JD-234.「出会いは唐突に」
「これは……水晶? ちょっと前に見たのとは違うね」
「そうですわね。あら、中に精霊様はいますけど、寝ていらっしゃるみたいですの」
ラピスに言われ、そこを覗き込むとかなり薄い状態だけど精霊を感じた。消えかけているという感じななく、意識しないと精霊は形を持たないっていうところかな? 起こすのも……ちょっとかわいそうだ。それよりもここがどこかということが問題だった。
「太陽があっち……んー、今何時ぐらいだろうなあ」
「ふっふっふ、ここは自分にお任せなのです! トール様、知ってるです? 自分たちがいる場所、ちゃーんと星なのです。自転も公転もしてるのです!」
他の子と比べてややあるな胸を誇らしそうにそらしながら、珍しくニーナが元気いっぱいの声でそんなことを言ってくる。いつの間にそんなことを調べたんだろうか? あ……もしかして……。
「ちゃんと夜の星も観察してたですよ。後、大地を感じていると……磁力?みたいなのをちゃんと感じるのです。それによると、北はあっちなのです!」
ニーナがびしぃっと指さすのは海を左手に、水晶を右手に見たまっすぐ前の方。ということはこの海岸は西側の海岸ということになる。別の大陸に飛ばされたということでなければ……トスネスを一気に超えて西海岸の果てまで来たってことかな? ということは東であろう方向にものすごい遠くに見えるのが前に西に見えた山脈なのだろうか? あるいはさらに別の物かもしれない。
「いずれにせよ、だいぶ飛んだわね。これ、戻れるのかしら?」
「あの子はどこに出るかわからないって言ってたねー。でも、だいじょうぶだよー。みんながいればなんとかなる!」
「……お腹すいた」
若干重くなりかけたところをフローラが明るくし、ジルちゃんが通常運転で可愛くお腹を抱え始めた。俺はそれに笑顔になりつつも、周囲の観察は怠らなかった。このあたりが魔物の巣になってることだって考えるべきなのだ。
手持ちの食材でもいいけれど、何か獲物が見つかればそれに越したことは……この世界に来た時と比べると俺もだいぶ現地の思考に染まった気がするな。たくましくなったって言った方がいいのか?
「生き物は……いますわね。問題は食べられる相手か……私達なら関係ないんですけれども」
「せっかくなら美味しい方がいいわよね。フローラ、行くわよ!」
駆け出したルビーとフローラをジルちゃんが追いかけていく。お腹は空いてるけれど、誰かにまかせっきりというのも嫌みたいだ。そんな3人を笑顔のまま俺たちが追いかける形になる。雑草が生い茂り、獣道のような物しかない場所を走ることしばし、見つけた鹿のような相手をあっさりと仕留めた俺達は食事の準備を始めた。
「ねえ、トール。気が付いた?」
「うん。消えなかったね……」
何かというと、鹿だ。これまでも素材として認識し、加工した物は消えなかった。けれど、特に石英をとった後は大体の生き物は溶けてマナになってしまっていたのだ。だというのに、この鹿は不気味なほどの形を残し、俺たちに肉を提供すると同時に、ややグロさを感じる死体として存在をアピールしてきたのだ。
血の匂いが他を呼ぶかもしれないということに気が付き、慌ててニーナに穴を作ってもらいそこに埋め、真上にフローラの風で匂いを飛ばすという荒業でひとまず処置とした。今のところは肉食系の獣がやってくる気配はないので成功していると思いたい。
「この土地がそういう土地なのか……はたまた……今度女神様に出会った時に聞いてくるよ」
「うーん、お母様が知ってるとは思えないのです」
「そうだねー。お母さん、色々忘れん坊さんだからねー」
娘2人に散々な言われようであった。ただ、確かにちょっと抜けてるというか、天然というか……いや、特定の方面には考えるのかな? 主にピンクなほうで。悪い人(神?)じゃないんだけどなあ。
問題は女神様の邪魔になりそうな力のある存在がどこかにいるということなんだよな。この前みたいに邪魔をされたら……。
「ニーナ」
「はいなのです!」
同じ気配を感じていたのか、一言応えてニーナはドーム状の闇を周囲に一気に作り出す。海中で大量の墨を吐いたような感じと言えばわかりやすいかな? この闇、俺たちは見えるというチート過ぎる能力を持ってるんだよね。正確にはマナで見るんだけどさ。
「いた……」
最近、なんだか暗殺者めいて来たような気がするジルちゃんが駆け出す先には俺も感じた気配が2つ。茂みの向こうからこちらを伺うような気配だったんだよね。だからジルちゃんも捕まえにいった感じだ。
結果、先行したジルちゃんと、風をまとって飛び込んだフローラの2人によって謎の気配の主は組み伏せられていた。
人間のように伸びる両手足、暴れても仕方ないと思っているのか思ったより大人しい。そしてその顔は……人間と言えば人間だけど、ちょっと違う。いるかないるかなと思っていたんだけど……本当にいたんだ。獣人……というべきなのかな?
「ご主人様、剥ぐ? 焼く?」
「焼かないし剥ぎません!」
無表情(実際にはそうではないのだが)に背中でつぶやかれるジルちゃんの言葉に、下にいる小さめの方の獣人がじたばたと暴れ始める。まあ、気持ちはわかるよ、うん。対して大きい方の獣人……大体手足に獣みたいな手袋とか長靴を履いてるような毛深さに、顔もやや毛がある感じの子だけど、はこちらを睨んでいる。確かに現状だと俺達って敵対してるよね。
「えーっと、言葉わかるかな?」
「何のようだ、ニンゲン!」
(よかった。言葉は通じる。それにこっちが違う種族だというのもちゃんとわかってる)
相手は怒っているけれど、俺としては朗報に等しかった。話が通じて、交渉が出来そうだからだ。俺は相手を信用させるために腰の聖剣を地面に置いて、少し離れて座った。相手に攻撃の気持ちが無いことが伝わればなと思ってだ。
「トール?」
「いいんだ。フローラ、ジルちゃん。2人を離して。その子達、まだ俺たちに何もしてないよね」
心配そうなルビーとラピスに微笑み返し、無言で岩壁を展開しようとするニーナも片手を出して押しとどめる。そして、獣人2人に乗るような状態だった2人もゆっくりとそこから離れ……大きい方の獣人が風のように飛び出して聖剣を掴み俺を斬ろうとして……固まった。
「なんだよこれ、抜けないじゃん!」
「俺専用なのさ。話ぐらいは聞いてくれないかな?」
斬りかかろうとしたということはこちらを害そうとしたということで、考えようによっては有罪みたいな感じになるんだろうけど俺は今回はそう思わない。だから微笑んで、そっと大きい方の獣人、多分男の子かな?に利き腕だとわかるように右手を差し出した。握手の合図だけど、伝わるかな?
「おにーちゃん」
「ミユは下がってて」
小さい方の獣人は女の子だった。呼び方からして兄妹かな? 群れとはぐれてるとかじゃないといいのだけど……。
そんなことを思いながら、こちらの真意を探るような兄側に向き直り、俺は座ったままだ。
「ジルちゃん、みんな。大丈夫。俺はそう簡単にやられないよ」
「うう……」
俺が強く言ったためか、ジルちゃんたちも飛びかかることはせずにそこに待機。そんな様子にどこか感じる物があったんだろうか? 獣人の子は聖剣を俺の方に投げた後、自分もどっかりと座って右手を差し出してきた。握手をすると、毛深さも合わさって随分と温かさを感じた。
「ここらでニンゲンを見ることなんてないから……ごめん」
「ははっ、いいよいいよ。こっちこそ押さえつけるようなことをしてごめんね」
西の果てで、俺たちは新たな出会いを果たすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます