JD-229.「精霊の子たち」


「まるで風晶の詰め合わせみたいだな……」


 ゴブリン退治が終わって、静けさを取り戻した場所には別の騒がしさが産まれていた。フローラが砕いて、俺と一緒に再構築した細かくなった風晶の子達の声と、周囲に吹く風の音だ。あたりは草原のようになっていて、地面には草花が生い茂っているけれどそこに無数の風晶が転がっているわけだ。

 そしてそれに宿った形の精霊たちも好き勝手に走り回っている。


「飴みたい……おいしい?」


「私たちは食べれないこともないかもしれませんけど、やめておきましょうね」


 水晶や風晶らの結晶がマナが結晶化したものというのは俺が感じたことであるけれど、ジルちゃんたちの方がもっとそのあたりは細かく感じ取っているらしい。さすがに精霊が宿った状態のソレを食べるというのはどうかという考えに落ち着いたようで俺はほっとしていた。


「とーるー、みんながお礼を言いたいんだって」


「いや、俺たちがもっと早く来ていたら大きなままでいられたかもしれない……こっちこそごめんよ」


 自由に動いていた精霊たちが俺たちの周囲に集まって一斉に頭を下げて来た。大きさ的には6分の1フィギュアが元気に動き回っているような物で、表情が無かったら不気味だったかもしれない。幸い、みんなそれぞれ色んな表情でこちらを見たり、近寄ったりとしてくるのでなんだか園児に遊ばれてるみたいな感じだった。


『そんな顔をしないで。貴石の人よ』


「? アンタだけ他とは違うのね」


「随分大人びてるのです」


 そんな中に1人だけ、歩く仕草そのものもなんだか周囲と違う子がいた。そのほほえみは落ち着いた物で、一番近いのはラピスの物だろうか? こちらをいつくしむような、優しい瞳だ。

 自然と俺も小さい相手ながら、ジルちゃん達みたいに同等の相手だと思って接し方を切り替えていた。


「キミは……もしかして最初の部分?」


「最初の? ああ……風晶として精霊が宿った時の、か」


『ご名答。さすが同じ属性の貴石人ね。それにしても6人、しかもみんな属性が違うとは……かつてのヒトのようだわ』


 俺たちにお礼を言い終わった後、周囲を駆けまわり始めた他の風晶の精霊を愛おしそうに見つめながら、風の精霊は膝をついた状態でしゃがみこんでいる俺の前までやってくる。6人、俺も……貴石人……?


『ああ……いい目をしている。ちょっと貴石人の子に押しが弱そうなところといい、そっくりだわ。ふふふ、なんだかおばあちゃんになったみたい』


 見た目は幼女、あるいは少女でしかないけれど、その瞳に見える光はどこか疲れたような、色々と見て来た経験からくる凪の海のような物を感じた。だから俺は、思わず左右にしゃがみこんでいたジルちゃんとフローラを両手で抱き寄せた。むぎゅって感じで声が2人から出たけどしょうがない。


「ほら、みんな元気で可愛いでしょ? なのに、どんな相手でもひるまず生き抜いてます。女神様に頼まれたのもあるけど……世界のために頑張ってるんです。だから褒めてあげてください」


 唐突なお願い。普通に聞くと変な願い事だと思う。だけど、風の精霊には俺の言いたいことが伝わったらしい。そのまま動くのを止めてしまいそうなぐらいだった顔が、まだ弱弱しいけれど笑顔になる。

 誰であれ、笑顔でいてほしいなと思う。その気持ちは皆にも伝わったらしい。ルビーやニーナも笑顔だし、ラピスだってあらあらと言わんばかりに腕組みだ。


『ありがとう。そんなところで申し訳ないのだけど、他の子はこのままでも好きに生きるからいいとして、私だけでも元の場所に戻っておきたいの。ずいぶん前に旅だったままだから』


 やはり元々の場所はここから遠いらしい。だけど断る理由は俺たちにはないわけで、しっかりと頷いてよく見ると少し他と色合いの違う風晶を収納袋に仕舞い込んだ。この中なら例え俺が暴れても大丈夫だからね、心配のない場所だ。


『随分と広い収納袋……本当に、懐かしいわ』


 もしかしたらこの精霊はかつてのヒトと一緒に旅をしたのかもしれない。そう思う横顔だった。

 場所はどうも随分遠いらしく、クライドを放っておくわけにもいかないので今すぐ移動が必要かどうかを聞いてみると……人の感覚で言うとそうでもないらしい。


「けじめをつけてからだねっ」


 そういって笑うフローラに頷いて、俺たちは街に戻ることにした。強風は収まり、時折強くなるがごくごく普通の風景が周囲に戻っているのを感じた。ちなみに細かくなった風晶はすぐに普通には見えなくなるそうで、自分の好きな場所に飛んでいってはそこで大きくなるんだとか。

 それを聞いた俺が、タンポポみたいだなと思ったのは仕方ないと思うんだよな……。


「見て、あれがそうじゃない?」


「ふわぁ……」


 振り返ったルビーの叫びにそちらを見ると、俺たちの目にはまるで地上から星が無数に上るかのようにして飛んでいく風晶の光が見えた。いくつかはあの場所にとどまって周囲に風を吹かせるそうだけど、新天地を求めるほうが多いらしい。風は自由、そういうことかな。


『あら、他の気配もするのね……隠れていた方がいいかしら?』


「何があるかわからないからね、そうしてくれると助かる」


 俺の肩に乗り、そうつぶやく風の精霊に答えるとそのまま音もなく収納袋の中に入っていった。便利……ということでいいのかな?

 もうすぐ街の入り口、というところで覚えのある気配が感じられた。他でもない、クライドだ。


「おーい!」


「あ、兄ちゃん。お帰り!」


 駆け寄って来た彼の手には鉄剣、そしてどうやら薬草採取の依頼を受けていたようで。腰にはいくつも中身の入った袋を下げている。手間ではあるけれど、武器を握れない状況はよろしくないという教えを守っているようだ。そんなクライドは主に俺をじっと見て、なぜかぐるぐると周囲を回った後、にかっと笑顔になった。


「よくわかんないけど、兄ちゃんから水の精霊様と同じ感じがする! あ、後こっちからも!」


 そういって指さすのはフローラ。なるほど、水の精霊と仲良くなれたからか、同じような気配には敏感になっているようだ。将来が楽しみなような、命の危険は少ない方がいいような複雑な気持ちだ。

 もう帰るところだというので、ついでにと一緒に宿に戻ることにした。


「ごゆっくりどうぞー!」


 元気なクライドの妹の声を聞きながら、長い間訪れていなかったかのような感覚を味わう俺だった。思い思いにベッドに飛び込んでいるジルちゃんたちも同じらしい。毎度のことだけど、大きな戦いは疲れるよね。


「ご主人様、おやつある?」


「あはは、あるよ。ご飯も近いだろうから少しだけね」


 地球のそれと比べるとだいぶまだ粗削りだけどちゃんと飴になってるのを買っておいたのでそれを取り出し、みんなで口の中で転がす。甘い物って心が落ち着くよね。食べ過ぎは良くないけど……今の体だと全然大丈夫そうだった。


「しばらくクライドの様子を見て、風の子を戻しに行きましょうか」


「ずいぶん昔からあるものみたいですし……楽しみですわね」


 いくつかある窓のうちの1つから遠国見える山々がちょうど目的地となるんだろうけど、かなり距離がある。その方角は南西……たぶん、ここでクライドとは一度お別れかな。

 

「大自然の力を借りてパワーアップ……する?」


「強化フラグなのです!」


 既に目的地での出来事に心を飛ばしているジルちゃんとニーナ。実際にそういうものが見つかるかは別として、いいきっかけにはなるかもしれないね。フローラもまた、今回の出来事を経験したからか、なんだか力の感じが変わった気がする。


「? どうしたの、とーる」


「ううん。なんでもないよ」


 どちらにせよ……俺はみんなと笑顔で過ごすために戦うんだ。それは変わらない。

 そう実感できた夜だった。

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