは許したんですよ。心を入れ替えた初音さんを見て」
他人のためにマジ泣きできる、あんなエンジェルな琴音ちゃんなら、きっとそうだ。そうに決まってるだろ。
だからつい何も考えずに言ってしまったが。
「……あああああああぁぁぁぁぁぁぁ……琴音、ことねぇぇぇぇぇ……!!!」
その言葉を聞いた初音さんは臥せって、超がつくくらい号泣した。
傍らで俺は、ふとくだらないことを考える。
もちろん、恋人に戻ることは金輪際あり得ないけれど。
佳世がどう贖罪すれば、俺は佳世を許せるのだろう、なんてことを。
―・―・―・―・―・―・―
「それにしてもですね。初音さん、琴音ちゃんから聞いたんですけど」
「……なにかしら?」
「いえ……琴音ちゃんと俺との関係についてなんですが……なぜ突然?」
「……えっ?」
「ええと、初音さんは、琴音ちゃんが簡単に身体を許さないよう、厳しく言ってましたよね? それをなんで撤回したのかな、と」
「……ああ」
初音さんが落ち着くのを待ち、俺は本題を切り出した。
ここまでかなりSAN値を削がれた。つらみが深い。
それに対しての回答は、以下の通り。
「私では、琴音を幸せにできなかったわ」
「……はい?」
「たとえ緑川くんが言ったとおりに、琴音がわたしを許してくれたとしても。私では、琴音に幸せを感じさせることはできなかった」
「そんなことは……」
「あるのよ。緑川くんがいてくれたからこそ、琴音は自分の境遇を恨まずに、幸せを感じてくれるようになった。ああやって、わたしの娘でよかったってはっきり言ってくれた」
少し照れる。
確かに琴音ちゃんは、『初音さんの娘に生まれたから俺と知り合えた』と言ってはくれたけど。
どちらかというと『俺と知り合えた』というほうがおまけで、本命は『初音さんの娘に生まれてよかった』ってほうだと思ってたんだけどなあ。
「緑川くんがいなかったら、琴音はあんな風に私に言ってくれなかったと思うの。だから、緑川くんは琴音の幸せに必要な人」
「買いかぶりではないでしょうか」
「そんな相手に、身体を許さない云々なんて、おかしいでしょ? だから、緑川くんに限っては、私は構わない」
俺の言葉を聞けよ暴走マザー。
不倫ラリが消えても、今度は娘の幸せラリかい!
……琴音ちゃん、早く帰ってこないかな。
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