(三)隊長の心得①
(三)
レンドバール王国が再戦を企図し襲来す。
その報は、ゼストア王国軍と戦うベスカータ砦にも高速通信でもたらされた。
王都からの報には、ただ「後顧の憂いなくゼストアと戦われたし」とあるのみで、攻めて来るレンドバールにどう対処するのかまでは記されていなかった。
レンドバール軍は夏になり糧食を手にする事が出来たとはいえ、困窮する国内情勢を考えれば長期戦が出来る程の量は確保できてはいないだろうという予測はできる。だがそれが分かったところで、ベスカータ砦の現状では何の対策の講じようもない。
「ああ、後ろの事なんか気にしてる暇なんざ無いんだよ!」
ジャハネートは手渡された書面を読み終えるなり、机の上に放り投げた。
「変な不安が広がるとまずいから、戦っている連中には知らせない方がいいだろうな。できれば騎士団長と副官程度で止めておくのが妥当か……」
王都からの急報という事で休養時間に叩き起こされたシジャードは、鎧を脱いだままの服装に上着を羽織っただけであり、眠気のあまりに欠伸をしつつ締まりのない顔で頭をかいた。
「あんたのそんな恰好見たら、世の女どもが泣くだろうね」
「泣こうが悲しもうがどうでもいいさ。女性の関心なんかより、今は睡眠時間が欲しいね……」
「ん……ああ、違いない……」
目の下に隈があるのを気にする様子も無く、ジャハネートは苦笑しながら同意した。
その頃、防壁上のラーソルバールはゼストア軍との戦いの中に居た。
「第五中隊! 間断無く八連射した後、第六中隊と交代します!」
二組が入れ替わりながら交互に矢を放つ。そうして敵を退けてから得る僅かな休憩時間。
張り詰めた気持ちを僅かでも落ち着かせるように大きく息を吐く。
敵軍の動きがおかしい事も、兵が少しずつ減っているのも分かってはいる。だが、攻め寄せる敵に対し効果的な対応ができない以上は、砦に釘付けにされている現状からは抜け出す事が出来ない。
優勢を保ってはいるものの、敵軍の魔法や弓矢によって砦の騎士達にも少なからず被害が出てきている。
「どうします中隊長?」
ルガートが周囲の音に掻き消されぬよう、声を張って尋ねる。
「どう、って……?」
「居なくなった奴らは迂回路を探していると思うんですが、放置しておいていいんですか?」
まさにラーソルバールの心配していた事だが、中隊長程度の権限ではどうにかできるものではない。少なくともその対策は団長達が考えているものだとは思っているが。
仮に何か起きるとしても、第七騎士団が到着する日時とそう大きな差は出ないだろうという予想はしている。砦の背後に回られたとしても、第七騎士団が居れば挟撃なり野戦なりが可能になるはず。とすれば、恐らく相手は第七騎士団の動向を知らないまま動いているのではないか。
そう考えている間にも、防御用に置かれた鉄の盾壁に矢が当たり、高い金属音を響かせる。
「ああ、こっちに集中しなきゃ! 大丈夫。四人の騎士団長が居るんだから、対策は考えていると思うよ」
「他の三人はともかく、うちの親分がそういうタマに見えるか?」
話を聞いていたかのようにギリューネクが口を挟む。
上司に対して酷く不敬な発言ではあるのだが、誰もがランドルフの顔を思い浮かべ、その言葉を否定できずに苦笑いしながらうなずいた。皆が同じ反応であったことで、誰となく自然に笑みがこぼれる。
「まあ……、私たちは自分の持ち場をしっかり守る事。余力が有れば、怪我人の出ている隊の支援に回って」
「分かりました!」
この些細なやりとりで少し精神的に楽になった気がするが、ギリューネクがそれを狙って発言したのかは定かではない。だが、そうやって精神的にも肉体的にも極限状態にある部下たちの気持ちを少しでも楽にすることも、隊長の重要な務めなのだとラーソルバールは感じとった。
「何だ?」
ラーソルバールの視線を感じ、ギリューネクは眉間にしわを寄せて苦笑いをする。
「いえ……。勉強になります……」
「あん?」
何に頭を下げられたのか見当もつかないギリューネクは、首を傾げながらも照れ隠しするように顔を背けると矢筒を手に持ち場へ戻って行った。
「ハハッ……さしものギリューネク隊長も美人には弱いと……」
「違いない……」
そんな言葉と共に、どこからともなく笑いが起きたのだが。
「ほら、ボサっとしてねぇで、さっさと持ち場に戻れ!」
「ハイーッ!」
部下たちの揶揄する声が聞こえたのか、ギリューネクが苛立ったように怒鳴ると、数名の騎士達は慌てて弩を手に持ち場へと戻って行った。
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