JD-231.「星の歴史」



『歴史、と言っても私自身は自由に世界をめぐるだけの風。全部を見たわけではないのだけれど……』


 あたりが夕焼けに染まる中、風の精霊はニーナが適当に生み出した岩の塊の上に座り、小さな手のひらを上に向けて何やら集中し始めた。周囲から風……空気かな?が集まり、フローラがやって見せたように視界に揺らぎが生じた。と同時に何やら動く物が。


「おおー! ご主人様、テレビだよテレビ!」


「どうなのかしら? 映画の方が近いんじゃない?」


 大きさとしては縦横50センチぐらいの枠の中に白黒だけど絵が動き始めたのだ。2人の言うように、スクリーンに投影された映画というか、テレビというかそんな感じ。音はさすがにないけどね。


『テレビ? ふふ、不思議なことを言うのね。まあいいわ。見たほうがわかりやすいでしょうから、やりながら話すわね』


「随分と器用なんですのね」


 風の精霊は、貴方達よりおばあちゃんだもの……このぐらいはと寂しげにつぶやいて映像の制御に戻った。まず映し出されたのは、見るからに荒れ果てた様子の大地だった。地面はひび割れ、立木もまばら、多分荒野というのが一番似合う状況だろう。これは……前に聞いた……。


『かつてのヒトは乱れた世界を憂いたの。長い戦いの果て、厄介な魔物は僻地に追いやることはできたけど、それでも世界には魔物はまだいる。それだけならともかく、元々疲弊していたところに度重なる戦いがあったものだから世界中のマナの流れは乱れたままだったの』


 映像が切り替わり、濁った様子の沼のような物や、噴火する火山、枯れ木の混ざる山といった光景が映し出される。白黒でもそうとわかるほど、なんともいえない景色だった。こんな状況では、人間に限らず生きていくには相当大変だったんじゃないだろうか?


「これでみんなどうやって生きていたです?」


「隠れてこっそりとかかな?」


『人に限らず、かろうじてマナの流れが安定していた場所に寄り添い、生き抜くことになったみたいね。私もそのころは風が安定しなかったからあちこちに飛んでたけどあまり覚えてないのよね……。ともあれ、碌に貴石術も使えなくなり、私達も疲労困憊だったわけ。それでもかつてのヒトや戦士たちは寄り添い生きる中、どうにかしようと考え続けていた……そして1つの手段を見つけたの』


 続けて映し出されたのは、何人もの人が台座を囲むようにして立ち、何かを呟いているところだった。いわゆる獣耳があったり、見るからにコボルトなんていう姿もあったから当時は話が通じれば種族なんか関係なかったのだろうか?


『とった手段は、属性の偏りを敢えて作ること。細かく1の力があちこちにあるぐらいなら、まとめて100にして力を蓄えようってことね。当時、魔物と戦っていた戦士たちの持っていた貴石を砕いてそこに属性の力を集中させたの……何か所もね。結果、見事に世界にはマナの流れがある意味戻ったわけ』


「待って、それは! そんなことをしたら!」


 ルビーが焦りの声を上げ、他の皆もそれぞれに真剣な表情になって精霊を見ている。俺もまた、彼女の言葉から予想できる状況に驚いていた。今いるこの場所だって、1つの属性だけが強いわけじゃない。大地や水、木々や風、あるいは火だって全くないわけじゃないんだ。それなのに一か所に1つの属性を偏らせたら……?


『もちろん、逆に偏りからその土地がどんな土地かという偏りも生まれたわ。年中、風が強い場所、水が豊富すぎて雨や洪水ばかりな場所、資源が豊富だけど植物の育ちにくい場所、日照りが続く場所もあったかしら。それでもすべて駄目よりはマシだったみたいよ』


 精霊の説明は続く。それによると、それぞれの土地の境界あたりに住むことで偏りの影響を最小限にとどめたらしい。だけどそれは魔物にとっても同じだった。狭い場所をめぐり合って戦いは終わらなかったそうだ。


『それでも厄介な相手はもういなかったから何とかなったみたいね。ともあれ、そして長い時間をかけて世界はまたもとの姿を取り戻していったの。と、ここまでが大昔』


 精霊は言葉を区切ると、指を1本立てた。そして続けて立てる指は2本、合わせて3本……どういうことだろうか?

 考えながら、ひらめいたのは気の遠くなるような星の歴史だった。魔物と他の生き物の戦いは俺たちが知っている物だけじゃなく何回も……?


『キミは気が付いたみたいね。そう、私が知る限り、今が3回目。まあ、2回目は人間の驕りかしら。私達みたいな結晶の力を独占しようとしてたみたいだし、ある種自業自得っていうのかもね』


「うう、ぐるぐるしてきた」


「うふふ。私もですわ。つまり、大昔にも戦いはあって、せっかく取り戻した平和もまた争いから崩れ、それでもなんとか復興して来た今、また魔物が世界を攻め始めているということですわね」


 ラピスのまとめてくれたように、何百年か千年とかかはわからないけれど、この世界では今のような戦いは何回も起きていたらしい。それこそ、これで俺たちが解決したとしてもきっとこの先にも……そこは考えても仕方がないか。


「歴史はわかったけれど、それと私たちと貴女たちでどういう違いが出たわけ?」


『一番の違いは核が何か、そしてそれを内包しているかどうか、かしらね。私は今、所詮幻影にすぎない。けれど貴方たちは自分の体という物を持って動いている。近いけれど別物よね』


 風の精霊が言うことは、前に水の精霊も言っていた。水と違って風の精霊が世界を巡れていたのは属性の性質の問題や、どういう状況に結晶があったかとか色々あるんだろう。もしかしたら単純に年期の問題かもしれないけれども。


『私達は力を使いすぎたら終わり。自然に回復するまで沈黙しかない。けれど貴方達は生きている。人間や獣のように、母体から産まれるのとは少し違うけれど……』


「生きている……ジル、造り物じゃないの?」


 かみしめるようにつぶやくジルちゃん。俺はそのつぶやきに込められた色々な思いを感じて、思わず彼女を抱き寄せた。俺にとってみんなは可愛い女の子で、貴石人だとかそういうのはもう関係なく大事な子たちだ。だからそんな悲しい顔はしないで欲しい。


『私の言葉で納得できるかはわからないけれど、安心しなさい。貴方達は皆生きているわ。会ったことはないけれど、母たる女神から産まれる、それが貴石人だもの。中に宿っている貴石はただ単に核がそうであるというだけよ』


 精霊は俺の方を向いて、キミは産まれた側でもあり、産んだ側でもあるみたいだけど……なんて呟いてきた。そうなるとジルちゃんたちは俺の妹になるのか、娘になるのか、考えるだけややこしさが増すような気がした。


 なぜか横で泣き始めるジルちゃん、そしてみんなもだ。でも悲しい顔じゃなく、なんだかうれし涙といった様子だった。俺も、みんな一緒だと言われたみたいで胸に来るものがあった。断言してくれた風の精霊に感謝の気持ちを抱きながら、ふと思うことがあった。


「俺たちはこれからどうすればいいと思う?」


 思わず、そんなことを聞いていた。自分達で決めるべきことであるし、やること自体は決まっているも同然なのだけど、なんとなく聞きたくなったんだ。考えてみればこの世界に来てから自分達ですべて決めてきたような物。女神様にこうしてほしいとは言われているけれど、それも強制じゃない。自信が欲しいという訳じゃないけれど、誰かにやり方を肯定してほしかったのかもしれない。


『かつてのヒトのように世界を整えるなら……私を元の場所に戻した後、結晶の力を取り込むのが一番なんじゃないかしら? 貴石の力は強力だけど、逆に言うと貴石自身に依存した力になりがちだって言ってたわ』


 言い切る風の精霊の姿は、大きさが何倍にもなったような妙な存在感を誇っているのだった。


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