JD-300.「決戦の地へ」



「そうか、どれほどの困難が待つかはわからないが、無事を祈っている」


 一通りの復興も終わり、後は日常を取り戻していくだけになったとある湖のリブス。俺たちが倒した竜以外にもこのあたりに脅威となる存在が多少はいるかもしれないが、それを気にしだしたら何もできないとリブスたちに言われてしまったのだ。


 それに、安全過ぎるのも考え物だと言われてはそれ以上俺たちに言えることは無い。子供達とよく遊んでいたみんなの方が後ろ髪をなんとやらってところだった。


「ばいばい、またね」


 ジルちゃんの挨拶の後、俺たちは空に舞い上がった。全体的にやはりマナは濃い……けれど、行き先に迷っているような濃さは感じなかった。このまま人がちゃんと魔物などから石英をはじめとする貴石を確保し、自然に消費していけばマナのサイクルはこのあたりは維持されるだろうという手ごたえはあった。


 もっとみんなの取り込める貴石を探すというのも手だが、なんとなくだがその可能性は低くなっているように感じていた。もちろん、みんなが十分強くなってきたんじゃないか?ということもあるんだけどね。女神様でも見えない魔物側の切り札が気になってきたのがどちらかというと大きな理由だろうか?


「いざとなったらジルに集中すればいいわけね」


 渡り鳥ぐらいしか飛ばないような高さを一塊になって飛ぶ俺達。一気に道中の町を通り過ぎ、前線に向かうつもりでいた。もちろん1日では行けないので、途中では立ち寄る予定だけど全く新しい街で適当に宿泊の予定だった。アーモとかの知り合いのいる街だと、気になって出発が遅れる予感があったからだった。


 そんな移動となれば、雑談も多くなる。今回はジルちゃんのパワーアップ条件の話だ。今後、無色透明に近い貴石であればジルちゃんは取り込めそうという話は確実なものだけど、それ以上にジルちゃんは複数の属性のマナを同時に取り込めることが判明した。簡単に言えば、いろんな色の貴石は1つずつは無理だけど一度にならいけるということだ。これは貴石そのものだけでなく、誰かの発するマナそのものでも同じ。


「仲間の力を集めてパワーアップとか、かっこいいなー! ボクもやってみたい!」


 隣を飛ぶフローラが羨ましさを隠さずに言う通り、他の4人のマナを集めることでジルちゃんは一時的にだが大きく強化されるのだ。まさに必殺技への前段階と言えるだろうね。


 それにしても、こうやって空を飛んでると……世界は広くて、狭い。へたな飛行機よりも今の俺たちは速度が出ていると思う。そんな状況だと、遠くの物がゆっくりと動き、そばの雲なんかはあっという間だ。歩けば何日もかかるところをほんのわずかな時間で通り過ぎていく。まるで人生も速足で駆け抜けているような気さえしてきた。


「何よ、そんな顔して」


「いや……終わったらゆっくりしたいなってね。みんなとも色々したいし」


 今日は俺の左腕に収まっているルビーを抱きかかえる手にちょっとだけ力をこめると、すぐに反応してこちらを見返すルビー。ツンツンした態度ながらも、俺やみんなのことを大事に思ってくれることがわかっているから、この表情もなんだか愛おしさすら感じるのだ。


「マ・ス・タ・ー? そういうのは地上でやりましょうね。危ないですから」


 ちょっと怒ってるラピスに叱られつつも、今日も空を飛ぶ。そして何度目かの夜を過ごし、たどり着いたのは以前奪還作戦を行った砦だった。ここで将軍と一緒に前線に行くことで色々と出会いがあったんだよな。


「しっかり壁もあるのです」


「前線へ向けての補給地点ってとこかしら? ここからハーベストにも移動するんだと思うわ」


 夜になってから地上に降り、翌朝砦に入ったので誰も俺たちのことを気にしていない。たぶん、見た目の問題で気にする人はいるだろうけど……ジルちゃんたち並とまではいかなくても結構子供みたいな子もいる。


 しばらく砦で情報を集めていると、このあたりはだいぶ戦闘は減ったようで、砦を中心に新しく街をつくる計画があるそうだ。結界装置も一応ある……出力は弱め。やはり、この結界が魔物の襲来に関係があることを大体わかってきているようだ。

 以前のように完全に防ぐ、という強さではなく嫌な感じにさせる程度らしいので見張りは必須だそうである。


「じゃあ、前線は膠着状態なんだ?」


「ああ。惨敗もしてないが完勝もしてないな。どうも地形の問題からか、互いに攻めあぐねているらしい」


 適当に酒場らしい場所により、一息入れつつ話を聞くとそんな情報が返ってきた。敗走し始めてる、なんてなってたらどうしようかと思ってたけど、まだ大丈夫そうである。話を聞くと、ハーベストへの定期便も出ているということで今回はそれに乗ってみることにした。


「ほら、ジル。ほっぺについてるわよ」


「あう、気が付かなかった」


 屋根の無い馬車には俺達以外にも10人ほどの乗客がいた。何人かは戦える感じで、何か商売でもするのか荷物を持ってる人も何人か。俺たちは俺たちで、厄介な相手の気配を感じないことからどこか落ち着いた様子で手元の保存食をおやつ代わりにかじりながらの旅路だ。空を飛んでいってもいいのだけど、状況を実際に見聞きしてから行くというのも大事だと思ったからだ。


 ずっとそうだったように、姉妹のようにじゃれ合う5人を見ていると自然と笑顔になっている自分がいた。それぞれの指には属性に応じた光を放つ指輪たち。目ざとい人なら、そのデザインの共通性と俺とのやり取りを見て色々と想像を膨らませることだろうね。


「マスター。前方に何か気配が」


「ん? ああ……なんだろう。そんなに大きくないね」


 そんな旅路もずっと平和、という訳にもいかないようだった。ちょうど道の先に気配を感じたのだ。安全な場所ではないということでこの馬車にも護衛は乗っている。そのためか、速度は緩みつつもそのまま道を行き……遭遇したオーク数体をその護衛が蹴散らしたので俺たちは特に戦うことが無かった。


(変に目立つ必要もないか……)


 久しぶりに、戦うことのない地上の旅を続けて俺たちはハーベストに入った。やはり最前線ではなくなったからか、前よりもさらに落ち着いた印象を受ける。それでも戦いが近い場所には変わりないし、鉱山を考えると賑わいが無くなることはあり得ないだろうね。


「ご主人様、偉い人がいるよ」


「偉い人? あっ! 将軍!」


 たまたまこっちに戻ってきていたのか、揃いの装備を見につけた人たちを見つける。ジルちゃんの言うように、その中には……前にも一緒に過ごしたヨーダ将軍がいたのだ。相手もこちらに気が付き、さすがに立場があるから手を振るようなことはしないけどやや硬かった表情も緩むのがわかった。


「戻ってきていたのか」


「たった今ですけどね。状況は良くもなく悪くも無いようで」


 そうして話を続けていると、立ち話もということで将軍の過ごす場所へと案内されることになった。道すがら、彼の装備の前との違いに気が付いた。全体的に質が上がっているけれど……どうも防御に重きを置いているように感じる。やはり指揮官ということで生存を優先しているのかな?


 前線に近いということでやや質素な印象を受ける部屋に通され、お茶の時間となった。同席する兵士達にも何人か見覚えがある。この街や周辺で一緒に戦った人たちだ。


「ふふふ」


「? どうしたの?」


 急に笑い出したヨーダ将軍に、あどけなくジルちゃんが問いかける。それだけを見ると祖父に話しかけている孫、みたいな感じだけど戦いを感じさせる装備とかがそれを許さない。


「いや、私も前線で戦ったことで色々と感じるようになってな。皆が皆、前よりも戦士になって帰って来たことが嬉しいのだよ」


「出来るだけのことはしようと思いますよ」


 そんな風にして、久しぶりの将軍との会談は始まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る