JD-298.「追われる連鎖」


 冷静に考えてみれば、それは当たり前のことだった。いつも座る席が埋まっていたのなら他の席を探す程度に……当たり前のこと。


「アイツのせい、か」


 森の中、遠くをまるで双眼鏡で覗くかのように目の前の空気をゆがませる。それだけでもう、まだ指先ほどの大きさのはずの相手も目の前にいるかのように拡大されている。大きくはっきりと見えるほど、その姿は異形というほかなかった。


「あんなのがいたら、竜も逃げてくるわけよね。風晶か地晶はアイツがとりこんじゃったのかしら?」


「おっきい……」


 出来るだけ術の範囲を絞るために、俺の左右にはルビーとジルちゃんが、フローラのほうにはラピスとニーナだ。まるで狙撃兵のようにみんなして姿を隠すべく伏せている。相手に見つかる距離とも思えないけれど、念のためだ。


 リブスたちの住んでいた湖を占拠したという竜を討伐してはや2週間。ほとんどのリブスが湖に戻ってきた後、俺たちは本来の目的地に旅立った。そう、精霊の宿る結晶の強化のためだ。徐々にだけど、漂うマナの量も変わってきている。予定よりは薄いけれど、徐々に濃くなっているのがわかるのだ。


 つまりは……時間はあまり多くはない。


「竜が追い出されたとなると、実力は相当な物でしょうか……そうは見えないというか、よくわかりませんわね」


「スライム? うーん、ちょっと違うなあ。カエルでもないし……」


 遠くに見える異形……そう、異形としか言いようがない。顔はカエルっぽいが、体がぶくぶくと膨らんで四肢が見当たらな……ん、今ようやく見えたな。とってつけたような足があるだけだ。体はスライムのようにぷよぷよとした感じで、一部は半透明な感じだ。


 大きさは地球では外国の採掘場でしか見ないようなひたすらでかいトラック程はあるように見える。周囲に決まった大きさの物がないから大体だけどね。問題は、その瞳などにあった。起きている割に動かない体、それと比べて瞳はあちこちに動いている。その色は、複雑な色だ。


「赤……青、緑に黄色……いや、金色かな?」


「反射して色が変わってるというわけではなさそうね……元々の色が変わってるんだわ」


「属性もあの様子だとはっきりしないのです。行動が絞り切れないのです」


 ここからでは竜が追い出されるほどの実力があるかどうか、はっきりしない状態だ。事実としてあの場所に竜がいない以上、十分強いだろうことだけはわかる。そうなると……油断はできない。


「マスター、近づきながら全員貴石解放いたしましょう」


「うん。遠距離から一気にっていうのもなんだか危なそうだ」


 貴石解放時はなんだかんだとマナが大きく動く。そういった物を感じ取る相手だと、恐らくある程度離れていても気づかれてしまう。それでも、みんな子供のままで勝てるかどうか不安が残る相手であった。


 話が決まれば後は素早く動くのみだ。進みながら、1人ずつ貴石解放をしていく。落ち着いて立ち止まったままでもいいのだけど、同じ場所に居続けない方が良いなという変な予感があったのだ。


 そして、全員を解放し終わった時それは的中する。


「ニーナ!」


「はいなのです!」


 背中がぞわっとなる感覚。殺気とは少し違うけれど嫌な感覚には違いがない。ニーナと一緒に前方にひたすらに岩の壁を産む。横に回避して回避しきれるかわからない状態だったからだ。森の木々をなぎ倒す勢いで分厚く産まれた岩の壁。だがそれも何かが当たることでどんどん削られていくのがわかる。


「角度をつけて受け流すよ!」


 徐々に、正面から受け止めていた物を斜めにずらし、ついには頭の上を相手の攻撃が飛んでいく状態になった。視線を上げると……何色もの光が混じったよくわからない光線だ。色んな属性の攻撃が飛んできてると思えばいいだろうか。その中でも風はまるで竜巻を圧縮したような力を感じる。


「たぶん、風晶もたくさん取り込んでるねー」


「少し危険ですけど、分散しましょう。相手の狙いを散らしたほうがよさそうですわ」


 出来れば一か所にまとまって防ぎたいところではあるけれど、そうも言ってられない感じになってきた。何度目かの相手の射撃を防ぎつつ、俺はニーナと頷きあいながら隙をついて生み出した岩壁を相手に向けて倒れ込ませた。


「手加減無用、行くよ!」


 砂煙を煙幕代わりに、俺たちは飛び出した。俺の隣にはジルちゃんが付き添っている。二人して、透明な刃を両手に目いっぱい生み出して投げつけた。相手の大きさに対してそれはとても小さく、目立たない。だからこそか、相手は回避する様子もなくそのまま受け……見事に突き刺さっていく。


「やわらかいみたい」


「どんどん行こう!」


 攻撃が効くというのなら躊躇する理由はどこにもない。よほど痛かったのか、相手……ジュエルビーストとでも呼ぼう……の怒りのこもった瞳が俺とジルちゃんを睨む。その顔のすぐ後ろ、首あたりに何か筒のような物が産まれたのが見えた。


「まずい、飛ぶよっ!」


 返事を待たず、高校生から大学生ぐらいの体格になったジルちゃんを抱き寄せつつ横に飛んだ。さっきまでいた場所を、属性のこもっていると思われる人の頭ほどの光の球が撃ち抜いた。どう考えても当たりたくはない光だ。


「大砲!? 器用な奴だなっ!」


「精霊さんは、泣いてないよ」


 淡々としたところが、なんだか文芸少女っぽい雰囲気のジルちゃん。そんな彼女のつぶやきから、ジュエルビーストそのものはマナのサイクルに不要とは言えない相手だとわかる。単純に、魔物側にバランスを傾ける厄介な奴ってことだ。


 そんな相手の横から、炎が踊る。フローラと一緒に別れたルビーの仕業だ。風により燃える箇所が広がっているからフローラとの合体技だね。表面には油でも出ているのか、ジュエルビーストの側面が焦げていくのがわかる。当然、相手の悲鳴のような咆哮が響き渡る。


「あ、凍ってる」


 次に反対側からはラピスがぬめりそうな皮をならばとばかりに凍らせるために冷気をぶつけたことがわかる。そしてそこに……人の胴体ほどはありそうな岩の杭が飛び、凍って硬くなったところをあっさりと砕きながら貫いていく。


 どの攻撃も、駄目という感じはしないどころかしっかり効いている。痛みにか、相手は周囲にでたらめに何やら撃ち始めた。


「防御力に長けた怪物ってわけじゃなさそうだ……火力が怖いな」


「しっかり、避ける。こっちは当てる……簡単だよ?」


 確かに、ジルちゃんの言う通りであった。相手の大きさにちょっとビビってたかな? あるいは竜と違って得体のしれない相手が気持ち悪いと思っていたからかもしれない。


 左右どちらを先に攻撃しようか迷っている様子のジュエルビースト。つまりは俺とジルちゃんからは視線が……外れた。多少危険は伴うけれど、一撃を決めるべく聖剣を手に駆け出す。つかず離れずのジルちゃんがすごく頼もしく感じた。


(切れ味は最大。様子見無しに切り刻む!)


 ジュエルビーストが視界いっぱいに広がった時、ようやく相手がこちらに気が付いたけど当然、もう遅い。


「せいやっ!」


 近くに来ると、小さく見えた四肢も意外とでかい、というか太くて見分けがつかなかっただけみたいだった。両手を広げたよりも太い前足に切り付けると、何か硬めのゼリーでも切っているような手ごたえを残して聖剣は振り抜くことができた。

 断面に骨らしきものが無いのが気になったけど、今はそれどころではない。


「ご主人様!」


「ああ!」


 倒れ込むところなのか、俺たちを攻撃しようとしたのか、押しつぶすかのように倒れ込んでくるジュエルビースト。ジャンプした2人を追いかけるように伸びるカエルのような舌。半ば予想していた俺はなぜか3本もあるそれを遠慮なく切り裂く。

 どう考えても粘液には触りたくないが……これでその心配も無くなった。


「ジルちゃん、目だ!」


「えいっ」


 少しばかり、気の抜けそうないつものジルちゃんの淡々とした声。それに合わせて投擲されたナイフはジュエルビーストの目玉2つに見事に突き刺さったかと思うと、目玉は砕け散った。生身だと思っていたら、あれだけ宝石か何かのようになっていたらしい。


 電池が切れたかのように、そのまま動きを止めてしまうジュエルビースト。そのまま溶けるように崩れ……後には踏み込みたくない妙な液体だけが残る。それもそのうち地面に染み込んでいくだろうと思われた。


「目玉が急所だったのかな……?」


「みたいね。あっさりというか、そうなるように頑張れたというか……」


 攻防がアンバランスな相手を前に、完勝出来たことは嬉しいのだけどというところだ。相手の正体がわからず、謎ばかりが残った。確かにこいつが相手だと、竜は火力の前に負けていただろうなということはわかる。


「ひとまず、風晶たちを探そうか……」


 わからないものはひとまず横に置き、俺たちは本来の目標である結晶体を探すことにしたのだった。

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