JD-306.「一皮むけた自重」
今度の敵は、技術を感じる敵だった。見た目の種族はゴブリンやオーク、コボルトやリザードマンといった種類は多いけれど見たことのある相手。だけど……確実に技術を感じる武具を身に着け、さらには陣形らしきものも組んでいる。
「ちっ、あいつら頑丈だなっ!」
「防具の質が良いのかもしれませんわね。直撃しても耐えているのも時折見えますわ」
幸いにも、事前に構築した壁やらで進軍は遅れているし、貴石術による迎撃も上手く行っている。前線で斬り合っているこちら側にも今のところは大きな損害は出ていない。無理はしない、全員で負担する……その考えが徹底されているのだ。
「トール、私たちは大丈夫よ」
「……わかった。解放しよう!」
これまで、出来る限り人目につく状況や、バレバレになる状況での貴石解放は極力控えて来た。けれども今はそうも言ってられなくなってきた。この先に、さらなる増援が来ないとも限らないのだ。
後のことを考えて全員とはいかず、ラピスとルビーに解放をお願いすることにした。マリアージュは……今はいいかな。そこまでの相手は出てきていない。ドラゴンがたくさん来たら考えるけどね。
「こうしてマスターに解放されて戦うのも後どれぐらいでしょうか……」
「戦うのは……もうすぐかもね。終わったらさ、大きい状態で……楽しく暮らそう。腕を組んでデート、したいって言ってたよね」
「マスター……」
休憩のように引っ込んだところでラピスとそんなことを話していると、当然のごとくルビーからはつっこみを食らった。早くしなさいよなんて怒っているけど自分も放っておかれたくないという気持ちの表れだということもわかるから答えの代わりにぎゅっと2人の手を握った。
「よろしくね」
「ふんっ、今さらでしょ? さっさと片づけるわよ」
「あらあら……」
お約束のようなやり取りを交わし、すぐそばでみんなが戦っているという状況で物陰に少女を連れ込む形になる。言葉にするととんでもないことだけど仕方ないのである、うん。
膝をついてしゃがみ、目の前に来る2人の綺麗なお腹を撫でるように集中すると、以前より光も強く、文様も複雑になった2人のお腹の魔法陣が浮き上がってくる。最初のようにゆっくりすぎないように、それでいて手ごたえを確かめるようにしっかりと聖剣を押し込んだ。
「なんだこの光は!? って、アンタら誰だ!?」
「話は後よ! 行くわ!」
「私たちがかく乱いたします。後は頼みますわ!」
強烈な青と赤の光が物陰から放たれるという光景をさすがに見逃す人はおらず、近くの兵士がたまらず覗き込みにくる。彼が目撃したのは、飛び出していく美少女2人と、それを追いかけるように走る俺の姿だったはずだ。
手前の壁を飛び越した俺たちは、一番中央に向けて突撃した。重装備のオークを前に、後ろを弓を構えたゴブリンが陣取るという厄介な場所だったのだ。それでも、鉄すら熔かすようなルビーの炎と、動いている体ごと凍り付きそうなラピスの冷気とがあちこちに放り込まれていくと陣形は脆くも崩れ去る。
「水晶獣や水晶人は……いない!?」
「こっちが囮なのか最初からいないのか……下がりなさいっ!」
焦ったような叫びに、咄嗟に飛びのくと……魔物達の後方から岩が飛んできた。ということはこれを投げるか撃ちだすような相手がいるということ。まだ森の中にいるであろうその相手が……姿を現す。
「なるほど……私たちが思ってる以上に、相手はこちらのことを見ているようですわね」
見えてきた相手に突出した状態で当たるのは得策ではないと判断し、2人と共に少し下がる。せっかく倒した場所を埋めるように歩いてくるそれは……岩同士をくっつけたような見た目ながらも、巨石兵そのものだった。
本家が人の手を感じるものだったのに比べ、こちらの巨人は自然にそういう大きさや形になった物をくっつけました、と言わんばかりの姿だ。ただ、素材はただの岩ではなく採取出来ているような水晶の輝き。
「強さはわからないけど、あれが量産されてるとは考えたくないなあ」
「欠点も同じだとしたら問題ですわね」
周囲に警笛のような音が響き渡る。音の主は巨人……そして、嫌な予感という物は何かと当たる物である。巨人の中で、水晶から吸い出されたであろうマナが……感じられなくなった。
ぎりっと、歯をかみしめた実感があった。欠点すら同じ、巨人。水晶から吸い出されたマナは巨石兵とは違い、まるで生き物の血液になったかのように巨人の中をめぐり、消費し尽くされるに違いない。上手く説明できないが、普通に吸い出した物とは違うのだ。
「それが続けば魔物は強化される……でもそれは生み出した人間の責任……そう言いたいのか?」
「トール?」
そっと添えられた手のぬくもりにはっとした。気が付かないうちに、変な気持ちに捕らわれそうになっていた。ルビーへと微笑みで答え、まずは目の前の相手に集中することにした。
中核であったオークとゴブリンたちが被害を受けたことで全体の流れは人間有利に傾いているらしい。遠巻きながら、巨人へも矢や貴石術による攻撃が飛んでいくのがわかる。でもそれらは有効打になっているようには見えない。
「障壁があるわね。威力の高いのをぶつけるか、一気に切り裂くか……ちょうどいいわ。ラピス、吹き飛ばしましょう」
「ええ、真の宝石娘の力……お見せしましょう。後の話もしやすいですしね」
そういって2人は俺の左右から前に数歩出ると、マナを練り始めた。膨大なその力に、周囲の視線が集まるのがわかる。一体何をしようというのか……その答えはまずはルビーの繰り出した噴火のような炎だった。
「燃え尽き……なさいっ!」
少女の手から噴き出すまさに横向きの噴火、そう呼ぶしかない炎は森や魔物達をまとめて焼き尽くす。時間にして10秒もないそれは、わずかな時間にも関わらず多くの敵を動けなくさせた。だが、巨人はなんと残っていた。
「あらあら……では今度は私ですわね……すべてが止まる冷気の世界へ……いざ!」
真夏よりも暑い空気が一気に冷やされていく。瞬く間に、ルビーによって熱せられた世界が今度は極寒の世界へと移り変わる。短期間にこれだけの温度差が生じてしまえば、どうなるかは言うまでもない。
立ってはいるが、巨人の体はひどく脆くなっていることだろう。あと一押し、だったら俺が……そう思った時。
「「えええい!」」
見事にハモった2人の声。さっきの一撃よりだいぶ抑えられた出力で、人間にも不可能じゃないだろうなという物。だけどそれは同じ目標に向かって見事なまでにぶつかり……一か所でさく裂した。結果は、爆風のような風。
熱と冷気がぶつかり、それだけでなく違う属性を帯びたマナがぶつかることで一気にはじけたのだ。慌てて地面にうずくまる俺だったが、あまりこちらには爆風は来なかった。気が付けば、フローラが必死な顔で風の障壁を張っていたのだ。まっかせて!といった顔を向けてくるから無理はしていないらしい。
「終わったわよ」
「ええ、終わりましたわ」
笑顔で戻ってくる2人を前に、どう説明した物か……俺はそんな悩みを抱くのだった。
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