JD-233.「新世界への旅」
長い年月をかけ、風や雨によって削られた岩だらけの景色。そこが風の精霊の故郷だという。緑が全くないわけじゃないけれど、ここで過ごすのは主に食料の面で問題があるかな? 実際、鳥などの獣の類は全くと言っていいほど見ない。
『ここからいろんな場所へ吹いていったわ。そこで新たな風晶となり、しばらく過ごしたらまた別の場所へ……そんな生活だったわけね』
「そうしていたら掴まってたのか、助けられてよかったよ」
谷に足を踏み入れると、乾燥した様子がすぐにわかる。だけど吹いてくる風はどこか優しい。まるでこちらを歓迎しているかのようだった。その風の流れに誘われるように歩いていくと、草とかとは違う緑色が目に飛び込んでくる。
「ご主人様、おっきいのがあったよ!」
「ほんとね。値段のつけようがなさそうだわ……」
谷間のような場所を埋め尽くすようにしている緑色の結晶、風晶だ。もう風晶で出来た川といった方がよさそうなぐらいの規模だった。でもこんな場所があったら目ざとい人にすぐ採掘されてしまいそうだけど……と、これまでの道のりと、目の前にいるソレを見た。
『結晶で出来た人形。精霊の外敵を排除する気持ちが結晶を動かしてるだけと言えばだけなのだけどね。さ、行きましょう』
ふわりと浮かぶ風の精霊。彼女の先導に従って結晶で出来た騎士のような2体の横を恐る恐る通っていく。進む度、風の気配が強くなっていく。風が強い、ではなく風の力が濃くなっているんだ。わざわざこんな場所に好き好んでくるやつはいないってことか。
「自分にはすごいなって以外には感じないですけど、フローラだとどうです?」
「うん。ボクだとなんだか、お水の中を頑張って進んでるみたい。力が濃いよ」
感動したように言うフローラ。実は俺も似たような物だった。俺はみんなの力を借りて同じようなことが出来るからどの属性にも対応してると言えるんじゃないだろうか? だからこそ、今の状況に逆にわくわくもしているのだった。
そうして見えてきたのは、一層緑の濃い結晶体。風はそよ風のようだけど、まるでそれがささやきのようにさっきから俺たちを包んでいる。よく見ると、あちこちに精霊のような姿が見えていた。皆笑顔で、こちらを歓迎しているようだった。
『そう、そこの右前ぐらい……ああ、ここよ』
俺には区別がつかないけれど、精霊がささやくままに俺は風晶を置いた。すると、周囲に何かの波動が伝わり……お祭りの中にいるような騒がしさが周囲を満たした。一見するとホラーのような、精霊たちの喜びの声だった。
「うわっ、すごいね!」
「声は聞こえませんけど、感じますわ」
俺もまた、声を失ったように周囲の光景に目を奪われていた。目に力を入れて色々と見えるようにしてるからだろうけど、周囲に無数の光が踊り、言葉でも映像でもなく、感情が伝わって来た。そこに俺は、風の精霊たちの喜びを感じたのだった。
『さて、みんなにはお礼をしないとね』
「そんなつもりで助けたわけじゃないんだが……まあ、貰えるものは貰うのが筋かな?」
まるで蛍の群れを見ているかのような光景に、ジルちゃんたちは無邪気に笑い、神秘的な光景を楽しんでいた。そんな中、目の前に浮いてきた精霊からの言葉に本音を告げると、見事に笑われた。ちょっと正直すぎたかな?
『そのぐらいの方がこちらも楽だもの。ほら、来なさい』
「ボク?」
精霊に手招きされ、フローラが数歩前に出てくる。そんな彼女の胸元に精霊は移動したかと思うと、指先をそっとつつくようにして……沈めた!? あまりにも無造作に行われるものだから、驚くのも一瞬遅れる。フローラも驚いているけれど、悪いことはされないという確証があったのでそのまま様子を見守ることにした。
周囲に漂う膨大な量の風の力。あるいは風そのもの。それらが精霊を中心に集まり、指先からフローラの中に注がれていくのが見えた。お風呂の栓を抜いたかのように延々と注がれるかと思われたその力は途中で止まり、また風の力は周囲に自由な様子で散っていった。
『ふう。今はこれぐらいかしら』
「うわ……すごい、すごいよ! なんだろう……指の先までボクを感じるって言えばいいかな? とにかくすごいよ!」
おもちゃを買ってもらった子供の様にはしゃぐフローラ。気が付いたみんなもフローラの様子に笑顔を浮かべている。俺もまた、喜ばしい気持ちを抱きつつも強い力には色々なものがつきものだというオタク的な心配が浮かぶのを感じていた。
『そのうち慣れるでしょう。同胞よ、自由の風の子よ。風はどこにでも吹き、希望と夢を運ぶわ。貴方たちの旅にどこまでも未来と光がありますように……祈ってるわ』
「ありがとう。帰るには元の道をたどればいいかな?」
みんながよければ数日ここで野営してもいいのだけど、まずは帰り道の確認だ。水場とかはなさそうだからまた自力で確保しなくちゃいけないかな?なんて考えていた。
が、風の精霊はそんな俺に首を振り、そしてみんなを見渡して口を開いた。
『それなんだけど……このまま別の場所に飛んでみない?』
「飛ぶ? おそらをびゅーんってとぶの?」
ストレートなジルちゃんの言葉に、精霊は首を振って自分の後ろ、大きな大きな風晶の塊を見た。マナがその中を流れる度に、まるで川を水が流れるように力が揺らめくのが見える。まるでどこまでもつながっているような……? まさか!?
『結晶体はある程度以上になるとマナの流れを共有するの。だからこそ年月をかけて、世界が復興したともいえるのだけど……普通の人間や獣、あるいは亜人では無理。けれども……貴方達なら別よ。マナの流れに乗って、別の結晶体の場所まで飛んでみたらどうかしら? そこにはきっと大事な出会いが待ってるわ』
衝撃的なお誘いだった。マナの流れに乗って……要は転移をしてみたらどうかと誘われたわけだ。しかも俺たちにしかできないだろう方法だという。ジルちゃんたちはよくわかっていない子と、躊躇している様子とで分かれている。まあ、無理もないよね。だけど……。
「よし、やろう。せっかくだ」
「トール!? 本気なの?」
焦ったようなルビーの声。彼女は躊躇している側だ。きっと、メリットデメリットを色々と考えているんだろうね。本当に飛べるのかとか、そういったことを。それがなんとなくわかる俺は彼女に笑顔を向けて頷いた。
「うん。俺は嬉しいんだ。俺も出来るってことはさ、俺とみんなが違わない、同じだってことだろ?」
「マスター……」
こんな理由は少し不純かもしれない。だけど俺は精霊の言う、俺たちなら出来るという言葉に嬉しさを感じていたのだ。宝石娘だから人間と違う、そんな気持ちを無意識にかどこかに抱いていつも一線を越えてこないみんなに……こちらから踏み込んで抱きしめよう、そんな気持ちだった。
「自分はトール様に従うのです!」
「ジルも一緒だよ」
「ボクもー!」
俺を囲み、そんな風に同意の声を上げる3人。なぜか周囲の小さい精霊たちも合わせて明滅を繰り返していた。声なき応援に、俺はなんだかすごくうれしい気分になった。
『決まり、ね。じゃあここに立って……そう、手をつないで。目を閉じてマナの流れを感じなさい。ちょっとどこに出るかはわからないけれど、貴方達ならどこでも生きていけるもの、大丈夫』
少し早まったかな?なんてちらりと頭によぎる精霊の言葉。だけどこの先にあるものが楽しみなのは間違いないんだ。手をつないで目を閉じ、集中すると真っ暗だったところが無数の光に満ちていることに驚く。マナは瞼越しでも感じるんだ……あ、みんなを近くに感じる。
『川の流れに身を任せるようにゆっくりと……そう、ゆっくりと合わせるの。背中を少し押すわよ……行ってらっしゃい』
瞬間、浮遊感のような物が俺を包み、手をつないだ感覚はそのままに体がどこかに押し出された。そしていわゆるGは感じないけれど、確実にどこかに動くのを感じた。どこまで続くのか、そんな不安を他所にどんどんとどこかに進み……そして急に視界が白くなった。
「っとと……ここは?」
目を開けた先。そこは海を目の前にした……砂浜だった。後ろを向くと、そこには滝のようにそびえる青い結晶体が鎮座しているのだった。
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