(四)騎士と爵位③

 酒が目の前に運ばれてくると、男二人は即座にそれを流し込むと、大きく息を吐いた。

「そういや命令書を見たが、今度の任務はシルネラ行きらしいな」

 ギリューネクはそう口にしたが、視線はラーソルバールには向けない。

「予定にはありませんでしたが、ご同行下さるんですか?」

「馬鹿言え、大隊長が居るんだから行く訳ないだろうが」

 どういう意図でシルネラの話を口にしたのだろう。多少は心配でもしてくれているのかと、ラーソルバールは苦笑いする。

「話の途中ですまないが、自己紹介を済ませようか。俺はこのギリューネクの同期でロイドール・バリュエ、三星官だ。君の事は良く知っているが、このお嬢さんを紹介して貰えるかな?」

 バリュエが二人の話を割るように口にする。

 もとより、ラーソルバールとしてはシェラと二人で話をしたかっただけなのだが。

「こちらはシェラ・ファーラトス一星官。騎士学校の同期で、今度シルネラ大使となるファーラトス子爵の娘さんです」

 ラーソルバールの紹介に、シェラは恥ずかしげに頭を下げた。

「どこかの跳ねっ返りと違って、落ち着いているな」

 感心したようにつぶやくと、ギリューネクは視線を外した。

 貴族の娘と聞いて毛嫌いするのかと思えば、その様子もない。想定していたものと異なる意外な反応に、ラーソルバールも首を傾げた。

「おや、ミルエルシ嬢は意外そうな顔をしているね。ギリューネクの貴族嫌いが多少落ち着いたのは君のおかげだよ。悪態ついているけど、君の事は認めているみたいだから……」

「え?」

 意外な言葉に、ラーソルバールは驚いた。

「バカ! 変な事言うんじゃねえ。コイツが勘違いするだろうが!」

「何照れてるんだ。彼女が灰色の悪魔とやり合った時の事を、酒を飲みながら嬉しそうに俺に話してただろう?」

 初めて知らされる事に、ラーソルバールは動揺して顔が上気するのを自覚する。

「いえいえ、そんなはずないですよ。中隊長は私の事嫌いですよね?」

「ああ、嫌いだ。……だが、カラール砦の件といい、先日の件といい、俺が思ってた貴族とは違った。ただそれだけだ……」

 ギリューネクは酒の入ったグラスを口に運び、顔を隠すと「フン」と鼻を鳴らし、余所を向いた。

 その様子を見てバリュエは苦笑いをしながら、ラーソルバールに目配せをする。

「素直じゃねぇなあ。せっかく橋渡ししてやろうと思ったのに……」

「んな、頼んでもいねぇのに、余計なことするんじゃねぇよ! 酒が不味くなるから別の席に……」

 ギリューネクが立ち上がろうとしたところを、バリュエが無理やり腕を掴んで引き留める。

「まあまあ、奢るって約束したんだから仲良くやろうぜ」

「ぐ……」

 約束を反故にするわけにも行かず、ギリューネクはバリュエに従わざるを得なかった。


 二人のやりとりを横目に、ラーソルバールは話を切り出す。

「お父様がしばらく国を離れられることで、寂しいだろうけど……」

「ん……そうでもないかな。今まで黙ってたけど、疎まれているという程じゃないけど、私はあまり父とはうまくいってないから、居なくなってくれた方が気が楽になるというか……。ラーソルのお父様みたいな人だったら良かったんだけどね」

 シェラは苦笑いしながら答えた。

「あの人はあの人でね……。騎士だった時も仕事一本な人だったし、今も帰ってきてちょっと話す程度だよ。特に趣味がある訳でもないし」

 ラーソルバールの言葉に、ギリューネクが興味を持ったように振り向いた。

「ん、お前の父親も騎士だったのか?」

「まあ、一応……」

 先程の件もあって、どう接したら良いのか測りかねているラーソルバールは、曖昧に答えた。

 直後に、いつの間にか注文されていた料理の皿が眼前に並べはじめられ、話はそこで途切れることになった。

「フォルテシアはどうしたの?」

「ん、何かジャハネート様に捕まって、今日は副官の皆様との食事会に連れて行かれる事になったらしいよ」

 ラーソルバールはここに居ない友と話せない寂しさを、そう言って笑い飛ばす。

「ふふ、それはそれで大変そうだねぇ」

 困惑するフォルテシアの表情を思い浮かべながら、シェラは柔らかな笑みを浮かべた。


 シルネラへの出立の日。

 第十七小隊は、ファーラトス子爵の王都別邸前に居た。

「騎士団の皆さん、シルネラまでよろしく頼みます」

 温厚そうに見えるファーラトス子爵。シェラの言うような親子の壁を作りそうな人なのだろうか。ラーソルバールは首をひねる。

「ラーソルバール嬢……いや、ミルエルシ男爵もよろしくお願いしますよ」

「騎士であるときは、ただのラーソルバールです。シルネラまでしっかりと騎士としての任務を全うさせて頂きます」

 ファーラトス子爵の差し出した手を握ると一礼する。そして、ラーソルバールは姿勢を正すと、騎士としての誓いを込めて力強く敬礼をした。

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