(四)ルベーゼと夜の風①

(四)


 晩餐会の前の顔合わせ。

 大広間には既に多くの人が集まってきている。

「あら、エラゼル。お友達とのお話は終わったの?」

 エラゼルが広間に入ってきたの見つけ、イリアナが声をかけた。それを見たファルデリアナはエラゼルに目で合図を送って別れると、自らの家族のもとへと向かった。

 デラネトゥス公爵家の人々は、エラゼルを残して先に会場に入っていたため、揉め事があったという事は知らない。

「いえ、挨拶程度のものです。少しファルデリアナと話しておりました」

 些細な出来事だけに話す必要もない。エラゼルは姉に笑顔を向けると、寄り添うように隣に立つ。


 会場には既に国内の公爵家全てが揃っていた。

 デラネトゥス家の他に、ファルデリアナのコルドオール家、現宰相が当主であるメッサーハイト家、前宰相が当主であったエイドワーズ家の四家である。

 エイドワーズ家は前宰相であったアーデストが、宰相を退いた際に隠居し、当主の座は現国王の弟であるファスタール公に引き継がれている。

 現在の王太后カリーナはアーデストの妹にあたり、現国王とファスタール公の母でもある。アーデストに子が無かったため、甥にあたるファスタール公が跡を継ぐ形となったのだが、王位継承権まで放棄したわけではない。ファスタールは野心家ではないと言われているが、彼が今後どう公爵家を動かしていくかが国の運営に大きく関わってくる事になると、誰もが関心を寄せている。


 続々と会場には人がやってくる中、ルベーゼは父の傍に立ち小さく声を発した。

「馬車に揺られたおかげで少々気分が優れません、バルコニーに行って夜風にあたって参ります」

「ああ、もうすぐ会の挨拶がある。できれば早く戻ってきなさい」

 娘を気遣うように、父は優しい言葉をかける。

 会場警備には近衛兵も居るし、外は騎士団が警備を行っている。一人で動いたところで、大して問題も無い。ただ、隣国の王子の顔を知る機会だけに、挨拶の折には会場に居て欲しいとは思うのだが。

 ルベーゼは、おぼつかない足取りでバルコニーまでやってきた。

 見下ろせば警備の騎士達が明かりを手にし、忙しそうに動き回っている。先程の人々はどこだろうか。手すりを掴んで周囲を見渡すと、初夏の夜風が優しく髪を躍らせた。

「ああ、あの日もこんな感じだったかしら」

 何かを思い出したようにつぶやくと、ひとり微笑んだ。


 ルベーゼが家族から離れて間もなく、夕刻六つを知らせる鐘が鳴った。会の始まりである。

 国王が挨拶をし、レンドバールの第二王子としてリファールが紹介された。

 そして王太子オーディエルトが乾杯を告げると、会場からは華やかな音楽と、賑やかな声が漏れるようになった。

「あら、始まったのかしら」

 バルコニーで外の空気にあたっていたルベーゼは音に釣られるように振り返る。

 戻らなければ。そう思いたち、眼下に見える騎士達に手を振ると、少しよろけながらも家族のもとへと足を動かす。

 参加人数が多く立食という形になっているため、会の開始とともに人の位置も動いている。それでも先程と同じ場所に行けば家族は居るはず。すれ違う人とぶつかりそうになりながらも、何とかエラゼルの後ろ姿が見えるところまで戻ってきた。

 そして目の前を通り過ぎようとする人物を避けようとした時だった。

「おや、ルベーゼ嬢ではありませんか。本日はいらしていたのですか?」

 銀髪、長身の男が恭しく頭を下げる。

「これは、ダドゥーイ様。お久しぶりで御座います」

 具合が良くないとはいえ、ルベーゼも節度を失わぬように淑女らしく礼を返す。


「姉上、あの御仁は?」

 ルベーゼという言葉で姉が戻った事に気が付いたエラゼルだったが、その姉の目の前に居る人物には心当たりがなく、小声でイリアナに尋ねた。

「ああ、彼はガドゥーイ・ヴァンシュタイン。ヴァンシュタイン侯爵家の二男よ」

「ヴァンシュタイン……。なるほど、確かにあの容貌に銀髪を見るに、あの男に似ていなくもない」

 家名を聞いて一人の人物を思い出し、エラゼルは不快そうに眉を吊り上げた。侯爵家も全て参加しているのだから、その人物も居て当然なのだが不覚にも今まで存在を失念していた。

「彼はルベーゼにご執心でね……何度も婚約の打診をしてきたのよ。ルベーゼは彼に限らずそういう話には見向きもしなかったけど」

「ルベーゼ姉様は、病気を理由にお断りしていたのですから、当然では?」

 姉の言葉がひっかかり、エラゼルは首を傾げた。

「あら、気づかなかったの? きっとルベーゼには、心に決めた人がいるんだと思うわ」

「え?」

 意外な言葉にエラゼルは続ける言葉を失った。姉に想い人が居るというのであれば納得できる事もある。

 家族だからこそ分かるが、ルベーゼは確かに目の前の男の存在を疎ましげに見ている。男は男で甘言を並べ、自らに振り向かせようといているようだが、その言葉は何も心に響くものではないのだろう。

 哀れな男だと、誰に気付かれることなくエラゼルは小さく笑った。

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