(四)得たもの③

「それで、どこまで覚えておる?」

 真っ赤に泣きはらした目を隠すことなく、エラゼルはラーソルバールの瞳を見つめた。

「ええと、常闇の森で迷子になって……」

「そうではない」

 意識が混濁した様子を見せるラーソルバールに、エラゼルはぴしゃりと言い放った。

「襲われて、大怪我してここに運び込まれたのだ。ずっと意識を失っていたから、その間のことは憶えておらんだろうが……」

 そう言われて、ラーソルバールはベッドに座ったまま、天井を見上げた。

「おぉ! ここは何処?」

「……それは、今更聞く事か?」

 呆れたようにエラゼルは大きく息を吐く。

「父上まで居るしね……。あれ、私、どうしたんだっけ……?」

「ここは救護院。修学院からの帰り道に襲われて、魔法で大怪我を負った。憶えておらんか?」

 首を傾げて考える素振りを見せる。

 目覚めたばかりで状況の理解ができず、記憶も追いついていない。

「ん……と……。……ああ、思い出した……。私は魔法を防ごうとして、鞄を盾代わりにしたんだけど防ぎきれなくて……、もう駄目だって思ったとき、全身に薄い魔力の膜ができて……」

「ちょっと待て、それはどういう事だ!」

「どういう事も何も、この指輪。エラゼルも持ってるでしょ」

「あ……」

 ラーソルバールの指に輝く指輪、それは仲間達と共に軍務省で受け取った物。肉体に負の影響を及ぼす魔法を軽減させる効果を持つ、と大臣は言っていた。今回、その効果がラーソルバールの命を救ったという事になる。

「私は、この指輪に……。大事な仲間達に守って貰ったの」

「ああ、そうか……。皆で頑張った結果で得た物が、ラーソルバールの命を救ってくれたのか……。そうか。そうかのか……」

 エラゼルは自らの腕を高く掲げ、自らの指にも輝く仲間との絆を見つめ、涙を浮かべた。

「そう、あの魔法があのまま直撃していたら、恐らく私は死んでいた」

 あの時の恐怖は残っている。今、思い出しただけでも手が震えるのが分かる。その心に出来た綻びがこの先、同じような状況に陥ったときに顔を出し、動けなくなる可能性もある。

 その時はその時だ。ラーソルバールはエラゼルに気付かれぬよう、小さく息を吐き、震える手を握り締めた。


「さあ、エラゼルは学校に行かないとね。父上もお仕事があるんでしょ?」

 勤めて平静を装い、二人に笑顔を向ける。

「あ、ああ……。ラーソルバールは行かぬのか?」

「お許しが出たらね……。で、父上は?」

「ん? ああ、今日と明日は殿下が登城しなくても良いように、取り計らって下さるそうだから、お前と一緒にいるよ。人の心配よりも、お前はどうなんだ?」

 娘の空元気に気付いているように、クレストは苦笑を浮かべる。

「うん、多分大丈夫。痛いところも……。ああ、さっきエラゼルにやられたところが痛い。ああ痛い」

「な……」

 エラゼルが口を開けて固まった様子を見ながら、冗談を言った甲斐があるとばかりにラーソルバールは笑った。そして、ベッドの横に座っていたエラゼルを、ぎゅっと抱きしめる。

「ごめんね、エラゼル。心配かけちゃって……。シェラ達にも謝らないと……」

 そう言って謝るラーソルバールの身体が僅かに震えている事に気付くと、エラゼルは自責の念に囚われつつも、自らの腕を友の背に回す。そして背をポンポンと軽く叩き、安心させようと優しく頬を寄せた。

「ああ、心配したのだぞ。寮に戻ってからも皆に謝らないとな」

「うん……」

 ラーソルバールは小さく答えた。

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