JD-228.「1匹見つけたら……」


 ボクは悲しい気持ちの渦の中にいた。あの子はボクじゃないけれど、ボクみたいに産まれ、ボクのように自由な気持ちが大好きで生きているあの子。そんな子が、縛り付けられ、力を奪われ、泣いている。ごめんね、ボクたちが遅かったから疲れちゃってるよね、後……少しだから。


「フローラ」


 たくさんいるゴブリンたちとみんなが戦う音が大きく響く中、ボクはとーるの腕の中で彼を見上げていた。貴石解放したらもっと顔が近づけるけど、こうして腕の中にすっぽりと入りこみ、抱きしめてもらえるのはそれはそれでいいんだよねってよくみんなと話しているのはとーるには内緒だ。


「とーる。ボクにはわかるよ。あれはあのままだとだめ。一度砕かないと」


「だけどそうしたら風晶の子は……」


 顔をゆがませて、心配そうにみんなと風晶の方を見るとーる。うん、やっぱりとーるは優しいなと思う。ボクたちだけのことを考えるなら、いつか風晶や水晶たちだって産まれるんだから問答無用でどかーんって砕いちゃえば早いはず。だけど、風晶の中に感じる子をむざむざ消滅させたくないんだ。


 だから、ボクはとーるを見つめ返してこう言うんだ。


「大丈夫。ボクなら、ううん。ボクととーるなら出来るよ」


 それは根拠のないように聞こえるかもしれない言葉。だけどボクには感覚だけどなんとかなるって気持ちがあったんだ。それはマナの集合体である結晶と、ボクたちのような貴石の違いと共通点。言葉にするのは難しいんだけど、ボクが感じてるように言うならば……。


「ボクたちには石の大きさは無関係じゃないけど大きさが全てじゃないんだよ」


「……よし、わかった。やろう!」


 普通の間柄なら、本当にわかったの?って疑問を口にしてしまいそうなほど、とーるはボクの言葉にあっさりと頷いた。ボクはそれを信じているから、手早く自分自身の服の裾を持ち上げてとーるが聖剣を挿しやすいようにした。何回もしてるのに、毎回とーるは顔を赤くするんだよね、そこが可愛いんだってそんな場合じゃなかったね。


「んんっ……とーる、急ごうよ」


「じゃあ……」


 聖剣を魔法陣から差し込まれるとき、ボクたちはどうしてもとーるのマナが聖剣から伝わってくることに反応してしまうんだ。それはまるで優しい手で全身を撫でられているような、ずっと味わっていたい感覚。だけど、大体貴石解放するときって危ない時だから難しいんだよね。


 どこかに浮かび上がるような感覚と共にボクの体をマナが走る。緑色の光がボクを染めて、ぐぐっと高くなった視線でとーるを見る。フリーマーケットだっけ、そこでボクを見つけた時にもそうやって優しい笑みで見てくれたよね、とーる。覚えてるかな?


「エンゲージ……約束の……光よ!!」


 とーるが覚えていても覚えていなくても、どっちでもいいかなってボクは思う。覚えていたらその思い出を語り合えばいいし、覚えていなければまた新しい思い出を作ればいいんだから。大切なのは、ボクがとーるを好きでとーるもボクのことを好きでいてくれて、みんなといられること……だよねっ!


「ちょっと痛いかもしれないけど……我慢してね!」


 そうしてボクは風晶の子を悲しみから解放するための一矢になった。



「前に立つと吹っ飛んじゃうよ!」


 叫びながら、ボクは生み出した1本の槍、薙刀のような刃のついたそれを長さを活かしてぶんぶんと振り回す。とーるの記憶から覚えている格闘技?なんてのはボクにはあまり良くわからないけれど、振れば当たるんだから細かいことは後でいいよね!


「ちょ、私達もいるんだからよく見なさいよねっ」


「ごめーん!」


 慌てて避けていくルビーに謝りながらもボクは前だけを見る。風晶と、その前に立つイヤな奴から目をそらさないために……ほらきた。

 何事かを叫んだかと思うと、ボクに向かってゴブリンの親玉が杖を振るって力の塊を飛ばしてくる。風晶の子から奪った風の力。その力はどこか汚れてしまっている。だからボクは手にした槍に自分の風の力を込めて一気に薙ぎ払う。


 土煙を上げ、周囲のゴブリンも吹き飛ばしてボクと相手の風はぶつかり、ボクのほうが勝った。ふふーん、残念だったね。自分の意思で吹かない風はただのそよ風なんだよ! それに……ボクは風だけじゃない!

 力一杯打ち出した風が消える前になんとか力を発揮して風晶の周りにいた他のゴブリンも巻き込んで吹き荒れる。


「とぉおおーーー!!」


 その隙にぐぐっと体をかがめて、一気にボクは飛び上がった。足元や体には暴風のような風を打ち出し、高く高く飛び上がる。ようやくこちらを見つけ、ボクを見上げるゴブリンたちの顔がゆがむのが分かったと思う。それはそうだよね。ボクの頭上、ボクの手の中には風だけじゃなく……まばゆい雷の力が産まれたんだから。後はこれを……んー、そのままだとちょっと足りないかな? どこからかもう少し……そう思った時だ。


 足元から何かが飛んでくるのがわかったんだ。慌てて受け止めるとそれは……ブーツ?


「フローラぁー! がんばれぇーー!」


 ボクみたいに貴石解放で大きくなったのに、やっぱりいつもな感じのジルが作り出して投げてくれたそれはダイヤモンドかと思うぐらいのきらびやかなブーツだったんだ。しかも先の方がとんがってるんだよね。うん、これなら!


「今度必殺技の名前を決めないとね! 風よ、雷よ! ボクの心を乗せて……でええええいいいい!!」


 そうしてボクは空中から風と雷をまとったまま勢いよく落下していった。途中、ゴブリンから貴石術のような風が飛んでくるけど全部周囲にまとった風や雷にはじかれていく。そうしてボクがぶつかる先は風晶の塊。


 つま先がぶつかり、わずかな手ごたえ……足ごたえ?と共にあっさりとボクの体は風晶の中に沈み込み、周囲が無数の風晶の破片に覆われることになった。このままだと風晶は砕けてあの子も終わり。だけど……だけどね、終わらせないよ!


「とーる!」


「おうっ!」


 迷わず駆け寄ってきてくれたとーるの手を取って、ボクは周囲に意識を集中させる。散らばりそうになっている風晶の力とあの子自身。それらを風で優しく包み、雷でちょっとの刺激。その間にもみんなが残ったゴブリンたちを倒してくれてるのがわかって心強かった。


「大きな1人に戻すのが駄目なら……!」


 ぶっつけ本番。練習も何もあったもんじゃなかったけど、上手くいく予感があった。この世界でボクたちほど貴石術を使える人はほとんどいないだからきっとなんとかなる、そういう気持ちだった。


 そうして、いくつもの風晶の破片があちこちで集まり始め、それが塊となっていくのを感じた。最初が家ぐらいの大きさだとすると、今は1つ1つはボールぐらい。だけど、みんなちゃんと風晶だ。


「おお!?」


 とーるの驚いた声と共に、それぞれから小さくなったけどあの子がどんどんと出てくるのがわかる。最初が100の塊なら1の塊が100個出来ましたって感じかな? うん、多分成功だね。


 最初は戸惑い、きょろきょろとしていたあの子達が笑顔でボクたちを取り囲み始めた時、ボクは勝ったんだと思うことが出来たのだった。

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