性格の不一致≒性癖の不一致

「な、なんだ。脅すのか、脅すのか!? たのむ、最近オヤジの体調も悪化してるんだ、職を失うわけにいかない穏便に穏便に」


「落ち着いてください馬場先生。違います、池谷のことについて訊きたいんです。知っていることを正直に」


 馬場先生、少し落ち着くの巻。

 緊張の後にホッとすると、口も軽くなるってもんだ。今のうちに訊きたいことを訊いておこう。


「まず、池谷の母親──千佳子さんでしたよね。なんで離婚して、こちらに引っ越してきたかご存知ですか?」


「あ、ああ、元の旦那の浮気が原因と聞いているが、もともと性癖が合わなかったらしい」


「……それは。経緯を詳しく知ってますか?」


「い、いや、俺も詳しくは聞いてない。ただ、旦那が『あなたの心はわたしのものだ』と浮気相手の女性に言ったらしく、それを知って離婚を決断したとか」


「……」


 なんでそこで、NTR作品のタイトルみたいなセリフを持ち出してくるんでしょうね、池谷の父親。

 やっぱ不倫するやつってアタマおかC。


 この話から推測するに、池谷の父親も母親も両方サディストだったのかもね。

 その時だけは池谷も両親に振り回されてたのかも、とかちょこっとだけ同情しようとしたが。


「で、その前に池谷が、先輩の女性を妊娠させて、大問題になりかけたらしい」


「はぁ!?」


 続いた言葉は寝耳に水、猫耳に水、猫にミミズ。

 センパイ言ってたし、佳世じゃないよな。佳世ならその頃の騒ぎは俺にもわかるはずだし。


 ……しかし、池谷のやつ、中学生のころから種馬かよ。やっぱ佳世をあてがっておくしかないか。種馬佳世。

 うん、語呂がいい。


「あ、ああ、それから、旦那を追い出し、実家で経営する会社の常務をしてたせいで息子をかえりみれなかったことを反省した千佳子さんは、キャリアウーマンとしては一線を退き、実家のあるこちらに戻ってきたそうだ」


「……池谷が北海道の高校へ進学する予定もあった、と聞いたんですが」


「あ、そ、その話は確かにあったようだが、離婚に関する示談やら何やらが長引いてそれどころではなく、お流れになったと」


 すげえ。ダラダラ展開しないように考慮してくれてるせいか、馬場先生はこっちが尋ねなくても勝手にべらべらしゃべってくれてる。

 おかげで楽だよ。読む読者様も、書く作者も。


 ここまではナポリたん情報と一致するな。


「千佳子さんは池谷をまじめにしたかったようだ。部活を通じてそのように教育してほしい、と相談を受けているうちに、俺は千佳子さんと惹かれ合うように……」


「それはどうでもいいです」


「ひどいな緑川!? 少しくらいノロケを聞いてくれよ!」


「馬場先生の恋路を邪魔するつもりはない、ということですよ。むろんそのために先生が池谷をかばうようなことがあれば話は別ですが」


「あ、ああ……」


「その分なら、夏合宿や部室で発見された避妊具問題も、誰が疑わしいか知ってたんですね?」


「……なんとなくは。だが、確たる証拠もなかったから、処分まではできなかった。代わりに部活動を休止させることで、沈静化と改心を願ったんだが」


 馬場先生は申し訳なさそうにそう言ってから、ハッとした。


「……って、緑川! まさか、あの騒ぎの原因が誰か、知っていたのか!?」


「そりゃ、当事者みたいなもんですし知ってますよ。俺も琴音ちゃんも」


 池谷も佳世も槍田先輩も、全部この目で確認したからな。


「そう、だったのか……」


 改めて馬場先生が俺たちに向かって土下座してきた。今度は真剣に。


「……本当にすまなかった。教育者として許されるものではない。だが、今後はこのような特定生徒へのひいきをしないことを誓う」


「……」


 許すつもりはあんまりなかったけど、ま、ここまで本気で謝ってくれてるなら、いっか。騒ぎぶり返すとバスケ部自体も存在危機だし、ナポリたんも怒りそうだもんね。


 で、今までの馬場先生の発言から、考えてみよう。


 つまり。

 池谷が今後問題を起こせば、池谷の母親は池谷を連れて北海道の奥へとひきこもってしまう。

 そうなると、馬場先生とは必然的にお別れだ。先生の父親もなにやら健康ではないようだし、ほっとけないだろうからな。


 となると。

 池谷が問題を起こして母親が早まった行動をしないように、まじめに部活をやってると思わせる必要があったんだろうかね、馬場先生は。


 ふむ。

 確かに池谷を追い込むには、証拠が弱いな。

 槍田先輩のことにしても、自由恋愛といわれりゃおしまいで。

 どうせなら佳世が妊娠してれば大問題にもなったんだけど、今のところその気配はなさそうだ。


「……先生」


「な、なんだ?」


「応援します」


「……は?」


「池谷の母親との仲を応援します。きっと先生にとって運命の相手ですよ。おそらくあちらもそう思ってるはず」


「お、おう、いや、確かに、千佳子さんには『こんな気持ちは初めて』と言われたりはしたが……」


 どんな気持ちだろうか。男をヒィヒィ言わせて快感を得るという気持ちか。

 サド×マゾの理想的な組み合わせだろうし、わからんでもない、ということにしとこう。


「もっと頑張って試練を乗り越え、ぜひ一緒になってください。あと、今後もお聞きしたいことがあるかもしれませんが、その時はお答えくださるとうれしいですね」


「……わかった。もう、教育者として胸を張れないようなことはしないと俺も誓おう」


 俺と馬場先生はそう言って今回の呼び出しを締めた。

 傍らで、琴音ちゃんはずっと空気だった。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……祐介くん、すごいです」


「は? いきなりどうしたの」


 呼び出しを終え、廊下で並んで歩く最中。

 琴音ちゃんがしみじみとそう言ってきた。


「わ、わたしはテンパっちゃって何もできなかったのに、あんなに冷静に馬場先生と話をまとめちゃって……」


 なるほど。

 俺のほうはすでにこれ以上の修羅場を経験してるからな、数回。

 耐性がついたせいで、妙に冷静さを保てたのかも。


「……まあ、特に問題もなかったからね」


 今回の話はうやむやにできたし。

 池谷に関しては、もうえこひいきは無しという言質も取ったし。

 情報源も確保できたし。

 池谷の義理の父親が馬場先生になるかもしれない、という面白い状況も想像できるし。

 満点ではないけど、満足ではある。


 あ。

 そういや、馬場先生に言うの忘れたけど。


 ここの高校、生徒やその親族に対して教師が手を出す、ということへの処罰がやたらと厳しいんだけどね。

 なぜかというと、ウチのオヤジがここの教師だったころに、生徒だった母さんに手を出してったんだがあったせいなんだ。ごめんね。


 おっと、漢字を意図的に入れてしまった。


 …………


 ま、どうでもいっか。

 そうして俺が教室へ着くと、なぜか俺の机の中にナポリたんからの差し入れが。


『呼び出し乙。これをやる。仲直りしとけよ』


 メモ紙とともに入っていた差し入れは、きのこの山とたけのこの里のミニパックが六袋ずつ入った、パーティ用お菓子だった。

 既に誰もいなくなっていた教室に、俺は琴音ちゃんを呼び寄せる。


「ナポリたんから差し入れをもらった。分けようか」


「は、はい」


 遠慮がちに琴音ちゃんは俺の前の席の椅子に座った。

 机の上でお菓子の袋を開け、きのこの山とたけのこの里を仲良く半分こ。


「……はい、どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 申し訳なさそうにたけのこの里を受け取って。

 琴音ちゃんは、俺のほうをチラ見しつつ、ボソッとつぶやいた。


「……好みが違っても、いいのかもしれません」


「え?」


「だって、同じものを奪い合いにならずに、こうやって仲良く分けられますもんね」


「……うん、そうだね」


 そっか。

 そういう考え方もあるんだなと、俺は素直に感心した。

 ネガティブなほうではなく、ポリア〇ナのように『よかった探し』をしなきゃだめだな。


「……あんなにムキになっちゃって、ごめんなさい」


「いや……俺のほうこそ、ごめんなさい」


 おたがい謝罪してから。

 そっと、机の上にあった琴音ちゃんの手に、俺の手を重ねると。


「……あっ」


 触れ合う手と手があったかくて、琴音ちゃんは安心したように思う。


「仲直り、だね」


「は、はい!」


 これで仲直り完了。

 なんだかんだ言って俺もホッとしたよ。

 あんなくだらないことで意地を張ってたのがバカみたい。


「祐介くんに嫌われなくて、よかった……」


「……そんなことで嫌うわけないだろ。あ、でも」


「でも?」


「ほかの男と琴音ちゃんを奪い合う時は、絶対に譲らないからね」


 ちょっとだけ力強く宣言。男らしい自分に酔いたいだけの言葉かもしれないけど、琴音ちゃんは嬉しそうだ。


「ゆ、譲られても困ります。ドナドナはイヤです」


「はは、仔牛と同じ運命にはさせないから」


 きのこの山をむさぼり食いながら約束した。

 だいいち仔牛どころじゃないだろこれ。成牛ホルスタインもびっくりだぞ。


 ──なんて、琴音ちゃんのどこを見てそう思ってるかは内緒だ。


「そ、そうです。仔牛だって、乳しぼりされる相手くらい自分で選びたいに決まってます」


「ぶはっ!!!」


 きのこの山を吹くわそんなん。


「げほっ、いや、たとえが」


「わ、わたしは祐介くんなら、いつでも」


「だーかーらーそれはないって! だいいちまた初音さんに」


「…………あ、ああっ!」


 焦った俺が初音さんの名前を出すと、琴音ちゃんが何かを思い出したように叫んだ。


「ど、どうしたの?」


 トラウマがよみがえったのかと慌てたが。どうやら違うようだ。


「そ、そうです。許されたことを、詳しく報告するのを忘れてました!」


「ん?」


 許されたって……例の、かな。


「俺と琴音ちゃんが交際することに関してだよね。その話は聞いたけど」


「それだけじゃないんです!」


「へ?」


「今後、祐介くんとなら、接吻でも乳しぼりでも交尾でも、自分の判断でしていいと、お母さんから許可をいただきました!」


「……」


 脳内回路がショートして、何を言ってるのか理解するまでに数秒かかった。


「は、はあああああぁぁぁぁぁ!?」


 俺たち以外誰もいない教室内に、童貞高校生の叫びが響き渡る。

 どういうことだってばよ。あと、なんで動物扱いなんだ。


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