第四十六章 時の運・人の運

(一)濁流①

(一)


 激しい音がベスカータ砦中に響くとともに、爆風が砦の中へと駆け込んできた。

「なっ……!」

 門の近くに居たラーソルバールは慌てて左手の固定盾バックラーを顔の前にかざしたが、視界は巻き上げられた砂塵と渦を巻く黒い煙で覆われ、何かの破片か小石のようなものが何度も盾や鎧を叩いた。

 それは僅か数瞬の出来事。

 爆風が通り過ぎ、ラーソルバールが左腕を下ろした時だった。砦の外から地鳴りのような歓声が上がり、激しく大気を震わせた。

「今のは……」

 立ち込めていた砂塵や煙が落ち着き視界がはっきりしてくると、見えてきたのは度重なる攻撃に耐えきれずに大きく内側にひしゃげた大門の鉄扉だった。

 人の力、魔法の力というのはここまで大きなものなのかと、驚きのあまりに息を飲む。

「敵軍をここから通すな!」

 大隊長であるフェザリオの声が響き、ラーソルバールは我に返った。

「第五中隊も入り口を包囲する陣に加わり、可能な限り厚めに展開!」

 声を上げ、自身を奮い立たせる。

「前列は抜剣し即時応対可能な体制に、二列目以降はクロスボウを使用し、適宜剣に切り替えて対応!」

 この場所は、間もなく剣と剣がぶつかり合う戦場に変わる。

 剣は大丈夫か、鎧は問題ないか。他にも何かが足りていない物が有るのではないかと不安に襲われる。そんな気持ちを落ち着けるように大きく息を吸い、そして吐いた。

 周囲の動きを確認したあと、ラーソルバールは足元の感触を確かめるように石畳を踏みしめる。先程の爆発による影響か、粉塵や砂粒のようなものが表面に浮いており、やや上滑りするような感覚が有る。激しい動きに耐えられないかもしれない。

(敵は……)

 視線を上げ、門の方を睨むように見る。

 突入口が出来たとはいえ、敵はまだ侵入して来る様子はない。恐らくは入り口を広げてから一気に攻めて来るつもりなのだろう。

 ラーソルバールは最前列に立ち、剣を構えた。

 後ろにはシェラが居る。ビスカーラ達が居る。ここから一歩も後ろへ通す訳にはいかない。心を決めた。


 再び大きな音が響き、扉は弾かれるように大きく内側に開き、その向こうには突入を待つゼストア兵の姿が見えた。

「来るぞ! 全員生き残れ!」

 フェザリオの言葉に大隊全員が声を上げ、それは他の隊にも波及する。

「攻め込め!」

 ほぼ同時に、号令のもと濁流の如くゼストア兵が砦の中へとなだれ込んできた。

「放てっ!」

 即座にそれに応じるように矢が放たれ、ゼストア兵達に襲い掛かる。

 だが、ゼストア側は装甲の厚い兵を前面に突入を図っていたため、期待していた程の損害は与えられていない。後続の装甲の薄い兵に目標を切り替えるしかない。

「弩は後ろの兵を!」

 その指示により第二射が終わった直後、激しい白兵戦が始まった。

(装甲が厚い分、動きは鈍いけど……)

 隙をついて鎧の継ぎ目や脇などの装甲が薄い箇所を狙えば対処は可能だが、狙った攻撃が逸れて装甲に跳ね返されてしまえば、逆にそれが命取りになりかねないのは分かっているが。

「慎重にやっている暇なんか無いっ!」

 ラーソルバールは最初に寄って来た敵兵にも慌てず、相手の攻撃を盾で逸らすと即座に肩口の装甲の隙間に剣を突き立てた。直後に剣を抜きながら体勢を崩した相手を魔力を込めて蹴り飛ばすと、敵兵は重装甲も相まって後方の数人を巻き込みながら倒れ込んだ。

「次っ!」

 敵兵を蹴った反動で後ろに下がったラーソルバールだったが、石畳の溝を足掛かりに前方に再び飛び出すと、別の騎士が戦っていた右前方の敵の側面に回り込みつつ脇の下へと剣を突き立てた。

「うぐっ……」

 死角からの想定外の攻撃に抗えずに敵兵は膝を折り崩れ、直後に眼前の騎士によって首を切りつけられ息絶えた。

「すまん!」

「次、来ます!」

「おうよ!」

 僅かな言葉で全てを察したように二人は剣を構えなおし、次の敵と対峙する。

 ラーソルバールは剣を振るい、ひとり、またひとりと倒す。

 戦っている敵兵らの背後で、ラーソルバールが最初に蹴り倒した兵が起き上がり、剣を構えるのが見えた。が、ラーソルバールは眼前の敵に遮られ手を出せない。

 起き上がった敵兵が僅かな隙間を突くように剣を突き出しかけたところ、狙い澄ましたように放たれた光弾がそれを遮った。予期せぬ光弾の直撃を受けた敵兵は、絶叫しながら背後へと崩れ落ち、そして動きを止めた。

「出来る限り魔法で援護します!」

 ビスカーラの声が背後から聞こえた。

「頼みます!」

 激しい戦闘の音と、石畳を叩く鎧の音で声も聞き取りにくい。それでも言葉も気持ちも伝わっているのだと信じて、ラーソルバールは次の敵へと挑む。


 入り込んできた敵はどの程度か。今はまだ守備側が優勢だが、このまま続けば消耗して押される一方になるかもしれない。防壁の上も恐らく手一杯でこちらに回せる余力など無いだろうし、どの程度持ち堪えれば良いのか。

「余計な事を考えるな……。今は目の前に集中しないと……」

 自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた声は周囲の喧騒にかき消され、僅かに兜の内側にだけ響いた。

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