JD-303.「顔のない敵」


 再びの最前線。そこにある鉱山へと向かっていた俺達。いくつかの部隊のうちの1つに入った俺たちは、森を進むことしばらく……ついに久しぶりの最前線の戦いに突入したのだった。


「っ! 速いっ!」


 以前の記憶と経験通りに間合いをとった俺の前を、予想より早く詰めて来た4本腕な熊の魔物、ベルス。慌てて下がった俺の鼻先をその爪がかすっていった。当たっても怪我ではすみそうだけど、怪我も無い方がいいに決まっている。


 下がり際、すくい上げるような聖剣の一撃が腕の1本を切り裂く。響く悲鳴がベルスをさらに興奮させたのか残りの腕での攻撃は激しさを増した。敵の強さを見直し、やや大げさに回避する俺だが周囲の戦いはもう少し余裕のない物だった。俺やジルちゃんたちはその中でも例外で、周囲を巻き込まないように注意する余裕があるかなと感じた。


「光った!?」


 そんな戦いの最中、ベルスの爪にマナが集まり、光を発するのが分かった。どう見ても強化されている……というわけでしっかり回避だ。直視すると目に残像が残りそうなほどの光は威力があからさまに増していることを示している。当たって確かめたくはないね。


「だったら当たる前に当てる!」


 相手の攻撃力が高いのならば、対策は単純。食らう前に倒してしまえばいい……そのセオリー通りに、中距離から貴石術で小さな火の玉を連発し、ひるんだところで踏み込んで聖剣を振り抜く!

 生々しい音と手ごたえを残し、俊敏な動きで回避を試みたベルスの腕を切り裂いた。残りの腕は1本……それでも相手はあきらめずに殴りかかってくる。何がそこまでやらせるのか……と心のどこかが考えるけど、逆に当たり前のことだろうとも別の場所が呟く。


 結局のところ、魔物は生きるために戦ってるだけなのだから。逃げられないのなら最後まで抗う、俺だってきっとそうしただろう。


(悪いな……そうとしか言えないけどさ)


 生きるということは、それだけ他の生き物を犠牲にするということに他ならない。そんな当たり前のことを思い出させてくれる戦いだった。音を立てて地面に倒れ込むベルスをちらりと見た後、俺は他の場所の援護に回った。





「えいっ!」


 乱入気味になった俺の方を魔物が向いた瞬間、ジルちゃんは静かに間合いを詰め、見事にその体に手にした短剣を深々と突き刺した。急所に当たったそれはあっさりと相手の命を奪う。小柄なジルちゃんが、大人よりも大きな相手を仕留める構図というのはなかなかにそれだけでファンタジーではあるけれど今さらな話。


「ジルちゃん、どう?」


「おわった……よ?」


 言われてみれば、周囲には既に何体か倒れてるベルスらしき姿。俺の相手よりだいぶ小柄だから、その分俺の相手が強かったと……うん、そう思いたいね。ジルちゃんが強いのは確かではあるのだけども。


 その後、他の皆とも合流し魔物達の討伐を行う。終わったと思えば点呼をし、脱落者やけが人の確認をしてさらに進む。今のところは大きなけが人も無しで順調だ。近づく山……時折遠くで爆発のように聞こえるのは他の部隊の戦いかな?


 何度目かの襲撃をしのいだ後、道の先には岩肌が目立つようになってきた。その先には、今回の目的地である鉱山があるはずだった。


「到着なのです!……でも、まだ端っこなのです」


「確かに、なんだか変な感じねえ」


 土ではなく、足元が岩盤のようになってきたところで俺もなんだかこのあたり一帯にうっすらと気配を感じる気がした。危険な物というより、床暖房が少し効いている……そんな感じだった。天然の鉱山とか言ってたし、そういった物がまだ埋まった状態で眠っているんだと思うことにした。


「……穴ぼこ?」


「これは……なかなか不思議な光景ですわね」


「言っておくが、俺たちはここを掘ってないんだぜ」


 呆れたようなジルちゃんとラピスへと、近くにいた兵士の1人が呟く。俺はそれに少し驚くことになる。なぜなら、見えて来た光景は敢えて例えるなら、なんというかもう型抜きが終わったクッキー生地、だろうか。そのクッキー自体は小さく、まだまだ取れそうだというぐらいだが。

 要は、斜面に対してそれだけ穴だらけなのだ。手当たり次第に掘りました、と言えそうな。


「なんだかパズルみたいだねー」


「パズル……なるほど。ねえ、あの穴ってそういう状態の魔物が抜けてきた跡じゃないの?」


 ルビーに言われ、周囲を警戒しながら改めてたくさん開いている穴の1つをよく見る。言われてみれば、微妙に手足があるようなないような? ゴーレムみたいなのが眠ってたのかな?


 なおもゆっくりと山に近づいていくが、襲撃は無い。このまま接近できるかどうかは微妙なところだと思う。


「おかしい」


「え?」


 姿勢は前のまま、視線だけをちらりと向けると兵士の1人が立ち止まって周囲を観察していた。俺たちもまた、念のためにと立ち止まる。何か予兆があっただろうか?


「いつもならばこのあたりでもう襲撃が……この場所までたどり着くのにも前は苦労したんだ」


「っ! 壁を!」


「えええいーなのです!」


「ついでに……風よ!」


 兵士のつぶやきへの返事は、ひらめき同然の叫びだった。急な叫びなのに、フローラもニーナも俺を疑わずに俺たちの前に防御用の力が生み出される。竜巻のような風が何かを拭き散らし、岩壁が残りを阻むのを感じた。明らかに、魔物による奇襲であった。


 ニーナが力を解除し、消え去った岩壁の向こうにあるここからでは見えなかった岩盤の裂け目。そこからぞろぞろと出てくるのは、岩場にカモフラージュした異形の姿だった。ゴブリンやオークにも見えるが、獣人よりもさらに獣に近い奴らもいる。共通しているのは、みんな俺たちを敵意ある瞳で見ているということ。説得は……無理そうだ。


 響く咆哮は魔物の物か、覚悟を決めた人間の物か。再び衝突からの戦いが始まった。すぐに俺は今までの相手とは違うことを感じ取る。今まではよく言えば得意なことを徹底的に、悪く言えば一つ覚えとばかりに突撃して来た相手が、自分の役割をわかってるかのような、動きで襲い掛かってきたのだ。


(だからって肉壁にならなくていいだろうに……)


 碌に攻撃も出来ずに倒れるオークへのちょっとした憐みが浮かぶ。他の場所からも部隊が到着したのか、俺たちへと集中してる様子が無いのが救いか。1匹1匹、着実に仕留めていく中でそいつを見つけた。


 戦闘当初から、時折飛んでくる相手の貴石術らしき物。途中からその数が増えたのだ。相手の増援、正確には援護してくる奴の姿をついに捕えた。援護の量が増えたように感じたのは、相手の射程に入ってきたからだとその時にわかる。


「確かに、水晶の……人だな」


 顔はつるんとした状態なのが逆に不気味だった。だが俺たちはこれが相手に出てきた時の対処はもう打ち合わせ済みだ。突破力のあるやつが、一気に無力化するという単純な物。


「奥へっ!」


 叫んで足元に風を産んで飛び上がる。見えない棒があるかのように弧を描いて俺は魔物達の前線を通り過ぎながら後方へと向かう。途中、当然のように相手からも攻撃が来るけどみんなが迎撃してくれるのがわかる。


 そうして前線を飛び越えて後方へと無事にたどり着いた。周囲に動揺の気配が満ちるのがわかる。なんだ、水晶のような体のわりに……感情があるのか?


 確かめるのは後にするべきだと思いなおし、聖剣の切れ味をあげて、マナも込めて振り回した。魔刃、そう呼べそうな不可視の刃が周囲を切り裂く。ごとりと音を立て地面に落ちる水晶人。


 思った以上にあっさりと倒せたことに逆に不安が増した。それが功を奏したのか、嫌な予感がして飛ぶと、さっきまでいた場所に……残骸がくっつくように集まってきたのがわかる。あのままだと体中を水晶片が覆っていたかもしれない量だった。


「こいつ……!」


「マスター、全体が1つですわ!」


「任せなさい!」


 斬るのではなく、一気に仕留めなくてはいけないようだ。だけど種がわかればやることは簡単。ルビーと一緒に、周囲ごと燃やし尽くすべく炎で包み込んだ。思った以上の相手のマナによる抵抗。だが2人分にには勝てずについに燃えた手ごたえを感じる。


 残りの魔物を倒し、最初の遭遇戦は俺たちの勝利となった。逃した水晶人は……無いはずだ。


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