JD-297.「山の中の海」
大きな湖のあちこちで歓声が響く。湖に戻ってきたリブスたちの物だ。竜を倒したといっても、それが信用されるかどうかは別の話。俺だっていきなり来た人たちが問題は排除したよ、なんて言われてもすぐに全員で移動しようとは思わない。まずは先遣隊を……ってなるよね。
「まさかこれだけの数を仕留めるとは……」
「素材は貰ってもいいかな? 一応こっちにまとめてあるんだけど」
倒したのは俺たちではあるが、リブスたちが追われなければ倒す機会もなかったかもしれないし、復興とかに何かと物入りということを考えるとそれなりに融通してもいいと俺もみんなも思っている。集めた鱗やらを取り出すと、気のせいか……リブスのリーダーが少し引いた気がした。
「も、問題ない。正当な対価として持って行ってくれ」
「なら遠慮なく。こっちに全員また戻ってくる予定で良いのかな?」
なんだかんだと、水辺というのは彼らにとっては一番の居場所のはずだ。そう思っての問いかけに、深々と頷きが返ってくる。やっぱりそうだよね……となるとだ。竜が好き勝手に過ごしたからか、結構荒れてる感じの土地も整備がいるかな?
「出来れば礼もしたい。しばらくはこの土地にとどまってくれると助かるのだが」
「あはは。みんなもそっちのちびっこが気に入ったみたいだからね、仲よくしよう」
そう、ここには何気に俺しか残っていない。みんなはリブスの子たちを迎えに行ったのだ。正確には、その子達が来る時に護衛をするんだと言って向かってしまったってところなんだけどね。見れば、先行してやってきたリブスたちが今日の寝床を作るためか、水辺でマナを動かし、貴石術を使っているのを感じる。
人間のそれと比べると非常に滑らかで、隙の無い使い方だ。荒れた岩場も段々と滑らかになり、寝転がるにはちょうどよさそうな場所になっていく。人間の建物にいたリブスではあるけど、普通にこんな屋根のない状態でも十分らしい。
「小屋とかは作らないのか? 俺が出会ったリブスたちは意外とそういうのも作ってたんだけど」
「それはそのうち……だな。今日はこのぐらいでというところだ。それにしても、別の場所にも我らと同じ種族が生きているとは……面白い物だ」
俺からすると喋るオットセイという時点で不思議の塊なんだけどね、とは口に出さない。毛も全身ふわもこって感じだし、土地ごとに独自の進化を遂げたのかもしれない。共通してるのは見た目が海洋生物だということと、貴石術にたけていること、そしてこれが重要だけど頭がいい。
そのままヒレで立ち上がって歩き出しても不思議じゃないぐらいだ。どうやって声を出しているのか?という疑問には貴石術の一種だと随分前に別のアザラシなマリルが言っていたような気がする。
(こんな山の中に、海にいそうな相手がいて、しかも独自の文化も維持している……)
考えるほど、謎である。俺が見ただけでもこっちのリブスも百どころじゃなく、数百、あるいは数千以上生息しているのだ。
「落ち着いたら交流の旅に向かうのもありかもしれんな。地図を描いてもらうことはできるだろうか?」
「あ、ああ。そのぐらいなら」
俺の内心の戸惑いを他所に、リブスは見事に笑顔を向けてくる。その顔を見て、俺は色々な疑問だとかそういったものが全部消えていくのを感じた。多少見た目が違うからと言って、何が違うというのか。語り合え、分かり合える相手に変わりはないではないかと。
今さらと言えば今さらなことにようやく気が付いた俺。思わず両頬を勢いよくはたいた。結構な音がしたからか、周囲のリブスに驚いた眼を向けられてしまった。笑ってごまかしたけどね。
「よし、俺も手伝うよ。貴石術にはちょっと自信があるんだ」
「あれらを倒しておいてちょっと、か。まあ、いい。では明日に備えて木々でも切り出してもらおうかな。やはり女子供には屋根付きの寝床が必要な場合もある」
彼の先導に従い、俺は湖そばの森に分け入っていくつもの木々を風の刃や岩を薄くした斧等でどんどんと切り倒していく。少しは消耗しそうなものだが、リブスたちの使い方を見て、自分なりに取り入れてみたところ、結構な改善が見られた。やっぱりまだまだ強くなる余地が自分にもあるのだ。
「あ、そうだ。このあたりに精霊……マナの結晶にふわっとした小さい人間みたいな感じの子がいる場所ないかな?」
「あるにはあるが……皆が揃ってからのほうがいいのではないのか?」
もっともな提案に頷き、ひとまずは作業に集中することにした。そうして……数日後、湖には竜ではなく、たくさんのリブスたちの姿があった。
「ここ……山の中の湖だよな……」
「そのはず、ですわね。しかし……不思議な光景ですわね」
足元はラピスの生み出した大きな氷。透明なそれはまるで水の中を覗く道具でも使ったかのように、湖の様子を見ることが出来る。透明度はかなりあり……無数の水草が生い茂り、その間をたくさんの魚が泳いでいる。そこだけを見ると、まるで熱帯の海を切り取ったかのような生態系だ。
しかしここは陸地だ。川はいくつか流れ込んでるようだけど、それにしたって生き物が豊富過ぎる。逆に言えば、これぐらいじゃないとリブスたちがその数を維持できないわけだが……はて?
ぷかぷかと浮きながらの氷の上で、頭をひねるも明確な答えは出ない。俺が知る限りの地球での知識では説明がつかなかったのだ。後考えられるのはこの世界特有の理由。
「恐らくはあちこちにカラードやその類が沈んでますわね」
「なるほどねえ……」
いつぞやのハニービーがいた場所も、貴石に近い石が湖に沈んでいることで環境が特殊な物になっていた。ここはそう言った物の影響で、湖なのに豊富に生き物がいるという状態なのだと思うことにした。
俺達に必要な貴石の気配はないため、湖の豊かさを奪うようなことにはならないだろうことは安心できる材料だ。ここで底に俺のコレクションが沈んでいて、そのせいで魚が多いです、とか言われたらどうしたらいいんだってなるもんな。
「マスター……私思うんですけど、このあたりも含め、昔は海だった……そう考えるとあの子達の説明はつくと思うんですの」
「かもしれないね。平和になったら、そういった物を調べてもいいかもしれない」
世界中の謎をみんなで探検して解き明かす。それはとても面白いことに思えた。みんなと思い出を作るためにも頑張らないとね。そんなことを思いながら、ちょっといい雰囲気になったのでそばにいるラピスの手を握って……。
「なにしてるのー?」
水音と共に、リブスの子供に乱入されることで、甘い時間は終わりを告げた。彼か彼女かわからないけれど責めるわけにもいかず、ちょっとばかり恥ずかしい思いをしながらみんなの場所に戻る俺たちだった。
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