(四)憂鬱な年末②

 エラゼルも荷物をまとめてあったようで、ティーカップを洗い終えた後、結局三人で寮を出ることになった。

 ラーソルバールとしては、前年のように街でゆっくりしたいと思ってはいるのだが、この休暇のうちにやらねばならない事がいくつもあるため、昼食を共にする程度の時間しかない。

 年末で賑わう街は、年始のファタンダールによる襲撃事件や、地震による影響を感じさせる事は無い。以前と同じように笑顔が溢れる様子を見て、嬉しさに胸が熱くなるのと同時に、この平和を守りたいという思いを再認識することができた。


「街を出歩くときに、貴族の令嬢らしい格好ってほとんどした事無いなぁ」

 街で見かける人々の服装を見ながら、ラーソルバールはぽつりとつぶやいた。

「そんな格好して歩いてたら浮くから、まともな買い物なんかできないよ……」

「シェラは街娘って感じの格好が似合いそうだもんね。どこかの公爵家は、綺麗なドレスを着て馬車を店の前に停めたりして買い物してるんだろうけどさ」

「わ……悪いか……? 私だって本当は嫌なのだ。こうやって制服を着て歩けば、誰にも気にされずに済むし……」

 公爵家の娘は顔を赤らめ下を向くと、最後には口淀む。

「ふふ、可愛い……」

 その姿を見たシェラが小さくつぶやきながら、嬉しそうに微笑んだ。

「そ……そうだ。例の件だが、予定通り明日で良いのだな」

 何かを思い出したように、エラゼルが顔を上げ、ラーソルバールに尋ねた。

「え……ああ、お願いしてあったやつね。明日でお願いします」

「わ、分かった。伝えておく」

 話を誤魔化したな、と感じたシェラだったが、口には出さずに黙ったままで居ようと決めた。


 三人は昼食を終えると、それぞれ家路に着いた。

 貴族の令嬢が護衛も付けずに街中を一人で歩くというのは、無用心ではあるのだが、制服を着用しているため、それと気付かれる事も少ない。もっとも例え誘拐を図ったところで、少人数であれば返り討ちにされるのかもしれないが……。


「ただいま! 父上、お仕事は?」

 家の鍵が開いていたので、父の在宅を確信し、扉を開けるなり声を家中に響かせた。

「ああ、おかえり。お客様も……」

「お嬢様ぁっ!」

 大きな声とともに、誰かがラーソルバールに飛びついてきた。

 何度も似たような経験をしているおかげで、それが誰なのかすぐに理解することができる。

「エレノールさん、いらっしゃいませ! 今日は夕方に来られるという話だったかと思いますが……」

「そんなの待てる訳が無いじゃないですか!」

 満面の笑みを浮かべながら、ラーソルバールに抱きついていたが、ひとしきり頬ずりしたところで名残惜しそうに離れた。

「午前中に仕事が終わって帰ってきたら、家の前で待っておられたんだ……」

 玄関まで出てきた父が苦笑いしながら説明をすると、エレノールはラーソルバールの手をとり、。

「お嬢様が使用人を募集されると聞いては黙っておられません!」

「確かにフェスバルハ伯爵に信用できる人を斡旋して欲しい、とはお願いしましたが……。とりあえず、腰掛けて話しましょうか」

 玄関で立ち話するような内容でもない。エレノールを落ち着かせると、ゆっくり話ができるよう、リビングへ移動するよう促す。

「今、お茶を淹れますね」

「お嬢様、それは私が!」

「エレノールさんは、今日はお客様なんだから大人しくしていて下さい」

 腰掛けたばかりのエレノールが立ち上がろうとしたところを制止する。それを受けて、エレノールは珍しく「分かりました」と素直に答えると、椅子に座りなおした。


 暖炉にで沸かしていた湯を手に取り、手際よく茶の入ったポットに注ぐ。

 騎士学校の生徒や、ラーソルバールにとっては日常の事だが、一般的な貴族の令嬢がやることではないのだろう。

「お嬢様、以前にした件、覚えておられますか?」

 茶を蒸らすために手を止めたところで、頃合を見計らっていたようにエレノールが尋ねた。

 約束とは、エレノールを雇うという話の事だろう。あの時はラーソルバール自身、爵位や領地を持つことになるとは思って居なかったので、曖昧に濁したつもりだった。

「本気だったんですか?」

「当たり前じゃないですか! 伯爵様にも既に了承を頂いていると以前にもお話したではありませんか。お嬢様が爵位を得られてから、この日が来るのを待っていたのですからね!」

 そこまで乞われて嫌だと言えるはずもない。エレノールの人柄も良く知っているし、色々と安心して任せられるのは間違い無い。

 茶をカップに注ぎ終え、ポットをテーブルに戻すと、ラーソルバールはゆっくりとうなずく。

「分かりました。よろしくお願いしますね」

 その一言で、エレノールは満面の笑みを浮かべた。

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