(二)繋がる想いは③

 ヴァンシュタイン家の二人が退室させられてから間もなく、国王の指示により入れ替わりで四名が部屋へと招かれる事になった。

 リファール、ルベーゼ、エラゼル、そしてラーソルバールである。

 呼び出しを受けた直後、廊下を歩きながらラーソルバールは首を傾げた。

 リファールとルベーゼは分かる。エラゼルは付き添いということだろう。だが何故、晩餐会に関係の無い自分までもが呼ばれる必要があるのか。

 事件の報告なら団長と上司が済ませているはず。国王陛下に会うなど謁見の時だけで十分だというのに。

 更には王命とは知らぬ近衛兵達には、すれ違う度に鎧を着た騎士は場違いだ、と言わんばかりの視線を向けられる。

 そんな不満が顔に出ていたのだろうか。

 隣を歩くエラゼルはラーソルバールの顔を見て、堪えきれずに吹き出して笑い出した。

「陛下にお目通りする時は、いつも同じような顔をしているのか?」

「え……そんな……事はないよ……」

 とは言ったものの、過去にも似たような顔をしていた可能性があるので、明確に否定もできない。

 暗い表情のラーソルバールに対し、エラゼルは先程の姉のやり取りを見ていた事もあってか、機嫌が良さそうだった。


 廊下を進むうち、ひとりの若者と出くわした。

 グレイズ・ヴァンシュタイン。彼は兄のしでかした事件を聞かされたのだろう。憤懣やる方ない様子で歩を進めていた。

 彼はエラゼルの姿を見つけ、立ち止まり表情を引き締める。

「デラネトゥス家には愚兄がご迷惑をお掛けしました。誠に申し訳ありませんでした」

 グレイズも野心の塊のような男だとエラゼルは思っている。それがこのように恥辱にまみれて頭を下げるなど、その心中はどのようなものであろうか。

「姉様、彼はグレイズ・ヴァンシュタイン、例の男の弟です……」

 エラゼルは姉にそっと耳打ちをする。

「グレイズさん、貴方は何もしていないのですから、気に病む必要は有りませんよ……」

 穏やかな声でルベーゼは語りかける。

 罵声を浴びせられるものと思っていたグレイズは、驚いたように目を見開き、もう一度頭を下げてから去っていった。

「姉様はお優しいですね……」

 少々呆れたように笑いながら、エラゼルは姉を見る。

「今日は良い事も有ったのだから、少しくらい優しさを振り撒いたって良いでしょう?」

 幸せそうな微笑みを浮かべる姉に、これ以上の言葉は不要だと悟ったエラゼルだった。


「失礼致します」

 国王が待つ部屋に入る際、ルベーゼが代表するように声を上げた。

 中には父が居ると聞いており、自身が当事者であるという認識があるからだろう。

 室内から応じる声が聞こえたので、静かに扉を開けた。

 ラーソルバールも共に入室したが、部屋を見回せばいつの間にか上司たちは居なくなっていた。であれば、なおさら自分が居る必要など無いのではないか。そう思ったところで、エラゼルにちらりと顔を見られた。直後に彼女の口端がやや上がったのは、考えを悟られたという事だろうか。

 頼もしくも恐ろしい友だと、ラーソルバールは少し呆れた。

「久しいなルベーゼ嬢。此度は無事で何よりであった」

 国王は安堵したような表情を浮かべ、ルベーゼとの対面を喜んだ。

「ご無沙汰しております、陛下。この度はご心配をおかけし申し訳ありませんでした」

「いやなに、無事であれば良いのだが……にしても、何やら表情が明るいのはどうした訳か?」

 ルベーゼの様子を見て、国王は不思議そうに尋ねた。

「いえ、救護院の方に治癒をしていただき、少し調子が良いのと……他にも良い事がありましたもので……」

「何かあったのか?」

 今度は父であるデラネトゥス公爵が、国王に先んじて尋ねる。

「陛下、父上、不躾ながらお願いが御座います」

 ルベーゼは淑やかに、そして優雅にお辞儀をして見せる。

 それはエラゼルとはまた違った美しさであり、魅力に溢れるものだった。

「そなたは王子たちと共に育った我が子のようなもの。なるべくなら、その願いとやらを叶えてやりたいが」

 穏やかに笑みを浮かべ、優しい眼差しでルベーゼを見る。

 なるほど、場によってはこういう表情もするのか。ラーソルバールは国王の意外な一面を見たようで、少し驚いた。

「有難う御座います」

 ルベーゼはスカートの端をつまんで、軽く会釈で返す。その時、ちらりと彼女の視線が横に動く。

「その先は、私の方から……」

 別の人物が口を開いたことで、周囲の視線が声の主に一気に集まる。

「国王陛下、デラネトゥス公爵閣下、今すぐとは申しませんが、ルベーゼ嬢との婚約をお許し頂きたいのです」

 リファールはためらう事無く言い切った。その横でルベーゼは微笑みながら頬を染める。

「私はこのような身ゆえ、難しい事とは思いますが……何卒!」

 呆気にとられる面々。だがその時、後ろに立つラーソルバールとエラゼルの満足そうな顔を見て、メッサーハイト公爵はリファールの「親ヴァストール」の理由が意図的に伏せられていた事を悟った。

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