(三)二つの凱旋と小さな誕生会①
(三)
東のゼストア王国と西のレンドバール王国、両国からの攻撃を凌ぎきったヴァストール王国。
王都の人々は東西からの勝利の報に安堵し、喜びをもって迎えた。それと同時に、立て続けに起こった戦争への不安と、これから訪れるかもしれない新たな国家紛争の足音に怯えることになる。
ラーソルバールらベスカータ砦の騎士達には伏せられていた、レンドバールの侵攻の報。それが公にされたのは戦勝後、砦を出る直前になってからである。
高速通信によるカラール砦の戦勝報告を受けた後であったため、第四騎士団長シジャードの口から語られた内容は「レンドバール王国より再侵攻があったがリファール王子の協力もあり無事防衛を果たした」という完全な事後報告となった。そのおかげで、報せを聞いた騎士達の中に危機感を募ることも動揺が広がる事も無かった。
ここで重要なのが「リファール王子の協力もあり」という一文をわざわざ入れた事である。
リファールはいわば人質として受け入れた存在。にも関わらず、祖国レンドバール王国の侵攻を許したことで、その存在意義を問われかねない状況だった。これは国内向けの発表も同様であり、今回は結果的にリファールの存在が有ったことで大事に至らなかった、という事を周知しておきたかったという事情があった。
ベスカータ砦に派遣されていた騎士達が王都に戻ったのは八月二十三日。既に夕刻ではあったが、先の戦いと同じように凱旋帰還は華々しいものとなった。
無事に帰還した騎士達への声援は大きかったが、その中にあってもラーソルバールの表情は硬いまま。時折ぎこちない作り笑いを浮かべて応えるのが精一杯だった。
騎士団本部に戻って一通りの仕事を終えると、既に周囲は暗く月が静かに地上を照らしていた。帰還後の二日間は強制的に休暇を与えられたものの、どうしたものかとラーソルバールが自邸に戻る道すがら頭を悩ませる。
誕生日を翌日に控えていたが、帰還がいつになるかも分からなかったため本人は何の予定も立てていなかった。
爵位を持ち未婚である身としては、誕生日を祝う宴を催すなどして親交のある貴族らを招くところなのだろうが、そもそも本人にその気が無い。元より、ミルエルシ家でそのような催しをしてこなかったというのが原因のひとつであるかもしれない。
準備もできず何のもてなしも出来ないかもしれないが、ラーソルバールとしては友人達を招いて小さな茶会でも出来れば良いと思っていた程度である。
夜道を歩いて帰って来ると、邸宅の明かりがラーソルバールを照らし出した。
「あれ……」
嬉しいはずなのに、何故か涙がにじむのを感じた。
「お帰りなさいませ、お嬢様! ご無事のお帰り何よりでございます!」
邸内に入るなり、満面の笑顔を浮かべたエレノールがラーソルバールを迎えた。
まだ馴染みの薄い新居ではあるが帰ってきたのだという実感が湧き、優しい笑顔を前に安心したのか肩の力が抜けるのを感じた。
「ただいま……」
持っていた荷物を半分渡すと、共に自室へと歩を進める。
「旦那様はもう少しでお城から戻られるかと思います。まずは湯で汗を流しましょうか」
「うん、そうさせて貰おうかな……」
「それと……。明日のお誕生会にご友人の皆様をお招きするため、一昨日のうちに手配しておきましたので、戦の疲れを癒す意味でもお茶の時間をお楽しみください」
何と手際の良い事か。ラーソルバールは驚きに開いた口を閉じるのも忘れて、隣で微笑む侍女の顔を見る。
「あと……。エラゼル様ですが、今夜半か明日の午前にはご帰還される予定になっていると伺っています。その件で先程イリアナ様よりの使いの方が来られまして……」
「……えっ?」
次々に訳が分からない話をされて、ラーソルバールも困惑する。
「エラゼル……どこかに行ってるの?」
「ああ……騎士団の方でお聞きになられてなかったのですか? エラゼル様は王太子殿下と共にカラール砦に出征されていたようですよ」
「……は?」
驚きのあまりに足が止まる。
何故エラゼルが戦場へ行く必要があったのか。無事であるなら良いが、王太子妃になるべき者が何を考えているのか、全くもって理解ができない。
「私も詳しい事情は存じませんが、イリアナ様からのご伝言ではエラゼル様の帰還時間によって少々遅れるかもしれないとの事でしたので、少なくともご無事でお帰りになるのは間違いないようですよ」
確かに凱旋時、前回と同様に沿道で手を振るファルデリアナの姿は見かけたが、そこにエラゼルの姿は無かった。エレノールの言っている事は恐らく真実なのだろう。
「はぁ……」
ラーソルバールは半ば呆れ気味にため息をつく。
「詳しい事は明日、ご本人にお聞きすれば良いのではないですか?」
笑顔を浮かべながらエレノールはそう答えるに止めた。
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