(四)ラーソルバールと小隊②

 異動が記載された掲示物の前で、ラーソルバールは固まった。

『昇進 ラーソルバール・ミルエルシ三星官 配属・第十七小隊隊長』

 小隊長になるというのは想定していたが、実際に書面で見るとやや抵抗がある。

 だが、問題はそこではない。ラーソルバールが第十七小隊のまま隊長になるということは、ギリューネクはどうなったのか。

 彼の名を探そうとした瞬間だった。

「おはようございます、ラーソルバールっ!」

 突然背後から声をかけられ、驚いて身を強張らせた。

「どうしました?」

 肩越しに顔を覗き込みながら、声の主は笑顔を向けた。ビスカーラだった。

「え、ああ、ギリューネク隊長はどうされたのかと……」

「今回、一月官に昇進して中隊長になったようですよ。ほら、ラーソル隊長の隣の列、五つくらい上に名前があります」

 ラーソルバールの名前の斜め上を指差す。

「第五中隊……隊長」

「形は違えど私達の上司のままということです。ちなみにヴェイス中隊長は別の隊に異動されたみたいですね。私達に関係ありそうな人の異動は全部見ましたよ」

 早めに来て見終わったという事だろう。ビスカーラは得意げに笑った。


 対するラーソルバールは笑っていられるような状況でもない。

 果たしてギリューネクとの縁が切れないというのは、良い事なのか悪い事なのか。後で着任の挨拶に行かねばならないし、引継ぎしなければならない事も有るだろう。否応なく顔を合わせる事になるだけに、何を言われるやらと今から気が重くなる。

「で、ここまでは良いんですが……」

「……え?」

 今までの話でも十分に思うところがあったにも関わらず、まだ何かあるのか。ラーソルバールは冷や汗が出そうになるのを感じた。

「うちの隊はギリューネク隊長が居なくなって実質人員減になる訳ですが、一名人員が補充されます。というか、帰って来るって言った方が正確ですかね……」

 意味ありげな言い方に、ラーソルバールは眉間にしわを寄せ、ビスカーラの顔を伺う。

「あ、ここじゃ話しにくいので、部屋に行きましょう」

 ビスカーラに背中を押されながら、廊下を移動する。通り過ぎる人と会釈程度の挨拶を交わしながら、足早に小隊の執務室にやってきた。

 そのまま二人は連れ立って入室すると、ビスカーラは他に誰も居ない事を確認してから、そっと扉を閉めた。


「それで、先程の話の続きなんですが……。今回補充される人というのは、もともとこの小隊に居た人なんです。昨年末に病気療養という名目で長期休暇に入って、今まで予備人員扱いになっていました。その欠員の補充人員として、ラーソルさん……隊長が配属されたんです」

「何か問題が……?」

 話を聞いていて特に問題が有りそうに感じなかっただけに、なぜビスカーラがここまでの反応をするのか理解できなかった。

「その人は伯爵家の三男で、まあ、色々とありまして……。ギリューネク隊長の貴族嫌いが酷くなったのも、その人のせいなんです」

 気位が高く、他者を見下す典型的な貴族の子息という事だろうか。優秀であれば理解できるところもあるかもしれないが、無能であれば害しか無い。

 もっとも縁故で騎士団には入れないはずなので、そこそこの才覚はあるのだろうが……。

「実際、優秀な人なんですけどギリューネク隊長と意見が合わなくて、激しくやりあった結果、やってられるかーってなったんです。転属願いも出していたみたいですので、病気療養は当然ながら建前でしょうね」

 ということは、ギリューネクが小隊長では無くなったと聞き付けて戻る気になったのだろうか。話だけでは分からないが、貴族の子息とギリューネク、どちらにも問題があったのではないかという気がしてならない。

「ってことは、貴族の娘ならやり易いだろうとか思われてるのかな?」

「そうかもしれないですねぇ……」

 話はここで終わったが、ビスカーラはラーソルバールの顔を見ながら、やや憐れむように苦笑いをする。


 新人でまだ右も左も分からないというのに隊長などできるものか。しかも問題がある人間がやって来るというのだから、歓迎すべき話ではない。愚痴でも言いたいところだが、まずは引き継ぎをこなさなければならない。先任に色々聞かなければならないと思うと、更に憂鬱になった。

「じゃあ、ギリューネク中隊長のところに行ってきます、と言っても隣だっけ……」

 ラーソルバールはひとつ大きなため息をついてから扉を開け、廊下へと出た。

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