(一)ルクスフォール家の客②

 重い空気が流れた後、再びドグランジェが口を開いた。

「ここに来たのは、もうひとつ用件が有っての事だが」

「そのご用件とは?」

 話を切り出しておきながら、言いにくそうにする様子に、アシェルタートは首を傾げる。

「うむ、お主の父が……ゼルムの容態がそこまで悪いと思っておらなんだ。ゼルムが健在であればこそ、の話なのだ」

「と、仰いますと、私へのお話ですか?」

「察しが良いな。お主に中央に来て貰って軍部に籍を置いてもらい、手を貸してもらえんかと思っておったのだ。もちろん、陛下にも了解を取るつもりであったのだが、その様子ではしばらくこの地から離れる事はできんな」

「お気遣い痛み入ります」

「うむ、まあいずれ落ち着いてからその話はするとしよう。では、友に会いに行きたい。構わぬか?」

「はい。この時間ならば父も起きておりましょう。ご案内いたします」

 アシェルタートは快諾し、ゆっくりと立ち上がると、ドグランジェの従者達をちらりと見やる。

「おお、すまん。病人が居る所に余計な者を連れて行く訳には行かぬな。……お前たちはここで待っておれ」

 ドグランジェの指示に、従者達は無言で頭を下げた。


 その頃、自室に篭っていたラーソルバールは、応接室でどのような会話が行われているかなど知る由も無く、ベッドに転がりながら、街に出た折に買ってきた書物を暇潰しに読んでいた。

 手にしていたのは帝国の歴史書で、興が乗り頁を捲る手に熱がこもってきたところで、部屋の扉を叩く音に現実世界へ引き戻された。

「はい、今開けます」

 扉を開けると、そこに立っていたのはエシェスだった。

「どうされました? お客様はもう帰られたのですか?」

 エシェスは暇に飽いたという表情を浮かべていたが、ラーソルバールと目が合うと、安堵したように微笑を浮かべた。少々身軽な格好をし、後ろに一人侍女を従えているので、ただ単に部屋に遊びにやってきたようには見えない。

「お客様へのご挨拶は済ませたので、街に出たいのですが付き合って貰えませんか?」

「構いませんが、護衛などはいらないのですか?」

 ラーソルバールの問い掛けに対し、目の前に居ると言わんばかりの視線を送ると、エシェスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「はぁ、分かりました……では、お付き合いいたしますので、館を出る際に私の剣をお返しいただけますか?」

 ラーソルバールの言葉にひとつ頷くと、エシェスは振り返って背後に控えていた侍女に指示を出す。

「ミリア、ルシェお姉さまの剣を持って、玄関で待っていてください」

「はい、お嬢様」

 指示に即座に応じると、侍女は頭を下げて去って行った。その後姿を見送ると、ラーソルバールはエシェスを室内に招き入れる。

「では、私も外出用に着替えさせて頂きます。少々室内でお待ち頂けますか?」

 そう告げると、慌しく着替えを始め、あっという間に着替えを終えた。

 装いは、夏用にこしらえたカンフォール村特産の麻生地で出来た服に、下はスパッツに麻のタイトスカートという動きやすい格好で纏め上げる。更に髪を後ろで纏めてリボンで縛り、帯剣用のベルトを腰に巻く。こうした貴族の令嬢とは程遠い格好の方が、ラーソルバールは性に合っていると思っている。

「お待たせしました。参りましょう」

 その姿に、エシェスは驚いたような顔をする。

「そのお姿も素敵ですね! お兄様が見たら何というかしら」

「驚かれて、口も利いてもらえなくなるかもしれませんね」

 ラーソルバールは照れくさそうに微笑んだ。

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