(二)エイルディア修学院②

 教官がやってきて、一通りの説明を受けることになったが、基本的には配布された資料の要点を話しただけで終わった。

 だが資料に記載が無く、気になっていた点がひとつある。

「制服はどうしたらいいんですか?」

「ああ、このまま騎士学校のもので通って貰う。誇りを持って向こうの生徒と問題を起こさぬよう仲良くやってくれ。あとは、質問はないか?」

 以降は質問もあげる者はおらず、この日は午前中で終了となった。


「明日からは、朝起こしに行った方がいい?」

 朝が弱いラーソルバールを気にするように、シェラが尋ねる。

「大丈夫、いつまでも起こして貰うわけにはいかないし」

 休暇期間を含め、この一ヶ月で生活リズムが狂ったという自覚は有る。休暇中に戻そうと努力をしたのだが、完璧に戻ったとは言い難い。とはいえ甘えてばかりも居られない。

 大丈夫、朝の鐘で起きればいいんだ。そう自分に言い聞かせた。


 翌朝、ラーソルバールは予定通り鐘の音で目覚めた。

 いつもなら、ここからもう少し寝てしまうところだが、通学に時間がかかることが分かっている以上、それも出来ない。

 さっさと着替えを済ませると、食堂に駆け込み朝食をとる。急いで歯を磨き顔を洗ってから、普段はしない化粧を施す。修学院は化粧を含め、身だしなみを整える事も必要なのだと、教官が言っていた。

 薄化粧程度にとどめ、軽く紅をさす。

「どうよ!」

 エレノールやシェラが施してくれるようにはいかないが、見よう見まねでそこそこの出来にはなった、と鏡の前で自画自賛する。

 仕上がりに満足すると、筆記具だけを鞄に入れ、部屋を出る。

「遅いぞー!」

 寮のロビーには既に友人達が待っており、最後となった到着にシェラが怒ったふりをしてみせた。

「えー、まだ大丈夫でしょ?」

「初日なのだから、十分に余裕を持って行かねばならぬだろう?」

「真面目っ子どもめ」

 苦笑いしながらも、言っている事を否定するつもりはない。

 王城の北側に位置する騎士学校から、西側に有る修学院への移動となる。道中は逆行するように歩く、騎士学校に向かう修学院の生徒達とすれ違う。

 二校のみの交流であり、他の学校は関与しないと聞いている。

「エラゼル様だわ!」

 すれ違う学生達から、時折こんな声が漏れる。改めて、デラネトゥス家の令嬢の知名度を思い知らされる。更に、すれ違い様に振り返る男子生徒も多い。明日からは、花束を渡しに来る者も出てくるのではないかと思わせる程だった。


 エイルディア修学院に到着すると、校門近くに居た数人がエラゼルに気付いたようで、ゆっくりと寄って来た。

「エラゼル、お久しぶりですね」

 先頭にいた一人が声をかけてきた。

「あぁ、ファルデリアナ。何年ぶりですか」

「そうねぇ……、三年? でしょうか」

 三年ぶりに会ったにも関わらず、エラゼルが相手を覚えている。相手もエラゼルを知っていて、互いに呼び捨てで……。

 うん、間違いなくどこかの公爵家のご令嬢だ。ラーソルバールは即座に理解すると、邪魔にならぬようにするのが一番だと判断した。

「先に行ってます」

 相手に失礼にならぬよう頭を下げ、シェラやフォルテシア達とともに、逃げるように校舎に向かい、人ごみに紛れた。

「あ、こら!」

 引き留めそこなったエラゼルは苦笑いを浮かべる。

「あら、お邪魔だったかしら?」

「いえ、気を使って頂かなくても構いません」

「お仲間に冷たいのですね……」

 ファルデリアナは冷たく笑う。彼女はラーソルバール達を、ただの取り巻きだと思っているに違いない。エラゼルは直感した。

「冷たい……? 彼女達は友人ですから、互いに気を使う必要が無いだけです」

「うふふ……貴女から友人という言葉が出るとは、思っておりませんでしたわ」

 冷たい視線がエラゼルを刺す。ファルデリアナの後ろに居る娘達は、どう反応して良いやら戸惑うかのような表情を浮かべている。

「何か問題でもありますでしょうか?」

 苛立ちを隠さず吐き捨てるように言いながら、ファルデリアナの目を見る。

「いいえ、遅くなるといけませんから、私達も参りましょうか」

 赤みを帯びた茶髪をかき上げ、エラゼルから視線を外すと、ファルデリアナは数名を引き連れて校舎へと歩いて行った。

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