第二十二章 暗き森への誘い
(一)恋に揺れる①
(一)
「申し訳ありません、わざわざこんな……」
ラーソルバールが畏まって小さくなる。
いまラーソルバール達は、ルクスフォール邸宅内の応接室に通され、茶を出されていた。
「いや、気にしなくていいよ。僕の気が向いただけ、という事にしておいてくれれば良い」
「言い訳では無いのですが、知己を得ようと思ってここまで来た訳では無いのです。信じて頂けないかもしれませんが……」
テーブルの向かいに座る領主の息子を直視できず、うつむいたままで話す。
「しかし、ただハンカチを返しに来た訳でもない。皆で来ている以上、冒険者としての事情があるのだろう?」
痛いところを突かれて言葉も出ない。
押し黙っていると、隣に居たエラゼルが口を開いた。
「申し訳無い。私が嫌がる彼女を無理やり連れてきたのです。お察しの通り、伯爵様にお願いが有って参った次第です」
アシェルタートは声の主を見て驚いた。
今まで気付かなかったが、美貌と気品を兼ね備え、凛とした態度がそれに良く似合う女性ではないか、と。
「願いとは? ……ああ、現在、病身の父に代わり僕が政務を行っている。せっかくだから、話しだけでも聞こうか」
両の脚に拳を載せ、エラゼルを見据える。領主の代行としての姿だと見せるかのように。
「お心遣い感謝します。申し遅れました、私はエリゼスト・フォローアという者です。このルシェと共に依頼を受けこちらまでやって参りました」
アシェルタートは無言で頷く。続きを話せ、と言うことだろう。
「依頼内容というのが、常闇の森の調査と、怪物の退治、研究のための遺跡調査と森に眠る宝の持ち帰りとなっています」
そう言いつつ、用意をしておいた依頼書を広げ、アシェルタートに提示する。
「この依頼書の真偽は置くとして、これはシルネラのギルドのもの。話を聞くに、君達は常闇の森で行動する許可が欲しいと」
「そういうことになります」
顔色ひとつ変えずに領主の息子である自分と話すなど、どれだけ肝が座っているのか、あるいは場慣れしているのか。アシェルタートは感心する。
「ただ、宝の持ち帰りと言われて素直に納得すると思うか?」
「宝が有ると思って居られれば、断られましょうが? 或いは欲の塊のような方であれば、見つけたものは自分の物だと仰るかもしれないとは存じますが……いかがですか?」
「言いにくいことをハッキリと言ってくれるな……。うちの領内にかかる森の中には遺跡はあるが、宝などは無い。だから調べられても困る事はない。それにタダで怪物を退治してくれるのであれば領民の危険も減り、領主としては悪い事は無い。好きに調べるといい。許可する」
「ありがとうございます」
エラゼルは微笑むと、優雅に頭を下げる。
世の中の男性の多くは、この所作を見ただけで心を奪われる事だろう。アシェルタートは顔には出さず、心の中で苦笑いした。
「それともうひとつ。一時的に……、我々の滞在時のみで良いのですが、物質運搬用に馬をお借りしたい。もちろんお代はお支払します」
「馬が必要とあらば、馬車馬の予備が遊んでいるので、それで構わなければ、活用するといい」
普段使わないものを活用させ、収入とする。その発想たるや、代行としてだけでなく、領主としても資質は申し分ないのではないか。エラゼルをして感心させた。
「ありがとうございます。では、我々は支度がありますので、先に失礼致します。馬の件はルシェを残して行きますので……」
「な……」
ラーソルバールは反抗しようと横を向き睨んだが、エラゼルは全く気にする様子もなく、頭を下げると他の仲間を連れてさっさと退出していってしまった。執事も付き添いで出て行ったため、室内はラーソルバールとアシェルタートだけとなる。
あまりの手際にアシェルタートは苦笑するしかなく、残されたラーソルバールはどうして良いやら分からず、途方にくれた。
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