(一)友の家③

 庭園を歩けば、春の花が鮮やかに空間を彩り、ふわりと舞う風が様々な香りを運んでくる。

「立派な庭園だね。色とりどりで、でも良く考えて植えられているみたいで、雑多な感じが全くしない。見事だね……」

「庭師が聞いたら喜ぶな。だが、領地にある本邸の庭はもっと美しいぞ」

「そうかぁ、見てみたいな」

 花々を見回して喜ぶ友の顔を見ながら、エラゼルはくすっと笑う。

「ん?」

「いや、ラーソルバールは花より剣かと思っていた」

「失礼な。これでも立派な女の子です……」

 頬を膨らませ抗議をしてみせるが、それもすぐ笑顔に変わる。

「ここに呼んだ甲斐があった。この季節が一番美しいからな」

 エラゼルは満足したように胸を張った。


「あら、ラーソルバールさん、いらっしゃい」

 名を呼ばれて振り返ると、花壇の向こうにイリアナが居た。据えられた屋外用のテーブルでどこかの令嬢達と歓談していたようだった。

「お久しぶりです、イリアナ様。お元気そうで何よりです。皆様のご歓談中、お邪魔して申し訳ありません」

 花壇越しに挨拶をする。イリアナ以外にも四名の令嬢と、三名の使用人が居る。なるべく優雅に、名ばかりの男爵家とはいえ、貴族の肩書きに恥じぬよう精一杯努力した。

「呼び止めたのは私ですから、お気になさらず。また、今度ゆっくりお話しましょう」

「有難うございます」

 イリアナの美しい微笑みに、安堵する。

「皆様 、楽しんでいってくださいませ」

 エラゼルはラーソルバールには到底真似の出来ない、優雅で美しいお辞儀をしてみせる。慌ててラーソルバールもそれに続く。

 挨拶を終えると冷や汗をかきながら、エラゼルに隠れるようにイリアナ達のテーブルから遠ざかる。


「どなたですか 、エラゼル様と一緒にいた方は?」

 ラーソルバール達が去ると、イリアナの向かいに座っていた令嬢が口を開く。

「ミルエルシ男爵のご息女よ」

 イリアナが笑顔で答える。

「男爵家……エラゼル様の取り巻きですか。綺麗な娘だけど、どこの田舎娘かと思いましたわ」

 その言葉にイリアナの目が冷たく光る。笑顔は崩さないが、そこに内包する感情は瞳に表れていた。

「メリファラ様、誤解なさいませんよう。エラゼルの方が取り巻きのようなものです」

「え?」

「あの方を追いかけ続けて、友になって欲しいと頼んだのはエラゼルなのですから。それに、あの方は私の命の恩人でもあります。悪し様に言われてはいい気がしませんわ」

 メリファラと呼ばれた娘は萎縮する。彼女は伯爵家の娘であり、デンスハーグ侯爵家の令嬢リシャルテの友として、同行してきただけに立場が無かった。

「言い忘れていましたが、彼女自身が準男爵の爵位をお持ちですのよ」

「……! もしや彼女が宰相様の暗殺を阻止したという?」

「あら、リシャルテ様はご存知でしたか」

「いえ。彼女の名に少々聞き覚えがありましたもので」

 リシャルテは二人の去っていった方を見つめた。

(ラーソルバールさん、これから貴女を待っているのは、こうした貴族達の驕りです。男爵家の娘と侮られるか、準男爵になった成り上がり者と言われるか……。それでも貴女は今のまま、優しく清くいてくれますか?)

 イリアナの憂いを含んだ瞳は、青く澄んだ空を映した。


「昨日戻ってから、旅の道中で食べた菓子が美味だったと料理人に言ったところ、有る食材で再現するから教えろと言われて、記憶を辿った結果がこれなのだが」

 エラゼルが向かいに座るラーソルバールに向かって、やや興奮気味に話す。

 花壇と池が見える場所に据えられたテーブルには、幾つかの菓子と、二人分のティーカップが置かれていた。

 イリアナ達の所と同じように、二人の使用人が脇に控えており、二人の会話の邪魔をしないよう静かに茶を注ぐ。

「似ているが少し違うな。味は文句ないが……」

 菓子をひとつ口にしたあと、エラゼルはそう呟いた。

「これ、シルネリアで買ったやつね。こっちがガラルドシアで食べたやつ……」

 ほんの一瞬、ラーソルバールが物憂げな表情を浮かべたので、エラゼルはしまった、と思った。

「うん、美味しい!」

 素直に喜ぶ様子に安堵するが、寂しさを埋めようとした事が、かえって思い出させてしまったと、エラゼルは少し反省した。

「美味しいし嬉しい。有難う、エラゼル……」

 穏やかな笑みを浮かべる友に、何と答えるべきかエラゼルは少々悩んだ。

「そこまで言われると、世辞かと思う勘ぐりたくなる」

「ふふ、そんなに器用じゃないよ」

 二人の時間は、ゆったりと風に揺らぐ花のように優雅に過ぎた。

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