JD-227.「解放の楔」


 恐らくは空気の屈折を利用した幻覚、蜃気楼のような物。フローラは今回の騒動をそう断じて見せた。試しにと、俺の目の前でフローラの手のひらの上に空気が集まっていくのを感じ、ちょうどそれが俺とフローラの間に来た時、俺は驚くことになる。


「顔がぐにゃぐにゃだ」


「ただ空気をいじっただけでもこうだからねー。他にも貴石術を混ぜたら色や大きさを変えるぐらい、自由だと思うよー」


 そういって笑うフローラは空元気、というわけじゃなさそうだった。ショックを受けてはいるけれど、割り切りもしっかりしているように見える。見えるけど、ここで俺は安心するべきではないだろうなと思っていた。一緒に冒険している仲間として、大切に思っている相手として、気にはしておくべき、そう思っていた。


「さすがフローラなのです! でも、今のところそんな力は感じないのです……隠れてるです?」


「そうよね。少なくとも私達の感じる範囲にそれらしい貴石は無いわね……」


 2人の言うように、この場所からでも感じるような貴石の気配は今のところ、無い。遠くに埋まっているのか、何かに埋め込まれているのか、はたまた……。確実なのは、自然に埋まっている何かがが影響を周囲に無差別にということはどうもなさそうだなということだった。問題はそれが自然とそうなったかだ。


「私、あのゴブリンたちが怪しいと思っていますの」


「うん。風の結晶、風晶って呼ぶようなものが多分あるんだろうなって俺も思うよ」


 村の人に聞いてみたところ、確かにこのあたりは風が強いことが多く、ランドリアまで吹いていく風がほとんどだという。試掘先の山とかから吹いてくる風だということだけど、今年は妙に風が強かったり弱かったりとなんだかおかしいということも聞けた。そうなるとますます誰かの手によってと思った方がよさそうだ。


「びゅーんっていって、どーんって終わり?」


 だといいね、とジルちゃんを撫でつつ、明日に備えて皆で休むことにする。その夜も、外は妙に強い風が建物を揺らし、まるで台風のような音を立てるのだった。






 翌朝、外を不思議そうに見ているのは俺達だけではなかった。村の皆もそれぞれに空を、森を見ている。なぜかというと、全く風が無かったからだった。耳が痛いほどの無風、不気味なほどの静けさ。昨日は外に物を置いておけば転がっていきそうなぐらいの強風だったというのにだ。


「とーる、行こう。なんだか嫌な予感がするんだ」


「信じるよ、フローラ」


 風が無くなり、進むうえでは苦労はないはずなのに胸がざわめくのを感じた。手遅れではないといいのだけど……村を飛び出し、街道に出てひとまず進む。と言っても特に目標や目印になるものはないんだけど……止まっていても変化が無いと思った。


「ご主人様、どっちにいくの?」


「ボクに任せて。とーる、ボクを抱えてちょっと飛んでほしいな」


 戸惑いのまま、フローラを抱えて周囲の木よりも高いところまで飛び上がる。今のところこのぐらいの貴石術には影響はないみたいだけど……と、フローラがマナを練り始めるのがわかる。貴石解放をした方がいいのかと聞いてみるけど、今は大丈夫みたい。


「てぇええーー!!」


 瞬間、周囲に向かってフローラから風が飛んだ。イメージ的には水面に石を投げ入れたような風だ。勢いよく吹いた風は良く見えないけれどどんどんと離れていき……とある方向で掻き消えた。なるほど、そういうことか。


「あっちだね?」


「うんっ! 行こう!」


 地面に降り立ち、みんなにその説明をして一気に森へと分け入って俺達は駆けだした。罠があるかもしれないけれど、今は時間が惜しいような気がした。近くならば問題ないので、俺とフローラは先頭に立ちながらかまいたちのような風を連続で生み出しては前に打ち出していく。木々や葉っぱが舞う中、どんどんと森の奥へと進んでいった。


 しばらくそうしながら進んだ時だ。周囲の気配がまた変わった気がした。具体的には、奴らがいる……と思う。この気配は間違いないと思うんだよね。

 速度を緩め、みんなも戦闘準備を開始する。見える範囲には今のところいないけれど、確実に相手を感じていた。


「みえたよ」


 小さなつぶやき。ジルちゃんが地面すれすれを飛ぶ燕のように低い姿勢で駆け出すと、両手に持った短剣がきらめき木々の中に吸い込まれ……悲鳴が2つ上がった。それをきっかけに、森から出てくるゴブリンゴブリン、その数はなかなかのものだ。動き回るだけの隙間はあるけれど、どの木陰から奇襲があるかわからないから警戒はしっかりしないといけない。


「数だけは多いわね……仕方ない、焼くわ!」


 周囲への延焼を考えると、ルビーの力はあまり大っぴらには使えない。だけどそれも限度という物がある。遠慮して負けてしまっては何の意味もないわけで、俺も力強く頷いた。まるで炎で出来た生き物が舐めるように地面と森を焼いていく。ルビーが前に出てなおも周囲を赤く染める。そうして相手が動揺した隙に、近くにいたラピス、ニーナを抱き寄せて両手には聖剣(短)を握る。


「ごめん、今日はちょっと急ぎで行くよ」


「そういう時は下手に言い訳しないほうがいいんですよ? んんっ」


「自分はいつでも待ってるのです! ふぁっ」


 青と茶色の光があふれ、2人の貴石解放が行われる。2人の服の中に手を突っ込んで挿し込んだから、なんだか見た目には俺が2人にイタズラしてる感じがマシマシだけど仕方ないよね。これは貴石解放、戦いのための行動なんだ!と自分のどこかに言い訳をする。


「とーる、あっち!」


「ああ、感じる!」


 ここまできてようやくというべきか、それとも何かの隠ぺいのような物が解けたのか。俺とフローラは同じ方向にそれを感じていた。亀裂の底にあった地晶のような、大きな大きな力。周囲から襲い掛かってくるゴブリンをなんとか撃退しつつ、ラピスとニーナ以外の貴石解放は念のために温存しながら進む俺達。


 そしてついに今回の騒動の原因であろう物を見つけた。それは……家1つ分はありそうな大きな緑色の結晶。それを運ぶためにか木材をふんだんに使った土台。それを囲んで踊るようにしている無数のゴブリンたちの姿だった。


「あああああっ!」


 珍しく、フローラが悲しい声を上げる。俺もその理由がすぐにわかった。緑の結晶、風晶であろう物に無数の何かがまとわりついている。それは地晶を縛っていた物と同じような何か。確実に風晶から力を奪っている禍々しい物だ。いくつものボールのような物が風晶から力を吸収しているのがわかる。


 その力が行きつく先に、この集団のリーダーであろう大きなゴブリンがいた。その手には杖のようなもの。さらにその先端についているのは……貴石? 色々ごてごてしてるので石の種類はわからないけれど、風晶とは違うようだった。


「その子を……離せっ!」


「フローラ!」


 飛びかかろうとしたフローラを、嫌な予感のした俺は咄嗟に抱き寄せる。腕の中で暴れそうになるフローラをなんとかなだめようと口を開いたとき、相手の力が解放された。

 最初は力の圧迫感。続けて吹き荒れる暴風に咄嗟に俺は風の障壁を張るがどうも分が悪い。

 相手は風晶の力を思ったよりも掌握してるようだった。風晶を縛っている何かも……もう少し早く来ていれば。


「ご主人様!」


「トール!」


「固まってしのごう!」


 ちらりと見えた限りではこの風は俺たちにしか吹いていない。間違いない、あいつらがこの風を生み出してるんだ。風晶の力を無理やり利用して、中に宿っている子を傷付けながら!

 その時、俺とフローラは同じ気持ちだったに違いない。だから逆に、フローラを抱き寄せたままの手に力を込めた。


 このままだと利用されるがままだ。となれば後は……だけどそれでは風晶の精霊がいなくなってしまう。何か手は……そんな時、フローラと目が合う。やる気に満ちた瞳だった。


「とーる、ボクやるよ。みんな、頼める?」


「お任せくださいな」


「自分も問題ないのです」


 貴石解放済みの2人が前に立ち、その力を周囲に見せつけるように力をあふれ出させる。それはゴブリンたちにも伝わったらしく、ひるむのがこちらにも伝わる。ジルちゃんとルビーも解放しておいた方が確実だけど、まだ隠し玉があるかもしれないと考えているのか2人は首を振る。


「しばらくはなんとかするわ。フローラ、アンタが決めなさいよ」


「がんばって、フローラなら出来るよ」


 そうして戦いだす4人。時間はないように見えた。というのも、俺から見てももう風晶によくわからないものがしっかり食い込んでしまっており、それだけを取り除くのは難しそうだったからだ。


「どうする、フローラ」


「うん。塊のままじゃ駄目なら、一度細かくしようと思うんだ」


 同胞のような、親戚のような相手を助けるためにフローラの戦いが始まった。

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