第三十章 運命と時は流れるままに
(一)ルクスフォール家の客①
(一)
三日目の朝、ルクスフォール家に突然の客が訪れた。
それは予定していたものではなかった為、家中が大慌てするような状態となっていた。
「どうされたんですか?」
何が起きたか知らされていなかったラーソルバールは、暇そうに邸内を歩いていたエシェスを捕まえて尋ねた。
「お客様がいらしたようです。侯爵様でもあるドグランジェ将軍という方で、父上の古くからのご友人と伺っています。西方戦線に向かう途中で、父上に会いに来られたのだとか」
来客の素性まで語る必要など無いのだが、ラーソルバールらに対する警戒が薄いのだろう。その来訪者が分かった以上、ラーソルバールとしても下手に動き回れない事は理解した。
本人や付き人に目をつけられ、下手に詮索されても困る。西方戦線に向かうというのであれば、長居する事も無いはず。とりあえずは会わずに済ませるのが得策だろう。
「でしたら私達は部屋に篭っていたほうが良さそうですね。皆に伝えておきます」
「ご配慮ありがとうございます。私は後程ご挨拶に伺う予定ですが、とりあえず自室に戻ります」
ため息をつくエシェスに笑顔を向けると、ラーソルバールも一旦自室に戻ることにした。
ラーソルバールは、ドグランジェという名に聞き覚えが有った。騎士学校の授業で教えられたのだが、その人物は反乱鎮圧で多くの功を上げた他、東方各国への睨みを利かせる帝国の重鎮という話だったはず。だが、東方の警戒を解いてまで、西方に駆けつけるというのはどういう理由だろうか。軍人ゆえの配置転換か、はたまた増援か。
部屋に篭っているだけでは分かりようもないが、せめて顔だけは見ておきたい。とはいえ、窓から外を覗いたとしても見えるわけでもない。ラーソルバールは思案を巡らせる。
このまま出て行くわけにも行かないが、かといって使用人の振りをさせて欲しいと言ったとしても、正当な理由がなければルクスフォール家の人々から怪しまれる。偶然を装ったところで何が有るか分からない。
結局のところ、面倒事を起こさない為には、大人しくしているのが一番だと諦めるしかなかった。
とりあえず、皆には客と鉢合わせしないために部屋に篭るよう伝えなければならない。
「まずはシェラのところへ行くか……」
扉を開け、誰も居ない事を確認してからシェラの部屋に飛び込んだ。
同じ頃、応接室ではアシェルタートがドグランジェと顔を合わせていた。
「久しいな、アシェル坊。いや、もう坊という年では無いか」
「いえ、閣下の前では私はいつまでも鼻垂れ坊主のままでございます。閣下は予定通りこのまま、西方戦線に向かわれるとか……」
アシェルタートはやや緊張した面持ちで、壮年の将軍を見つめていた。
茶髪に多くの白髪が混じりながらも、武人としての威厳は確かに有り、そこに居るだけで他者を威圧できる程の風格を感じる。
「そう固くならんでもいい。友人の息子にそんな顔をされては、儂も居心地が悪くなる」
「申し訳ありません……」
苦笑いするドグランジェに対し、どう接して良いやら分からずに、アシェルタートはうまく言葉を見つけられなかった。
「ふむ。そうじゃ、お主はついに婚約者でも見つけたか?」
「は?」
いきなり切り出された言葉に、アシェルタートは驚きを隠せなかった。
「いやなに、昨晩この街の酒場にこっそりと行ったときに、時折館に出入りしている美しい娘が居ると聞いたものでな」
「え、いや、そのような……」
明らかに動揺するアシェルタートの様子を見て、ドグランジェはにやりと笑う。
「まあそれは正式に決まったら教えてくれれば良い」
その一言で、アシェルタートはほっとした様子を浮かべる。
「緊張が取れたようだな……。では、話を戻そう。今回、儂は陛下の命により一時西方へと赴く事になった。そしてこのルクスフォール領の兵も預かることにもなっている」
「はい、その辺の話は伺っております。我が領の兵をお願いするにあたり、私の方から本来はご挨拶に伺わねばならないところですのに……。誠に申し訳ありません、よろしくお願いします」
予定と違わず、預ける兵がドグランジェであることに安堵しつつ、アシェルタートは頭を下げた。
「いや、気にするな。此度の戦で儂も命を落とすやもしれぬのでな、西に向かう道すがら、友の顔でも見て行こうかと思ってな」
「閣下に限って間違いは起きないと存じますが……。父ももう長くはありません。閣下にお会いすれば喜ぶことでしょう」
アシェルタートの言葉に、ドグランジェは眉をしかめ、表情を暗くする。
「そんなに悪いのか?」
「あとふた月も持てば良い方かと……」
突きつけられた現実に、ドグランジェは「そうか」と言ったあと、沈黙した。
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