売り言葉に買い言葉、後に噂話

 やべえやべえ。

 登校がこんなに楽しみだなんて、本当に生まれて初めてだわ。

 ちょっとだけ寝不足だけどな。


 …………


 髪の毛、セットした方がいいのかな。

 制服にアイロンかけて、ファブ〇ーズもしたほうがいいか?

 いやそれより大事なことは鏡だ鏡。鼻毛出てないかちゃんとチェックしなきゃ。


 …………


 バカか、俺。

 そんなに気合い入れてどうする。自然体だ自然体。


 思い直して、外へ出て琴音ちゃんを待つことにするか。


 …………


 そうして劇団ひとりを終えて外へ出ると。


「あ、お、おはようございます……」


 既に我が家の門の横にいた。琴音ちゃんが。かりそめの彼女が。両手で鞄を持つポーズもグッド。


「あ、お、おはよう」


 やべえやべえ。

 挨拶が腑抜けたそれになってる。朝一しぼりたての琴音ちゃんがかわいすぎてもうね。

 かりそめの彼氏だとしても、こんな子が迎えに来てくれるなんて俺は幸せ者だ。


 ──なんか勘違いしちゃいそうだわ。


 俺は程よく自制するつもりで、駆け足で琴音ちゃんのわきへ並ぶ。


「待たせてごめんね」


「あ、い、いいえ。わたしも今着いたばかりでしたし……」


「……ならよかった。じゃあ、行こうか」


「はい!」


 ぎこちなく歩き出す俺たち。まるで初々しいカッポーのようだ。甘酸っぱい。


「……」


「……」


 そして無言。色っぽくはない。だがいい香りはする。琴音ちゃんの香りだ。

 意識しちゃう俺。思春期だもんねちかたないね。


 何を話せばいいのかわからないまま歩きながら、琴音ちゃんのほうを見ると、なぜか目が合った。ドッキリ。

 すると、琴音ちゃんが俺の前に手をスッと差し出す。


「……れ、練習、しましょうか」


「……はい?」


「だから、練習です。ど、どうぞ、遠慮なく」


 少し悩んで、少し迷って。

 理解と覚悟が脳内に降りてきた俺は、おそるおそる琴音ちゃんの手を握った。


 ──ああ、やわらか。


「……え、えへ、へ……」


 真っ赤な女の子と化した琴音ちゃんだが、嬉しそうに微笑んでくれる。これが女神か。

 幸せな気持ちで、手が離れないよう並んで歩きだす俺たち。はたから見るとおそらくあまーい。練乳特盛。


 そのまましばらく、糖分を満喫しながら歩いていると、エンカウント発生。


「……祐介!!!」


 後ろから俺を呼ぶ声に驚いて、二人同時に振り向く。


「な、なんで、白木さんと、手を……なんで、なんで……」


 佳世だ。俺たちから少し離れた後ろで、わなわな震えている。


 うわ、見つかった。

 まず最初に思ったことはそれだったが。


「……なんで、なんで白木さんと手をつないで、歩いてるのぉぉぉぉ!!!」


 すっごく焦るような怒ってるような佳世の様子に、ニセモノのつきあいを始めた理由を思い出した。

 琴音ちゃんは慌てているが、心配ないよとばかりに手を少し強く握る俺の様子に、少し落ち着いたようだ。


「……なんでって、そりゃ、俺としら……琴音はつきあっているからだよ。見てわかんないか?」


 近づいてさらに動揺が増しているらしい佳世を、あからさまに挑発。ヒビ〇ダンを見習っていこうぜ。


「つ、つき……なんでよ! 祐介にはわたしがいるじゃない!」


「佳世とははっきり別れたはずだが。土曜日にな」


「別れてない、別れてない! そんなの認めない!」


「……ちょっと何言ってるかわかんないんだけど」


「認めない! 認めないから! 祐介はわたしの隣にいないとダメなの! 祐介のいる場所はわたしの隣なの! 白木さんの隣じゃないの!」


「……ふーん。ベッドの中では池谷の隣にいるくせにな」


「違う、違うの! わたしの彼氏は祐介だけなの! わたしには祐介だけなの、そして祐介にはわたしだけなのぉぉぉぉ!!!」


 髪を振り乱しながらの絶叫。なんかおかしくなってないか、佳世。果たして日本語が通じるだろうか。

 まあ、通じなくても言うだけだけどな。


「……都合のいいことばかり言ってんな。じゃ、池谷は佳世のなんなんだ? セフレか?」


「……」


「そんなふざけた理屈で、俺だけじゃなく琴音まで泣かせやがって。許せるわけないだろ」


「……」


「だから俺は、佳世と池谷に泣かされた琴音とお互いを癒し合うために、琴音のそばにいることに決めた」


「……いや、いやぁぁぁぁ! だめぇぇぇぇ! まだ別れてない、わたしは別れることを認めてないから、まだ別れてない! たとえセフレだとしても許さない!」


「……別に許されなくてもいいわ。佳世が俺と別れてないうちに池谷というセフレを作ったんだから、俺だってたとえ佳世と別れてなくてもセフレを作ったってまったく問題ないだろ?」


 売り言葉に買い言葉。

 そう考えれば俺が誰と歩いてようが手をつないでようが、まったく佳世には関係ないな。俺は佳世の所有物じゃねえもん。


 ま、セフレではない……いや、セッセッセフレンドだから、あながち間違いではないか。いいやもう、訂正するのもめんどくせえ。


「さ、行こうか琴音。じゃあな佳世、俺たちの邪魔するなよ」


「いやああああぁぁぁぁ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 はい、論破です。

 朝っぱらからなんて言い合いさせんだよこのビッチ。同じ学校の誰かに聞かれたらどうすんだ。


 心の中でそんな悪態をつく。佳世が道路でヨツンヴァインになったまま嗚咽を漏らしているのを尻目に、俺は琴音ちゃんの背中に手を回して先を急ごうと促した。


 が。


「……あ、あのですね、祐介くん」


「……ん?」


「わ、わたしは、祐介くんにとって、セフレ、なんですか……? なんですかぁぁぁぁ……?」


 あ、まずい。琴音ちゃんが涙目だ。

 いやいやいや俺たちそんなことまだやってないでしょ!


「ち、違うって。あれは言葉の高〇彩アヤパンで、だいいちセッセッセフレンドの略だから、セフレってのは!」


 焦るわそりゃ。今からそんな目で琴音ちゃんを見るなんて不謹慎な真似はしない。

 歩きながら必死で弁明する俺が間抜けすぎ。


「……ま、まあ、そういうことなら、今回は大目に見てあげます。琴音って呼び捨てにしてくれましたし……」


 ……と思ったらマジか。ちょろすぎないか琴音ちゃん。

 そう思ったことは口に出すのを控え、俺は結局高校に着くまで琴音ちゃんにペコペコしたままだった。


 ──今度から琴音ちゃんを怒らせたら、耳元で「琴音」ってささやこうっと。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして、二時限目が終了した後の休み時間。


「よーう、難攻不落の白木城を池谷というトップカーストから寝取ったという噂でもちきりの、量産型高校生緑川祐介くん」


「やかましいわ! こんな駄文読んでくれてる神様みたいな読者様に説明せんでいい!」


 俺のクラスまでナポリたんが冷やかしにやってきた。


「まったく、朝っぱらから路上でそんな言い合いしたら、そりゃ他の奴らの注目の的になるだろ。時と場所を考えろ」


「いや、あの時はつい頭に血が上ってな……しかしさっきから俺を見てひそひそ話するやつらが多くて、もういや。なんで瞬く間に噂が広がってんのよ。しかも誤解だし」


「そりゃ、白木城攻略なんてゴシップ、思春期の男子には格好のネタだろ。池谷ですら攻略してないわけだから」


 アタマを抱える俺の肩をナポリたんがポンポンと叩いてきた。慰めのつもりか。

 つーか、白木さんのほうは大丈夫かな……かなり心配。


「ま、噂が広まったのはアレだが、佳世と池谷にダメージ与えるってのは成功だったんじゃないか?」


「……そうなん?」


「ああ。池谷のやつ、噂を耳にして具合悪くなって早退したらしいぞ。佳世はまだ登校してないし」


「バカじゃねえかあいつ」


 だがそれほどまでにおっぱいに執着する池谷も、ある意味おとこではあるのかもしれない。そこだけは認めよう。

 そして佳世。そんなにショックだったか。ざまあみろ。俺は非情になる。


「あ、あとな、槍田パイセンなんだが、噂では行方不明らしいぞ」


「……なんだそれ。まさかあれから……」


「わからん。連絡もつかないらしい。あと、これは全く関係ないかもしれないが、阿武隈川あぶくまがわの河原で、切断された若い女性の左腕らしきものが発見されたとか聞いた」


「おいやめろ聞きたくねえ」


 ナポリたんの追加情報が強烈すぎて、憂鬱と優越感とが同時にビヨンドザスカイ。

 俺たちは猟奇事件の目撃者になってしまったのか。恐ろしや恐ろしや。

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