(三)小さな晩餐会②
夕食を終えると、歓談が始まる。
酔ったボルリッツが身振りを交えつつ、遺跡での出来事を語って見せると、余程興味が有ったのか、エシェスは手を叩いて喜んで聞いていた。
「すみません、少し涼ませて下さい」
ドレスの生地が厚いのか、場の空気にあてられたか、ラーソルバールは暑さに耐えられず、席を立つ。
「こちらへどうぞ」
控えていた執事のマスティオが、バルコニーの扉を開け、軽くお辞儀をする。
「有り難うございます」
マスティオに礼を言うと、ラーソルバールはひとりバルコニーに出る。ひやりとした風が心地よく、後ろ髪を掴んで持ち上げると、うっすらと汗をかいた首筋が冷やされるのを感じる。脚も暑かったが、さすがにスカートを捲り上げるのは憚られるので、そこは我慢するしか無かった。
視線を落とすと、火を囲んで楽しそうに歌い、踊る人々の姿が目に入った。すると、ラーソルバールに気付いたひとりの幼い少女が、飛び上がるようにして手を振ってみせたので、笑顔で手を振り返す。
「あの子にとって、貴女達は英雄みたいなものでしょうね」
ふわりと良い香りを風に乗せ、夫人がラーソルバールの横にやって来た。
「オースティア様!」
ラーソルバールは慌てて頭を下げる。
「気にしないで頂戴」
部屋からの光が、夫人の穏やかな笑顔を映し出す。
「貴女がたは、ただの冒険者じゃない気がするのよねぇ。特にあの白いドレスの娘さんなんて、隠していても溢れるような気品が有って、立ち居振舞いも絶品。何処かの国のお姫様なんじゃないかと思うわ」
「ふふ、本人はそう言われたら喜ぶと思います」
「でも貴女がお姫様でも、驚きはしないんですけどね。美しくて人を惹き付ける魅力が有って、優しさと強さを兼ね備えたような瞳。あの子が魅せられたのも良く分かるわぁ……」
面と向かって言われる程、恥ずかしいものはない。ラーソルバールは赤くなってうつむいた。
「貴女はアシェルのことがお嫌い?」
「い、いえ、そんな事は……」
「そうよねえ、貴女がアシェルに向ける瞳は優しかった。まるで……」
その先は続けず、物思うように視線を外すと、街の灯りを眺める。
「貴女達は何処かの国の貴族のお嬢様で、国を捨てることが出来ない、そんなところかしら?」
「!」
驚き、一瞬身を固くしたが、夫人は街を眺めたまま、それに気付かないのか、気付かぬ振りをしているのか。
「それは冗談として……貴女にとってここは異国で、仕事のために来ただけ。自分の国は大事ですものね、守るべき物も人も有る」
言葉が見つからず、黙るしか無かった。取り繕う笑顔の裏を、夫人に見透かされている気がしてならない。
「私はね、あの子達が幸せになってくれれば嬉しい。領主の子なんていう肩書きが邪魔だったら、捨てちゃえばいいのに、と思うの。そうしたら、貴女は受け入れてくれるかしら?」
「それは……」
「こんなご時世だもの、帝国が他国をまた侵略してもおかしくないし、内乱が有って帝国の人間同士が敵になっても不思議じゃない。だから、先の事を気にしていたら何もできなくなってしまうわ」
夫人は優しい微笑みを浮かべたまま、ラーソルバールを見詰める。これが母親が子を思う顔かと、幼い時に失った母の面影を重ね、暫し沈黙した。
「あら、困らせちゃったかしらね」
「あ、いえ、そういう事では無いのです。幼い時に母を無くして居りまして、少々うらやましいな、と思っただけです」
「ふふ、何ならお義母さんと呼んでも良いのよ。エシェスも喜ぶわ」
温厚な顔のまま攻めてくる夫人に、押されっぱなしのラーソルバールは、顔は笑顔のまま、心の中で苦笑する。
「貴女がたは、あとどれくらい滞在できる猶予があるの?」
「期限までに報告しなければなりませんので、遅くとも三日後には帰らないと……」
嘘を言った。報告を早くしたいのは間違いないが、期限にはまだ余裕がある。ただ、国内がどうなっているか、気になって仕方が無かった。
「残念ね、でも帰るまでには貴女の素直な気持ちを伝えてあげてね。……そろそろ、寒くなってきたし戻りましょう」
夫人は庭に向けて手を振ると、戸惑うラーソルバールの手を引いた。
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