(二)駆け引きは彩りを添えて②
ラーソルバール自身、英雄だの聖女だのという自覚は無いが、人々にそう呼ばれているという事実を今更どうにかできるものではない。多少なりとも名前が売れてしまった今、厄介事が舞い込んでくるのは避けられないだろう。
こういった場合に寄って来る人々というのは、好奇によるものや単純な婚約の申し込みだけではない。手の内に取り込んで自らの権威に箔を付けようとする者や、派閥に引き込もうとする者など下心を持つ者が多い、という事は歴史が物語っている。
そして、その流れに身を任せても良い結末を迎える事が無いのも理解している。
宰相の牽制が効いているのか今のところ周囲は様子見状態のようだが、誰かが一歩踏み出してくれば我先にと
かつては公爵家やエラゼルという、高貴で近寄り難い存在の近くに居たため何とかなってきたが、今後はそうはいかない。
「誰もが寄ってこられないような、しっかりとした虫避けが必要だね」
シェラはそう言って笑ったが、そもそも虫避けになる人物など居るのだろうか。
ガイザやフェスバルハ家の兄弟といった知人と話していたところで、それと知らない者が見れば、ただ単純に接触を図ってきた者としか映らないだろう。
周囲が多少なりとも遠慮するような地位のある人物、といえばグレイズがそれに該当するのだが、彼に話しかけるなど問題外だろう……と、答えの出ない憂鬱さにラーソルバールは頭を抱えた。
そんな時だった。
「お久しぶりです殿下! 先程のお姿、誠に凛々しくご立派で御座いました!」
(殿下……?)
背後から聞こえた誰かの大きな声が気になって、ラーソルバールは振り返って視線を動かした。
「ああ、久しいなジェストファー侯爵。それとアストネア嬢も。しばらく見ない間にこんなに立派な淑女になっていたか」
人陰で見えないが、声の主はウォルスターで間違いないだろう。先程まで国王らの近くに居たのに予想外に近くに居る事に少し驚いた。
いや、過去の彼の行動を思えば特段不思議な事でもないか、と思い直し苦笑する。
「我が愛娘を覚えていて下さったとは恐悦至極に御座います。アストネアも美しく成長致しまして、この度教会より『聖なる乙女』と認められましてございます!」
「ほう……」
盗み聞きは良くないと分かっていても、大きな声が耳に飛び込んでくる。もしかしたら内容が内容だけに、侯爵はわざわざ周囲に聞こえるように話しているのだろうか。
隣に目を移すと、シェラも呆れたようにジェストファー侯爵を見詰めていた。
「我が娘は平民たちが吹聴するような『聖女』などとは全く違う、真に神聖な者という事になりますかな」
「おお!」
周囲の貴族達が一斉に感嘆の声を上げ、ジェストファー侯爵は陶酔したように満面の笑みを浮かべた。
「将来は殿下の……」
「それではアストネア嬢、つつがなくその役目を全うするように励むとよい。侯爵も今まで通り己が務めに邁進して頂きたい」
「あ、で……殿下……」
話を切り上げるようにそう告げ場を離れようとしたウォルスターだったが、数歩と動かぬうちに他の貴族達に取り囲まれた。
「殿下は何やらお怒りのご様子ですが、貴女何かしました?」
「あ……ファルデリアナ様……。いえ……、私は何もしていませんが?」
突然ふらりと現れた意外な人物に驚きつつも、ラーソルバールは笑顔で迎えた。
「あらそう……? ジェストファー侯爵家も、あの馬鹿娘の放言とその尻拭いで相当評判を落としたようですから、失地回復に躍起になっているようですね。……今回は『聖なる乙女』とやらのために教会に対してどれだけの金を積んだのやら?」
横目で侮蔑するような視線を送り、ファルデリアナは鼻をフンと鳴らした。
ラーソルバールもアストネアの放言について耳にしている。エラゼルを酷く侮辱したものだったと聞いており、今でも少なからず怒りを抱えている。同じように、話しながらファルデリアナがアストネアを嫌悪するかのように見えたのは、果たして気のせいだったろうか。
「それはそうと、ファルデリアナ様はどうしてこちらへ?」
ラーソルバールはシェラと顔を見合わせた後、ためらわずに疑問を口にする。すると何故か、ファルデリアナは少しばつが悪そうに目を背け、口元を扇で隠した。
「いえ、その……家族の近くに居たら、親戚たちが『なぜ三番手なのか』『それで良いのか』としつこく問い詰めてきますし、友人たちの所に行けば『同伴者のサンラッド様は』とうるさく聞かれますので、嫌になって逃げて参りました」
「ぶ……ふふ……」
ファルデリアナのあまりに素直な想定外の答えに、ラーソルバールは思わず吹き出して笑ってしまいそうになったが、辛うじて手で抑えた。
「笑うなんて失礼ですわよ」
娘の態度にひやひやしたような表情を浮かべていたクレストを余所に、当のファルデリアナも笑い出しており、婚約者補同士である二人が作る和やかな雰囲気に、周囲の人々は驚きつつも暖かい笑みを向けた。
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