JD-302.「山も歩けば魔物に当たる」


「こいつはいい食料になるぞ」


「獣も多いんですね」


 最前線の陣地へと援軍に向かいつつ、補給を運ぶことになった俺達。このまま平和にたどり着くかなという考えが頭をよぎった時に感じた気配、それは道に飛び出してきた大きな鹿たちだった。鹿と言っても俺の知っている元の世界での鹿そのものではない。肉食の獣や、魔物もいる中で生き残るということで角も立派で、恐らくは貴石術のような物も使えるに違いない。


 まあ、今回は出会うなり同行者が仕留めてしまったわけだが。


 さすがに最前線に行く補給の馬車ということで兵士達が同行していた。何度も行き来しているのか、緊張しすぎてるといった様子は全くない。そりゃ、ちゃんと訓練を受けてる人と俺たちを比べるのは失礼ってもんだよね。


 俺たちがやったことと言えば、血抜きの際に水で洗い流し、地面に大穴を掘っては埋めるぐらいなものだ。兵士達には便利だと褒められたがそのぐらい。厄介な相手はもうこのあたりにはあまりいないのか、それからは襲撃と呼べるような物は無かった。将軍たちが頑張っているんだなと強く感じる瞬間だ。


「あ、ご主人様、みえてきたよ」


「思ったより立派というか、もうあれは町だろ……」


 将軍が陣地というから、精々テントが立ち並んでいるぐらいだと思っていたらとんでもない。相当人員と物資を投入したのか、立木をそのまま敷き詰めたかのような高い木の壁が並んでいる。唯一開いている場所から見える中は、ちゃんと建物が立ち並んでいる。この分だと、ちゃんと商売の流れすら出来上がってるかもしれない。


 近づく俺たちへと、陣地から数名の兵士がやってくると何事かをこちらの兵士達と話している。お互いに笑顔になっていくところから、歓迎ムードなのは確実なようだ。


「泊まる場所が無ければ訪ねて来てください、か。いたせりつくせりだね」


「予想以上に秩序だっている感じですわ……」


 みんなももっと最前線の陣地!なんていう言葉から予想できる荒々しい物が頭にあったと思うんだけど予想が外れて困惑気味だった。ルビーはいつものようにちょっと困ったような顔だし、ニーナも戸惑い顔。あ、フローラとジルちゃんは変わらないかな?


 冒険者がよく集まっているという宿に向かうと、大部屋1つなら開いているということでそこにみんなで寝泊りすることにした。さすがにあまり広くはないけれど、ベッドが8つも並んでるから集団向けなんだろうね。


「さて、どうしようかな」


「まずは情報収集なのです!」


「さんせー!」


 一通り室内を確認した後、もっともな意見を取り入れて陣地内に繰り出すことにした。もう町って呼んでいい気もする……。念のために聖剣は腰に下げ、みんなも思い思いに武器を生み出して身につけておくようにした。収納袋に色々入れてるから実質荷物が無いに等しい俺達だけど、さすがにこの場所で丸腰というのは見た目がよろしくないからね。


 兵士や冒険者、そして陣地の生活状況を維持するための人、という感じでにぎわう中を適当に6人で散策する。物々しい姿の兵士や冒険者がいることを除けば、ここが最前線に近い場所だとは思えないぐらいの場所だった。それだけみんなが頑張ってこの場所を確保したと考えるとなんだか胸が熱くなるよね。


 そんな場所で、俺たちが情報収集をしたらどうなるかというと……。




「次っ!」


「ほいっ!」


 薪に使うのであろう木々がどんどんと運び込まれてくるのを聖剣が泣きそうな気もするけどその切れ味を存分に活かして切り刻んでいく。例え木が何本重なっても、どのぐらい分厚かろうとも聖剣の前には何の意味もない。ザクザクと切り刻んでいくと木を運んでくる人のテンションも上がりっぱなしの様だった。


 生活のためには色々な物が消費される。食料、水、そして火。陣地を見回り、それらが不足気味なのを見て取った俺達は我慢できずに各自に行動を開始したのである。俺は聖剣と、多属性な貴石術を活かすべくまずは薪割だ。


「いやー、助かるよー。あの子達もすごいね」


「鍛えてますからね」


 ちらりと見えないけれど視線を向けた先ではみんなが頑張っているはずだった。ラピスはひたすらため池に水を注いでいるし、ルビーはごみを燃やしたり、乾燥にその火の力を。フローラは外周のひたすらに草刈りをしている。ジルちゃんとニーナはというと、木で出来た壁に延々と土や岩を吹き付けるように生み出してはジルちゃんが微調整中。小気味よく刻まれていく様はそういった音楽のようですらある。


 最初はそれぞれの仕事や商売のチャンスを潰しやしないかと少し心配したのだけど、兵士達だけでなく冒険者や、その役目を担っていた陣地の人からも請われては断る理由もない。いつしか他の貴石術士や力自慢も巻き込み、陣地は俺たちがやってきた時よりも立派な物になっていく。このままここを拠点として暮らすのに十分な印象を受ける状態だ。


「ふー、今日も働いたな」


「お疲れ様ですわ。なんだか建設業でもやっている気分ですわね」


 ラピスの言うように、ここ最近は魔物はほとんど倒さず、陣地の改善ばかりを行っている。そうすることでみんなの消耗具合が減り、全体的にいい流れになってるというのはあるんだけど……ねえ?


 ともあれ、この状況は少々異常とも言える。


「問題はこのマナの濃さよね。これは悪い濃さとは思えないけど……私たちが強くなれば相手も強くなる……そう思っておかないと」


「マナに善悪無し、なのです! フローラは何か変なのは見つけたです?」


「あんまり飛ぶと空飛ぶ魔物が飛んできたりすると思って高く飛んでないんだよねー」


 そう、俺たちにとっては過ごしやすいのだけど……ここに来るまでの場所と比べて全体的にマナが濃いのだ。それでもマナのサイクルは狂っておらず、単純にその流れの大きさが違うという印象だった。自然とこうなるとは思えない……何か、何かがある。


「次の作戦には参加しよっか」


「魔物さんと、たたかう……よ!」


 元気いっぱいのジルちゃんを撫でつつ、俺もいよいよの戦いを思って気合を入れ直した。聞いた限りではもう明日にも次の討伐が始まるはずだったからだ。


 まるで遠足の前日かと思うような興奮の夜を過ごし……翌日。


 俺たちを含め、30人ほどの討伐隊が組まれ陣地から西に向かうことになった。他にも同じ規模の隊がいくつか組まれ、徐々に押し込むことを続けているのだとか。それだけ、ここからでも見えるあの天然鉱山が重要と見ているんだと思う。


 俺とフローラが前に立ち、風の刃を適当に生み出してどんどんと切り開いていく。相手もここを通れることになるけれど、こちらの動きが良くなる方がメリットが大きいと判断した結果である。もう視界のほとんどは山になったというのに大きな襲撃は無い。


「とーる!」


「ああっ! 来ましたよっ!」


 他の面々にもわかるように叫び、風の刃に当たって悲鳴を上げた魔物の存在を知らせるとすぐに全体が戦闘準備に入る。出てきたのは……クマのような何かだった。手が四本……確か海辺でも見たかな?

 場所から考えてもこいつらが山にいるという魔物で間違いなさそうだ。


「怪我をしないように、気を付けて行けよ!」


「了解!」


 恐らくはこのクマもどきで終わりということはないだろう、そう考えながら俺たちも戦闘に突入した。

 

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