JD-307.「形作る疑念」


「彼らは味方、それでいいではないか」


「しかし……いえ、わかりました」


 再びの襲撃を退け、陣地に戻った俺たちへと当然のように他の兵士や冒険者達の視線が集まった。まだ戻ってはいないけれど、そのうちラピスとルビーもいつもの姿に戻るはず。そうなれば色々と質問を受けることだろう。


 質問を受けるだけなら……まだいい。最悪の場合、よくわからない相手として怪しまれてしまうだろうなと思っていた。そんな俺たちを助けたのは、ちょうどここについたばかりらしいヨーダ将軍だった。ざっくりとでも話を聞いたのか、大きくなった2人を見て驚いてはいても、それ以上のことはなかった。


 鶴の一声とでもいうように、最終的には将軍のとりなしによって視線は幾分か和らぐ。大きくなるのが女の子だったのも幸いしたんだと思う。これで男の集団だったら怪しささく裂だな……そんな風に思う俺がいた。


「なあ、あんたらトスタの街にもいなかったか?」


「え? えーっと……」


 兵士側の追及が収まったと思ったら、ふいにかけられた声。その相手はこんな場所にまでついてきている冒険者の1人だった。追加で報酬が出るわけでもないのに、こんな激戦区によくも来るものだなあと思っていたのだけど、相手は俺たちのことを知っているみたいだった。


「そっちの白いお嬢ちゃんと青い髪には覚えがある。目元はさ、案外変わんないもんさ」


「あんまり騒がしくしたくなかったんですけどね。秘伝の貴石術なんですよ」


 我ながら苦しい言い訳だとは思いつつもそういうしかなかった。第一、単純に変身できるんですよねーなんて言って納得するのは獣人がレアケースなんだと思う。冒険者もあんまり信じていない様子だったけどつっこんでくる様子はなかった。


「そっか。まあ、言ってみただけだよ。ちなみにお前さんはおっさんになったりしないのか?」


「考えたこともなかった……自分じゃ使った事なかったんですよね、ははは」


 恐らくはマリアージュの時がそれに近いんだろうけど特におじさんになった様子はないからそんなもんかな? もしかしたら、もしかするのかもしれないけど。


 結局、冒険者からの追及は彼1人で終わった。冒険者の数が多くないのもあるし、自分の奥の手は真似されたら困るということも一般的なのかもしれない。いざという時に躊躇せずに貴石解放が出来そうな状況が俺たちにとっては一番うれしい事かな?


「マスター、見回りの時間ですわ」


「とーるも早く行くよー」


「みんな一緒なのです!」


 将軍たちが合流したことで、簡易的(後発組は首を傾げていたが)だった陣地も長期間の滞在に耐えられるようにと寝床の構築などが始まった。その間にも散発的にだが魔物側の襲撃は絶えず、まるで開拓をしているときの村のように、交代で周囲を確認する日々が続いた。


 今日もまた、みんなと一緒にいわゆるパトロールである。よさそうな獣がいれば食事のためにも仕留めることも忘れてはいけない。


「ごっはん、ごっはん。みんなと一緒だ美味しいぞー」


「今日もジルちゃんは元気だなあ……あれ、ジルちゃん。指輪……光ってる?」


「本当ね。でも私達の時とは少し違うんじゃない?」


 最初は木漏れ日が何かに反射してるのかなと思ったけれど違った。前を歩くジルちゃんが両手の指にはめていた指輪が、自ら光っていた。両方ではなく、片方だけというのがポイントだ。不思議そうに掲げるジルちゃんの指を、みんなして見ると明滅してる気がする。


「カタリナ……こっち?」


「ジルちゃん?」


 誰か知らない名前を呟いたジルちゃんがそのままスタスタと歩いていく。慌ててそれを追いかけていく俺達。あまり遠いところまで行くと魔物に出会ってしまうかもしれない。そこまでいくとは思えないけど……。


「っ! ジルっ!」


「こんな場所に!?」


 思わずという様子でルビーがジルちゃんを抱き寄せ、森の奥を睨む。少し遅れて俺たちも構えながらそちらを見ると……見覚えのある大きな姿が。あの巨人だ……こんなところに!


 しかし、前に出会った時のような殺気のような感覚は襲ってこない。不思議に思い、少しずつだが近づいてわかった。こいつは……。


「動いてないよ。むしろこの前の生き残りが力尽きたみたいだ」


 見えてない部分はボロボロだった。かろうじて形が残っているというのが正しいぐらい。みんなでほっと一息ついたところで、またジルちゃんが歩き出した。向かう先は動かない巨人。


 何かあったんだろうかと思い、みんなしてついてくと、巨人の目の前で立ち止まったジルちゃんは光る指輪をあっちに向けてこっちに向けて……止まった。ちょうど腰ぐらいのところだ。


「ご主人様、これ、このぐらいのところで斬って?」


「あ、ああ。よっと」


 動かず、もう壊れる直前みたいな相手を切るのはとても簡単だ。胴体を輪切りにするかのように聖剣を振り抜いて切り裂く。そのまま上半身だけが地面へと落ちて少し音を立てた。でもそれはガラスが砕けるように細かく粉々となってしまう。


「よいしょっと。あ……みんな、見て」


「足場を作るです。とー!」


 飛び乗ったジルちゃんが断面を見つめながら俺たちを手招き。みんなで飛び移るわけにもいかずにニーナの作り出した岩の足場を登り指さす先を……んん? なんだこれ。


「なんだか魔法陣みたいだねー」


「ホントですわ。でもどこかで見たような……」


「うん。ジルも見たことがある。この辺が……ここ」


 ジルちゃんは断面にあった魔法陣らしき図を指さしながら、片手で自分のスカートをめくりあげた。俺は止めようとして、ジルちゃんのお腹に光る魔法陣に気が付く。見たことがある……? ということは?


 慌てて何度も見比べると、巨人側の魔法陣の一部がジルちゃんのそれによく似ていた。同じではないけれど、親戚だと言われたら納得するぐらい。


「みんな、脱いで!」


 今思えばなんて命令だ、と自分でも思う。でもみんな言いたいことを察してくれたようで、森の中だというのに半裸の少女が5人登場、というシチュエーションが爆誕する。何もなければ大興奮の光景だけれども今はそんな場合ではない。


「やっぱり……どこかしらがみんなのに似てるんだ」


 つぶやきながら、頭の中で仮説同士がどんどんと組み合わさっていく。女神様は人間だけの味方ではなく世界の味方。俺たちもたまたま人間側にいるだけで別に宝石娘も人間の味方、というわけじゃなく俺の味方、だ。


 そしてこの魔法陣が意味するところは……相手にも、俺たちみたいに貴石術に通じた存在がいて、1人じゃなさそうということだった。


「……戻ろう。このことは内緒だよ」


 言葉少なに戻りながら、俺は1つの考えを抱いていた。相手にも同じぐらいの力量の存在がいるかもしれないということはともかくとして、人の姿をしてるとは限らないな、と。これまでに出会った普通じゃない相手。水晶獣や同系統の生き物とは思えない敵の姿が浮かんでは消えていく。

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