(四)自分の言葉で③

「くしゅん!」

 アシェルタートに抱きしめられてひとしきり泣いたあと、ラーソルバールはひとつ、くしゃみをした。

「湯上りなのに、体が冷えすぎたかな」

 慌てたアシェルタートは、ラーソルバールの手を引いて屋内に戻ってきた。

「もう遅いし、ゆっくり部屋で休んで……」

 アシェルタートの温もりのおかげで寒くは無かったのだが、間の悪い時にくしゃみをして二人だけの時間をふいにしてしまったと、ラーソルバールは内心落ち込んだが仕方が無い。

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 アシェルタートにコートを返すと、教えられた通りに廊下を進み、階段を上って自室前まで戻ってきた。


「ラーソルバール……」

 部屋に入ろうとしたところを呼び止められる。

 振り返ると、自室の扉を開けて覗き込むフォルテシアがいた。

「なあに?」

 泣きはらした顔に気付かれないか。無意識に一歩後ずさる。その様子を見て不思議そうに首を傾げると、黒髪が揺れた。

「少し話がしたい。今いい?」

「いいよ、そっちに行こうか」

 自分の部屋は誰も居ない状態だったので、恐らく暖炉に火が入っておらず、部屋は冷え切っているだろう。自分は構わないが、フォルテシアまで付き合わせる必要は無い。

 フォルテシアに誘われるままに、彼女の部屋に入る。

「目が赤いし、涙の跡がある。どうかした?」

 ラーソルバールの顔を見て、気遣うように手を伸ばし、涙の跡に触れる。

「ん、ありがとう。何でもないから、気にしないで……」

「ルクスフォールの子息と何かあった?」

「ちょっとね……」

 あまりに核心を突いた鋭い質問にラーソルバールは内心驚いたが、顔には出さない。普段からあまり表情を出さないので、時々何を考えているのか分からないフォルテシアだが、意外に周囲の事を感じ取っているのかもしれない。

 小さなテーブルを挟んで二人は椅子に腰掛ける。


「それより、何か私に話したいこと?」

「ん……。……私は、昨日……この手で人を殺した」

 盗賊と戦い、そして殺した。

 例えそれが友や自身を守る為、やむを得ぬ事だったとしても、怪物や獣ではなく人を殺したという事実は変わらない。

 テーブルの上に置かれたフォルテシアの手が震えている。

「昨日寝るときも怖かったけど、ひとりではなかった。けれど、今日部屋に戻ってひとりで夜を迎えたら、怖くてたまらなくなった……」

 フォルテシアは声を震わせ、うつむく。

「ごめん、気付いてあげられなくて」

「ううん、……あの時は必死だった。倒れたシェラや、大怪我をしたエラゼルを護りたいと思って戦った。でも、戦いが終わって気付いた。私は人を殺したのだと……」

 初めて人を殺めた精神的な重圧が、フォルテシアを苦しめている。

 やがて騎士になれば否応無くその時が訪れるのは理解していたが、いざその時を迎えると動揺は抑えきれるものではなかった。

「私も多分、一人か二人……。でもねフォルテシア、一人で抱えないで。それはあの場に居た皆で背負うもの。ひいては、私たちが背負っているヴァストール王国全員で分け合うもの。そして、彼らに苦しめられていた人々で分け合う重荷。そして貴女を連れてきた私が負うべき責任」

「違う! 貴女は何でも背負おうとしなくていい! 私が一緒に居たくてついてきただけ……。なのに貴女が私の分を背負うというなら、貴女の重荷も私が背負う!」

 珍しく感情を露にして、テーブルに手をついて身を乗り出す。

 怒りか、恐れか、悲しみか。感情の行き所が分からないといったように、その表情は真剣そのものだった。

 ラーソルバールは苦しむ友の両の手に、そっと自らの手を添える。

「ありがとう、無事で居てくれて。そして、みんなを守ってくれて、ありがとう」

 そして瞳を見つめ、微笑んだ。

「あ……」

 小さく声を漏らすと、張り詰めていた糸が切れたように、フォルテシアの目から涙が零れ落ちる。

「ふふ……、フォルテシアの顔も私と同じになっちゃうよ。そうなる前に、一緒に寝よう。私も今日は一人で寝られそうにないの」

 フォルテシアは涙を拭かずに、黙って頷いた。

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