JD-230.「立つ鳥跡を……」
乱れた風の元、そこにいたのはどこからか運び込まれた風晶、そしてそれを利用して何かをしようとしていたゴブリンたちだった。なんとかゴブリンたちを撃破しつつ、一度風晶を砕いて小さな風晶に構築しなおすという荒業で解決した俺達。その中にいた最初の1人な風の精霊を風晶ごと預かり、元の場所に戻すことを請け負ったのだった。
「よーし、今日はおさらいだ!」
「うんっ!」
元気よく返事をしてくるクライド。素直な子供というのは接していて気持ちがいい物だなと思う。前にも同じように色々と教えた時もそう思ったんだよな……全部終わったら、どこかでそういう仕事についてもいいかもしれないな。
ともあれ、今日はクライドの実力の確認と、一人でこなす依頼の見極めだ。
(そう、一人だ)
ちらりとクライドを見ると、俺が言いたいことを察した彼はしっかりと頷いてきた。宿屋の息子らしく、人との出会いと別れはある意味慣れているのか、最初はちょっと動揺していたけれど、すぐに持ち直してきた。
「自分の力を過信せず、かといって過小評価しない……だよね?」
「ええ、そうですわよ。やれることはやる。やれないことはやれない、それを見極めるのが大事ですの」
今日は俺たちが全員ついてきているけれど、基本手出しはしない。本当は俺だけが付き添う予定だったのだけど、クライドが皆に見ていてほしいって言ったからだった。ちゃんと教わったことを覚えているところを見てほしい、なんて言われたらついていくしかないよね。
その後、クライドは近隣の薬草採取や魔物対策の見回りなどを順当にこなし、怪我なく街に戻ってくることが出来た。その間俺達は何もせずにゾロゾロついていっただけなのでちょっと微妙と言えば微妙だけど……出て来た魔物や獣も危なげなく仕留めていくクライドを見てみんな笑顔になっていた。
「よっし、終わったよ。兄ちゃん!」
「おつかれ。すごいじゃないか」
クライドに貴石術の適性があったのが大きかったのか、精霊の加護のようなものがあるのかはわからないけれど、堅実な戦いに素直な結果が返ってきていた。下手をしなくても俺たちより安定した動きなんじゃないだろうかと思うぐらいだ。
「でも危ないからやめてって言われたら採掘の方に移るよ」
「好きなひとといっしょなのが大事、だよ」
正面からジルちゃんに言われた言葉に顔を赤くするクライド。誰にと言ってないのに丸わかりなことに気が付いたんだろうね。俺も人のことは言えないけれど、色々と気を付けよう。
そんなことを思いながらも依頼の報告を終えて、みんなで宿へと戻る。
「もう明日には出発かぁ」
「旅が出来るのが偉いってわけじゃないからな、生き方には色々あるさ」
自分も出かけてみたいなあという気持ちを感じた俺はそう忠告めいた言葉をかけておく。まあ、独り身じゃなく一緒にいたい相手がいるんだから大丈夫だとは思うけれど、ね。
その夜、結構遅くまで俺はクライドと語り合っていた。子供だ子供だと思っていた相手が、一人の独立した人間として考え始めていることに感動を覚えながら、俺も決意のような物を新たにしていけた夜だった。
「おや、誰かと思えば。さっそく水の精霊様に会いに来たのかい?」
「え? もしかしてあの建物の管理者は……」
翌日、遠くからでも水の精霊に挨拶をしておこうとぎりぎりまで近づいた時だ。通りの向こうからやってきたのは地下で大冒険となった時の調査員の人達だった。
なぜか俺たちが水の精霊に会いに来たと思ってるらしい。ここから先は進むのが禁止されていたような気がするのだが?
「なんだ、耳が早いなと思ったら偶然か。つい先日、精霊様の声が私達にも聞こえてね。あれは何か術を使ったんだと思うけれど……要は暗い、もっと人と触れ合いたい、そう言われてね。警護の人間はつけるけど、見に来るのは自由にしようと決めたところだったんだよ」
そういって肩をすくめている姿はちょっとお疲れだ。よほど急いだに違いない。それにしても、声を聞かせるなんて無理をしたんだな……。とりあえず、会いに行けるならちゃんと挨拶をしていこう。
「ジルもお話したいな」
「茶色い子も元気かなー」
「あれはやはり君たちの……まあ、深くは聞かないでおくよ」
なんだか申し訳なくて心の中で謝りつつ、この前は夜にこっそり入った建物に今日は正面から堂々と入った。階段を登っていくと見えてくる結晶体。夜にわずかな灯りの中で見たのとは全く違う姿を見せていた。うん、やっぱり宝石とかの類は光の当たり方で全然違うな。地球の自分の部屋でみんなの貴石を眺めていた時を思い出した。
『おおー! 恩人たちのお出ましだー!』
『???』
部屋の入り口に立っている警備の人に頭を下げ、結晶に近づくとそんな声がして青と茶色の人影が飛び出て来た。気のせいか、警備の人が驚いたような……普段は姿は見せないのかもしれない。
みんなして思い思いにおしゃべりを始めたところで俺はちょうど反対側に回り込んだ。
(さすがに見られてるところで出すのはちょっとね)
何かというと、風晶の精霊のことだ。時代は違うかもしれないけど、同族と言っていい相手と話したいこともあるだろうなと思ってのことだった。思った通り、ゆっくりと収納袋から出て来た風の精霊は周囲を見回した後、みんなの輪の中に加わって何やら話し始めていた。
『そう……2人も助けられたのね』
女学生のように元気な水の精霊、小さい子供の様に大人しめの地の精霊、見た目と違ってだいぶ大人の風の精霊。3人とも見た目は小さいのだけど、不思議と雰囲気は3人とも違うのだった。
気が付けば警備の人は見てはいけないものを見てしまったとばかりに横を向いていた。なんだかすいません、ええ。
「たのしかったねー!」
「うん。おしゃべりできた」
てくてくと歩く街道、良く晴れた空の下でそんな声が響く。一通りの別れの挨拶を終えた俺達は目的地へ向けて歩き出していた。方角は南西。前線である北からは少しずつ離れていくけれど、不思議と無駄になる気はしなかった。こっちに来たらこっちに来たで何かをどうにかできる、そんな予感があったんだ。
「むむむ、平和な予感がするのです。ちょっと暇な予感なのです!」
「あら、いいじゃない。たまには平和な旅もいいと思うわ。ねえ?」
「ええ、皆で楽しく参りましょう」
女3人集まればとは言うけれど、女の子が5人もいたらそりゃ騒がしいというか、元気がいいというか。聞いていて楽しいから歓迎なんだけどね。幸いにも、街道沿いには今のところ荒事の気配はない。例のゴブリンたちと出会うかもしれないけれど、林に近づかなければよっぽど大丈夫だと先に出発した馬車の人は言っていた。
「それにしても、随分遠くから運ばれてきたんだな」
『そうみたいね……風からするとそう気にならない距離なのだけど』
人目もないので、風の精霊は俺の右肩に出てきている。やはり収納袋の中よりは外の方が気分がいいみたいだ。なんだかマスコットキャラを乗せてるみたいだ。重さは感じないけれど、存在は感じるというちょっと不思議なまま、俺たちは進む。
『あまり覚えていないけれど、多分道自体は西側の森林を迂回して来たんだと思うわ。森の匂いが随分と濃かったような記憶があるから』
「ふーん。あいつらにもそのぐらいの頭はあるわけか……でもなら、逆になんであんな場所にいたわけ?
特別マナの通り道とかそういうんじゃなかったと思うのだけど」
そう、ルビーの言うようにあの場所、もしかしたらあれからさらに移動予定だったかもしれないけど遠くまで運ぶ理由がいまいちわからなかった。すると、風の精霊は頷いた後、ふわりと浮いて俺たちの前でホバリングするように飛んで見せた。
『そうね。話しておくべきかしら……精霊と貴石人、結晶と貴石の歴史を……少しかかるから今日はこのあたりで野営にしましょう』
力のこもった言葉に、俺たちは頷いて準備を始めるのだった。
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