待ちぼうけでころり転げた
そして、土曜日をすっ飛ばして日曜日。デートの日だ。
なぜ土曜日をすっ飛ばしたかって? そりゃくだらない一日など忘れるに限るからだ。
まあ、必要ならばあとで回想することもあるだろう。
ちなみに今日のデートは、琴音ちゃんの希望でとある絵本作家の個展へ行くことになってる。
俺の意見は特になかった。楽しそうにしたいことを話す琴音ちゃんがかわいかったし、琴音ちゃんがそんなに喜んでくれるなら俺は何でもしようとも思ったからだ。
で、提案されるがままに今日の午前十時に、駅前のフンコロガシオブジェの前で待ち合わせ。
…………
いったい誰なんだ、こんなオブジェを駅前に飾ろうとか言いだした奴は。
もしこれが税金で作られたとしたらすごいことだが、なぜか一周まわって市民には好評である。ふしぎ!
この市在住の有権者は頭わいてる奴らばっかだわ。
市長は市長で『政治は爆発だ!』とかほざいて、勝手に税金で『ベビードール博物館』なんてものを作りやがった、頭部がアヴァンギャルドな五十五歳・独身。なんでリコール運動が起きないのかわからん。
俺は選挙権を手に入れたら、絶対に棄権せず投票しようと心に決めた。
そんな決意も新たに、俺はフンコロガシオブジェをぐるっと回って歩くと。
──あ、いた。
遠目から確認する琴音ちゃんは。
肩の部分が空いたアイボリーのニットに赤茶色の巻きスカート。そして黒の厚底靴。おまけに、ショルダーバッグを斜めに掛けている。
…………
パイスラキタコレ!!!!!
なんですかこの神の創りたもうた奇跡は。
俺は思わず小走りになって近づく。
──が。様子がおかしい。
なんで琴音ちゃんの前に、どっかで見たことのある、チャラい髪型でチャラい服装をしている精子脳のおっぱい星人がいるんだ。
ああ、ちなみにヤローの服装など細かく描写したくないので、割愛してやった。
まさか……
実は琴音ちゃんは、俺の前では都合のいいことだけ話してて、実は心の中では池谷のことが忘れられないとか。
今日はわざと俺とデートするふりをして、待ち合わせ場所で池谷と一緒にいるところを見せつけたいだけだったとか。
鬼! 悪魔! ち〇ろ! アロマディフューザーで蒸すぞこの野郎。
…………
いや。バカか、俺は。
首を思い切り左右に振る。
佳世に裏切られたことがトラウマになってて、何事にもつい疑心暗鬼になってしまうのは仕方ないのかもしれない。
それでも、琴音ちゃんまで疑ってしまっては、俺はもう誰も信用できなくなっちまうだろうが。
──琴音を、信じろ。ついでに〇ひろは天使だ、信じて課金しろ。
俺は、たとえニセモノであろうとも、彼氏として、そして重課金プレイヤーとしての矜持を取り戻してから。
精子脳男をいないものと思い込み、なにやら話をしている琴音ちゃんへと無防備に近づいた。
「琴音ちゃん、お待たせ。遅れてごめんね」
右手を上げながら、少し大きな声でそう言うと。
「あっ……お、おはようございます、祐介くん……」
琴音ちゃんがこちらを振り向いて、笑顔を見せてくれた。
あー、よかった。
さて、チャラ男はいない、精子脳はいない。再度自己暗示終了。
「いやゴメンね。そのショルダーバッグすっごく似合ってる。かわいい」
ファッションすべてが最高なのだが、ショルダーバッグをほめてしまったのは男子永遠の謎であり
「ほ、ほんとですか……嬉しい、です……」
琴音ちゃんは満面の笑みで喜んでくれているから、結果オーライということにしとこう。
「さて、時間ももったいないし、早く移動しようか」
「は、はい! 楽しみです!」
「じょpfじぇpfどwhふぃdふぇkgtr@@fwdれふぃおw」
……なにか意味不明な言葉を俺と琴音ちゃんに向けてる得体のしれない生物がいるな。透明人間か?
ま、いっか。俺に見えないのであれば相手もできないもんね。
今日のデートの邪魔はさせん、池谷はどこかへ左遷でオナシャス。
「fひれfrwjbぎb:ふぃえぎ;:うb;rwjgぼtrjbrw」
おっぱい星人語じゃなくて、せめて日本語で話せや。理解できねえよ。
「なんかよく理解できない言葉が聞こえるけど、無視して行こうね、琴音ちゃん」
「そ、そうですね……じゃあ……」
琴音ちゃんが俺の前へ左手をスッと出してきた。
……けっこうまわりの視線が集まってるけど、平気なの?
だが、据え手を掴まぬのは彼氏の恥。たとえニセモノでも、だ。
というわけで、俺がそれを掴もうとすると。
「……無視してんじゃねえぇぇぇ!」
そこで。
ようやく日本語が聞こえたと思ったら、同時に背中に強い衝撃を受け、俺は前のめりで倒れる。
いてえよ。
すぐさま首を後ろに向けると、池谷が顔を赤くしながら膝を落として立っていた。
どうやら俺は突き倒されたらしい。
「俺を差し置いて、琴音と手をつないでんじゃねえ!」
……はぁ?
ごめん、これもおっぱい星人語ですか? 日本語に訳されてはいるけど、理解不能だわ。
彼氏である俺を差し置いて、佳世と動物園のパンダよろしくパンパンアンアンしてたのは誰?
琴音ちゃんに愛想つかされて、ツンドラモードで
それでいてここまで琴音ちゃんに執着するって、どっか病んでんじゃねえの、こいつ。
あークッソ腹立つわ。しょうがねえな、暗殺拳と格闘技を融合させた俺の超必殺技、
「この野郎ぉぉぉぉ!!!」
しかし、ずっと池谷のターン!
せっかちだな、俺が立ち上がるまで待てよ下衆。
いや待ってください。
……なんて言葉が口から出る前に。
誰かが無造作に捨てた空のペットボトルを、俺に追撃しようとした池谷が踏んで、思いっきり体のバランスを失いやがった。
その様子が、俺にはスローモーションに感じられる。すげえ、これが夢想転生ってやつか。
──じゃなくて。
おいおい、このままだと池谷が琴音ちゃんのおっぱいにダイレクトアタックしてしまうじゃないか! それだけは許せん!
「琴音ちゃん、危ない!」
「きゃっ」
目の前にあった腕を思い切り引っ張ると、琴音ちゃんはこちらへ覆いかぶさるように倒れ込んできた。
クッションとなるはずのおっぱいを見失った池谷は、そのまま顔面からフンコロガシオブジェへと突っ込んだ。
ゴヅン。
うわ、すっげえ鈍い音。あ、鼻血出しながらうずくまってる。ざまあみろ。
まあ、俺も倒れ込んできた琴音ちゃんのおっぱいに顔を包まれて、鼻血出そうだけどな!
悲しいけどこれ戦争なのよね。出血の意味が全然違うの。
ペットボトルを駅前に捨てたやつグッジョブ。本来なら小一時間説教するところだが、今だけは褒めてやりたい。
「……琴音ちゃん、逃げるぞ!」
「は、はい!」
おっぱいの感触からは離れがたいが、さすがに池谷と同類に堕ちても仕方ないし、このカオスな状況から一刻も早く抜け出したい。
俺は立ち上がって琴音ちゃんの手を引き、目的地の
駆け落ちではない、断じて。
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