(二)仕掛け①
(二)
地震による影響から立ち直り、騎士学校でもようやく通常の授業に戻った頃だった。
夕食を終え、ラーソルバールが自室に戻って教書を読んでいた時のこと。静寂の時は、扉を叩く音で終わりを告げた。
「ラーソルバール少し良いか?」
扉の向こうの来訪者を迎えるため、椅子から立ち上がると部屋の鍵を開ける。
「どうしたの? エラゼル」
浮かない顔をしたままの友を部屋に招き入れる。彼女の様子から、良い話をしに来たようには見えない。
ラーソルバールは扉を閉めると鍵を掛け、椅子に座るよう促す。空気の流れでランタンの炎が僅かに揺れ、エラゼルの金色の髪を艶かしく映しだした。
エラゼルは黙って腰掛けると、大きく息を吐く。そしてラーソルバールが向かいに腰掛けたのを確認すると、彼女は口を開いた。
「ラモサで会った男の言葉を覚えているか?」
ラモサの男、それはエラゼルの姉イリアナを狙った暗殺者だった者の事。
「もちろん。彼の居た暗殺者集団の頭が私達を狙ってるって……」
ラーソルバールの答えにエラゼルは頷いた。
「あの時、奴を取り逃がしたばかりに面倒事が先延ばしになっていた訳だが……」
「と、いうと?」
問いに対して、エラゼルは僅かに間を置くと、ラーソルバールの瞳を見つめる。その強い意志を感じる眼差しに、思わず魅入ってしまいそうになる。
「我が家の者が奴の動向を探っていたらしいのだが、最近奴の怪しい動きを掴んだらしいのだ。とはいえ、公爵家としては表立って動く訳にもいかない。犯罪者とて街中で手を出せば、国家警備隊の領分だけにそれなりに問題も出る。父上とて隠蔽などという事に手を染めるつもりもないはずだ」
「それは分かるけど……」
「だが、国家警備隊に任せたところで、暗殺者のように色々な情報を握っている輩だ。捕まると困る連中も多いだろうから、様々な妨害も考えられる」
エラゼルの言っている事は間違えてはいない。国家警備隊が動いても、妨害されるか、あわよくば捕らえたとしても、逃がされるか殺されるに違いない。
暗殺の依頼主は商人や貴族に限った話では無いだろう。役人の中にも明るみ出ては困る者も居るだろうし、そうした連中が大人しく見ているはずもない。
「奴が今まで大人しくしていたのは、恐らく同じ舞台で雪辱を期す心積もりだったのではないか、と思っている」
同じ舞台、それはエラゼルの誕生会を意味するのだろう。
「標的はエラゼルと私。つまり、私に去年みたいなああいう華やかな会に参加しろって事?」
「いや、他家でも宴を控えて居る中、流石に我が家とて、年内は大きな催しは行うつもりは無い。あくまでも親戚と友人達を集めたものになる」
そう言われても、それがどの程度の規模になるのか、ラーソルバールには想像もつかない。とりあえず王家の出席が無い、というのは有り難い話だ。
そもそも王太子婚約者候補としては、会に呼ぶなどの行為は良いのか悪いのか、などと余計な事を考える。
「殿下たちはお呼びしないぞ」
考えている事を見透かしたように言うと、エラゼルは微笑む。その言葉にラーソルバールは安心したように小さく吐息すると、小さく頷いた。
「デラネトゥス公爵別邸の敷地内で暴れる賊を捕らえたとしても、誰も文句を言えない。そして賊が過去の罪を暴露したとしても仕方が無い。証拠を揃えて、信頼できる筋に預ける、という腹積もり?」
「その通りだ。あえて奴らをおびき寄せ、罠にかける。いや、罠だと分かっていても、奴は来るだろう」
「何だ、誕生会のお誘いかと思ったら、戦いのお誘いだったとは……」
やれやれ、といったようにラーソルバールは肩をすくめて見せた。
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