シベリア列車で行こう
そして次の日の朝。
いつからだろう。
佳世が俺から離れていく悪夢を見ないで済むから。
朝起きるとホッとするようになったのは。
まあ、現実でもうすぐ見る羽目になりそうだけどな。
そう思うと、今度は寝ても地獄、醒めても地獄になるかもしれん。
──俺に死ねっちゅーんかい、神様は。
朝一思考がいつものごとくネガティブなので、気持ちを切り替える意味で、朝飯もそこそこにさっさと登校準備を済ませると。
「お兄ちゃーん、佳世おねーちゃんが迎えに来たよー!」
妹の
「……はあ?」
思わず
どちらにせよ、今さら感、そして嫌悪感しかわいてこないわ。
「……佑美、悪いがもう俺は出かけたと佳世に伝えてくれ」
「えっ? なんで?」
「何でもだ。とにかく頼む」
佑美が怪訝そうな顔をする。が、俺におちゃらけ感が皆無とわかると、頷いてくれた。
「……わかった。喧嘩したんなら、早く仲直りしてね」
佑美が俺の部屋から出て行ったのを確認してから、部屋にあった新しいスニーカーを履いて、俺は二階の窓から続く秘密のルートで外へ出た。そのままダッシュで別方向から遠回りして登校することになりそうだ。
──昨日池谷とズッコバコにしてやんよだったくせに、なんでだ?
―・―・―・―・―・―・―
「おーい、祐介ぇー!」
朝から無駄に体力を消費したせいで、授業も集中できないまま時間は過ぎ、ようやく迎えた昼休み早々に、俺の教室までナポリたんが来襲。
「どしたのナポリたん」
「ああ、少し見せておきたいものがあってな。佳世には知られたくないんだが、できれば周りに人がいないところでメシでも食べないか?」
「ええで。じゃ、裏庭にでも行くか?」
「おけ」
というわけで、あっという間に裏庭へ移動。
『佳世に知られたくない』ということは、昨日の話の続きだと想像可能なので、移動中に心の準備をしておいた。
いつもの定位置である裏庭ベンチに並んで座ると、ナポリたんは弁当を広げることなどそっちのけで、自分のスマホを操作し始めた。
「実は昨日、祐介と通話した後に佳世とメッセージをやり取りしたんだ」
「……はい?」
「まあ大したやり取りではないけどな。ただボクは、正直に言って佳世の気持ちがわからなくなった。だから、少し後ろめたい気もするが祐介に見てもらおうと思って」
そうしてスマホのメッセージのやり取りを見せてもらった。
内容は要約するとこんな感じだ。
『佳世、最近忙しいのか? 祐介が寂しそうにしていたぞ』
『そうなの。いろいろやることがあって。悪いと思ってる』
『そうか。まあでも、たまには祐介のことをかまってやってくれよ。幼なじみで大事な彼氏だろ?』
『うん。一番大事な彼氏だよ』
『祐介に言いづらいことがあれば、いつでも相談に乗るからな。遠慮なく言ってくれ』
『ありがとう。その時はお願いするね』
以上。
ナポリたん、さりげなく佳世に探り入れたな。まあ核心に迫るようなことは何も追及してないし、こんな内容なら俺に見せてもいいと判断したのだろうが、それでも俺にはどうしても引っかかることがあった。
『悪いと思ってる』
『一番大事な彼氏だよ』
どの口でこんなセリフを言えるのか、佳世の神経がわからん。いや、どの口って、池谷とベロチューしていた口か。
正確にはメッセージだから、口から言ってはいないんだけど。
「……なるほど、ひょっとして……」
このメッセージを見て、何故今日の朝に佳世が迎えに来たのか、なんとなくわかった。
「ん? どうかしたか?」
「……いや。なんか、佳世が適当なこと言っているなあ、ってさ」
「ああ。ボクもその場しのぎのごまかしにしか思えなかった。やりとり自体、迷いながらメッセージしてるようだったし」
そんな会話をしながら、一つのスマホを覗き込む俺とナポリたん。ピッタリ身を寄せ合っているが、当然ながらそこには甘い雰囲気などない。
その状態のベンチに、ひとりの知り合いが近づいていたことに、俺たちはまったく気づかなかった。
「あ、やっぱりここにいました。あの、みどりか……」
白木さんが歩みよってきたが、近づく白木さんの方向からはナポリたんが見えなかったらしい。俺の陰になっていたので。
目の前に来た白木さんは、俺とナポリたんが恋人のごとく身を寄せて一つのスマホを覗き見ていることを認識して、固まった。
ピシッ、というオノマトペが見えるよ。
……なんで裏庭の気温が真冬のシベリア並みまで下がっているんでしょう……?
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